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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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王の計画

 スイテアが王の寝所に行くとリオネンデは寝台に横たわっており、スイテアに気が付くとプイッと背を向けた。まるで我儘(わがまま)な子どものようだとスイテアが思う。


「リオネンデさま、お休みになるならお召し替えを」

声をかけても反応しない。


 どうしたものかと立ち尽くしていると、

「ちゃんと食べたのか?」

そっぽを向いたままリオネンデが訊いてきた。


「リオネンデさまをおひとりにして、食事をするわけには……」

「――そうか」

どうやら少しは落ち着いたのだろう、ゆっくりと起き上がると後宮の入り口に向かい、リオネンデはレムナムを呼んだ。


「着替える――それから、執務室に剣を置き忘れている。それをこちらに。そのついでに、サシーニャとジャッシフに毛織物でも持って行ってやれ。今夜はこのままあの部屋に(とど)まるそうだ。あと……こちらにも飲み物と、何か料理の用意はできるか?」

レナリムの『かしこまりました』と言う声が聞こえた。


 すぐに女たちが現れ、リオネンデの世話を焼き始める。レナリムがスイテアを伴って、奥に行こうとすると、

「そいつには、(すそ)に桃の花を散らした衣装を着せておけ」

リオネンデが言った。スイテアの部屋を検分した際に、掛けてあったのを覚えていたのだろう。


 スイテアが王の寝所に戻ると、リオネンデは剣を手にして立っていた。スイテアの剣だ。

「うっかり、向こうに置き忘れた。頭に血が上り過ぎていたようだ」

言外に怒鳴ったことを謝ってくる。そして(さや)から抜くと剣先を下に向け、剣をスイテアに渡してきた。


「どうだ? 慣れないうちは少し持ち重りがするかもしれないな」

と、自分は敷物に座った。


「好きなように振ってみろ。最初は手にマメができるかもしれないが、そのうち慣れる――手袋を作らせるか……」

最後は独り言だ。


 振れと言われても、どう振ったものか? 迷いながらもスイテアは振り下ろしていた。

「それでは肘を傷める。肘と肩に響いただろう?」

笑うリオネンデに、

「肘の内側が伸びたように感じます」

スイテアが答える。するとリオネンデは、

「そのうちに判る――(さや)に収めてみろ」

座ったまま鞘をスイテアに向けた。


 鞘を受け取ったスイテアが剣を収めようとするが、

「おい、それでは自分の手を切るぞ」

リオネンデが慌てて立ち上がり、剣と鞘を取り上げた。


「まぁ、いい。明日ジャッシフにゆっくり教えて貰え」

寝台の奥、枕のある方の横に置かれた剣立てに置き、

「暫くは飾りだな」

と笑った。


 敷物の上にはレナリムに(めい)じた料理が、執務室に出されたものと同じような種類で揃えられ、量は少ないが並べられている。だが、スイテアがひとりで食べるには多すぎる。


 座れ、食べろ、とリオネンデにせっつかれ、座って食べ始めると、リオネンデはレモン水をスイテアの杯に注ぎ、自分も先ほどから飲んでいた杯に手を伸ばした。その杯からはビールの匂いがしていた。


 リオネンデの機嫌はすっかり直っているようだ。煮豆を食べた後、スイテアはエビに手を伸ばした。リオネンデを真似てエビを折る。プリッとした感触は、スイテアには初めての物だ。食べた時も不思議な食感だと思ったが、頭と胴体が簡単に離れるのも面白い。


「こちら側は食べられないのですか?」

(くず)皿に乗せた、エビの頭部を見ながらスイテアがリオネンデに問う。

「ん? あぁ、身は少ないし食べ難い。内臓は美味だが、やはり食べ難い。細い(さじ)()き出すか、(かじ)り付いて吸ってみろ――カニの食べ方は判るか? 甲羅(こうら)を取ると内臓が剥き出しになって付いてくる。それも匙で掬って食べる。足は固い殻を割って、中の肉だけ食べるんだ。殻が割れないようなら割ってやる。美味(うま)いぞ」

リオネンデがカニを手に取り、甲羅を外す。


「これも簡単に外せる。もうこれでカニは終わりだが、次にあった時には自分でやってみろ」

と、スイテアの皿に乗せる。

「このビラビラは食えないからな」

エラを指して付け足した。それから何本か足の殻を割り、皿に乗せた。


 自分で向いたエビの身を食べ、内臓を(すす)った。なんとも言えないコクを感じた。それからカニの内臓を食べてみる。海老と似ているが、さらにコクがあった。割れ目を入れられたカニの足は簡単に殻が(はず)せた。白い身の中に何やら幅広の紐のほうなものがあったのでリオネンデに聞いてみると、『食うな』と言うので、それは残した。


 身と内臓の味の違いに驚かされ、その美味(おい)しさにも驚くばかりのスイテアだ。もう一度エビを取り、内臓を啜った後、身を包む殻を剥いていると

「エビは気に入ったか?」

とリオネンデが微笑む。

「はい……エビもカニも、とても美味しいものですね」


 リオネンデはスイテアを眺めているだけで、いつものように構ってこない。食べているときはその方が助かるスイテアだが、落差が不気味に思える。


「食は(いのち)を繋ぐものだ」

スイテアに頭を向けてリオネンデが横たわった。

「王都フェニカリデ・グランデジアはガッジム川の恵みを受け、土地が肥え、用水に困る事もない。川で水産物を得る事もできる」

「緑豊かで美しい(みやこ)と言われてますね」

「うぬ……が、王都を出れば荒れた地が続く。水を得るのに井戸を掘り、その井戸も枯れる事がある。そんな土地に住む中には、やっとその日の(いのち)を永らえている者もいる」


 暫くリオネンデが黙る。スイテアはリオネンデの様子を(うかが)いながらレモン水を口にする。

「四日後、俺はベルグに出掛ける。ベルグにはカルダナ高原からドジッチ川が流れ込む。この川は雨季に毎年氾濫(はんらん)を起こし、ベルグの街を襲う。この氾濫を治めるため、カルダナ高原でドジッチ川を()き止めようと考えている」

「川を堰き止める?」

「うん、堰き止めて大きな溜池(ためいけ)を作る。その溜池から、水に困っている地域に向けて水路を建設したい」

「それは、随分と大掛かりな……」

「そうだな、俺が生きているうちに終わるかどうかも判らんな」

リオネンデが苦笑する。そして起き上がると、ブドウを摘まんで口に放り込む。


「このブドウはフェニカリデ・グランデジアの郊外で収穫したものだ。たぶん王都でなければ食べられないだろう。王都には物も人も集まるが、出て行く物資は少ない。買えるほどの金が地方にはないという事だ――俺は、グランデジア国をどこででも豊かな食料が手に入る国にしたいんだ。それが亡き父が目指した国でもある」


 スイテアがリオネンデに微笑みを向ける。

「リオネンデさまは……やはり国王でいらっしゃるのですね」

スイテアの言葉にリオネンデが目をぱちぱちさせ、

「俺をなんだと思っていたんだ?」

と笑う。


「そんな国にするにはまず、金が必要だ。そして労働力――民が必要となる。金と民を手に入れるため、国土を広げる。なにも虐殺するために攻め込むのではない。初めから傘下(さんか)に入るか協力を約束してくれるなら、こっちだってそれなりの処遇を用意する。だが、たいてい信じてもらえないし、こちらも簡単には信じない」


 あぁ……リオネンデは、わたしの故郷を滅ぼした事を言っているのだ、とスイテアが気づく。

「人間は欲深い。俺もそうだ。だが、欲がなくなれば、生きているかい(・・)もない。欲があるからこそ、美味(うま)いものが食べたいし、復讐心も持てる――しかし欲が深くなりすぎれば、結局は身を亡ぼす。難しいものだな」


 スイテアに向けていた視線をリオネンデが()らした。そして瓜に手を伸ばす。

「今日も瓜は美味(うま)い。これも俺に欲があるからだ」

そう言って、ガリガリと食べ終わると杯をグッと開け、また横たわった。

「さっさと食べ終えろ。俺を待たせるな」


 スイテアが食事を再開すると、

「昔から俺は我儘(わがまま)で、うん、独占欲が強かった。幼い頃は乳母の一人を独占したくて怒ったり泣き(わめ)いたり……気に入った玩具は(がん)として誰にも貸さなかったし(さわ)らせもしなかったそうだ。覚えちゃいないがな。一時期はサシーニャを独占したがって、それができないとなると、サシーニャを意味もなく(いじ)めた。帰って欲しくなくて、帰るなら二度と王宮に来るなと言ったこともあったな――我儘で手に負えなかった。それなのに、アイツはいつも俺に譲ってくれ、時には(たしな)め、決して自分は傍を離れないと言ってくれた……」

と、ここまで話して、急にリオネンデが黙り込む。


「アイツってサシーニャさま? もしかしてリューデントさま?」

スイテアの問いに、

「……なくして初めて判る事がいろいろあるな」

とリオネンデは答えたが、スイテアはリオネンデが答えるのを避けた気がした。ほかに名を言えない誰かがいたのかもしれない。


「まぁ、なんだな。いい(とし)になればそんな我儘を言う事もなくなったし、まして今の状況じゃ、な。だけど、おまえの事となると、どうもいけない。悪い癖が頭をもたげてしまう――おまえが(ほか)の男の名を口にするだけで、イラッとする。笑顔など見せてみろ、胸が(たぎ)る。困った男だな、俺は」

そう言ってリオネンデは、いつものように右手を目の上に乗せた。

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