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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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201/404

謎めく口紅

 魔術師の塔から王館に戻ったリオネンデは、執務室でジャッシフと(しばら)く打ち合わせてから後宮に戻っている。リオネンデを一番悩ませたのは、ララミリュースの要望をどうするか……民人(たみびと)に向けたルリシアレヤ披露目の件だ。


 特に問題はないのだから、さっさと日程を組んでしまいましょうというジャッシフに難色を示すのはリオネンデ、民人(たみびと)への披露目のあとではバチルデア側も婚約破棄を言いだし難くなるはずだ。だからできれば回避したい。しかしルリシアレヤをサシーニャに、と思っていると、ジャッシフには言えないのだから返答に困る。


「それに舞踏会、こちらもどうするのですか? リオネンデがララミリュースさまと約束したことです。おまえに任せると言われればいかようにも手配しますが、待てと言われては何もできません」

さらに責めるジャッシフの、(もっと)もな言い分に反論できないリオネンデだ。


 ハルヒムンドのお陰でルリシアレヤはサシーニャへの思慕を自覚したと思っていたのに、これと言って進展を感じられない。毎日のようにサシーニャがバチルデアの動きを報告に来るが、そのサシーニャにも変化が見られない。まっすぐ進みたがるルリシアレヤ、甘やかされて育てられ我儘(わがまま)放題と想像したが、思った以上に王女としての自覚は強いのかと、思い直しているリオネンデだ。


 このまま手を打たなければ悲恋で終わる。下手をすれば長きに渡って二人を苦しめることになり兼ねない。けれど打つ手が思いつかない。


「だから! もう少し待っていろ。忘れているわけじゃない。滞在中には必ず実現させる……バチルデアが何か言ってきたら、楽しみはあとに取っておくものだとでも言っておけ」

八つ当たり気味のリオネンデだが、実情を知らないジャッシフは王に一喝(いっかつ)されれば黙るしかない。


 リオネンデの、サシーニャとルリシアレヤを一緒にする目論見を知っているのはスイテア一人、自然、愚痴(ぐち)を聞かせるのも、助言を求めるのもスイテア一人だ。


「そんなに簡単に事が進むと思っていらしたのですか?」

サシーニャに教えられたとおりの言い訳をし、借りた本を返したリオネンデ、披露目の件をスイテアに相談すれば、小馬鹿にしたようにスイテアが笑う。


「ルリシアレヤさまを甘く見過ぎましたね……確かに真っ直ぐで、前に進む意欲に(あふ)れた王女さまですが、決して愚かではありません。むしろ賢いおかたです」

「だからと言って、このままにしてはおけない。何か手を打たなければ、俺はルリシアレヤを王妃にしないわけにいかなくなる」

「リオネンデさま、それは三年前、婚約なさったときに決まったことです」

「今さらだと言うのか? 確かに今さらかもしれない。だけど二人を思えば、なんとかしなきゃならない。そうだろう?」


 スイテアが溜息をつく。

「そうですね。今さら(・・・・)サシーニャさまにルリシアレヤさまとの文通をお(めい)じになる前には戻れませんものね」

スイテアの皮肉に、グッとリオネンデが眉を(しか)める。その顔を見てもう一度溜息をつくスイテアだ。

「それに――リオネンデさまを責めたところで解決するものでもありません」

リオネンデに皮肉を言ったことを暗にスイテアが謝った。


 暫くリオネンデの顔をチラチラと盗み見ていたスイテアだったが、

「一つ気に掛かることがあるんです」

遠慮がちに言った。


「気に掛かること?」

「えぇ……サシーニャさまの街館でのお食事会でのことです――ルリシアレヤさまだけ(・・)をバラ園にご案内なさったのでしたよね?」

求められなければ意見を言うこともないが、王の執務室にサシーニャが報告に訪れれば、たいてい同席しているスイテアだ。

「あぁ、そんなことを言っていたな。ララミリュースは食べるのが忙しいし、バラになんか興味がなかったって」

それがどうしたと言わんばかりにリオネンデが答える。


「で、ジャルスジャズナさまがララミリュースさまのお相手をして、サシーニャさまがルリシアレヤさまをご案内した」

「うん、サシーニャはそう言っていたな」

「チュジャンは? その時、チュジャンは何をしていたのでしょう?」

「うん? サシーニャと一緒にバラ園に行ったのではないのか?」

「サシーニャさまはそんなことは(おっしゃ)いませんでした」

「言わなくても判るからでは?」

「それならいいのですが……意識してチュジャンには触れなかったように感じたものですから」


 ふむ、と唸るリオネンデ、

「考えたところで答えが出るものでもない」

と立ち上がる。

「チュジャンを呼ぼう――執務室に行く。一緒に来い」

と居室を出ていく。


 チュジャンエラを呼べ、と警護兵に(めい)じてから執務室の敷物に腰を降ろしたリオネンデ、その隣に(ぜん)を持ったスイテアも座った。膳には瓜の塩漬けと干した甘藷(いも)が乗せられている。添えられた酒瓶はビールだった。

「最近、ビールしか飲ませてくれないな」

とリオネンデが苦笑する。

「ほかのものだと召し上がり過ぎるきらいがあると思いましたので」

「それであまり好きではないビールを飲ませるか? 冷たいヤツだな」

「お身体を案じているのです。冷たいなどと(おっしゃ)いますな」


 チュジャンエラは思いのほか早く顔を見せた。

「随分早かったじゃないか――先に外聞防止術を」


 施術して、リオネンデの対面に腰を下ろすとチュジャンエラが言った。

「自室に戻ってましたから、すぐに参じました」

リオネンデの『早かった』への返答だ。


「執務室ではなくて? 今日は暇だったのか?」

そんなはずはないだろうと思いつつ訊くリオネンデにチュジャンエラが苦笑する。

「サシーニャさま、今日は特別お疲れになったようです。久々に仮眠を取られ、その後も地方に出すカラスの手配をしただけで、今日の仕事は終わりにしました。もっとも僕を追い出してから、何かしているかもしれませんけれど――あまり虐めないであげてください」


「うん? 俺がサシーニャを虐めたと言いたいのか?」

ニヤリとリオネンデが笑う。

「俺がアイツに虐められているのではなくて?」


「サシーニャさまは、リオネンデさまを誰よりも一番に考えていると、僕は思いますよ。きっと妹ぎみのレナリムさまよりリオネンデさまです」

リオネンデが『そうか』と気まずげに笑んだ。


「ところで――」

サシーニャの街館での食事会の様子を話せというリオネンデ、チュジャンエラは献立やテーブルの(しつら)えなどは事前に報告済みの通りと省略し、ララミリュースがサシーニャに後見を頼んだことやそれをサシーニャが承諾したこと、ララミリュースがジャルスジャズナに出した要望などは、リオネンデの耳に入っていると承知のうえで、事細かに話している。


「リオネンデさまがお知りになりたいことはこんなところかと推測いたしました。見落としているところがあればお尋ねください」

そう言って締めくくったチュジャンエラにリオネンデが微笑む。こんな時には魔術師としての態度を崩さないチュジャンエラを頼もしく感じたのだ。


「サシーニャがおまえを次席魔術師にしたいと言ってきたぞ」

「あ、はい。しっかり務めろと言われました」

「うん、俺もおまえに同じことを言っておく。期待を裏切るなよ――で、一つ、確認したいことがある。バラ園に、おまえは一緒に行ったのか?」

リオネンデのこの問いはチュジャンエラの背中を冷やす。


「いいえ、同行していません。ララミリュースさまをお守りしろとの事でした」

なぜリオネンデがそれを問うのか? サシーニャとルリシアレヤの仲を疑っているのではないか? そうだとしたら、その疑いを晴らさなくてはならない――大いに疑っているチュジャンエラが自分を棚に上げてそう思う。

「そうか、二人で行ったのか……」

チュジャンエラの不安を余所(よそ)にリオネンデとスイテアが目を見交わす。


「お二人に、何か変わったところはありませんでしたか?」

スイテアの問いに

「いえ、特に……歩き回られたとかで、少しお疲れでした」

と答えたチュジャンエラ、

「歩き疲れるほど長時間、二人きりで(・・・・・)いたか」

リオネンデが呟き、藪蛇(やぶへび)だったと冷汗をかく。


「ルリシアレヤは魔術師の塔に日参しているそうだな」

さらなるリオネンデの問いに

「はい。蔵書庫で読書なさっています」

答えるしかないチュジャンエラだ。


「サシーニャさまがお相手なさることはないのですか?」

スイテアの質問にも

「ルリシアレヤさまが本の内容についてお尋ねになればお答えしたりしています。今日はスイテアさまもいらしたので、一緒にお茶を楽しまれました」

と、答えるしかない。これからスイテアも蔵書庫には頻繁に顔を出しそうだ。どうせ隠せることじゃない。


「そうだったんだ?」

と、これはリオネンデ、スイテアに訊いている。

「えぇ、塔にお戻りになったサシーニャさまが、あれはチュジャンを呼びに来たのでしょう? きっと社交辞令で(おっしゃ)ったのでしょうが、ルリシアレヤさまは喜んでいらしたわ」

「蔵書庫でお茶?」

「いいえ、サシーニャさまの執務室で」

ふぅん、と面白くなさそうなリオネンデ、

「で、本当にバラ園では歩き疲れただけか?」

急にチュジャンエラに向き直り、話を戻す。


「えっ? あっ、いえ」

慌てたのはチュジャンエラだ。魔術師の塔でのサシーニャはルリシアレヤに素っ気ない、少し安心していたのに不意を突かれた。


「何を慌てている?」

ニヤリとリオネンデが笑う。

「おまえの感想でいい、あるいは憶測でも……サシーニャとルリシアレヤ、二人はバラ園で何かあったのか?」

「それは……」

胡麻化しきれないとチュジャンエラが自分の考えたことを正直に話し、それをサシーニャにぶつけたことも打ち明ける。ついでにジャルスジャズナの反応も付け加えた。


「ふぅん……」

チュジャンエラの話を聞いてリオネンデが考え込む。そして

「どう思う?」

スイテアに意見を求めた。


「ルリシアレヤさまの内緒のお願いが気になるけれど……お二人に、何かがあったと考えるのは違うかと」

それにリオネンデがウンと答える。

「あのバラ園にはサシーニャの両親の墓がある。そこでサシーニャがチュジャンの考えたようなことをするとは、俺も思えないな」


 あ……と息を飲んだのはチュジャンエラだ。

「心配するな、サシーニャの言う通り何もなかったのだろう。ジャルスジャズナも納得したのなら間違いない」

食事会の様子はよく判った、ご苦労だったとチュジャンエラに退出を促すリオネンデだ。


 だが、チュジャンエラが帰り、後宮に戻ったリオネンデはスイテアにこう言っている。

「なぁ……なんでサシーニャは、ルリシアレヤは(べに)を差していなかったと断言できたんだろうな?」

スイテアは何も答えずリオネンデを見るだけだった。

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