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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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一瞬で奪われて

 ジャルスジャズナにはチュジャンエラの怒りの原因が判らないようだ。

「何をいきなり怒りだす?」

戸惑うジャルスジャズナに、

「だって……『理解したい』まではいいよ。でもね、『理解されたい』ってなっちゃうと、それって自分を見てって事じゃん」

不貞腐(ふてくさ)れたようにチュジャンエラが答える。


「手紙を書いてるときのサシーニャさまはとっても幸せそうだったんだ。凄く優しい顔で……」

「チュジャン?」

「だからさ、てっきり恋人に書いてるんだって思った。だけど相手がルリシアレヤだって知って、ありえない、僕の思い違いだ、そう考え直すことにした」


「そうか、幸せそうだったか」

「うん。そのことを指摘すると、書いている時の表情は文章の端々に散りばめられて相手に伝わるものだから、って言ってた。相手は恋人ですかって訊いたら、否定したけど、大事な人だって言ってた」

チュジャンエラの言葉にジャルスジャズナが唸る。

「もう手遅れなのかもしれないな」


 ジャルスジャズナの溜息にチュジャンエラが唇を噛み締める。

「サシーニャさまは既にルリシアレヤさまに思いを寄せてるってこと? 僕だってサシーニャさまに、見つめ合う相手ができたらいいなって思う。でも、ルリシアレヤはダメ」

「チュジャンがダメって言ったってどうにもならないよ」

「そりゃそうなんだけど……」

力なくチュジャンが肩を落とす。


「なんで、()りに()ってルリシアレヤなんだ?」

「サシーニャだって判ってるさ。でもさ、感情は理屈じゃないからね」

「やっとジャジャの心配が判ったよ。サシーニャさまが手紙の相手を思ってるって僕が感じたのは間違いじゃなかったってことも。で、その相手のルリシアレヤはサシーニャさまに思いを寄せ始めてる。そりゃあ心配になるよね」

「ま、そう言うことだね」


「でも、大丈夫だよ。サシーニャさまがルリシアレヤさまと間違いを起こすとは思えない」

「だろうね。サシーニャは間違ってもルリシアレヤとどうにかなったりしない」

「あれ? それじゃあ何が心配なのさ?」


 ジャルスジャズナが目を伏せる。

「サシーニャが……アイツはがどれほど苦しむんだろうって。それが心配なんだ」

「あ……」

「しかもルリシアレヤは思い込んだら真っ直ぐ進む。サシーニャをどう思っているのか、わたしが見る分にはまだはっきりしないけど、チュジャンが言うようにサシーニャに惹かれる要素は大きいと思う」

「僕の心配も間違いじゃないってことだね。ルリシアレヤがサシーニャさまを困らせる」


「困るだけならまだマシだ。ルリシアレヤが恋愛感情をサシーニャにぶつけてきたら、サシーニャだって揺れるだろうよ」

「いや、それはない。必ずサシーニャさまは拒む――だけど……だけど、誰にも見せずに苦しむだろうね」

「なんでルリシアレヤなんだろうと思う。いいや、なんでルリシアレヤはリオネンデの婚約者なんだろうって思う――この()なら、きっとサシーニャの孤独を(いや)せるって、ルリシアレヤと話していて、何度も思った」


「皮肉だね……」

吐き捨てるようにチュジャンエラが言った。

「お互い相手に惹かれているのに、本当ならば相手の気持ちを知れば幸せを感じるはずなのに、待っているのは出口の見えない迷路だなんて」

チュジャンエラをチラリと見て、ジャルスジャズナが再び深く溜息をついた――


 翌朝、いつも通りチュジャンエラがサシーニャの居室に行くとサシーニャは既に起きていて、奥の窓辺に出した椅子に腰かけ髪に櫛を通していた。ヌバタムとゲッコーはもう持ち場(・・・)に向かったらしく姿がなかった。


「伸びましたね。面倒だなんて言ってないで、切ってしまったらどうです? そこまで長いと手入れのほうが面倒に思えます」

「それよりチュジャン、昨夜、何か変わったことはありませんでしたか?」

「王宮内もフェニカリデも、いたって平和でしたよ。白梅通りで酔っ払い同士のちょっとした喧嘩があったくらいです」


「あれ? 起きて監視してた? 継続魔法はまだ使えなかったよね?」

「はい、僕、寝たら熟睡しちゃうので――一等魔術師を数人、巡回に出しました。守り人さまの指示です」


「守り人さまと言えば、安眠魔法をかけられました。あっと思った時には施術が終わってて。情けないことに、肩を貸して貰わなければ、寝台に行けなかった……まぁ、お陰で夢を見ることもなく朝までぐっすり眠れたのですが、櫛を通さず寝たものだから髪が絡まってしまって大変です」

「ちゃんと眠ったのは何年ぶりですか?」

これにサシーニャは答えず、櫛を通し終わった髪を後ろで一つに編んでいる。


「確かに少し邪魔になってきました」

「髪の事ですか?」

「えぇ、これでヌバタムのように抜け毛が酷ければ、意地を張らずに切ってしまうかも――ヌバタムにブラシを掛けてくれたのはチュジャン?」

「はい、食事会が終わってからサシーニャさまの様子を見に来たんです。ちょうどヌバタムが帰って来たので」

「助かりました。あの魔法は術者が熟睡しようが命を落とそうが解けない魔法ですから」


 命を落とすという言葉に背中を冷やされたチュジャンエラが何も言えず、代わりに

「サシーニャさまの髪、僕が切りましょうか?」

と言うと、

「チュジャンも他人(ひと)の髪を切るのが好きなのですか?」

編み終わりを細紐で結びながらサシーニャが笑う。


「いえ、好きってことはないです――誰か髪を切るのを趣味にしている人がいるのですか?」

「練習してるってルリシアレヤの手紙にありました。あの人はいろんなことに興味を持つ。面白い人です」


 立ち上がったサシーニャが、今度は水差しを持って窓辺の植木鉢を覗き込む。

「髪を切る特技があっても王女さまが、まして王妃になれば使うこともないでしょうに……せいぜい夫の髪を切るくらいかな」

これにもチュジャンエラは答えられない。さり気ないサシーニャの言葉に(かげ)りを感じるのは考え過ぎだと思おうとしても、どうしても寂しさの匂いを感じてしまう。

「サシーニャさま、食事の用意ができました」

チュジャンエラもさり気なく(・・・・・)、いつも通りの言葉を掛ける。


 黄桃のシラップ漬を取り分けながら、

「もう少し待てば(あんず)茘枝実(ライチ)も熟してきますね」

サシーニャが独り言のように言う。

「サシーニャさま、茘枝実(ライチ)、お好きですよね」


「そうそう、果樹園に入ってすぐのあたりに桑の木(マルベリ―)があるんですが……花が咲いていたら、それとなくルリシアレヤに教えてあげてください」

「桑?」

「実はなるのに花が咲いているのは見たことがないって言っていたので。あくまでさりげなく、手紙に書いてあったからと気取(けど)られないように。お願いしますよ」


「えぇ? 巧くできるかなぁ?――木を見上げて、『花が咲いてるなぁ』とでも呟いてみますよ」

「上手にできそうですね。チュジャンはそういうの、得意そうです」

「とんでもない! 今から失敗しないかとドキドキしています」


 サシーニャはぐっすり眠ったせいか、普段から穏やかではあるものの、どこか緊張感がある顔つきなのに今日はそれもない。まるで夢を見ているような目つきだ。まだ安眠の魔法が解け切っていないのかもしれないとチュジャンエラが思う。


 サシーニャの手が丸いままの林檎(ポッメ)に伸びる。

「あ、皮を()きますよ」

チュジャンエラが声を掛けると

「あぁ、そうですね」

と答えたのに、そのまま嚙り付いてしまう。

(まっ、いいか……)


 ポッメを食べながら、何かを考えているのか、それともやっぱりまだ寝惚(ねぼ)けているのか? 判断つかないサシーニャに、チュジャンエラは昨夜のジャルスジャズナとの会話を思い出す。


『スイテアが、リオネンデの悪ふざけだって言うんだよね』

『リオネンデさまの?』

『文通したいって手紙から、サシーニャは自分に向けるルリシアレヤの好意を感じて、それに驚いて手紙を取り落としたってリオネンデは思っているらしい』

『好意って、それはだって、恋愛ってわけじゃないでしょう?』


『うん、リオネンデのルリシアレヤあての贈り物に目録と説明文をサシーニャが書いて送ったらしいんだけど、その説明文を気に入ったルリシアレヤが、それを書いた人って指定して文通を望んだんだって』

『どんな説明文を書いたんだろうね。でもさ、文通相手に指名されるって、驚くほどの事なの?』

『チュジャンみたいに周囲が自分を好意的に見てくれるって思いこんでるヤツは感激しないだろうけど、サシーニャはその反対だからね』

『なにそれ、僕が馬鹿みたいじゃん』


『ともかくサシーニャはすごく嬉しかったんじゃないかな? 文章だけ、だけどだからこそ、身分も立場も、それこそ見た目も関係なく、純粋に自分が評価されたと感じたんだと思う』

『なるほどねぇ』

『リオネンデがそんなサシーニャを面白がって(けしか)けるつもりで文通を命じたってスイテアは見てるみたい……まぁ、そのあたりはちょっと違うんじゃないかな? でも、サシーニャがルリシアレヤの申し出に感激したのは間違いない。最初の手紙に自分を文通相手に選んでくれて感謝してるって書いてた』


『感謝してるって、社交辞令じゃなくって?』

『で、サシーニャは感謝の(しるし)としてプリムジュの押し花を贈ってる。王女さまに何を贈っても失礼になるだろう。だけどこの程度なら笑って受け取って貰えるかなって』

『プリムジュ?』

『うん、ルリシアレヤはプリムジュの花のような人だと感じてるとかって』

『いや、プリムジュ?』


 チュジャンエラが蒼褪めているのに気が付いたジャルスジャズナが

『プリムジュがどうかした? 毒薬も作れるけれど。押し花一輪じゃどうにもならないぞ?』

と笑う。


『プリムジュはサシーニャさまが一番好きな花だよ。寒さの中でも可憐な花を健気(けなげ)に咲かせ続けるって。居室に置いてあるけど、大事にしてる』

『あ……』

聞いた途端にジャルスジャズナの笑いが止まった。


 ジャルスジャズナに縋るような目を向けるチュジャンエラ、それを泣きそうな目で見返すジャルスジャズナ、

『サシーニャは……』

先に声を発したのはジャルスジャズナだ。


『最初の手紙を受け取った瞬間、ルリシアレヤに心を奪われていた?』

チュジャンエラは答えられない。

『どっちにしたってどうにもならない――チュジャン、こうなったら早くサシーニャを諦めさせるしかない。そのために知恵を絞ろう。好きになればなるほど辛いだけの恋なんか、わたしはあいつにして欲しくない』


 真剣な眼差しのジャルスジャズナ、守り人のこんな真剣な顔、初めて見たと思いながらチュジャンエラも頷いた。

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