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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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旅への いざない

 それにしても一月(ひとつき)は長過ぎるよね、とジャルスジャズナが苦笑する。うん、と頷いたサシーニャが、

「いっそ、少しフェニカリデから出て貰いましょうか?」

と笑う。


「フェニカリデから出る?」

「モリジナルに疲労回復に効果のある湧水があると、チュジャンが教えてくれました。そこではいかがでしょう?」

えっ? とサシーニャを見たのはチュジャンエラ、もしバチルデアの王妃と王女を連れて行くようなことになれば、ワダからの依頼が果たせない。


「何か不都合でも?」

チュジャンエラの反応をサシーニャが不審がる。

「休暇を取っていただきたくてご紹介したのに、ララミリュースさまたちをご案内したんでは休養にならないのではと思って」

「仕事を兼ねてでもなきゃ、サシーニャはそんなところに行かないぞ」

笑うのは、疲労回復に効果があるなら美容にも良さそうだと呟いたジャルスジャズナだ。


「問題はララミリュースがウンと言うかだね。フェニカリデに(こだわ)るって言うか、ここに来た狙いは王女さまの売り込みだ。リオネンデも一緒というなら合意するだろうけどね」

「リオネンデにルリシアレヤを売り込む? ララミリュースがそんなことを言ったのですか?」

「いや……」


 つい口籠るジャルスジャズナ、サシーニャに言うつもりのなかったことを言わないわけにはいかなくなった。

「売り込みに来たなんて言っちゃいないが、いやさ、サシーニャに、ルリシアレヤの後ろ盾になって貰うわけにはいかないかって訊かれたんだ」

「わたしがルリシアレヤの後ろ盾? ララミリュースが言ったのですね?」

「うん……スイテアに対抗するためだと思うよ。そのためにサシーニャともっと親しくになりたい、ルリシアレヤを知って貰って気に入って欲しいって、ララミリュースが言ったんだよ」

「歓迎式での様子からは考えられない変化ですね」


 サシーニャは驚くだけだが、ジャルスジャズナとチュジャンエラはそれぞれ別の心配をしている。

「まぁ、わたしの身分や立場から、他の誰よりもリオネンデに影響力を持つと見たのでしょう。どうするかな……断れば大臣とかに話が行くでしょうから、それもまた面倒なことになりそうです」

「今のところそんな話はないようだ」

「ほかには誰にも依頼しないと約束すれば引き受ける、そうララミリュースに伝えてください――どうせ王妃に収まれば、リオネンデに似たような仕事を押し付けられる。同じことです」

「だってサシーニャ……いいのかい?」

「あぁ、でも、まずリオネンデに了承を取ってからですね。明日正午の打ち合わせの時にお返事します――ヌバタム、そろそろいいでしょう?」


 ニャンとヌバタムがサシーニャの膝から降り、足元に座る。背中を一撫(ひとな)でされるともう一声鳴いて扉に向かった。

「抜け毛防止の魔法は掛けたので出してやってください」

ブラシに着いた毛を取りながらサシーニャが言えば、すかさずチュジャンエラが立ち上がる。チュジャンエラにも『ニャン』と一声鳴いてヌバタムが部屋を出た。


 扉を閉め、サシーニャがチェストに毛取りブラシを仕舞っているのを見たチュジャンエラは、長椅子横の小テーブルに置いた茶をサシーニャの席に運んだ。


 席に着くと、

「モリジナルに行く件もリオネンデの承認を取ってから、ララミリュースに打診することにしましょう。なに、ララミリュースはイヤとは言わないと思います」

自信ありげにサシーニャが言う。

「ふぅん、それはなぜ?」

疑わしいと言いたげなジャルスジャズナ、

「それは守り人さまがララミリュースにこう言うからです――筆頭と親密になるいい機会ですよ」

サシーニャの言葉にジャルスジャズナが吹きだした。


「なるほど、あちらだけが有利ってわけじゃない。せいぜいこっちも利用しようって腹だね」

「もっとも、わたしは同行する気はありませんが」

ニヤリと笑うサシーニャ、呆れかえるジャルスジャズナに、

「行くことにしておいて、当日、急な用事が入ったことにします。チュジャンをお供させますから、守り人さま、よろしくお願いしますね」

と、サシーニャが言えば『ちょっと待って』とチュジャンエラが慌てる。


「何日行くか判らないけれど、サシーニャさまが行かないなら僕も行きませんよ」

「おやおや、一人で任務を請けるのは初めてじゃないだろ?」

不思議がるジャルスジャズナに、

「サシーニャさまは最近どんどん私生活に手を抜く一方で、僕がいなきゃ食事もしない。離れられません」

と、きっぱり言うチュジャンエラ、

「随分な言われようだ」

サシーニャが苦笑し、続けて言った。


「心配ないよ、いると頼ってしまうけど、いなければ自分でちゃんとするから――それにチュジャン、モリジナルに行きたがってたよね?」

「でも……」

「大丈夫だよ。サシーニャだって子どもじゃないんだ、心配ないって」

ジャルスジャズナもサシーニャの味方をする。


 サシーニャをモリジナルに行かせたいチュジャンエラ、行かせたくないジャルスジャズナ、互いに腹の内を相手に明かしたいが、サシーニャの手前それもできずにいる。


 そんな二人の思惑を置き去りに、

「明日の食事会ではララミリュースとルリシアレヤ、双方に今後の希望を聞いてみましょう。それとなくではなくはっきりと(・・・・・)、行きたいところ、したいことを(おっしゃ)っていただきたいと――心配いりません、明日はわたしが二人と話をします」

ジャルスジャズナが何か言いかけるのを、いい加減リオネンデが待ち草臥(くたび)れているだろうと、打ち合わせを終わらせるサシーニャだ。


「チュジャンは近衛隊詰所に行ってペリオデラに明後日の閲兵式の件を伝えてください。明日の午前中に、打ち合わせがしたいとわたしが言っていたと――では、守り人さま、また明日の正午に。お願いしますね」

追い出されるように筆頭の執務室を出されたジャルスジャズナとチュジャンエラ、魔術師の塔を下りて行こうとするチュジャンエラを、ジャルスジャズナが呼び止める。

「あとでいいから話がしたいんだが?」

不機嫌そうなジャルスジャズナ、心当たりのあるチュジャンエラ、『夜中になると思います』と言って、塔の階段を駆け下りていった。


 一人になったサシーニャは、少し迷ったがゲッコーを連れて居室に戻ると鳥籠に入れた。

「話はあとで……温和(おとな)しく待っているんだよ」


『さしーにゃ大好キ』とゲッコーがそれに答える。先に王の執務室に行くことにしたサシーニャだ。ゲッコーから聞かされる話で、自分が動揺するような気がした。鋭いリオネンデはきっとそれを見逃さない。だから先はリオネンデと決めた。


 軽く溜息をつきサシーニャが居室を後にする。ばたりと小さな音を立て、サシーニャの後ろで扉が閉まり、ひとりでに施錠された――


 ふぅん、と面白そうにリオネンデがサシーニャの顔を眺める。王の執務室、今日は予定通り何事もなく終わった、明日は夕刻から食事会、それ以外は休養日とするとサシーニャから聞いたリオネンデだ。


「おまえが自分の街館に誰かを招くなど、今まで聞いたことがないな」

「ジャッシフは来たことがありますよ」

助けを求めるようにジャッシフを見るサシーニャ、が、ジャッシフが答える前に、

「レナリムが呼んだのだろう?」

リオネンデが決めつける。事実を指摘されればサシーニャに、もう言えることはない。


 押し黙ってしまったサシーニャを、フフンと鼻で笑うリオネンデだ。

「まぁ、何もおまえの街館を使うのがいけないとは言っていない」

「では何がいけないのでしょう?」

「いけないことは何もない。が、サシーニャ、きちんと決めてバチルデア側にも伝えなければならないことがある」

小首を(かし)げるサシーニャに、

「おまえの街館での食事会ということは、おまえが個人で(・・・)開催するのか、それとも王宮がおまえの館を借りるのか、そのあたりを明確にしろと言っているんだ」


 はっとリオネンデを見るサシーニャ、

「わたし個人でとは、思い浮かびもしませんでした」

と答える。


「個人の館に連れて行かれれば、その館の(あるじ)の招待と誰もが思うだろう――うん、それが自然だ。サシーニャ、おまえが主催し、おまえが二人を招待した、そう言うことにしろ」

「いや、でもそれは――」

「ララミリュースはおまえを随分と怖がっていたからな。誤解を解くため招きたいと言えば、向こうも納得するだろう」

「いや、その件なのですが――」


 ジャルスジャズナを経由して、ララミリュースがルリシアレヤの後ろ盾を頼んできたがどうしたものかと、サシーニャがリオネンデに伺いを立てる。もう怖がってはいないようだと言いたいのだ。


「どのみちご成婚ののちには、わたしが王妃さまの守役を仰せつかるのではないですか? ならばこの申し出、断る理由もないかと思っています」

サシーニャの言に、リオネンデが頷く。

「そう言う事ならなおさら、ルリシアレヤと親しくなるためと、個人的な招待の理由もつく――その申し出、受けるを許す、(しか)と勤めよ」


 王の(めい)に深く一礼したものの、もう一度サシーニャが訴える。

「しかし、個人的に招待となると……ほかの貴族の目もあることですし――」

「俺がおまえにルリシアレヤの後ろ盾になれと(めい)じたとすればいい。誰にも文句は言わせない」

そこまで言われればサシーニャに返す言葉はない。


 食事会はサシーニャが主催し、食材や人員は王宮、魔術師の塔が貸し出すということで話しが付いた。


 明後日の閲兵式についてはリオネンデも都合をつけると確約し、詳細はペリオデラとサシーニャに任された。明々後日のバチルデア警護隊の出立に、ララミリュースとルリシアレヤが立ち会い、フェニカリデ西門への同道、物見遊山、商店への立ち入りの許可も出る。


「モリジナルの湧水か……」

「はい、貴族相手の宿も数軒ございます。お許しがあればバチルデア側と協議し、日程を調整したく考えております」


 ふぅん、とリオネンデがサシーニャの顔を見る。

「いいだろう。サシーニャ、おまえが必ず同行することを条件に許す――ついでにおまえもゆっくり疲れを癒してこい」

えっ? と思ったサシーニャだが、自分から願い出たことが許可されたのだ。今さら拒否するわけにもいかず、畏まりました、と答え、

「閲兵式については明日にもペリオデラと打ち合わせします。決まり次第、委細をご報告差し上げます――では、本日はこれで」

退出の意を示す。うむ、と答えるリオネンデに一礼し、同席していたスイテアとジャッシフにも会釈したサシーニャだ。


 重い心のまま魔術師の塔へと戻っていった。

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