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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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その人を飾るもの

 夕食を済ませてから参ります――サシーニャから連絡が来たのは日が没し、空には星が(きら)めくころ、モリジナルからの帰都は予定よりも遅いものだった。


「旅程は予定通りに行くとは限りませんよ……いつだったかベルグに行かれた際、リオネンデさまは何日遅れたのでしたっけ?」

痛いところをスイテアに指摘され、不機嫌を引っ込めるしかないリオネンデだ。


 何か不測の事態が起きて遅れているのではと、心配しているのが不機嫌の理由なのだから、サシーニャがジャルスジャズナとともにチュジャンエラを連れて顔を見せれば途端に上機嫌となる。

「モリジナルはどうだった? 疲れただろう? まぁ、(くつろ)げ」

リオネンデにしては珍しく気遣いを見せる。


 チュジャンエラが『モリジナルで人気の菓子です……ただ、日持ちがしないのでお早くお召し上がりください』とずっしり重い包みをスイテアに手渡すと、

「チュジャンったら間違えちゃって、わたしには別のものだった」

ポツリとジャルスジャズナが愚痴(ぐち)る。リオネンデが『出してやれ』とそっとスイテアに(ささや)くのを聞いて、ジャルスジャズナが嬉しそうな顔をした。


「湧水を利用するようになってから、モリジナルはすっかり賑やかな街になりましたね」

サシーニャがリオネンデに微笑む。


「森に囲まれ耕作できる土地は狭い。安宿が建ち並び、そこを利用する坑夫たちが落とす(かね)が収入源の寂しい街だった。それが今では湧水目当ての貴族たちが集まって、街並みも華やか、それはもう賑やかでした」

「そうか。思惑通りだな」

リオネンデが笑顔で答える。


 近くに別の集落をつくり、坑夫たちを集めるよう提案したのはリオネンデだ。そして安宿を潰して貴族相手の宿を建てろと(めい)じた。原石のまま売却していた貴石類を加工し宝飾品として売ることを考えたのもリオネンデだ。


 時間のかかるとサシーニャは難色を示したが『おまえはなんのためにいる?』とリオネンデに言われ、モリジナルの()()を宿々の竣工前からグランデジア全土に流している。特に貴族相手には『素晴らしい宝飾品も手に入る』と付け加えた。その結果、二年も経たないうちにモリジナルは〝静養の街〟と呼ばれる、ゆったりと過ごしたい()()()貴族が集まる街となった。モリジナルの宿屋は民間が経営するものだが、宝飾店はすべて国営、グランデジア国庫に大きく貢献している。


 蒸し菓子を器に乗せ、茉莉花(ジャスミン)茶を添えて供される。嬉しそうにジャルスジャズナが食べる横で、

「ララミリュースは宝飾品を強請(ねだ)らなかったか?」

とリオネンデがサシーニャに尋ねる。


「さすがにそれはなかったですね……最初に最高級品を扱う店に連れて行きましたから――チュジャン、狙ってそうしたのだろう?」

サシーニャに話を振られたチュジャンエラ、(かじ)り付いていた菓子を慌てて口元から離して答える。


「あの価格ならどんなに図々しくても()()とは言えないと思いました。で、次には王侯貴族が身につけても恥ずかしくない程度、しかも自分で買おうと思うような価格帯の物が並ぶ店にお連れしました」

「旅程はおまえが立てたと聞いているぞ。ご苦労だったな」

リオネンデの(ねぎら)いに恐れ入りますと答えるチュジャンエラ、

「しかし、ララミリュースさまの買い物好きまでは読めませんでした」

と小さくなる。苦笑したサシーニャが補足する。


「買い物好きと言うより優柔不断。迷ってばかりで、なかなか決められない。昨日は丸一日宝飾店に入り(びた)り、今日もリッチエンジェの服飾店に寄ったのですが、あれこれ迷ってばかりでフェニカリデにつくのが随分と遅れてしまいました」

「ルリシアレヤは何か買い物をしたのかい?」

尋ねたのはジャルスジャズナだ。


「宝飾品を購入したのはララミリュースさまだけですよ。リッチエンジェでは細々したものを皆さん何かしら買われた様子でした――しかし女性はキラキラしたものがお好きなようですね。護衛に連れて行った魔術師さえも、宝飾店では宝石に見入ってました」

チュジャンエラが答えると、ジャルスジャズナが『わたしも行けばよかったかな』と物欲しげに言った。


「ルリシアレヤは宝飾に興味がないと言う事か?」

少し外れた質問をしたのはリオネンデだ。

「欲しければ買えないわけではないだろう?」

「あぁ、それは、サシーニャさまが……」

つい口を滑らせたチュジャンエラが慌てて言葉を止めるが

「サシーニャが?」

とリオネンデがサシーニャを見る。

「えぇ、ルリシアレヤさまと侍女のエリザマリさまに、襟元を飾るピンをお贈りしました」

慌てたチュジャンエラと裏腹に、サシーニャは事も無げに答える。


「お二人とも購入を迷っておいだったんです。ルリシアレヤさまはエリザマリさまを気遣い、エリザマリさまはルリシアレヤさまに遠慮している様子でした。エリザマリさまの気に入られた品のほうが高価だったのです」

「なるほど、ルリシアレヤよりも高額のものを買うわけにはいかないとエリザマリは考え、自分が買えばエリザマリが欲しいものを買えなくなるとルリシアレヤは考えたんだな?」

(おっしゃ)る通り……そこでわたしが両方を購入し、それぞれ差し上げたのです。これで一件落着です」

「ふぅん……」


 リオネンデが不思議そうな顔をする。

「珍しいなサシーニャ。おまえが()()()()女性に贈物をするとはな。なぜ請求を魔術師の塔にしなかった?」

「えっ?」

リオネンデの指摘に、サシーニャがきょとんとする。

「いや……思いつきませんでした」

「まぁ、気にするな。どうせ大した額のものでもないのだろう? おまえが払っておけ――で、チュジャン、おまえはどうして口籠ったんだ?」


 話の流れをビクビクしながら聞いていたチュジャンエラが、

「あ、いや……サシーニャさまには言いませんでしたが、個人的に贈物をなさるのはどうかと思ったものですから」

考えついて(・・・・・)いた言い訳を口にする。苦笑したリオネンデが『なるほどね』と(ほこ)を収め、話を変える。


「ところでジャジャ、王廟(おうびょう)はどう答えた?」

旅から帰って早々に来ると言うサシーニャに『明日でもいいぞ』とリオネンデが言わなかったのは、この話がしたかったからだ。


 茉莉花茶を(すす)っていたジャルスジャズナが杯を口元から離すこともなく

「リオネンデのお望み通り」

と上目遣いで答える。

「何を王廟に訊いたのですか?」

サシーニャの問いに、

「大臣を二人増やすことにしたぞ、サシーニャ」

リオネンデが愉快そうに答えた。


 リオネンデがサシーニャに説明している隙に、ジャルスジャズナがチュジャンエラにこっそり聞いている。

「サシーニャは、何を贈ったんだい?」

それにチュジャンエラがサシーニャを気にしながらもこっそり答える。

「ルリシアレヤさまには金剛石(ダイヤモンド)、エリザマリには月の雫(パール)です」

「金剛石のほうが高そうだけどねえ?」

「いくつか並べて花に見立てたものなのですが小さな石ばかりだったのでそうでもなかったんです。でも月の雫(パール)のほうは大玉が五粒、それにモリジナルでは取れないものだからか高額でした」

「あぁ、そうか、月の雫(パール)は山じゃ取れないさね」


 リオネンデの説明を聞いたサシーニャが、

「判りました、お任せください」

とリオネンデに答えている。


「ワズナリテとはあれ以来、折に触れ連絡を取っております――奥方が田舎暮らしは飽き飽きと言い出して喧嘩が絶えないと言っていました」

「なるほど、妻を連れてフェニカリデに出て来いと説得するか?」

「ただ、ワズナリテ本人は本を読んだり子どもたちの相手をしたりして過ごす今の生活に満足しているようなことを言っております」

「あいつの子どもは幾つになった?」

「上が七つ、下が五つ。二人とも男児です」

「子どもたちの将来について、何か言っていたか?」


 ここでサシーニャが少し考える。

「そうですね……はっきりと言ったわけではないのですが、できれば軍人にしたいようです。軍人になるにはフェニカリデにいたほうが有利ですね」

「説得できそうだな。任せたぞ」

リオネンデが嬉しそうに微笑んだ。


 難しいのは、と言ったのはサシーニャだ。

「大臣を五人にすると聞いて、今の大臣たちは納得するでしょうか?」

「マジェルダーナは納得してるんだろ?」

口を出してきたジャルスジャズナにリオネンデが、

「いや、まだ話していない」

と笑う。


「えっ? マジェルダーナが言い出したんじゃないんだ?」

「あいつはニャーシスを大臣にしろと言っただけだ。で、どうするかなと考えた俺が思いついたのが大臣五人体制だ」


「王廟の許しを得たと、無理押ししますか?」

と言うサシーニャにリオネンデが難色を示す。

「それでは後々が面倒だな。古顔が新参をいびり倒しそうだ。そのあたりの面倒を見るならいいぞ、サシーニャ」


 サシーニャ頼みのリオネンデに

「またわたしですか? イヤですよ、大臣たちの(いさか)いに巻き込まれるのは」

サシーニャがうんざりする。


「だったら三人を黙らせる口実を考えるんだな」

「リオネンデはどうするつもりだったんですか?」

「俺がそんな細かいことを気にすると思っているのか? おまえに言えばなんとかしてくれるとしか考えちゃいない」


 二の句が継げないサシーニャ、呆れるだけで何も言えないジャルスジャズナ、チュジャンエラはいつも通り心配そうに見守る中で、ジャルスジャズナの杯に茉莉花茶を注ぎ足していたスイテアが

「だったら取り敢えず、〝準大臣〟とかとして、区別化したらいかがですか?」

と言って周囲を驚かせた。


「なるほど。それで時期を見て〝大臣〟とすればいいですね。まぁ、準大臣と言うのはどうかと思うので、名称は考えましょう」

とサシーニャが賛同し、リオネンデも

「俺に異存はないぞ」

同意する。


 すぐ『名称』を思いついたようで、

「副大臣、うん、これで行きましょう」

サシーニャが笑顔を見せる。

「それで、就任させるのはいつ頃を考えているのですか?」


「できればおまえがジッチモンデに行く前がいいな」

リオネンデが答えると

「ジッチモンデに行くんだ?」

ジャルスジャズナが驚く。が、これはサシーニャもリオネンデも答えず流される。


「チュジャンの次席魔術師もそれまでにと考えているので、忙しくなりますね」

「雨期が終わったら行くと言っていたな?」

「はい、準備は進めています。ワダに特別な器を作るよう依頼しました」

「それを持って商談に行くか――なんだかおまえばかりにすべてを任せているな」

「今更殊勝なことを言っても騙されませんよ」


 サシーニャに苦笑したリオネンデ、ふと思い出して呟いた。

「そうだ、舞踏会もあったんだった……本当に忙しくなるな」

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