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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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ジャッシフの不機嫌

 程なく料理を盛った大皿が運び込まれ、サシーニャが用意した敷物の上に並べられる。さらに酒瓶とレモン水の入った壺、いくつかの杯も用意された。


 リオネンデが敷物に座し、サシーニャ、ジャッシフとそれに続けば、レムナムがそれぞれに足の着いた杯を配り酒を()いで回る。


 今日は祝いに相応(ふさわ)しく、串刺しの肉も見ただけで上等と判るものだ。さらに()でたカニやエビ、緑、黄、赤、紫と色とりどりの豆を使った煮豆が並び、芋もいつもは丸ごとだが、今日は食べやすい大きさに切って揚げられている。茹でて(から)()いた卵は何やら色付けされている。果実酒に漬け込んで色を移したのだろう。


 魚は今日も実芭蕉(バナナ)の葉に包んで蒸し焼きにされた物だったが、魚だけでなく未成熟な花の(つぼみ)や香草も包み込まれて蒸されており、普段より手が込んでいる。包みを解くと香草が魚の肉の臭みを消して、食欲をそそる香りが部屋に広がった


 上部を()()いたヤシの若実には柄杓(ひしゃく)が差し込まれ、ヤシ果汁に放り込まれた数種の果実とともに椀に(すく)えるようになっていた。白い果汁に色とりどりの果物が見え隠れし、食卓に華やかさを添えている。


 果実はその他にも実芭蕉や数種の葡萄(ぶどう)などが(きょう)されている。切ったアナナスは汁が(したた)るからだろう、別の皿に盛られていた。


 薄切りにして甘辛く味を付けて炒めた肉は、包んで食べるよう青菜が添えられている。ナッツも今日は、刻んだクルミ・勾玉実(カシュー)扁桃(アーモンド)などが混ぜ合わされ、肉に付けて食べる事も(さじ)で掬って食べる事もできるようになっている。


 数種類の瓜の中には赤茄子(トマト)もあった。日持ちのしない赤茄子がこの日にあるとは縁起がいいと、リオネンデが笑った。瓜の横には塩が盛られた小皿が添えられている。


「グランデジア王国に栄光あれ」

リオネンデが杯を(かか)げ、二人の側近が唱和した。


「しかし、誰も『バイガスラ国王の了承を得たか』とは言いださなかったな」

赤茄子に手を伸ばしてリオネンデが笑う。

「いたとしても本命ではなく、息のかかった者だったはず。後ろに誰がいるか、(あぶ)りだすのも苦労だったでしょう」

サシーニャが答えれば、ジャッシフが

「それでも少しは近づけたかもしれん。疑わしくない(・・)者がいないという事は判った」

と、薄切り肉を青菜に包みながら皮肉った。


 汚すのを嫌って(たもと)の広い(そで)をまくり上げたサシーニャが、ヤシの実の中を(のぞ)きこむ。柄杓(ひしゃく)を左手に、椀を右手に取り、

「アナナスはこちらにも入っているようです」

(つぶや)く。アナナスは収穫までに三年かかる。収穫量が少なく高価なものだった。


「ヤシの果汁に甘い果実、甘いもの()くめだな」

と言ったのはリオネンデ、

「果実は甘いだけでなく、酸味が味を引き締めているものも多いかと」

気にする様子もなくサシーニャが答え、

「魔術師さまは魔法の力を維持なさるため、肉を口になさらん。せめて甘いものでも摂らねば体力を維持できん」

肉を包んだ青菜を頬張って言ったのはジャッシフだ。


 動物性の食物は血を汚し、魔力を減退させると魔術師たちが言う。そのくせ高い栄養価が体躯を作り体力を補うと、人々に肉食を勧めているのだから眉唾だとリオネンデは思う。が、()えて魔術師たちに喧嘩を売る事もないので黙っている。魔力を使うことのない我らの血が汚れようと、魔術師たちには知った事ではないのだ、と漠然と思うだけだ。


 面白くなさそうな顔でリオネンデがエビを折り、身を()き出して(かじ)り付く。

「優秀な魔術師はまだ見つからんか?」

いったん椀を置き、(ふところ)から出した(ひも)で髪を後ろに(まと)めていたサシーニャにリオネンデが問う。


 横からジャッシフが口を(はさ)む。

「その髪を長くしているのも魔法のためなのだろう?」

エビで汚れた指先を椀の水で清めていたリオネンデが

「そうなのか?」

(たた)みかける。


「髪については魔法とは関係ありません。で、有能な魔術師がそう簡単に見つかるはずも、育つはずもございません」

サシーニャは椀に口を付け、ヤシの果汁を少し飲んでから匙で果肉を拾って口に運んだ。


 バキッと音を立ててリオネンデがカニの身を上下に割る。足を(むし)ると、甲羅(こうら)だけを手にし、そこに残った(はらわた)(さじ)(すく)い始める。そして、フムと(うな)った。

「エビもカニもゴルドントの漁師町オーウエナリスで水揚げされたものだ。川の物より味わい深く感じる……これらを以前より安く手に入れられるようになっただけでもゴルドントを制圧した甲斐(かい)があるというものだな」


 感慨深げにリオネンデが呟けば、エビに手を伸ばしたジャッシフが

「これで輸送時間がもう少し短縮できれば、市中にも出せるのですが……庶民の食卓にはまだまだ遠い」

リオネンデがいやがりそうなことを口にする。


「漁師町には氷室を作るよう指示を出しております」

ジャッシフの愚痴を打ち消す発言はサシーニャだ。


「氷の使用が適えば、海産物の輸送も大いに容易(たやす)くなる事でしょう」

「氷の使用はいつごろ実現できる?」

笑顔が戻ったリオネンデがサシーニャに問う。


「魔術師を二人、オーウエナリスに派遣いたしました。三月(みつき)ほどもあれば試作品が出来上がると見込んでおります」

串に刺した肉を齧りながらジャッシフがサシーニャを見る。

「氷など途中で溶けてしまうだろう?」

滴る汁を取り皿に受けながらアナナスを口元に運んでいたサシーニャが手を止めて

「王都フェニカリデ・グランデジアに至る道の随所に氷室を作って、そこで氷を補給するのですよ、ジャッシフさま」

と微笑む。


「どちらにしろ金のかかる事だな」

「そう言うなジャッシフ。国を富ませるためには金がかかるという事だ――そうだ、後宮の女を五十人ほど下げ渡すことに決まったぞ」


「ほう、それは、それは……少しは風通しもよくなりましょうな」

皮肉含みの上、素っ気ないジャッシフの反応に、やはりレナリムから聞いていたかとリオネンデは内心思うが知らん顔をした。


「よい(もら)い先がございましたか?」

サシーニャがリオネンデに問うと、

「四十五人ほどは貴族の(めかけ)だ。サシーニャ、おまえが処女(おとめ)(かえ)りの魔法を使ったことにするから承知しておいてくれ」


 後宮に入る時は処女(おとめ)でなくてはならず、払い下げられる時は王の手つき(・・・)でなければ恥となる。が、実際、王の手つきとなった娘はいない。娘に恥をかかせないために、魔法で処女膜を再生(・・・・・・)したことにするぞとリオネンデは言ったのだ。いつものことだ。


 王の閨事(ねやごと)を下げ渡された女に尋ねてはならない。そして女には、口外してはならないと(めい)じている。あわせて後宮の作りにしても、女たちは口を(つぐ)むことを要求され、誓いを立てさせられている。万が一、誓いを破れば魔法が発動して(いのち)はないぞと脅されれば、裏切る者が出る事もない。さらにレナリムが女たちにはいろいろ含んでから、下げ渡すことになっている。


 サシーニャが(かしこ)まりましたという横で、ジャッシフが難癖をつける。

「リオネンデの知らないところで、密通していた女はいないのか?」

「フン、レナリムに知られず(・・・・・・・・・)後宮の女が密通するのは不可能と思うが?」

これはリオネンデに逆に皮肉られ、ジャッシフが恥じ入る。

「どうも今日のジャッシフさまはご機嫌がよろしくないようで」

サシーニャが笑った。


 青い瓜に齧りついてリオネンデが面白そうな顔でジャッシフを見、目をそらしてからサシーニャに言った。

「そう遠くないうちにレナリムをサシーニャに返すことにした。いいところに縁付かせてやれ」

サシーニャがありがたき事と呟き、ジャッシフが赤面して目を伏せる。ここに来てリオネンデのレナリムに対する思惑(おもわく)に気が付いたのだ。


「たしかリオネンデ王の側近に、三十に手が届こうかというのに妻帯していないおかた(・・・)がいらしたと記憶しておりますが……」

サシーニャが真面目腐った顔で言う。


「あぁ、いたな、そんなヤツが」

打って変わってリオネンデはニヤニヤと答える。

「なんだったら、俺が口を()いてやろうか?」

(かたじけな)く存じます。その()りにはなにとぞ良しなに」


 リオネンデとジャッシフの杯に酒を注ぎ、自分の杯にも酒を満たしたサシーニャが杯を捧げ持てば、リオネンデが杯を打ち付ける。俯いたまま動かないジャッシフをリオネンデが(ひじ)小突(こづ)けば、ジャッシフもやっと杯に手を伸ばし、サシーニャの杯に打ち付けた。


「今日は佳い日だな」

とリオネンデが微笑む。


 これでジャッシフとレナリムの内輪の(・・・)婚約が調った。親元――レナリムの場合は兄だが――に後宮の女が返される。それは王の手が付いていないということだ。下げ渡された女と一緒になるのとはわけが違う。


 筆頭魔術師にして王家の守り人サシーニャの妹と、王の側近・王の第一の家臣ジャッシフがなんの障りもない婚姻を結ぶのだ。


「どうだ、機嫌は直ったか?」

今回の下げ渡しのリストにもレナリムの名はなかった……ジャッシフの不機嫌の理由は、どうやらそこにあったようだ。

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