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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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王廟の意向

 ジャルスジャズナの問い掛けに、サシーニャがフッと息を吐く。

「わたしの母は王の娘であり前王の姉、いまさら王家に名を連ねるのを拒む理由がありません。ただ……」

「ただ?」


「リオネンデを無事即位させ、王の思う政策を実現する。そのためにわたしは権力が欲しかった。筆頭魔術師に就任する際も、大臣たちの中には若過ぎると反対する声もあった。ま、マジェルダーナですが」

「それでマジェルダーナさまと仲違いを?」

これはチュジャンエラだ。サシーニャはそれに微笑んで続けた。


「そのうえ王家の守り人を兼任……マジェルダーナは猛反対しましたが、先に王廟(おうびょう)の許しを得ているとなれば黙るしかありません」

「その王廟の許しだって、条件付きだって言ってたね」

「えぇ、王廟が納得する条件を必死で探しましたよ。リオネンデなんか諦めてしまって『俺だっておまえを王家から出したくない』ってボヤいて、そしたら王廟がガタガタッと揺れたんです」


「王廟が揺れた?」

驚くジャルスジャズナ、サシーニャが

「お渡しした守り人の心得に書かれています。質問の途中で扉が開いた意味もね。王廟の反応についてはほかにもいろいろありますから、再読しておいてください」

と言えば、申し訳ないと小さくなった。


「で、わたしが王家に戻る話ですが、今のわたしは筆頭魔術師であり、前王家の守り人、さらに王妃となると約束されたルリシアレヤの後見……ここで王家に戻るとなれば、またとやかく言われるのは目に見えています」

「サシーニャさまが力を持ち過ぎるってことですよね? 言いたいヤツには言わせておけ、ってリオネンデさまなら言いそうだけど?」

そう言うチュジャンエラに

「リオネンデは国王だからそれでいいんだよ」

と言ったのはジャルスジャズナだ。

「国王が力を持つのは容認される。王なんてそんなものだからね。だがサシーニャはそうはいかない。前王クラウカスナがサシーニャを『王子』ではなく『()王子』にしたのはそのあたりを懸念したのかもしれないね」


「はい、クラウカスナ王はわたしに王子の身分をと言ったそうですがマジェルダーナが反対し、準王子で手を打ったと聞いています。が、それはクラウカスナ王とマジェルダーナが示し合わせての事とジッダセサンから聞きました」

「ジッダセサン? 前の三の大臣か?」

「ご逝去される少し前のことです。病床を訪ねたわたしに『マジェルダーナを恨むんじゃないよ』と……功を焦るな、とも言われました」


 サシーニャが少し目を伏せる。そしてすぐに顔を上げ、現状を語る。

「王家の一員に戻るということは、王と同等になるということ。現時点でわたしは王に次ぐ権力を持っています。そのわたしが王と同等となれば、心配なのはわたしへの反発だけではありません」


「おまえを(かつ)ぎ上げようと動くおバカさんも出てきそうだね」

ジャルスジャズナがウンザリした顔で言い、

「わたしにその気がなくても、そんな気でいると吹聴し、わたしを失脚させる、あるいはリオネンデと決裂させる――そんなことを企てる者もいるかもしれません」

サシーニャが補足する。


 チュジャンエラが

「そんな事くらいじゃ、リオネンデさまとサシーニャさまの絆は壊れそうもないけど?」

と言えば、

「わたしとリオネンデはビクともしない。が、国情は乱れます」

サシーニャが答える。


「だからって、王家に戻るつもりがないわけではありません」

「王廟との約束は反故(ほご)にできないからねぇ」

「約束を破るとどうなるの?」

「どうなるんだったっけ?」

チュジャンエラに訊かれたジャルスジャズナがサシーニャに問う。クスッと笑ったサシーニャ、

「王廟の気分次第のようですよ。罰が下るとも言われているし、次からはどんなことを願っても許しがでないとか、ね」

と、答え、

「王廟も待ちかねているらしいので、少し急いだほうがいいかもしれません」

表情を曇らせる。


「王家に戻る前に、わたしが持つ権力を分散させたいと思っていたのです――守り人はジャルスジャズナさまに引き受けていただいた」

ジャルスジャズナを見てサシーニャが軽く頭を下げれば、ジャルスジャズナが会釈で答えた。


「筆頭は辞めるわけにはいかないのです。これは王廟との約束、筆頭になる時、身体が動く限り勤め続けるという条件が出されています。仕方ないので次席を置くことにしたのですが……」

サシーニャが、今度はチュジャンエラに視線を向ける。


「チュジャンエラに任せるのはあまり効果がないけれど、他には任せられません」

「僕じゃないほうが良かったの?」

「チュジャンはわたしの弟子ですから、権力の分散という意味では、ね。でも、わたしにもしもの事(・・・・・)があった時、グランデジアの魔術師を束ねられるのはチュジャンエラしかいないと判断しました。そちらの方が大切です」

自分を見詰めるサシーニャに、チュジャンエラが誇らしげな視線を返す。


 チュジャンエラに微笑んでから、サシーニャが再び目を伏せ、顔を曇らせる。

「だが、力の分散にはまだ足りない……いや、むしろ事態は悪化したか?」

「悪化?」

心配そうなジャルスジャズナ、

「バチルデア王家との繋がりですか?」

とチュジャンエラ、

「うん。後見を引き受けたことで、王妃の母国を味方につけたと言われるだろうね。グランデジアじゃバチルデア王家の威光なんか、大して役にも立たないけれど……ルリシアレヤが政治に口出ししてくるようになると、ちょっと面倒かな」

これはサシーニャ、『そうならないとは思いますが』と付け加える。


 だったらさ、と言ったのはチュジャンエラだ。

「この際、サシーニャさまはいずれグランデジアを出て、バチルデアに移る気だとでも噂を流しましょう」

事もなげに言ってジャルスジャズナの目を丸くさせる。そこでサシーニャが、

「なるほど。なかなかいい考えです」

と賛同し、

「ちょっと!」

ジャルスジャズナが悲鳴を上げた。


「あんたたち、何を言い出すんだ? サシーニャをバチルデアに? リオネンデが許すもんか!」

大声で抗議するジャルスジャズナに、サシーニャとチュジャンエラが二人して冷ややかな視線を向ける。それからゆっくりと顔を見合わせたかと思うと、プッと吹き出した。


 チュジャンエラはげらげら笑いながらも、

「ジャジャったら、話はちゃんと聞きなよっ!」

と言うが、笑いを抑えきれないサシーニャは、

「それとも、なんですかね、わたしがバ、バチル……」

最後まで言い切れない。

「なんだよぉ、二人とも」

大笑いされたジャルスジャズナは情けなさに涙が滲みそうだ。


「僕はね、ちゃんと『噂』って言いましたよ。サシーニャさまがリオネンデさまから離れるはずないじゃないですか」

笑いが止まらないサシーニャを横目に、

「でもさ、チュジャン。そんな噂を流したりしたら、本当にサシーニャを排除しようって動きが出てこないかい?」

ジャルスジャズナが問う。

「そんな動きがあったって、サシーニャさまはビクともしませんよ。何しろ王の信任厚い筆頭魔術師なんだから――サシーニャさま、いい加減、落ち着いて。そこまで()()しかった?」


「確かにサシーニャが拒否すれば、誰も強要はできないけれど……でもさ、ってことはその噂を否定するんだろ? そしたら噂を流す意味もないんじゃないか?」

「サシーニャさまはそのあたり、巧くやるよ。噂を否定されて納得するものの、でもどこかでひょっとしたらと思わせるって、得意だもん――サシーニャさま、まだ笑い()まないんですか!?」


「普段からサシーニャは含みのある物言いが多いから、余計に相手は騙されそうだけど――ほっときなよ、チュジャン、笑わせとけばいい。笑われてるわたしが気にしてないんだから気にしなくていいよ」

「でもさ、笑い過ぎじゃない?」

「笑い過ぎで死にゃあしないよ。サシーニャと飲んだこと、ないのかい?」

「サシーニャさまはお酒、召し上がらないんです」

「あぁ、間違っても飲ませないほうがいいって、リヒャンデルが言ってた」


 笑いが止められないサシーニャがテーブルを叩いて言うなと合図するが、気にするジャルスジャズナではない。

「わたしもサシーニャと飲んだことはないんだけど、リヒャンデルは双子の王子と四人で、リューデントの部屋で飲んだらしい――酒に弱いのもあるが、笑い上戸で酔えばケラケラ笑い始めるんだと」

「今と同じじゃん。僕、今日はお酒なんか出してませんよ?」

サシーニャのテーブル叩きが激しくなる。


「それだけじゃない、もっと酔うと今度は泣き上戸になる。しかも絡み酒だってさ」

「マジで?」

「ジャジャ!」

ジャルスジャズナを止めようと、やっとのことでサシーニャが叫ぶ。それでも笑いの発作は治まらないようで、クックと忍び笑いが続く。


 クスクス笑いのジャルスジャズナが

「怒られるからこれくらいにしとくさね――でもさ、噂には火元も必要だよ? なんの根拠もない噂じゃ誰も疑いやしないんじゃ?」

と、チュジャンエラに向かえば、

「それもそうですね……サシーニャさまがバチルデアに移ると言い出しても可怪(おか)しくない理由が必要ってことですよね?」

チュジャンが答え、少し考えてこう言った。


「だったら、こんなのはどう? サシーニャさまはバチルデアの……そうだ、エリザマリあたりがいい、ちょうどサシーニャさまの好みに合うし。エリザマリに夢中になって追いかけて――」

「チュジャン!」


 チュジャンエラを遮ったのは、いきなり笑いを止めたサシーニャだ。

「企てに、なんの関係もない人を巻き込むな」

怖い顔で言うサシーニャに、

「だったらさ、ララミリュースに紹介された誰かとかはどう?」

ジャルスジャズナがチュジャンエラの提案を引き継ぐ。


 溜息をつくサシーニャだ。

「守り人さままでそんなことを……エリザマリにしてもララミリュースにしても、流した噂が本人の耳に入る可能性があることを忘れてはいけません。エリザマリは困惑し胸を痛めるかもしれない、ララミリュースは本気でわたしの相手探しに奔走するかもしれない――急ぐ話でもない。もっとマシな理由を考えておきます」


 王廟の件は承知したと、ジャルスジャズナに退出を促し、

「わたしは執務室に行く前に寄りたいところがあります。おまえは自分の仕事を(こな)しておくように」

とチュジャンエラをも遠ざけたサシーニャだ。


「リオネンデさまのところですか?」

問うチュジャンエラにサシーニャは、

「王宮から出ます。留守は頼みましたよ」

と答えた。

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