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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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人の輪

 流れるような身の動き、()うて離れはするものの、(つい)であることを忘れさせない二人の踊り……スイテアが、サシーニャとは言え自分以外の男と踊る姿に思わず嫉妬したリオネンデ、己が(めい)じたことだと自分を落ち着かせる。


「あの二人が躍っていては、恥をかくのがオチですね――引っ込みましょうか?」

ルリシアレヤに提案する。するとルリシアレヤが、

「そうね、リオネンデさまに足を踏まれて痛い思いをする前に引っ込みましょう」

クスリと笑う。リオネンデの舞踏下手は見抜かれていた。


 最初の曲が終わるとサシーニャとスイテアも席に戻り、代わりに集まっていた貴族たちが踊り始めた。


 ララミリュースの推測通り、エリザマリの周りに若者たちが集まり、我先にと踊りの相手を申し込んでいる。心配するものの、見守るしかないルリシアレヤ、チュジャンエラがそわそわするのは助けに行くべきか迷っているからだ。そんな二人の横をすり抜け、サシーニャが若者の輪に割っていった。


 サシーニャが黙ってエリザマリに手を差し出せば、安心したエリザマリが微笑んでサシーニャの手に自分の手を預ける。輪の中から抜け出すようにエリザマリの手を引けば、若者たちは白けた顔をして散っていった。


 スイテアとの時とは違うサシーニャの動き、ゆったりと周囲の踊り手たちに馴染むようにしているのはエリザマリを気遣ってのことだ。そのうえ、包む込むように身体を添わせ、離れるような足取りは入れてこない。


 そんなサシーニャに身を任せ、(うつむ)き加減で踊り続けるエリザマリ、時おり何か(ささや)くサシーニャに(うなず)いては頬を染める。初々しい恋人たちのような風情(ふぜい)の二人は、スイテアの時とは違った注目を集めている。『筆頭さまがとうとうその気になられたか?』ひそひそと話す声が聞こえてくる。


 喜んだのはララミリュースだ。

(エリザマリの相手がサシーニャさまなら、いいえ、サシーニャさまのお相手がエリザマリなら願ってもない事だわ!)

サシーニャとはもっと繋がりを強めておきたい。だからバチルデアの娘を世話しようと考えていたが、エリザマリは身近過ぎて思いつけなかった。


 エリザマリなら申し分ない。一挙に問題が解消される。リオネンデがエリザマリに目を付けたとしても、サシーニャになら遠慮する。


 複雑な面持ちでサシーニャを見ているのはリオネンデだ。ルリシアレヤと連れだって大広間に入ってきた娘が侍女エリザマリと言うのは察していた。だがその侍女をサシーニャが誘うとは予想だにしていなかった。

「どう思う?」

こっそりスイテアに耳打ちする。


 スイテアが詰まらなそうな顔をしたのはリオネンデの問いが気に入らなかったからなのか、それとも別の理由からか? チラリとエリザマリを見てから小さな声でリオネンデに答えた。


「魅力的なお嬢さまですね」

「魅力的?」

「えぇ……お美しくて愛らしい。まだまだ初心(うぶ)なのでしょうね。けれど躊躇(ためら)いは感じません。恥じらいの中に愛されているという()()()()()()()自信を感じます」

「愛されている?」


「あくまでわたしの勝手な推測、根拠なんかないのです。初めてお会いしたのは魔術師の塔の蔵書庫でした。でも、その時とは明らかに違います。グッと美しくなられた。恋に華やぐ心、愛されている自信がエリザマリさまを見間違えるほど美しくしたのでしょう」

「蔵書庫で会っていたか……」


「えぇ、どことなくオドオドしておられました。サシーニャさまを盗み見ては頬を染めていらしたのでひょっとしたらと思いましたが、ご自分から行動するようには見えませんでした――可愛らしいものだと思ったものです」

「おまえの話だと、サシーニャがエリザマリを誘ったように聞こえるが?」


「いや、それが……それも違うような?」

「それじゃエリザマリがサシーニャを口説いた?」

「それはもっとないかと……エリザマリさまが恋をしているのは間違いない。けれど、サシーニャさまは恋をしていると言うより、むしろそう、恋を眺めているようです」

「恋を眺めている?」

「えぇ……受け入れはしたけれど自分は入っていかない?」

「フッたわけではないが、心を(とら)われてはいないってことか?」

「少なくとも夢中になってはいませんよね?」

「なぜ俺に訊く?」


 苦笑するリオネンデ、サシーニャを見て、その胸元に顔を(うず)めるエリザマリを見る。

「ルリシアレヤの侍女なのだろう? そんな娘を相手にしていいのかな?」


 リオネンデの問いを、ここでは口にできない『サシーニャとルリシアレヤの仲』に絡めたものと感じたスイテアが

「それもあってわけが判らないのです。忘れるためなのだとしたら、別のかたを選びますよね?」

と問い返す。

「また俺に訊くか?」

リオネンデが苦笑し、サシーニャ達から目を離しスイテアを見る。

「やはり忘れるためだろうか? 俺としては忘れて欲しくないのだが」

「ほかに道はないと考えるのも当然と思いますよ? あるいは初めからわたしたちは読み間違えていたのか……サシーニャさまにお心を(うかが)ってはいないのですから」


 うーーん、とリオネンデが(うな)る。

「例の件は迂闊(うかつ)に訊けなかったが、あの娘の事は訊くに(はばか)りがない。どういうつもりなのか、明日にでも訊いてみよう」

「そうですね、ここまで大っぴらなのですもの。サシーニャさまも隠すつもりはないでしょう」


 立て続けに踊っていたがさすがに疲れたか、()いていた長椅子に腰を降ろしたエリザマリ、サシーニャが飲み物を取りに給仕のほうに行く。その僅かな隙にエリザマリに声を掛けた若者がサシーニャに一瞥され、言葉の途中で逃げるように去っていった。


 飲み物を手に戻ってきたサシーニャが隣に腰を降ろし、何か言ってエリザマリに杯を渡す。クスクス笑いながら受け取った飲み物を一口飲んだエリザマリが顔を(しか)め、次には楽しそうに笑い転げた。サシーニャも笑いながら、エリザマリの手から杯を取って残りをぐぃっと飲み干した。えっ? と驚いたエリザマリをまったく気にしないサシーニャ、そばにあった置台に杯を乗せると立ち上がりエリザマリの手を取る。そして静かに踊りの輪の中に紛れ込む……


 少し前に大広間にやってきたジャルスジャズナがその様子を見ていて、

「サシーニャのヤツ、随分楽しそうだな」

ポツンと呟いた。ジャルスジャズナの隣で同じように見ていた女が

「どこの誰だか知らないけど、あの()も笑っていられるのは今のうちよ。すぐに飽きられて捨てられる」

と、呆れている。スクイジェントだ。夫のワズナリテに連れられてきたのだが、王と話し込んだ夫から離れ、旧知のジャルスジャズナと語らっていた。


「サシーニャが嫌いかい?」

「ジャジャは弟のように可愛がっていたものね。でもね、アイツは男としては最低だよ」

「そうかねぇ。アイツは女に悪さするようなヤツじゃないけどね――弟子のほうは女遊びが派手だけど」

「弟子ってここに来てるの?」

「あぁ……」

ジャルスジャズナが大広間をざっと見渡す。

「ほら、あそこの貴賓席の隣、女の子がリオネンデの婚約者のルリシアレヤ王女、お守りしてるのがチュジャンエラ、サシーニャの弟子だよ」


 示されたかたを食い入るように見たスクイジェント、

「なるほど。さすがに王女さま、品がおありになる。リオネンデにはもったいない」

と呟く。

「王を悪く言っていいのかい?」

「リオネンデだって、王としてはともかく、男としてはろくでもないわ。愛妾を持つだけでもどうかと思うのに、夢中だとか? しかも死神だなんて(おぞ)ましい」

「スクイジェント、誰かに聞かれたらまずいって」


 周囲を気にしてそわそわするジャルスジャズナを尻目に、

「で、あれがサシーニャの弟子だって? ここに来てるってことは上級魔術師なんだろうけど、十六? 十七? あの若さで女遊びだなんてとんでもない!」

と、やはりよく(・・)は言わない。


「ああ見えてもチュジャンエラは二十歳を過ぎてるよ」

「二十であんなに可愛い顔? フン! あの顔で女を騙すんだろうね。だいたい顔のいい男は信用ならないよ」

「あんたの亭主だって男前じゃないか」

「ワズナリテは別よ。誠実だわ」

あぁ、そうかい! 心の中で呆れかえるジャルスジャズナだ。


「ろくでもない男がもうひとり来たわ。こっちは女房もろくでもない」

スクイジェントの視線の先にいるのは、今、大広間に入ってきたジャッシフだ。レナリムを同伴している。


「ジャッシフもダメかね?」

無視しちゃえ、と思うのに、スクイジェントについ返事をしてしまうジャルスジャズナ、いい加減ウンザリしているが、そばを離れる適当な口実を見つけられない。


「ダメダメ。レナリムはリオネンデの女だったんでしょう? 要はお下がり、それをありがたがるなんて情けない」

「レナリムはサシーニャに戻された、つまり王の手はついてないってことだ。お下がりなんかじゃないよ」

「どうだか……リオネンデとサシーニャで示し合わせてジャッシフに押し付けたのかもしれないじゃないか」

「スクイジェント、あんた、その想像力の逞しさ、ほどほどにしないと何時(いつ)か身を亡ぼすよ」


 ジャッシフを振り切るようにレナリムがリオネンデに近付いていく。

「あのかたがレナリムさま? サシーニャさまと同じ髪かと思っていたけど違うのね」

ルリシアレヤがチュジャンエラに尋ねた。


「あぁ、そうですね、レナリムさまです。相変わらずお美しい」

「あら、チュジャンはレナリムさまみたいな女性が好み?」

「好みに関係なく、美しいかたは美しいのでは?」

「そうね、まぁ、確かに美人ね。でも、サシーニャさまとはあまり似ていない……ううん、よく見るとお顔立ちに面影があるわ」

面立(おもだ)ちは、サシーニャさまはお母上に、レナリムさまはお父上に、より似ているそうです」

「お父さまが金の髪だったのでしたっけ?」

「えぇ、そう聞いております」

「親子って不思議なものね。見た目や性格や体質なんかを、父母両方から少しずつ受け継ぐのね」


 近づいてくるレナリムに気が付いたリオネンデが、ララミリュースに断って席を立つ。ワズナリテと話すため、今の今まで離席していた。座を温める暇もなく、またもララミリュースを一人にしてしまう。

「王妃さまにお目通りできる身分でない者が参りました――ですがせっかくなので、旧交を温めたいと存じます」

サシーニャがエリザマリに付ききりなのに気をよくしていたララミリュースが、上機嫌そのままにリオネンデを送り出す。


 スイテアも一緒に席を立ったのが少し気になったララミリュース、だが見ていると相手は女だ――だったらスイテアが一緒の方が安心だ。

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