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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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誘惑の香り

 一緒にルリシアレヤも尻もちを()くが、それはサシーニャの身体の上、慌てて立ち上がろうとするルリシアレヤをサシーニャの手が引っ張って止める。

「慌てて立ちあがってはまた滑ってしまいます。少しお待ちください――どうぞ、お立ちください。滑り止めの魔法を、この辺りから四阿(あずまや)までかけました。でも、ゆっくりでいいのですよ」


 恐る恐るルリシアレヤが立ち上がる。押さえつけるものが無くなったサシーニャは上体を起こし、前屈(まえかが)みになったと思うと身体を震わせている。


「サシーニャさま? ごめんなさい、わたし、サシーニャさまのお(なか)に落ちちゃったわ。痛むの?」

体を震わせたままサシーニャは首を左右に振るだけだ。


「サシーニャさま? どうしよう? 誰か呼んできます、どう行けばバラ園から出られるの?」

「いえ、いいえ……」


 やっとのことで声を振り絞るサシーニャだが、次には爆笑する。

「サシーニャさま!」

「いや、ごめん……まったく、このお嬢さんは世話が焼けると思ったら、なんだか笑いが止まらなくなってしまって」

そう言いながらも大笑いが続くサシーニャだ。


「サシーニャさま?」

「ちょっと待って、怒らないで。笑っちゃいけないって、必死に我慢してるのに、あなたが行ってしまいそうで、何か言わなきゃって、そしたらどうにも笑いが止めらなくなっちゃって――」

不意にサシーニャの笑いが止まった。


 目の前には(かが)みこんだルリシアレヤの顔、肩を抱くように回された細い腕……バラの香りが途切れ、代わりにルリシアレヤの髪の甘い香りに包まれる。優しく温かい柔らかなものが唇に触れる、唇が唇に挟み込まれる感触、動けない、身体が固まってしまったようだ。


 (のぞ)き込む互いの瞳、離れていくルリシアレヤの顔、それを追うサシーニャの視線、自分を見上げるサシーニャに何も言わず、ゆっくりと後ろを向いてルリシアレヤが四阿(あずまや)へと歩きだす。


 ルリシアレヤが四阿(あずまや)で、作り付けの長椅子に腰かけたのを見たサシーニャも、立ち上がって四阿(あずまや)に向かった――


 森の中に湧水? ララミリュースがチュジャンエラの話に目を輝かせる。

「モリジナルという場所はグランデジアでは静養の地と言われていて――」

チュジャンエラがモリジナルの説明をする。


 折角グランデジアに来たのだから、フェニカリデ以外もご案内したい、モリジナルなどいかがでしょう? そう言いだしたサシーニャに、最初は難色を示したララミリュースも湧水が健康や美容にもいいと聞いて俄然興味を持ったようだ。


「守り人に『美容にも良さそうだね』と言われて調べたら、肌を美しくする効果もあるようなんです。つるつるの滑々(すべすべ)になるって評判でした」

さらに勧めるチュジャンエラ、聞いていたサシーニャが、

「女性が喜びそうですが――ララミリュースさまにはまだ(・・)必要ないのでは?」

絶妙な(さじ)加減でララミリュースの女心を刺激する。

「ま、そりゃあそうですけど……今以上に美しくなりたい、誰でもそう思うものですよ」

ホホホ、と口元を抑えて笑うララミリュースだ。


「貴族しか相手をしない宿を貸し切りにしようと思っています。プリラエダ風の調度を揃えた優雅なお部屋が自慢の宿だそうです。お料理は好みに応じて調整可能、いかがでしょうか?」

「モリジナルと言えば岩塩の取れるところね?」

横から口を出したのはルリシアレヤだ。


「鉱石も取れるってジャルスジャズナさまから教わったけれど、どんな鉱石が採取できるの?」

これにはジャルスジャズナが答えている。

「宝石の(たぐい)が有名です。産出量はそう多くありませんが、モリジナルの金剛石(ダイヤモンド)は大粒で良質、加工技術も発達しております。他にも紅玉(ルビー)蒼玉(サファイア)など多種に渡り――」


 実のところモリジナルには宝石類よりも金銀銅鉄、僅かだが白金と、高価で利用価値の大きい鉱物が埋まっている。だが、それらは他国に知られたくない事柄、目を奪われやすい宝石類はそれらの隠れ蓑に過ぎない。


 金剛石と聞いて、ますますララミリュースが興味を示す。

「そう言えば、大粒の金剛石の話は聞いたことがあるわ。夜空で輝く星のようなのだとか――モリジナルには宝飾店も多いのかしら?」

「お望みとあればご案内しますよ」

チュジャンエラが笑顔で答えている。


 サシーニャとルリシアレヤがバラ園から戻って来たときには食事は終わったも同然で、雑談を楽しんでいるところだった。


 随分ゆっくりだったね、とジャルスジャズナに言われた(・・・・)サシーニャが、『広いし、夜なのでゆっくり回ってきました』と言い訳する横で、ララミリュースは娘に微笑んで『バラは綺麗だった?』とありきたりな事しか訊かない。『お願いってなんだったんですか?』と訊いたのはチュジャンエラだ。それにはサシーニャ、『内緒です』と笑い、ルリシアレヤも『バラしちゃイヤよ』と微笑んでサシーニャを睨みつければ、チュジャンエラもそれ以上追求できなかった。


 (はな)からなんの予定も立てていないバチルデアだ。モリジナル行きの日程はグランデジアに一任される。


「グランデジアに来てよかったわ」

と、上機嫌のララミリュースはニコニコ顔だ。

「食べ物は美味しいし、花々は美しく木々は瑞々(みずみず)しい。お陰で空気も清々(すがすが)しい――サシーニャさまという頼れる後ろ盾も見つかったことだし、安心してルリシアレヤを送り出せるわ」


 この夜、用意した料理はほとんどララミリュースが平らげていて、顔にも口にも出さいないがサシーニャを驚かせている。


 王宮に戻り次第作らせて宿舎に届けるというジャルスジャズナに

「こんな時刻ですし明日でいいわ」

とララミリュース、サシーニャが

「では明日の夕食に、また別の献立にて魔術師の料理をお届けしましょう。宿舎の皆様でご賞味ください」

と言えば、ララミリュースはさらに喜んだ。


 すぐそこじゃないの、と歩きたがるルリシアレヤを(なだ)めすかして馬車に乗せ、玄関で見送れば、残るのはサシーニャとチュジャンエラだけだ。片付けてから帰ります、とサシーニャが庭に向かい、チュジャンエラがそれに従う。


「バラ園で、何かあったのでしょう?」

答えないサシーニャに、いつになくチュジャンエラが食い下がる。

「僕にだけは教えてくれてもいいんじゃないですか?」

テーブルの上の食器類が魔法で消えて、椅子とテーブルも次々に消えていく。

「サシーニャさま!」


 うんざりした顔でサシーニャがやっと答える。

「バラを見ていただけですよ」

「そんなんじゃ誤魔化されません。何かあったでしょう? バラ園から戻ってきたら、二人の様子がガラッと変わってた」

「二人? わたしとルリシアレヤ? 歩き疲れていたんじゃなくて?」


「そんなんじゃありませんよ――ルリシアレヤはすっかりサシーニャさまを頼りにしてるし、サシーニャさまはそんなルリシアレヤさまを受け止めてるって感じました。行く前はそうじゃなかったのに」

「あぁ、それは、ララミリュースに頼まれて後見を引き受けたって話をしたからでしょう――何かあったと思っているようだけど、何があったと言うのです?」


 適当に(あしら)われていると感じるチュジャンエラ、サシーニャは篝火(かがりび)を奥の方から消しにかかっている。

(とぼ)けたって判ってます、サシーニャさま」

「何も惚けちゃいませんが?」


「口元に、うっすら(べに)のあとが残っています――迂闊ですね、そんな証拠を残すなんて。あれほどの時間だ、キスだけで終わってないでしょう?」

するとサシーニャがクスリと笑った。


「いずれ王妃になるルリシアレヤとキス? 何を考えているんだか……ルリシアレヤは(べに)を差していなかった。カマをかけたつもりでしょうが、失敗ですよ――想像するのはチュジャンの勝手だけれど、正直、迷惑です」

「サシーニャさま!」


 最後の篝火が消える。それでもほんのり明るいのは、サシーニャの魔法だ。幾重にも魔法を使っているバラ園では使えなかったものだ。

「それじゃあなんでお二人の気配を追えなかったのですか? 途中までは追跡できたのに、突然気配が消えてしまった。サシーニャさまが妨害魔法をかけた、そうでしょう?」


 またもサシーニャがクスリと笑う。

「どうせ塔に帰れば守り人さまからも同じことを追及される――二度も同じ説明をするのは面倒です。帰ってからにしましょう」


 厩舎に向かうサシーニャ、渋々従うチュジャンエラ、二人を包む薄明かりも一緒に移動していった――


 魔術師の塔、筆頭の執務室。戻ってきたサシーニャを迎えたのは扉の前に怖い顔で立っていたジャルスジャズナと、その足元に横たわったヌバタムだ。部屋に入れば窓の外枠にはゲッコーも戻っていた。ヌバタムに居室で待つように言い、ゲッコーは部屋に入れて壁際の止まり木で待たせている。


 サシーニャの説明にジャルスジャズナが唸り、チュジャンエラが顔色を変える。

「サシーニャさまが、大地に作用させる魔法を得意とするのは知ってるけど……」

茫然とサシーニャを見るチュジャンエラ、

「そんな魔法は聞いたことがない。どれほど複雑なものか……」

ジャルスジャズナは感心しているのか呆れているのか、微妙だ。


 街館にはまず、全体に保護術、これは通常の侵入者除け、建屋には権利者不在での不侵入、庭全体に害虫駆除と乾燥防止、自動水分補給、バラ園には加えて特殊防御魔法をかけているとサシーニャが言った。ジャルスジャズナとチュジャンエラが舌を巻いているのはこの〝特殊〟防御魔法だ。


「小鳥やミツバチなどの益虫は難なく通り抜けます。が、植物を枯らせるほどの害虫は入り込めません。モグラなどもそうです」

そこまではジャルスジャズナもチュジャンエラも、そうは驚かない。


「日差しを(さえぎ)ることもなく、風も、もちろん雨も通します。けれど強すぎる日差しや風雨は遮断する、そんな魔法をバラ園には仕掛けました」

魔法自体に〝適度〟を判断させる複雑な魔法、これには驚愕するしかない。


四阿(あずまや)には不見魔法と外聞防止術もかけています。せっかく(くつろ)いでいるのにジャッシフがやってきてあれこれ言うことがあるからです」


「なんで外聞防止?」

チュジャンエラの質問に、

「独り言を言うことくらい、わたしだってありますよ」

サシーニャが笑う。


「もういい!」

とジャルスジャズナが話を打ち切った。

「何もなければそれでいい。うん、サシーニャを疑うなんてチュジャンのほうが()()しい」

「えっ? なんで僕?」

「リオネンデの婚約者とサシーニャがどうにかなるはずがない。ララミリュースだってまったく気にしていなかった。勘繰るなんてイヤらしい」

そこまで言うか、とチュジャンエラが()れ、サシーニャが鼻で笑った。

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