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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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王の寝所

 リオネンデを追いかけるジャッシフが、()れ違う女に問いかける。女はいくつかの酒瓶(さかびん)を盆に乗せ、運んでいるところだ。(うたげ)の場に持っていくのだろう。

「その酒は、諸侯の宴に持っていくのか?」

(おぼ)し召しの通り」

腰を低くして、敬意を表しながら女が答える。


「そうか、ならば早く持って行け。王が退席し、そのうえ酒が不足となれば、不平を言い出す者が出る」

そう言いながらも、酒瓶を二本、盆から引き抜く。諸侯に振舞う酒ならば上物のはずだ。しかも酌婦が注いで回る酒、ならば毒を仕込んでも無意味、つまり安全(・・)だ。リオネンデを見ると随分先に進んでしまった。慌ててジャッシフが追いかける。


 リオネンデもジャッシフも、宴の席では一切食物も酒も口にしていない。食べたふり、飲んだふりをしているだけだ。リオネンデは侍らせた女たちにこっそり食べさせ、自分が食べたような顔をしている。()いた杯に酒を注がれぬよう、酒瓶を手にし、飲んでいるような仕種を繰り返す。酒瓶であれば減りよう(・・・・)(はた)からは判らない。いずれも毒殺を警戒しての事だ。


 リオネンデは片手で踊り子の両手を(つか)んでいるようだが、抵抗する踊り子に少々手を焼いている。ときどき立ち止まり、踊り子を自らに引き寄せている。ジャッシフがリオネンデに追いついたのも、そんなふうにリオネンデが立ち止まっている時だ。


「リオ! その女はやめておけ。おまえ、まだ後宮の女を増やす気か?」

ジャッシフの言葉にリオネンデが薄ら笑いを浮かべる。

「おや、ジャッシフが本気で怒りだしそうだ」

「あぁ、いい加減腹が立つ。おまえ、自分の後宮に、何人女を囲っているか判っているのか?」

「さあなぁ……千はいそうだな」

「千と九十九だ。その女を入れれば、千百となる」

「なんだ、まだそんなもんか」

「そんなもんって……」


 ジャッシフの相手をしながら、リオネンデは踊り子の顔から目を離さない。つられてジャッシフも踊り子を見る。踊り子は息苦しそうな顔をしている。

「うん、舌を()み切りそうな気がしたから袖を突っ込んだが、少しやり過ぎたようだ。 どうせ舌を噛んだところで死ねはしないのにな」

リオネンデが笑う。

「ときどき休ませないと、窒息しそうだ」


「そんな女、死んだっておまえは構わないだろうに」

「ジャッシフ、あいにく俺に屍姦の趣味はない――ほら、歩け。行くぞ」


 鼻白(はなじら)むジャッシフを置いて、再びリオネンデが踊り子の手を引いて歩き始める。ジャッシフもリオネンデにあわせて歩いた。リオネンデの寝所はすぐそこだ。


 寝所に着くとリオネンデは下帯に使うような細い紐を取り出して踊り子を後ろ手に(しば)りあげると、床に転がした。ついて来たジャッシフはテーブルに酒瓶を置くと椅子に掛けて、その様子を眺めている。


 次にリオネンデは幅広の紐を取り出して踊り子の傍らに膝をつき、上半身を起こさせて口の中の詰め物を取った。

「殺せ! 人でなしっ!」

すぐさま叫び出す踊り子に苦笑するが、持っていた紐で叫ぶ口を(ふさ)いでしまう。(さる)(ぐつわ)だ。


 そして、じたばた暴れまわる踊り子の、片足を自分の体で抑え、もう片方を捕まえて広げさせると、裾を払って秘所を覗き込んだ。


「おい、俺がここに居るぞ!」

慌ててジャッシフが声をあげる。ジャッシフのところから女の秘所は見えないが、リオネンデが強姦するところなぞ見たくもない。


「ならばさっさと出て行け」

リオネンデは笑うが踊り子の足を閉じさせると、やはり紐で(ひざ)のあたりを縛りあげた。


「ワインか?」

リオネンデはジャッシフの向かいに腰かけると、テーブルの上の酒瓶を手に取る。


「腹が減ったな……先に何か食べたいな」

「フン! なんの先かは知らないが、食事はすぐに用意させよう」

「ならばあの娘の分も」


 うん? とジャッシフがリオネンデの顔を見ると、リオネンデがさりげなく顔を(そむ)ける。何か言いたそうだったが、ジャッシフは取りあえず立ち上がり、奥の間の入り口に向かった。


 そこから先は後宮、王の女たちが住まう場所、男は王しか入れない。王の子はそこで育てられるが、息子であれば十五で出され、別の寝所を与えられる。そして母親に会うにも王の許しが必要となる。


 王の女たちは後宮から出る事を許されていない。出られるとしたら、王の(とも)をする時か、王が誰かに払い下げた時だけだ。そうやって『王の血』を長年に渡り守ってきた。


 いくら王の一番の側近であろうとも、ジャッシフでさえ入れない。入り口の向こうに立つ女に、いくつか命じてからジャッシフは元いた席に戻った。


 (しばら)くすると後宮から、女が足のついた大皿に料理を盛りつけたものを掲げて現れた。ブロンズがかった黒髪を輝かせた美しい女だ。女は大皿を床の敷物の上に置いた。

「レナリム、ご苦労」

ジャッシフが女を労う。そのジャッシフの顔を、リオネンデが面白そうに眺めている。


 大皿には串に刺して焼いた肉や魚、数種の瓜、果物が乗せられている。リオネンデが酒瓶を持って敷物に座を移した。


「造船の手配はついたのか?」

瑞々しい瓜に手を伸ばしながらリオネンデが問う。リオネンデが瓜に(かじ)りつけば、青臭い匂いが広がった。


「ガッシネに置いたワイヌラスからの連絡はまだだ」

ガッシネは造船技術で知られたゴルドントの港町だ。その技術を利用することを見据(みす)えたリオネンデは極力、街を破壊しないよう軍に命じていた。そのガッシネで、船大工の取り込みを命じられたのがワイヌラスだ。


 ジャッシフの返答に、齧った瓜を咀嚼(そしゃく)するリオネンデの顔は(けわ)しい。

「ゴルドントを制圧して既に五日。急がせろ」

「うむ……」


 ワイヌラスが苦戦しているのはおまえの悪名のせいだ、とは言えないジャッシフだ。制圧された国の民を新たな統治者に従わせるのは苦労が付きまとう。その上、新たな統治者が残虐な王と聞けばなお一層、逆らう者が増えていく。


「情報を操作しろ」

瓜を食べ終え、串刺しにされた肉に手を伸ばしながらリオネンデが言う。

「サシャオネの船大工がリオネンデの命に従わず牢に入れられた。処刑されるのもじきだ、とな」

サシャオネはガッシネに次ぐ造船の街だ。


「おまえの悪名がさらに世に広がるな」

「構わない」

「実際、サシャオネの船大工を投獄するか?」

「いや、不要だろう。ガッシネからサシャオネは三日かかる。真偽を確かめるのに六日だ。それだけあればガッシネの船大工も落ちるだろ? 少しくらいなら報酬を上乗せしてもいい。いやむしろ、驚くほどの大金を積め。ゴルドント王宮には想像以上に金があった。使わない手はない」

「なるほど、(いばら)甘露(かんろ)を降らすか……では、魔術師に頼んでカラスを飛ばして貰おう」


 肉串を食べ終わったリオネンデが、次の肉串を手にして立ち上がる。

「サシーニャは元気か? あの魔法使い、今はどこにいる?」

「王宮内、魔術師の塔に」

「なんだ、帰ってきているのか。明日、俺のところに来いと伝えておけ」


 カラスとは魔術師が使う伝達手段を示す。扱えるのはもちろん魔法使い――魔術師と呼ばれる者だけだ。


 リオネンデは床に転がした踊り子の腕を引っ張って上体を起こさせた。

「ほら、ちゃんと自分の力で座れ」

踊り子の体勢が安定すると、リオネンデは猿轡(さるぐつわ)を取った。

「ころ……」

すぐさま叫び出そうとする踊り子の口にリオネンデが肉を突っ込む。ウグウグと、苦しそうだが(むせ)るほどではないようだ。

()め」

リオネンデが命じるが、踊り子はギョロリとリオネンデを(にら)むだけだ。

「噛め」

繰り返すリオネンデ、踊り子はやっぱり睨むだけ……だが、その口元から(よだれ)(したた)り落ちた。


「腹を()かせているのだろう? ちゃんと食わねば俺を殺すなど、一生かかっても無理だぞ?」

ニヤリと笑うリオネンデから、踊り子は顔を背けようとするが首の後ろを捕まえたリオネンデの手から逃れられない。


 ジャッシフはその様子を面白くなさそうに眺めている。何を言っても聞かないだろう。どうせリオネンデは、踊り子に食物を与えた後は後宮の女たちに任せ、踊り子が(おと)()しくしている限り生活を保障するつもりだ。


 後宮の女たちのほとんどがそうだ。占領した土地で集めた少女たちだ。中には連れてこられた時、赤ん坊だった娘もいる。


 後宮に侍らせるのは処女でなければならない。古くからの慣習に、王とて逆らえない。


 リオネンデは兵に、明らかに乙女と判る女は必ず王に献上しろと命じた。そして後宮でしかるべく教養を身につけさせて、それなりの家に嫁や養女、あるいは召使いとして払い下げた。貰いうけた者たちは、王からのいただき物の娘を粗末に扱うことなどできやしない。


 女を払い下げられた者どもの、『ひょっとしたら、王の(たね)を宿しているかもしれない』という淡い期待は、半年もしないうちに裏切られる。それもそのはず、リオネンデは後宮の女を誰一人、今まで抱いた事がない。


 それはジャッシフに、王の後宮では最高位の女官レナリムが(もたら)した情報だった。後宮での出来事でレナリムが知らないことはない。レナリムは王の信頼を勝ち得た特別な存在だ。


 世間は、後宮に多くの乙女を集めるリオネンデを好色と思い込んでいる。真実を知っているのは限られた者たち……側近であったり大臣などの重臣だけだ。そして、そんなリオネンデが衆目の前で女の秘所を覗き込んだ。見ていた者は王の好色が始まったと呆れているだろう。だがジャッシフは違う。


 やっと女を抱く気になったかと、むしろ安堵(あんど)する。このまま女に興味を持ってくれなければ先が思いやられる。だがそれが、自分を殺そうとした踊り子だとは――ジャッシフは複雑だった。


 が、ここに来て、手ずから踊り子に食を与えているリオネンデを見て、『抱く気はないのかもしれない』とジャッシフは思い始めた。今までの女同様、レナリムに任せるような気がした。力を示し、無駄だと悟らせ、暴れないくらいには懐柔しておこうと考えているのではないか?


 見ると、とうとう踊り子はリオネンデに負けたか飢えに負けたか、肉を咀嚼している。飲み込めば、口元にリオネンデが差し出す肉に齧りついている。もう踊り子の首を捕まえるリオネンデの手はない。踊り子の腕に添えられて、倒れないよう支えている。


 踊り子が一串食べ終わると、酒瓶と葡萄(ぶどう)をひと房持って、再びリオネンデは踊り子の傍らに座した。踊り子は目をギラギラさせたままだが、叫び出す様子はない。その踊り子の口元にリオネンデが酒瓶をあてる。一瞬、踊り子はリオネンデから酒瓶に視線を移す。それを見てリオネンデは酒瓶を傾けた。


「ブッ!」

(むせ)て咳込む踊り子、ジャッシフが水袋を持っていきリオネンデに渡す。

「あれだけ踊った後だ。一番最初に水を飲ませてやればいいものを」

「黙れ……おまえ、酒を飲んだことがなかったか?」

最初はジャッシフ、あとは踊り子に向けたリオネンデの言葉だ。ジャッシフを見ることなく踊り子を見詰めたまま、その背を撫で、落ち着くのを待って口元に水を運んでいる。()斐甲斐(いがい)しく女の世話を焼いている。こんなリオネンデはジャッシフとて見たことがない。


(やはり、惚れたのか? それはそれで面倒なんだが……)

どうせ今、リオネンデに訊いたところで答えはしない。やめろと言ったところでやめはしない。この後どうなったのかは、レナリムに聞けばいい……ジャッシフは王の寝所の控室に待機することにした。レナリムが居る後宮に繋がる入り口の対面にある入り口に向かった。


 控室に入る間際、ジャッシフがリオネンデを見ると、リオネンデは踊り子と見詰めあったまま、踊り子の口元に一粒の葡萄を運んでいるところだった。

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