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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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軍人の誇り

 フェニカリデ・グランデジアの西門を出るとその先はベルグ街道だ。そこから西へとベルグまで続いている。途中でサーベルゴカに向かう分岐がグリニデ街道の始点、グリニデを経由して北上しサーベルゴカに到達する。


 そのグリニデの先でさらに分岐しているのがダズベル脇街道(わきかいどう)、こちらはワズナリテの父オズモンダネが領有するダズベルに続く。


 グランデジア北東に位置するダズベルは深い森を隔てバチルデア国と境を接し、グランデジア国防の要所である。が、バイガスラとの関係もあり、近年、バチルデアが森を抜けて攻め込んでくることはない。


 グランデジアがニュダンガを吸収したことにより隣国プリラエダは国境の三分の二をグランデジア、そして残りをバチルデアに囲まれる形となった。プリラエダはもともとグランデジアから強引に分離して建国したこともあり、いつグランデジアに攻め込まれるかと冷や冷やしている。


 だが、それを言えばバイガスラにしろバチルデアにしろ、コッギエサやジッチモンデ、()み居る他国はどこかでグランデジアを恐れている。この大陸で初めて国家を成立させたのはグランデジア、そのグランデジアが放棄した土地に後続して国を建てたのはグランデジア王家から別れた王侯貴族たち、そしてグランデジアから盗むように領地を獲得したのはグランデジア王家に恩義のある者たちだった――


 兄が領主を継ぐのは決まっている。俺は貴族とは言え、なんの身分もない。兄の食客だ。

「そんな俺が筆頭魔術師さまにお目通りなんて、畏れ多くて腰が抜けそうだ」

そう言いながらワズナリテはサシーニャに会えた喜びを隠そうとしない。満面の笑みだ。


 魔術師の塔・筆頭魔術師の執務室。サシーニャの呼び出しに応じて、ダズベルからフェニカリデに出てきたワズナリテだ。

「何を言い出すかと思えば……国のために働いた軍人、たとえ引退したと言え、その働きは消えるものではございません」

「そう思ってくれるのはサシーニャくらいなんじゃないのか? あぁ、でも、リオネンデ王もそうか?」


 大怪我で身動き取れない息子を迎えに来たオズモンダネは、身分も忘れてリオネンデに詰め寄った。ワズナリテの叱咤でオズモンダネは黙ったが、黙っていなかったのは居合わせた大臣たちだ。不敬を罰せよと言う声を『子を思う親心を誰が罰せられる?』と一言で片づけたリオネンデを、ワズナリテは一線を退いた今でも〝我が王〟と敬っている。


「フェニカリデには奥方さまと? お子たちもご一緒に?」

サシーニャの問いに

「子どもたちは義姉に預けてきた。子が一緒では、妻が久々のフェニカリデを満喫できないだろうからな」

ニヤニヤとワズナリテが答える。

「王宮のどこかに押し込められるのかと思っていたら、あんな高級宿まで手配してくれて……スクイジェントが大喜びしてる。お陰で睡眠不足だ」

ニヤリとワズナリテが笑ったのは睦み事を思い出してのこと、スクイジェントはワズナリテの妻だ。


「夫婦仲を深める一助となったようですね。お呼びした甲斐がありました――スクイジェントさまはフェニカリデの街に?」

「コルヌス大通りに行くって言ってたよ。久々に買い物を楽しみたいんだと。なにを買い込むつもりなんだか知らないが、ほどほどにしておいて欲しいもんだ」

「お連れになればよかったのに」

「いや……」

ワズナリテが口籠る。


「あいつ、未だに根に持っててね。サシーニャと顔を合わせるのを嫌がった」

「そうですか……スクイジェントさまがわたしを恨んでいらっしゃるのはワズナリテさまがお怪我をした事ですか? それとも妹さんのほう?」

「根に持っているのは義妹の事だな。俺の怪我は治ったし、言い出せば俺に怒られるからな。サシーニャがいなければ俺は命を落としていたと言ってから口にしなくなった。義妹のことだって、とっくに嫁に行って幸せに暮らしているんだから、いい加減忘れろって言い聞かせてるんだが……すまないね。サシーニャが悪いわけではないのに」

「いいえ、きちんと対処しなかったわたしにも落ち度のある事です」

スクイジェントの妹は王妃マレアチナの舞踏会で、サシーニャを取り巻いていた娘たちの一人だった。


 娘たちの中でも年若で、控えめなその娘をサシーニャも何かと気遣っていて、口さがない連中はサシーニャを射止めるのはその娘か、はたまたもう一人の娘かと噂していた。もう一人の娘とは例の、影でサシーニャを笑っていた娘だ。


 サシーニャの気遣い(・・・)はスクイジェントの妹に期待を持たさせ、夢を見させた。だが、優しかったサシーニャが突然舞踏会に顔を見せなくなり、取り付く島もないほど冷たくなった。


 傷心で泣き暮らす(とし)の離れた妹を慰めるスクイジェント……妹を(もてあそ)んで泣かせたとサシーニャを恨むようになった。そんなことは一切なかったとワズナリテが言っても『その気もないのに優しくして自分に夢中になるのを面白がっていた』と譲らなかった。


 誤解させてしまった自分が悪かったのだと言うサシーニャに

「相変わらずだなぁ」

とワズナリテが笑う。

「俺が怪我をしたときも自分が悪かったと言っていたよな」

「実際そうですよ、百歩譲ってゴリューナガの命令違反が原因だとしても、それを阻止できなかったわたしの責任です」


 何を言っても無駄とワズナリテが笑って誤魔化す。そして、

「で、なんの用だ? まさか俺の顔を見るためだけに呼び出したわけじゃないだろうな?」

と、用件を尋ねた。馬車や宿の手配はこちらでする。だから『なにしろフェニカリデに来て欲しい』としか、サシーニャからは聞いていない。


 用件を聞いただけで辞退し、フェニカリデに出てこないのではと危ぶんだサシーニャだ。顔を見て話さない事には説得は難しいと思っていた。


 ワズナリテの現状を探り、説得の材料を見付けようと思っていたサシーニャだったが、ワズナリテのほうから話を切り出されてはお茶を濁すわけにもいかない。

「うん、リオネンデがワズナリテさまを王宮に出仕させたいと言っているんです」

まずは無難な線から攻めてみる。

「俺が王宮に? 何をさせたいんだ?」

「今、グランデジアの政策は王と筆頭魔術師、三人の大臣による閣議によって決定され、それを魔術師の塔が魔術師、あるいは内政官に命じて施策しています」


 判り切ったことを言われ、ワズナリテがニヤニヤする。その様子を見て、さすがにリオネンデの望みだと言うだけでは動かせないなと内心苦笑するサシーニャだ。


「ゴルドント・ニュダンガと領地が広がり、聞き及んでいるかと思いますがカルダナ高原にダムを建設するなど、国家事業も拡充してきています」

「うん、ダム工事の件は聞いているよ。チャキナム街道の件もね。ベルグはますます大きな街になったそうだね」

「はい、リオネンデ王の決断はグランデジアを豊かな国へと導いております」

「筆頭魔術師さまが知恵を出したんじゃないのか?」

「わたしは王の意思を実行したに過ぎません」


 俺はおまえのその謙虚なところが嫌いだ、つい言いたくなるワズナリテだ。それがなけりゃあ、おまえは優しくて皆を気遣ういいヤツだ。でもな、仕事にそれを持ち込めば『おまえは自分の仕事に誇りを持っていないのか?』と問い詰めたくなっちまう。成果は誰か他に譲り、失策だけは自分の責と言う。自分を正しく評価できないヤツに、他人を正しく評価できるのか?


「ワズナリテさまにお願いしたいのは……」

ワズナリテの不快に気付くことなく、サシーニャが続ける。軍人のワズナリテを説得するのに理屈を()ね回しても無駄だと感じ始めていた。

「閣議に列席することです」

「えっ? なんだって?」


 思いもしない申し出に聞き返したワズナリテ、ポカンとサシーニャを見詰め、次には吹き出した。

「俺を揶揄(からか)うならもうちょっとマシな――」

「揶揄ってなどおりません。揶揄うためにわざわざダズベルから呼び出すほど、リオネンデ王は暇ではない」

(なか)ば叱責するサシーニャに、ワズナリテが笑いを引っ込め、再びサシーニャを見詰める。


「閣議に列席って、具体的に?」

真面目に話を聞く気になったワズナリテに、サシーニャがほっと息をつく。


「閣議に出席する者を二名増やすことをリオネンデ王は望んでいます。狙いは二つ、現在の大臣だっていつまでも若い訳ではない。それにいつ病を得るか? ジッダセサンが大臣在任中に(やまい)に倒れたのはご存知でしょう?」

「あぁ、まだ働き盛りだった」

「不測の事態に備えると同時に、グランデジアの次世代を支える者を育てたい。それがリオネンデの考えです」

「では閣議を傍聴させると言う事か?」

「いいえ、副大臣として閣議に参加していただきます」

「副大臣?」


 再び驚くワズナリテをじろりと見たサシーニャが、

「はい、副大臣です。大臣としてもよかったのですが、今いる大臣たちが不平を言い出しそうなので差をつけることにしました。権限は大臣と同等です――大臣補佐として数年前からニャーシスが閣議を傍聴しております。リオネンデ王は、このニャーシスとワズナリテさまのお二人を副大臣に指名しておられます」


「ニャーシス? ジッダセサンの息子だな? 親を亡くした者への恩情か?」

サッとワズナリテが表情をこわばらせる。

「恩情? これはまた異なことを――ニャーシスさまがコッギエサとの不可侵条約に尽力したことをご存じありませんか?」

「うん? いや、知らないな。ニャーシスとは交流がない」


「王宮で知らない者はいませんよ?――病床に伏す前、ジッダセサンはコッギエサとの講和を王から(めい)じられていました。コッギエサの王弟の娘とニャーシスとの婚約が整い、もう少しという所で発病し、生憎(あいにく)婚約は解消、コッギエサとの条約も白紙となってしまいました」

「それで尽力? 結果が出せていないではないか」


「話は続きます――白紙になったものの、それまでの繋がりまで消え去るものではありません。ニャーシスはそれを生かし、独自にコッギエサと交渉を続けました。我が国がニュダンガを制圧したのもニャーシスには幸いし、ついにコッギエサにグランデジアとの不可侵条約締結にウンと言わせたのです」

「なるほど、その実績が買われて大臣補佐か……」


 ワズナリテの表情が(やわ)らいで、サシーニャをホッとさせる。ニャーシスの副大臣就任が恩情ならば、己には怪我を負い、足が不自由になったことへの恩情ではないかとワズナリテが疑ったのだと見抜いているサシーニャだ。

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