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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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隠された通い路

 レナリムに愛されていないんじゃないか?――ある意味、ジャッシフの指摘は正しい。


 いくら子どものころからの馴染(なじみ)とは言え、ジャッシフはマジェルダーナの甥だ。監視させるため、ジャッシフと親密になって探れとレナリムに(めい)じたのはリオネンデであり、ジャッシフのレナリムへの思いを利用しろとも言った。それをサシーニャが知ったのは事後だが、結果的には容認している。


 もちろんレナリムに無理強いしたわけではない。レナリムのほうからリオネンデの役に立ちたいと言い出し、それならば、と提案したリオネンデにレナリムが従った。気が進まないなら断れと言うリオネンデに、レナリムは『お任せください』と微笑んでいる。


 サシーニャが知ったのは、レナリムがジャッシフを篭絡(ろうらく)した三日後の事だった。

『まさかレナリムがジャッシフに許すとは思っていなかった……』

苦々(にがにが)しげに言うリオネンデにサシーニャは二の句が告げられなかった。


『なぜ〝好きにしろ〟などと書いたのです?』

『レナリムがそうしろと言ったんだ。俺が許したのはレナリムに懇願されたからってことにしなければ、ジャッシフは心を開かないって、レナリムが言ったんだ。これではジャッシフが誤解すると、俺だって反対したさ。レナリムは、恋に夢中にさせるだけだから心配ないって。それなのに……』


 ジャッシフに身体を与えろとまでは言っていない。こんなはずじゃなかったと、言い訳と謝罪を続けるリオネンデに、サシーニャは確認している。

『ジャッシフが乱暴を働いたわけではない、レナリムが望んだことだと、レナリムは言ったのですね?』

レナリムからはそう聞いていると、リオネンデは答えている。


『本人が望んだのなら仕方ない。ジャッシフならばと思ってのことでしょう。いずれジャッシフに嫁がせるとお約束ください』

『おまえがそうしろというのなら……だが、レナリムは承諾するかな?』

『レナリムを親元に返す、つまりわたしに返してくださるなら、あとはわたしがなんとかします。どうせあなたはレナリムの思いに応える気はないのでしょう?』

『いや、それは……』


『好きな相手から他の男と恋仲になれと、たとえそれが芝居でもそんなことを言われたら、レナリムはどんな思いをしたことでしょうね? ジャッシフに身を(ゆだ)ねたのはその反動かもしれません』

『俺を責めるか?』

『ほかに責める相手がいませんから――レナリムに応えないという判断は支持しますよ。もしも応えたとして、あなたが本当はリオネンデではない(・・・・・・・・・)と気付いたら、レナリムはもっと傷つく』


 そして数年後、約束通りレナリムはサシーニャに返され、ジャッシフの妻となった。妻として身近にいれば、さらに内情を探れるだろうとリオネンデは言った。この時もリオネンデは嫌なら断れと付け加えたが、レナリムは再び従っている。


 しかしジャッシフと婚姻したレナリムに、リオネンデは知りえた情報を確認したことがない。仲介役になると言っていたサシーニャにしてもそうだ。


 実のところ、マジェルダーナがバイガスラやほかの国と通じているかもしれないというリオネンデたちの疑念はとうに消えていて、ジャッシフを探る必要はなくなっている。それでもレナリムをジャッシフの妻にしたのはリオネンデとサシーニャが、レナリムはジャッシフを愛し始めていると感じていたからだ。


 だが、レナリムが素直にジャッシフの妻になるとは思えない。きっと意地を張るだろうと言うリオネンデに、サシーニャがした入れ知恵が『妻となってジャッシフを探れ』だ。レナリムはまんまと騙された事になる。


(勘のいいレナリムの事だ。気が付いているかもしれない)

レナリムがジャッシフに、リオネンデとサシーニャは後ろめたいことがあると言ったと聞いてサシーニャはそう感じている。が、ジャッシフに言うわけにもいかず黙っていた。


 それにしても、

(ジャニアチナを次の王に?)

国母になりたいという事か? だが、国母になどなってどうするんだ? リオネンデのためでなければ、権力も身分もいらないと思っているサシーニャにはレナリムの考えが理解できない。

(それに、時期が来ればスイテアは必ず子を授かる。そうなったらジャニアチナが苦しい立場になるだけだ)


 スイテアが妊娠するという予感、それがどこから来るものかサシーニャにも判らない。自身の中に眠る魔力が呼び寄せるものではないかと、魔術師の蔵書に答えを探すが見つけ出せていない。


 そうこうするうちに、チュジャンエラが来る気配を感じたサシーニャだ。だが、扉を開けようとはしない。近づくのはチュジャンエラだけではない。あと二人、チュジャンエラが連れている。


「サシーニャさま?」

扉の向こうでチュジャンエラが声を掛けてくる。それにサシーニャが答えた。

「リオネンデに呼ばれている――もう暫く蔵書庫でお待ちになるよう、お二人に伝えてください。おまえはお二人を蔵書庫にご案内したらすぐ戻るように。お二人のお世話は……ポッポデハトスがこの時間なら手が()いているはずです」


 チュジャンエラが連れているのはルリシアレヤとその侍女エリザマリだ。二人が魔術師の塔に来るのを察して水芙蓉(ロータス)沼に逃げていたサシーニャだった。それなのにジャッシフに呼び出され、深刻な話に気を取られ、再退避するのを失念してしまった。


 予定通り、近衛隊の閲兵式は無事終わり、その翌日にはバチルデア警護隊はリヒャンデルに先導されてフェニカリデを発った。ララミリュースの『のんびり過ごしたい』申し出をリオネンデは了承したが、宿舎を移ることは許さなかった。


『狭いと文句を言われるのなら判るが、広いのが気に入らないだと?』

全ての部屋を使えとは言ってない、そのあたりは工夫しろと怒られたのはサシーニャだった。


 それから今日で五日目、毎日のように魔術師の塔の蔵書庫に侍女を伴ってくるルリシアレヤにサシーニャは手を焼いている。蔵書庫で温和(おとな)しく読書するならともかく、ちょっと教えて、と執務室に押し掛けてくる。


 忙しいとたいていは断るものの、国賓ともなれば無下(むげ)にも扱えない。手を休めて相手をすることもある。こんなことなら、何か理由をつけて魔術師の塔には来るなと言えばよかったと後悔するが手遅れだ。


 バラ園の時のように思いの丈をぶつけてくることはないものの、もし何かのはずみで火が点いたらと恐れている。忘れろと言ったが、そう簡単に忘れられるとは思っていない。まだ時が必要だ。


 チュジャンエラが戻ってくると、今度はサシーニャも扉を開けた。

「ポッポデハトスは引き受けてくれましたか?」

「お姫さんの相手なんかできるかなぁ、と言いつつ、どこか嬉しそうでしたよ」

チュジャンエラが笑う。嫌がられなくって良かったです、とサシーニャもニッコリした。そろそろ引退を考える年ごろのポッポデハトスは、常日頃(つねひごろ)からグリニデに住む孫娘の話をしている。それを思い出して指名したサシーニャだ。


「さて、行って欲しいところがあります」

仕切り直したサシーニャがそう言って執務室の奥に向かう。すると壁際の書棚が動き、奥に続く通路が見えた。書棚は隠し扉になっていた。


「サシーニャさま、これは?」

驚くチュジャンエラに、ついて来いとサシーニャが足を踏み出す。


「王家の墓に通じる隠道(かくれみち)です。魔術師の塔の中の出入口は、わたしと守り人さまの執務室と居室、それともう一つ追加しました。昨日、蔵書庫の中に新しく小部屋を作ったんですが、気が付きましたか? 権利者以外は中に入れませんが……その部屋にも繋げました」

「その扉、開けると壁ですよね? 実は部屋になってるってこと? なんだろうって思ってたんです」


「開けてみたのですね」

「はい。でも、どうやって作ったんですか? 塔の中に道が通る空間なんかありましたっけ?」

「もしやわたしが魔法使いだという事を忘れてしまいましたか?」

「すいません。愚問でした」


 すぐに道は左右に伸びる本道らしき道に辿り着いた。サシーニャが進行方向を右に取る。

「左に行けばすぐ階段があり、上り切れば新設した部屋に出る扉があります」


 進んでいくと同じような通路と合流していた。そこでサシーニャが立ち止まる。

「この分岐は間違えやすいので一緒に来ました。あとは真っ直ぐです。いくつかの脇道がありますが、この通路よりずっと狭い。初めてでも大丈夫です――ここから先は一人で行ってください」


「サシーニャさまは? 行って僕は何をすれば?」

「わたしは戻ってリオネンデに会いに行きます――この先は長い下り階段で、その手前に松明(たいまつ)の用意があります。忘れず持って行くのですよ」

「階段から先は照明の魔法が使えないってこと? 暗いのは苦手なんだけどなぁ」


 チュジャンエラの愚痴を無視してサシーニャが続ける。

「階段を降りると、さらに真っ直ぐに通路は続いています。が、やがて左右に伸びる道にぶつかります。右は上り階段で後宮に、左は真っ直ぐ王家の墓……その道に足を踏み入れてはいけません。必ず手前で止まりなさい」


 そこまでは魔術師の塔の領域だが、その先、右は後宮、左は王家の墓に含まれる。後宮は勿論のこと、チュジャンエラには王家の墓への立ち入りが許されていない。


「そこで待っていれば片割れさまがいらっしゃる。片割れさまを連れて塔に戻り、蔵書庫にご案内して欲しいのです」

「片割れさま?」

「うん、スイテアさまを塔の蔵書庫にお連れしたいとジャルスジャズナがあれこれ工夫して王廟(おうびょう)の許しを得たのですよ――新設した部屋の権利者をスイテアさまに設定してあります。スイテアさまは出入り自由……今日がその初日、スイテアさまなら一度でこの隠し通路を覚えてくれます。ご案内は今日限りになるでしょう」


「これでスイテアさまは、いつでも蔵書庫に行けるんですね」

「はい、この通路を使えば後宮と魔術師の塔は直通だと、守り人さまが思いつかれました。後宮側の通路を使えないわたしには、思いつけない事でした――守り人さまが念のため、王廟にお(うかが)いを立てて許されています。でもチュジャン、間違っても魔術師の塔の領域を超えてはいけませんよ」


「そんなこと言われると緊張し過ぎて、足を踏み出しちゃいそうです」

笑うチュジャンエラに

「帰りはわたしの執務室から入って最初に曲がった角、あそこを曲がらずに真っ直ぐ行けば上り階段、上り切ったところに扉があります。スイテアさまにしか開けられない、蔵書庫に新設した部屋の扉です。チュジャンはスイテアさまと一緒に、そこから蔵書庫に……わたしもリオネンデの用が済んだら蔵書庫に顔を出します。では、お願いしましたよ」

と言って、サシーニャは執務室へと帰っていった。


 王の執務室――スイテアが隠し通路から出かけた後、無事に辿り着いたか魔術師の塔に行って確認して来いと、ジャッシフを退出させた。いるのはリオネンデとサシーニャ、スイテアとジャッシフを遠ざけるのに成功し、内密の話を始めた二人だ。


「できればあちらから、(いくさ)を仕掛けて欲しいところです……」

サシーニャが難しい顔をする。

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