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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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熱い茶

 舞踏会が無事終わり、サシーニャとチュジャンエラがララミリュースたちを宿舎に送っていくと、舞踏会なんてまっぴらと留守番を気取っていたカガモリクが大喜びで出迎えた。一人で退屈していたらしい。お茶でもと引き留めるのを『リオネンデ王に呼ばれているので』と辞退するサシーニャとチュジャンエラに

「まだお仕事なのね」

呆れたようにルリシアレヤが言った。


 バチルデアの宿舎から王館に向かう途中でチュジャンエラが溜息をつく。

「今夜は長丁場になりそうですね」

サシーニャが、チラリとチュジャンエラに目を向ける。


「まずはレナリムさまの件ですよね?」

「ほかにも何か?」

判っていながら問うのはサシーニャの厭味(いやみ)だ。チュジャンエラが唇を尖らせ黙る。


 王館の入り口では警備兵がサシーニャを待っていて『リオネンデ王がお待ちかねです』と泣きそうな顔で訴えてくる。まだかまだかと何度も言われていたようだ。あるいはリオネンデの事だから、怒鳴り散らしたかもしれない。判ったと、足を速めて執務室へと急ぐ。


「揉めてるんでしょうか?」

「いや、きっと険悪な中、皆で押し黙っている」

外に漏れてはならない話、サシーニャの外聞防止術を待っているはずだ。


 執務室の入り口に立っていた警備兵がサシーニャを見るとホッとした顔をする。すぐさま『筆頭さまのおいでです』と室内に告げ、姿勢を正してから(こうべ)を下げる。それに会釈して中に入るサシーニャ、入るなり(てのちら)を天井に向けて三回ばかり振る。


 サシーニャを見て安堵の表情を浮かべたリオネンデが

「なんの魔法だ?」

と問えば、

「外聞防止、侵入者除け、最後は(いさか)い防止です」

答えるサシーニャ、リオネンデの横に座を占める。


「外聞防止はいつもよりも強力なもの、音は勿論、気配さえも漏らしません。話の途中で誰も入ってこないよう侵入者除けをしましたので、いったん出たら解術しないと再入室できないのでお気を付けください――諍い防止は新たな火種が起きないよう、しかしそれほど効力がありません。気休め程度、期待なさらないように」


 サシーニャの前に加密列(カモミール)の香り漂う杯を出したスイテアに微笑んで目混ぜするサシーニャ、

「それでわたしをお呼びになったのはどんなご用向きで?」

とリオネンデに尋ねる。ふむ、とリオネンデが溜息を吐く。


 部屋にいるのは全部で七人、もっぱら砕けた話をするときに使う敷物にリオネンデが腰を降ろし、隣にサシーニャが座した。敷物には膳が置かれ、その膳を挟んでレナリムが対峙する。


 打ち合わせや込み入った話をするテーブルにはジャッシフが蒼褪めた顔で椅子に着き、チュジャンエラもそちらに腰かけている。部屋の奥に置かれた長椅子に難しい顔で座っているのはジャルスジャズナ、一緒にいるのはスイテアだ。


 なんと切り出したものか迷うリオネンデ、サシーニャを待てと、レナリムの用件をまだ聞いていない。そんなリオネンデを鼻で笑い、さらにサシーニャを嘲笑したレナリム、リオネンデの言葉を待たずに口を開く。

「サシーニャさまもお人の悪い……察しておいでなのでしょう? だから魔法をお使いになった」


 レナリムの(もっと)もな指摘、だがサシーニャが気になったのはレナリムが『サシーニャさま』と呼んだことだ。レナリムは後宮を離れて以来、サシーニャと呼び捨てにすることはあっても『さま』がついたことははなかった。『サシーニャさま』とは他人行儀が過ぎる――先日訪問した時よりもレナリムの態度が硬化している。なにかあったのか?


 どうせ芝居を打ったところで見抜かれると、

「ジャニアチナの件だと思ったのですよ」

サシーニャがレナリムに穏やかな笑みを向ける。

「だとしたら、誰かに聞かれるのはまずい。リオネンデに(めい)じられる前に施術したのはそれが理由です」


「なるほどね」

皮肉を含んだ笑みを見せたものの、レナリムに疑う様子はない。が、

「では、それが判っていて、サシーニャを待てと仰ったと言う事ですね?」

と、今度はリオネンデに食いついた。それにはリオネンデが

「いや、ジャッシフの様子からただ事ではないと思った」

答える。


 よし、とサシーニャが心で(つぶや)く。リオネンデは知らなかったことにしておいたほうがいい。知っていたとなれば、自分のいないところで何を画策していたのかとレナリムはまた疑い、心を閉ざしてしまうだろう。


「だとしたらサシーニャの意見も聞いたほうがいいと思って待てと言った。サシーニャには別件で呼び出しをかけてあって、すぐに来るはずだったからな……ジャッシフを除けば、おまえが頼れるのはサシーニャだけだ――サシーニャ、ジャニアチナがどうかした? 何があった?」


 レナリムにお尋ねください、と言おうと思ったものの、

「レナリム、おまえがリオネンデ王に聞いて欲しい話はジャニアチナの事でいいのかい?」

レナリムに確認する形で、話しの主導権をレナリムに移そうとする。


 リオネンデはサシーニャに主導権を握らせようと考えたのだろうが、サシーニャはそれを悪手と判断している。レナリムは感情を(こじ)らせている。全て吐き出させたいと思った。


 サシーニャを睨みつけるように見たレナリムだったか、サシーニャには答えずリオネンデに向かう。

「お願いがございます――我が息子ジャニアチナをリオネンデさまのご猶子(ゆうし)とし、次の国王にご指名ください」


「ふむ……意味が判って言っているのか?」

リオネンデがレナリムを睨みつける。

「俺には子ができないと、決めつけている。それに次の国王の座を願うなど、不遜が過ぎはしないか?」

「リオネンデさまにお子ができるかできないかはレナリムの知るところではございません。しかし、もしできたとしてもスイテアさまは反逆者の血筋、その子を国王にしてよろしいのですか?」

思わず腰を浮かしかけるスイテア、その手にジャルスジャズナが手を置き(なだ)める。リオネンデが怒りの籠る目でレナリムを睨みつけた。


 リオネンデの眼光に、怯むことなくレナリムが続ける。

「それに、もしバチルデアからいらした王妃さまとの間にお子を設けたとして、その子を国王にすればグランデジアはバチルデアに乗っ取られるも同じこと。リオネンデ王はそのあたりをどうお考えなのですか?」

「うむ……」

唸るリオネンデ、サシーニャは思わぬ展開に、とりあえずリオネンデの反応を見ている……レナリムが、スイテアやルリシアレヤを出してくるとは予測していなかった。


 レナリムの言わんとすることは判らないでもない。が、それはレナリムが口出しすることではない。それが判らないレナリムではないだろう? そうは思ったが違うことを言ったリオネンデだ。権力を(かさ)に着ても巧く行きそうにない。


「確かにスイテアはピカンテアに繋がる者。が、ピカンテア動乱は昔の話、現在スイテアは王家の一員であり王の片割れ、スイテアの子が王位につくことに(さわ)りなどない――スイテアを侮辱するなど許さんぞ、レナリム」

怒りが籠るものの口調は穏やか、リオネンデにしては上出来とサシーニャが思う。

「バチルデア王女についてもそうだ。王妃に迎えると決めたと言うことは、ルリシアレヤが次の国母になる可能性をグランデジアは国として容認したことになる」


「バチルデア王女を王妃とすることを王廟は許したのですか?」

この問いには部屋にいた誰もがハッとする。王太子を決めるにあたり王廟にお伺いを立てるのは慣例になっているが、王妃については何もない。


「王が妻を(めと)るにあたり、王廟にお伺いを立てる慣習はない。知らないとは言わせないぞ」

戸惑うリオネンデがレナリムに問う。

「えぇ、誰を妻にしようが本人次第、そんなことは判っております――わたくしが言いたいのは……」


 レナリムがチラリとサシーニャを見る。ここは取り敢えず静観すると決め込んでいたサシーニャが『わたしは口出ししませんよ』と言わんばかりに、まだ熱い茶が入った杯を手にする。


「スイテアさまやバチルデア王女が産んだ子が次の国王になるのなら、わたしの子ジャニアチナが王になるほうが順当ではないかと言うことです」

「順当?」

「はい!」


 レナリムが身を乗り出してリオネンデに迫る。

「先日、マジェルダーナに言われました。マジェルダーナやジャッシフに遠慮することはないのだと。おまえは準王女、正式に王廟が認めた王家の一員なのだと」

「うん。まぁ、そうだな」

「そして、我が父シャルレニは、暗殺されていなければあの翌日、王家の一員に加えられ、王の片割れになるはずだったと教えてくれました」

「うん?」


 と、これにはリオネンデ、サシーニャと顔を見交わし、ジャッシフに『そうなのか?』と尋ねている。

「はい、マジェルダーナはそう申しておりました」

渋々答えるジャッシフだ。


(初耳だ……少し探らせるか? いや、いまさら不要か?)

そう考えながらサシーニャが再び杯を手に取るがすでに(から)、気付いたスイテアがそそくさと新しい茶を(そそ)ぎに来る。


「ならば!」

レナリムの激昂は続く。


「本来ならわたしと兄サシーニャは、王家の一員・王女レシニアナと同じく王家の一員にして王の片割れシャルレニの子であったはず。リオネンデさまと同じく、王子・王女でよかったはずです」

「いや、おまえたちを準王子・準王女としたのには理由が――」

「はい! それも承知しております。兄サシーニャがなぜ魔術師預かりになったのかも! でもリオネンデさま!」

「うん?」


 レナリムの勢いに気押され気味のリオネンデだ。シャルレニが王家の一員に迎えられるはずだったと言う話に驚いたのを引きずってもいる。


「確かにわたしたち兄妹の祖父母はどことも知れぬ海の果てよりの流れ者、でも父はグランデジアで生まれ育ち、グランデジアに貢献し、存命ならば今でもグランデジアのために働く王家の者であったでしょう。それなのに、なぜ迫害を受けねばならないのですか? 殺されなければならなかったのですか?」

「落ち着け、レナリム」

そう言いながら、変わってしまった話の流れに狼狽(うろた)えているのはリオネンデだ。


「いいえ、落ち着いてなどいられません! 言わば我らの権利は理不尽にも奪われたもの」

「おまえたち(・・)の権利?」

「前王クラウカスナが身罷(みまか)られた時、王太子リューデントも落命された。次期国王は決まっていなかったと言うこと」

「うん?」

「サシーニャが準王子ではなく王子だったら、リオネンデ、あなたではなくサシーニャが即位したって良かったはずです」

「ぶっ! あっ!?」

「サシーニャさま!」


 驚いたサシーニャが吹き出して、口元の杯の熱い茶を零して慌てる。勢いで、まだすぐ横にいたスイテアにぶつかり、スイテアは手にしていた盆を取り落とした。熱い茶がたっぷり入った茶差し(ポット)がサシーニャの上に落ち、中身がサシーニャにぶちまけられた。

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