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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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名もなき山

 守り人が戻ってきました――窓から外を見ていたサシーニャが立ち上がる。ジャルスジャズナがバチルデアの宿舎を出たことは魔法で察知していた。だがルリシアレヤたちに、どうして判ったか追及されるのが面倒で外を見ていたサシーニャだ。


 ジャルスジャズナはララミリュースに呼ばれてバチルデアの宿舎に行っていた。サシーニャが水芙蓉(ロータス)沼に出かける少し前、魔術師の塔を出ている。お茶を楽しみながらお話を聞かせて欲しい――ジャルスジャズナの話は面白い。ララミリュースのジャルスジャズナに対する評価は低い。だが他人の気を逸らさない話術は認めていて、頻繁に呼び出している。人気一座(ガンデルゼフト)を支えていただけのことはあると、内心思うサシーニャだが、本人(ジャルスジャズナ)はもちろん、他の誰にもそんなことは言っていない。


「わたしは守り人さまと話さなくてはならないことがあります。チュジャン、皆さんを蔵書庫にご案内して」

「守り人さまを呼んできますか?」

こちらから行くのでいいとサシーニャが断り、チュジャンエラはルリシアレヤたちとともに部屋を出て行った。


 チュジャンエラが蔵書庫から戻ると、サシーニャは執務室にいて机に向かって書き物をしていた。窓辺にはサシーニャの飼い鳥チナンキュレスの『アギト』が来ている。

「守り人さまの部屋に行かなくって正解でした。ジャジャと話があるなんて、口実でしょ?」

笑うチュジャンエラに、いつものようにサシーニャは答えない。が、チュジャンエラをチラリと見て、別の事を尋ねた。


「モリジナルの件は進んでいますか?」

「明日、宿の(あるじ)がフェニカリデに到着するので、具体的な話をすることになっています」

「そうですか……別件で相談があるので魔術師の塔に来るよう言ってください。利用を考えているモリジナルの高級宿はワダのものですね?」


 ギョッとして顔を(ゆが)めたチュジャンエラ、お見通しすよね、と舌を出す。

「当り前です。わたしにモリジナル行きを勧めた時点で判っています。信用できる宿のはず、ならばワダ所有の宿。簡単な事です――スイテアさまは後宮にお戻りになりましたか?」

「はい。気配を追ったのですか?」

「スイテアさまはじっくり本をご覧になりたいのでしょうが、ルリシアレヤたちがいてはそうもできない。今日のところは諦めてお戻りになるだろうと思いました」

「いつ来てもルリシアレヤたちがいそうだけど?」

チュジャンエラの指摘に、サシーニャの動きがいったん止まる。


「まったくね、困ったものです――では誰にも邪魔されず読書をお楽しみいただけるよう、蔵書庫の部屋に机と椅子を用意しましょう」

「あのお部屋は蔵書庫の一部になるのですか?」

「そうですよ。それが何か?」

「だったらあの部屋になら禁書も持ち込める?」

「それは無理です。部屋の権利者設定が影響しますね――禁書と言えば〝絵本〟を見に行きたいところですが……」

「ルリシアレヤに絡まれますよ?」

「あのお嬢さんたち、蔵書庫で本当に読書しているのですか?」

「えぇ、それはもう賑やかに」

「賑やかなのはルリシアレヤだけなのでは? お二人のお相手、今度は誰に任せたんですか?」

「シューマグスが居合わせたので押し付けました」

「なるほど……気の毒に。シューマグスは扱いかねているでしょうね」

サシーニャがクスリと笑った。


 書き終えた書簡をアギトの足に(くく)り付けた筒に入れ、アギトの背をポンポンと軽く叩く。するとアギトがサシーニャを見てから翼を大きく広げて、窓から飛び立った。すぐに羽搏(はばた)きを始めて浮上し、あっという間に空へと消えていく。

「アギトはどこへ?」

「ニュダンガのグレリアウスへ……近いうちにニュダンガに行きます。あちらの状況を知らせるよう(めい)じました」

「ニュダンガですか。行くのは雨期が終わってから? 椿桃(ネクタリン)が楽しみです」


 チラリとサシーニャがチュジャンエラを見る。

「チュジャンにはフェニカリデに残って貰います。椿桃(ネクタリン)が食べたいなら送らせますよ」

「えっ? だって――」

「近いうちに王廟(おうびょう)にお(うかが)いを立て、わたしの代理を勤める許しを得たうえで正式に次席魔術師としておまえを登録します。わたしに何かあれば、チュジャン、おまえが筆頭となる。しっかり務めるのですよ」

「ちょっ、ちょっと待ってください」


「わたしの世話が心配なら、任せられる誰かを選んでおきなさい――これは命令、そして変更する気はありません」

「サシーニャさま……」

「弟子にして以来、おまえには様々なことを教えてきました。まだまだ修正しなければならないところも多々ありますが、次席と名乗るに不足ないところに到達しています。それにその修正も本当に必要か、迷うところもないわけじゃない。おまえの持ち味かも知れないと思うようになってきました」

「でも、そんな、突然……」


「おまえにとっては突然でも、わたしにとっては熟考したことです。おまえには今日初めて話しました。だから突然と感じるのは無理もない。が、おまえが次席となるにはまだ間がある。突然ではなくなるし、それまでに心構えをしておきなさい」

「強引すぎます!」

それにはサシーニャ、クスリと笑う。

「命令と言いました。命令とは強引なものです――守り人さまの執務室に行くので一緒に来てください」

驚きと戸惑いを消せないまま、サシーニャに従って部屋を出たチュジャンエラだ。


 後宮に戻ったスイテアは王の執務室に顔を出すこともなく、そのまま居室で借りてきた本を読んでいた。

「なんだ、戻っていたのか」


 現れたのは言わずと知れたリオネンデ、ケーネハスルが来たと警護兵に聞き、ジャッシフにあとを任せて執務室から逃げてきた。日参し、リオネンデに言わせればくだらない(・・・・・)ことばかり並べたてるケーネハスルに食傷気味のリオネンデだ。重要な事なら呼べとジャッシフには言ってある。


 スイテアの隣に腰を降ろすと本に手を伸ばし、

「何を読んでいる?」

(のぞ)き込む。

鳳凰(ほうおう)伝説か……面白い事でも書かれていたか?」

「えぇ、とっても……」

ふぅん、と鼻を鳴らしてごろりと横になるリオネンデ、本にも鳳凰伝説にも興味がないのは瞭然だ。が、

「鳳凰が現れる予兆が書かれていて、その一つに『鳳凰の(しるし)(つど)い』と呼ばれる現象があるというのが――」

とスイテアが言った途端、ガバッと上体を起こし『貸せ』と言って本を取る。


「リオネンデさま?」

驚くスイテアを気にすることなく、開いてあった(ページ)にざっと目を通す。

「蔵書庫の本だな? 禁書ではなかったか?」

「いえ……どれが禁書かよく判らなくて。持ち出してはいけないのですよね?」

「いや、済まない。禁書なら蔵書庫から持ち出せない。持って出ようとすると本が手から消え、書架に戻っている」

「禁書ではないという事ですね」

良かったと、胸を撫で下ろすスイテア、リオネンデは再び文面に目を落として、ペラペラと頁を(めく)る。その動きが止まったと思うと、じっくりと読み、そしてパタリと本を閉じた。


「借りてきたのはこの本だけか?」

「いえ、他にも二冊」

「どんな本だ?」

「庭に咲く花や、集まる鳥たちの名を調べたくて、花の図譜と鳥類の図譜を借りてきました」

「そうか……せっかく借りてきたところを済まないが、この本は(しばら)く預かる」


 立ち上がったリオネンデ、サシーニャに会いに行くと部屋を出ていこうとして振り返る。

「なぜこの本に興味を持った?」

「あ、それは……ちょっと中を覗いたら『鳳凰の(しるし)』とありました。それで自分の(あざ)を思い出して、なんとなく読んでみようかな、と」

「そうか……後で返すから心配するな。それからゆっくり読めばいい。それと、おまえに()はない。そんな顔をするな」

うっすら笑むリオネンデだったが、スイテアは不安を消せずにいた。


 一人で魔術師の塔に来たリオネンデを出入り口で出迎えたのはチュジャンエラだ。

「サシーニャのヤツ、また俺を覗いていたか?」

「こちらに向かう気配を感知したようです。ちょうどリオネンデさまの事をお話ししていたところでしたので」

塔の階段を昇りながらリオネンデの相手をするチュジャンエラ、リオネンデの不機嫌を感じて、いつものように馴れ馴れしくできない。


「俺のこと? 悪口か?」

滅相(めっそう)もない。王に承認いただきたい事柄が生じ、今から行くか明日にするかと話しておりました」

「もう計画書を書き終えたか?」

「計画書? 何も聞いておりません。が、多分別件です」

「新たな事案? まったく……休む()がないな」

休む間がないのはリオネンデかサシーニャか?


 サシーニャの執務室に入ったリオネンデが人払いを命じる。今日は二回も追い払われた、内心愚痴るチュジャンエラ、それを表に出すこともなく退出していく。


 なにかあったのですか? のんびりと茶を()れるサシーニャに顔を(しか)めたリオネンデだが、まずは腰かけ、テーブルに持ってきた本を置いた。加密列(カモミール)茶をリオネンデに勧めたあと、席に着いたサシーニャが本に手を伸ばす。

「鳳凰伝説?」

「スイテアが蔵書庫で借りたものだ。なぜ禁書になっていない?」


 本を開き、(ページ)(めく)るサシーニャにリオネンデが詰め寄る。涼しい顔で本を眺めるサシーニャ、

「どれを禁書にするかは始祖の王がお決めになったこと、その基準は明かされておりません。また、蔵書庫の蔵書は魔法使いでも増減できません。減ることはありませんが、気が付くと増えている。蔵書庫が自ら選んで取り寄せるのだと言われています。魔術師の塔の不思議のひとつです」

と答える。


「魔法使いは蔵書庫の管理に関与していないと言いたそうだな」

(あざけ)るリオネンデにサシーニャが嫌そうな顔をする。

「関与したくても出来ないのです――権利者である筆頭魔術師以外は魔法が一切通用しないし、筆頭魔術師と言えど使える魔法が制限されている。書架の置き場所や本の並べ方など、仕切っているのは蔵書庫です」

「スイテアのための部屋を作ったと聞いたぞ」

「部屋の造作は可能です。塔の建物自体、建て替えだってしています――が、蔵書そのものに関しては何もできないのです――見たところ、(ちまた)に伝承される物語をいくつか集めたもののようですね」


 そう言ってサシーニャがテーブルに戻した本をリオネンデが再び手に取ると、ある頁を開き

「俺が気になったのはここだ」

サシーニャに示す。僅かにサシーニャが動揺するが、すぐ平静に戻った。


「三羽の鳳凰の印が揃った時、名もなき山が再び怒りを(あらわ)にする。地が揺れ、山が割れ、川が(たぎ)る。空は噴煙に覆われ、陽の光を忘れる。海は大波を打ち寄せて嘆くだろう――民間の伝承です。ご存じありませんでしたか?」


「民間伝承ならば、三羽の鳳凰が戻る時(・・・・・・・・・)だ。誤魔化すな、サシーニャ」

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