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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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 翌朝、自室からサシーニャの部屋に向かったチュジャンエラは途中、ジャルスジャズナに出くわしている。ジャルスジャズナもサシーニャの部屋に行くところだった。

「昨日の件ですか?」

チュジャンエラの質問に、ジャルスジャズナは『サシーニャに話す』と答えた。


「サシーニャさま、昨夜はちゃんと眠ったかな?」

「なんだ、アイツ、眠りもせずに何してる?」

「仕事、かな? 調べ物だろうけど、本を読んでることが多いよ――昨日はかなり疲れたみたいで、夕刻、久々に仮眠してました。リオネンデさまと二回も遣り合ったって言ってましたよ」

「リオネンデと? 何を揉めたんだろう?」

「それが、訊いても『大したことじゃない』って。リオネンデさまが一方的に腹を立てただけだって」


 ジャルスジャズナが足を止める。

「リオネンデとサシーニャの仲はどうなんだい? チュジャン、おまえ、近くで見ていてどうなのさ?」

チュジャンエラも足を止め、ジャルスジャズナをキョトンと見る。


「ジャジャ、それってまさか、サシーニャさまとリオネンデさまができてる(・・・・)か、って訊いてるんじゃないよね? 随分前にそんな噂もあったけどあり得ない。単純に仲がいいかって訊いてるのなら、それこそできてる(・・・・)んじゃないかってほど仲がいいよ。見交わすだけで意思の疎通を図ってることがあるよ、あれは」

「そうか、それならいいんだ……王と筆頭魔術師が仲違いなんかしたら国が揺れるからな」


 歩き始めたジャルスジャズナに、

「あの二人って、何か共通の秘密というか、計画というか、そんなものがあるように感じるよ」

歩みを揃えたチュジャンエラが追加する。ジャルスジャズナは少しばかり躊躇(ためら)ったが、

「国を治めるって共通の課題があるさね」

答えた。この時、ジャルスジャズナはチュジャンエラに言った事とは別の事を考えている。


 チュジャンエラはリオネンデとサシーニャが考えている復讐を知らないはずだ。サシーニャに確認したら、決行までチュジャンエラには明かさないと言っていた。知っているのはリオネンデの側近ジャッシフ以外はスイテアとジャルスジャズナだけだ。


 チュジャンエラを次席魔術師にすると聞いて、ジャルスジャズナが真っ先に思ったのは『復讐』の事だった。ゴルドントを制し、ニュダンガを手に入れ、決行の条件は整いつつある。その日のため、そして万が一への備えのため、チュジャンエラを次席としておきたいのだと思った。


 リオネンデとサシーニャが揉めるのは決行が近いからだ。大きな決断をするときは気が立つもの、二人は緊張と不安を抱えている。その中で、どんな選択を二人はするのだろう?


(どっちにしたって……)

ジャルスジャズナは思う。

(二人の決断にわたしは手を貸すさ)

どれほどのことができるかは判らない。でも、そう決めている。だから守り人を引き受けた――


 ジャルスジャズナとチュジャンエラがサシーニャの居室に行くと、サシーニャは窓辺の椅子で髪に(くし)を通していた。


「おまえ、それ、長すぎだろう?」

ジャルスジャズナが呆れると、

「いい加減、持て余し気味です」

サシーニャが(なげ)く。


「切ってやろうか?」

「なんでわたしの髪を切りたがる人がいるのかな? チュジャンにも言われたんです。目障(めざわ)りなんでしょうかね?」

不貞腐れ気味のサシーニャだ。


「目障りってことはないけれど、長いなぁ、とは思うよ。重くないのかい?」

「切ったら頭が軽くなりそうです」

これにはサシーニャも笑う。


「でも、まだ切るわけにはいきません」

「願掛けでもしているのかい? 面倒だから切らないって言ってなかったっけ?」

曖昧に笑むだけで答えないサシーニャだ。緩く後ろで編んで、細紐で髪を(まと)めている。


 いつも通り朝食の準備をするチュジャンエラに、

「次席に就任したら、こんなことはさせられないね」

と笑むジャルスジャズナ、

「そんなこと言うと、ジャジャの分は用意しないよ? 僕の楽しみを取り上げないでください」

ツンと口先を尖らせるチュジャンエラにサシーニャも微笑む。

「次席になろうが、チュジャンは好きなようにしていればいい」


「サシーニャは甘いよなぁ」

と言ったのはジャルスジャズナ、

「えぇ、自分が甘いのに僕を我儘(わがまま)だって言うんです、酷いよね?」

チュジャンエラが笑う。


「今日のスープは豆を(こうじ)で発酵熟成させたもので調味したってポッポデハトスが言ってました。それってサシーニャさまが、ブツブツ言いながら作ってたアレですよね?」

「なるほど、スープに()いて使ってみたのですね。試作品ができたので、使ってみるよう頼んだのです。ブツブツなんて言ってましたか?――ひょっとしてこの小(メロ)()の漬物は米糠(こめぬか)を利用したもの?」

「あぁ、それも例の試作品だって言ってました、塩の加減が難しいってサシーニャさまに言っておいて欲しいって」

「判りました、あとで厨房に見に行きます」


「サシーニャ、コメヌカってなんだ?」

訊いたのはジャルスジャズナだ。

「精米するときに出る、うーーん、カスのようなものですよ。大量に出るので利用法はないかなと」

「グランデジアの食糧事情は良くないのか?」

「全体を見る分にはそれなりに豊かになってきています。もっとも、貧富の差が解消できるところまでは至っておりません。まだまだです――廃棄する分が減れば、作り手の実入りが良くなるというのがリオネンデの考えです」


「捨てていた物が収入源になるのなら、そりゃあ作り手は喜ぶだろうね」

「加えて、他国にないものを作れるようになれば、それは我が国の強み――将来的に、交易による利潤を見込めるものを考えろと言われました。だったら長期保存がきく物がいいと試行錯誤した結果、発酵させようと考えたのです」

「試作が終わって実用できるようになったら、王の名で(・・・・)推奨品として広める予定なんだろう? 思いついたことを言えばサシーニャが実現してくれる……リオネンデは楽でいいね」


 ジャルスジャズナは笑うが、

「その思い付きがわたしにはなかなか(・・・・)……リオネンデがいてこそ、わたしの知識や技術が生かされるのです」

と、小甜瓜(メロン)の漬物を口に入れながらサシーニャが言う。

「うん、塩や酢に漬けた物より風味が増している。でも、諸国に売り込むにはもう一工夫と言ったところでしょうか」

考え込むサシーニャにチュジャンエラが、僕は美味しいと思うけどなぁと呟いた。


 食事を終え、テーブルが片付いたところにチュジャンエラがお茶を淹れ、やっとジャルスジャズナが本題を切り出す。

「昨日、頼まれた件だけど……一件はすぐ扉が開いたよ」

「開いたのはチュジャンの件ですね?」

ジャルスジャズナが頷き、

「もう一件は、条件を付ければ許されるか訊いてみたけれど、やはり扉は開かなかった」

「判りました――でも、それをレナリムに言っても信用しなさそうですね」


 ジャルスジャズナは今朝、サシーニャの依頼で王廟にお伺いを立てている。一件はチュジャンエラの次席魔術師着任の件、もう一件はレナリムの息子ジャニアチナを王家の一員に加えるかどうかだ。レナリムはジャニアチナをリオネンデの猶子にと考えているようだが、それはすなわち王家の一員になるということだ。


 サシーニャが説得してダメなら、最後はリオネンデに任せるしかないよ、とジャルスジャズナ、

「ついでだから頼まれてないけど、他にも訊いておいた事があるんだ」

チラリとサシーニャを見る。その様子から、

「わたしのこと?」

サシーニャが首を(かし)げてジャルスジャズナを見る。


「うん……おまえを王家の一員に戻すって話だ。で、扉が不思議な動きをした」

「不思議な動き? どんな?」

「筆頭魔術師サシーニャを王家の一員に、と言ったところで扉が開いたんだ」

「なるほど――通常、守り人が尋ね終わるまで扉は動かないんです」

先回りしてチュジャンエラに解説したサシーニャ、

「それで? それで終わりですか?」

ジャルスジャズナに先を促す。


「いや、念のため、『戻したいのです』と最後まで言い切った。扉は開いたままだった。そこで『次に』と言ったら、やっと扉が閉まった」

「いったい幾つ、お伺いを立てたんです? 遠慮のない守り人だと、王廟は思った事でしょうね」

クスリとサシーニャが笑う。

「それで、何を聞いたのです?」


「いや、大したことじゃない。一員に戻っても筆頭魔術師のままでよいか、だから」

「普通に扉は開いたのですね?」

「あぁ、ちゃんと開いたさ……なんか、もっと聞きたいこともあったけど、またでいいやって、帰ってきた。疲れたし、日の出も近かったしね」

「まだあるのですか? 欲張り過ぎです――王廟との語らいは自分でも気が付かないうちに魔力を消耗するからね、けっこう疲れますよ」

「いやさぁ……」


 ジャルスジャズナがサシーニャの言葉を受けたわけではないだろうが、疲れた顔をする。

「ララミリュースが、ルリシアレヤは王家の一員になれるのかって執拗(しつこ)く訊いてくるんだよ」

「ララミリュースが?」

呆れたサシーニャがチュジャンエラと顔を見交わす。そして

「再び同じことを問われたら『リオネンデが知ったら内政干渉だと怒る。二度と口にしてはいけない』と脅すといいですよ――チュジャンの件はリオネンデの了承を取りました。日程を決めておいてください」

ジャルスジャズナに言った。

「あぁ、そうだね、そうするよ――ところでサシーニャ、おまえを王家に戻していいか訊いた時の王廟の動き、あれはなんだ?」

「それは……」


 少し考え込むサシーニャ、が、すぐに

「以前、明示した条件の履行を王廟が催促したのです」

薄笑みを浮かべる。


「調べれば判ることなので申し上げます。問掛けが終わる前に扉が開いたのは王廟の怒りを表しています」

「王廟が怒っている?」

「ジャルスジャズナさまに対するものではありません。わたしへの怒りです」


 サシーニャが小さく溜息をつき、

「当初、わたしが守り人になることを王廟は許しませんでした」

と言って、ジャルスジャズナとチュジャンエラを驚かせる。


「王廟が課した条件は、退任したら王家に戻る、というもの。現守り人さまにはお伝えしておくべきでした」

「ってことは、わたしが訊いたことは王廟からしたら、何を今さらってことだったんだね」

「そうですね。そして言い終わる前に扉を開いたのは、早くせよとの催促です――リオネンデの催促は誤魔化せても、王廟の催促は無視できませんね」


 再び大きく溜息をついたサシーニャをジャルスジャズナが覗き込んだ。

「王家の一員に戻るのが嫌なのかい、サシーニャ?」

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