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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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かからぬ罠

 執務室に戻るとレナリムがすぐに姿を現した。リオネンデがマントを外すとそれを受け取り、スイテアを後宮へと(いざな)おうとする。


「いや、スイテアはそこに控えていろ」

「装束をお取替えしなくてよろしいのですか?」

リオネンデの(めい)にレナリムが疑問を投げる。答えたのはサシーニャだ。

「それよりも、なにか飲み物の用意を」

御酒(みしゅ)でよろしいのでしょうか?」

「いや、酒は要らない」


 控室に詰める王の護衛兵に、廊下に出るよう指示を出すジャッシフの声が廊下から聞こえる。

「いいか、何者も通すな。ここで足止めをしろ。王の許しがなければ通せぬと突っぱねろ」


 リオネンデはそれを気にする様子もなく額飾(ひたいかざ)りを外すと、大テーブルに無造作に放り投げる。そこには王の剣も乗せられていた。

「どうした、ボケッと()っ立ってないで、長椅子にでも掛けていろ」

スイテアを見もせずに声を掛ける。


 サシーニャは小テーブルの前の椅子に腰を掛け、レナリムが用意した茶を飲んでいる。リオネンデは左手首のバングルを外すと先に外した額飾(ひたいかざ)りとともに、レナリムが(ささ)げ持つ柔らかな布を張った盆箱に収めた。さらに(えり)飾りも外し、同じ箱に入れる。レナリムが後宮に箱を運んで行った。


「スイテア、まだ立ちっぱなしか? 疲れているだろう? 遠慮なく座れ」

今度はスイテアを見てリオネンデが言った。

「剣をどうしてよいか判らぬのでしょう」

クスリと笑ったサシーニャが、スイテアに助け舟を出せば、リオネンデがムッとする。


「貸せ」

リオネンデがスイテアに手を差し出した。


 スイテアから剣を受け取ると、(さや)から抜いて刀身を(あらた)める。まじまじと見たあと腕を伸ばし、再び刀身を確かめる。さらに一振り二振りする。

「いいデキ(・・)だ、サシーニャ。よくぞここまで刀身を細くした。これなら切り捨てる力がなくても相手に突き刺せばよい。スイテアに持たせるのに打って付けだ」

(さや)に納めながらリオネンデがサシーニャに微笑む。サシーニャは『当然』といった顔でニヤリとしたが何も言わない。


「しかも(ほど)よく(しな)る。突き刺せなかったときに折れる心配が減るうえ、振った際に起きる波動が震音(うねり)を呼んで低く(にぶ)い音を出す。相手はその音だけでもで怖気(おじけ)づく」

さらに褒めたリオネンデ、大テーブルに乗せていた自分の剣も手にすると、王の座へと向かう。見ると王の座の左後ろに少し小ぶりだが、豪奢(ごうしゃ)な椅子が置かれている。

「スイテア、執務室でおまえの座は俺の後ろのこの椅子だ。公務をこの部屋で執る際は、ここがおまえの位置となる――右利(みぎき)きで間違いないな?」


 スイテアが頷くのを見て、

「座の右側面に剣を差し込めるようになっている。この部屋にいるときはここに剣を置け」

スイテアの剣をそこに差し込み、自分の剣は王の座の右に回り込んで同じように収めた。


「寝所にも同じように剣立てを用意する。眠る時はそこに置け。そして剣は常に携行し王を守る任に備えよ」

そしてクスッと笑い、

「寝台には持ち込むなよ。どうせ今のおまえでは、子どもを()るのも無理だが面倒だ」

と言った。


 リオネンデがサシーニャと同じテーブルに着くとレナリムが奥から出てきて、リオネンデの前に杯を置く。リオネンデが頷くと、レナリムは長椅子に腰を降ろしたスイテアにも杯を持っていく。

「煮詰めたザクロ果汁を水で割ったものでございます」

杯を(のぞ)き込むと真っ赤な液体が入っている。口に含むと甘酸っぱい味がした。


 廊下は先ほどから騒がしく、ともすればジャッシフが大声を張り上げているのが聞こえた。

「王と王家の守り人は墓廟(ぼびょう)に参拝とのことでございます。王の許しがない限り、執務室へのお通しは相成(あいな)りません」

「ならば片割れさまを出せ!」

「これは異なことを……片割れさまが王に随行しないとお思いか?」


 杯を小テーブルに置いてリオネンデが苦笑する。

「ジャッシフのヤツ、頑張っているじゃないか」

するとサシーニャが

「本命は来ていないようですね、声が聞こえません」

と、答えれば、

「ふむ……」

リオネンデが(うな)った。


 リオネンデは腕を組んで黙り込む、サシーニャはすまし顔で茶を楽しんでいる。だがサシーニャの杯もとうに空になっている。静かに二人は何かを待っていた。


 執務室のざわめきが音色を変える。地位ある者の訪れに他が控えた……そんな気配だ。


「来たかな?」

リオネンデが(つぶや)く。

「どうでしょう?」

サシーニャが持っていた杯をテーブルに置いて耳を澄ませる。そして苦笑すると

()てが外れたようです」

(ひたい)に手を当てた。


「一の大臣マジェルダーナの使いの者が、王と片割れさまに祝いの品を届けに来ました。(たか)っていた者どもは我先に散った。マジェルダーナに(なら)って、(こぞ)って同じことをするつもりなのでしょうね」

サシーニャが外の様子を説明すると、リオネンデがフンと鼻で笑った。


「まぁ、そう簡単に行くはずもなし。あちらとで、尻尾(しっぽ)(つか)まれぬよう慎重なことだろうよ――機会はまた訪れる」

「そうですね。こちらが(あせ)れば、向こうの思う壺というもの。慎重を要するは我らも同じ。だがこれで余計に判らなくなりました」

「見えない敵とは厄介なものだな――こちらが気づいている事を、あちらが気づいているのかさえも判らない」


 リオネンデの顔を見て、サシーニャが軽く息を吐き微笑んだ。

「さて、どうなさる? このままではジャッシフが()を上げますよ」

「ふむ……どうするのが一番だ? おまえに任せる」


 チッとサシーニャが舌打ちし、それでも立ち上がって廊下への入り口へ向かう。手には魔法使いの杖を持っている。


 部屋の外からサシーニャのよく通る声が聞こえてくる。

「王と片割れは、これより墓廟に(こも)られる。明日の朝、このサシーニャとともに(うつし)()に戻る。王に目通りを願う者は明日、太陽が中天を超えてより(とぶら)うがよい」


 その声を聞いてリオネンデがレナリムを呼ぶ。

「食事の用意を。それとスイテアを後宮に連れて行って着替えさせろ。終えたらすぐ戻せ」


 リオネンデが言い終わらないうちにサシーニャが部屋に戻り、さりげなく大テーブルに触れた。するとテーブルがするすると形を失い、毛織の敷物へと姿を変えて冷たく硬い床を(おお)った。


「ほう、魔法か。相変わらず不思議なものだな」

「簡単な魔法なら王もお使いになる。先ほど後宮への扉を開けたのは魔法ですよ」

「サシーニャ、手を(かざ)して心内で『開け』と念じろと言ったのは、おまえではなかったか? 俺はその通りにしただけだ」

執務室と寝所を隔てる扉にはサシーニャが魔法をかけた。リオネンデ・スイテア・サシーニャの三人を権利者として、他者には開けられない魔法だ。


「王とその片割れの(めい)に従うよう扉に魔法を施したのは確かにこのサシーニャ。ですが、見る者はそうは思いません」

「ハッタリも利用しろ、とな」

リオネンデは面白くなさそうだ。


「ところで、床に座する時、背もたれになるようなものはないか?」

「背もたれ? そうですね。考えて、後日お届けいたしましょう」


 そこにジャッシフが入室してくる。すっかり疲れ切っているようだ。

「警護の兵は交代させたか?」

笑いながらリオネンデが問いかける。

「まぁ、座れ。食事の用意をさせている。少し待っていろ」


 水を持って現れたレナリムから杯を受け取って、ごくごくと飲み干したジャッシフ、

「もちろん交代させましたとも!」

怒鳴るように答えた。


「いつもの倍に増員しておきました。サシーニャさまの言葉を疑う者がいるかもしれませんからね」

「サシーニャも今宵は王の執務室に詰めましょう」

微笑むサシーニャ、ジャッシフは

「俺も今夜はここに(はべ)るぞ、リオネンデ」

ムッと不満そうだ。


 するとリオネンデ、フンと鼻を鳴らし、

「俺は片割れと寝所に行くぞ」

と笑う。


「そんなに毎晩可愛がってたら、すぐに(はら)んで剣の鍛錬などできなくなるぞ」

危ぶむジャッシフ、リオネンデは片頬で笑っただけで答えない。


 サシーニャが

「孕み(にく)くなる薬ならご用意できますが……」

リオネンデを(ぬす)み見る。

「月のものを止める薬です。長く使えば、まぁ、孕み難い体質になってしまう難点がございます」


「不要だ。スイテアのことは俺が考える。ジャッシフもサシーニャも口を挟むな」

はいはい……サシーニャとジャッシフが顔を見合わせ肩を(すく)めた。

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