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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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さまざまに揺れる

 扉は開いた。ならばサシーニャが中にいる?……恐る恐るチュジャンエラが入室する。部屋の中は明るく、どこかでガリガリと音がする。だが、サシーニャの姿は見えない。音を立てるのは片付けられたテーブルにいるゲッコーだ。天板の端を随分と(かじ)り取っている。チュジャンエラを見ると背中に(くちばし)を突っ込み、『げっこー、眠ッテルヨ』と目を開けたまま訴えた。


「いいから籠へ」

小さいが厳しいチュジャンエラの声、慌てて鳥籠に入ったゲッコーだ。チュジャンエラが魔法で鳥籠を閉め、施錠し、黒い目隠し布で(おお)う。そのあとテーブルに修復魔法を投げれば、落ちていた木くずが舞い上がり見る見るテーブルは元通りになった。


「齧ったのはテーブルだけ? 答えろ」

これも厳しい口調のチュジャンエラ、

『げっこーニ冷タイト、さしーにゃ怒ル』

ゲッコーはサシーニャに言いつけると言いたいようだが、

「いいから答えろ!」

と、チュジャンエラに言われて諦めた。サシーニャはこの部屋には居ない。チュジャンエラのほうが優位なのはゲッコーにも判っている。


『げっこー、てーぶる齧ッタ。さしーにゃ、知ッタラ怖イヨ』

どうやら被害はテーブルだけのようだ。サシーニャには内緒にして欲しいらしい。クスリと笑い、

「サシーニャさまには言わないでおくよ」

チュジャンエラが請けあった。


 この部屋……居室にいないと言う事は寝室か。無意識のうちに足音を忍ばせ、寝室へ向かうチュジャンエラ、眠っていてもサシーニャは、いつもなら気配に気が付いて自ら扉を開けるか、入れたくないときは施錠するのに今夜はそのどちらでもない。


 不安なチュジャンエラが寝室の扉を開けて中を(のぞ)き込む。部屋は居室と同じく、灯りが落とされていない。寝台に横たわるサシーニャを見て、まずは(・・・)ほっとしたチュジャンエラだ。


 部屋にサシーニャがいないのに扉が開いたとしたら、それはこの部屋に(・・・・・)権利者がいなくなったことを示す。権利者不在で扉は開かないが、権利者自体が存在しなければ誰にでも扉は開く。だから寝台のサシーニャを見て『まずは』ホッとした。


 扉が開く条件は二つ、部屋に権利者設定がなされていないか、部屋の中に居る権利者が入室を拒んでいないか――サシーニャは寝台に横たわっているが、『扉が開いたのだから生きている』とは限らない。


 近寄って確認すると、サシーニャはぐっすり眠っている。今度こそ、チュジャンエラから不安が消えた。部屋着に替えずに寝てしまったようで、衣装は最後に見た時と同じ薄朱色のもののまま、着替えさせようかと一瞬思うが、叱られるだけでは済まないような気がしてやめておいた。


 顔色も普段と変わらないように見える。表情も穏やかだ。そっと頬に()れると柔らかな温かさで、チュジャンエラをさらに安心させた。それにしても、()れたと言うのにサシーニャに目を覚ます気配はない。規則正しい呼吸が乱れることもない。


 ここでやっとチュジャンエラが気付く。ジャルスジャズナはサシーニャを、魔法で眠らせたんだ……


 そしてジャルスジャズナは灯りを消すことも、部屋に施錠することも忘れて自室に戻った。だから部屋は明るいままで、扉はノブを捻るだけで開いてしまった。

(ジャジャもどこか抜けてるよね。サシーニャさまと同じだ)


 クスクス笑いが止められずにいると、居室のほうからゲッコーの『笑ウナ!』と叫ぶ声が聞こえる。はいはい、と心の中でゲッコーに答え、寝室の灯りを消して居室に戻ると、チュジャンエラの足元に絡みつくものがいた。


「ヌバタム!?」

真っ黒な猫がチュジャンエラを見上げて、ニャン! と鳴いた。入室するとき、中で何があるか判らないと、用心のため開け放して置いた扉から入ってきたのだ。


 ヌバタムはいつも以上に身体を(こす)りつけてくる。理由に思い至ったチュジャンエラがゲッコーの鳥籠が乗っているチェストを探すと、毛取りブラシはすぐ見つかった。


(かゆ)かった?」

ブラシを持って長椅子に座ると、すぐさまヌバタムが膝に乗る。掛けてあった魔法を解除してからゆっくりとブラシをヌバタムの身体に滑らせた。


(きっとまだ起きてる――)

丁寧にブラシを当てながら、これが終わったらジャルスジャズナの部屋に行こうと思うチュジャンエラだ。もちろんサシーニャの部屋には忘れずに、しっかり施錠しておこう――


 ()むか? と訊くジャルスジャズナに『今夜は起きてなきゃだから』とチュジャンエラが断った。

「起きてるって、一晩中?」

「そうですよ。だってジャジャったら、サシーニャさまを熟睡させちゃってるんだもん」


「造血は眠っていると盛んに行われるし、ぐっすり眠ればそれだけ回復が早い。チュジャンだって知らないわけじゃないだろう?」

「そりゃあそうだけど、サシーニャさまは毎晩、眠ってても王宮への保護魔法を解いてないんだ。それなのに、ジャジャがあんなに深く眠らせたもんだから、全部解除されちゃってる。代わりに僕が起きて保護術を監視しなきゃ」


「あぁ、サシーニャは継続魔法が得意だったね。でもさ、そんなことしてるからアイツ、疲れが溜まっちゃうんだよ。だいたいそこまでの警戒がフェニカリデに必要なのかさえ怪しいもんだ」

「うん。でもサシーニャさまが必要だと判断してるのならそうなのかな、って――僕も継続魔法が使えるようになれば、少しはサシーニャさまの役に立つのに」

「これは頼もしい。チュジャンなら精進すればあるいは使えるようになるかもしれないよ。でもね、チュジャン、誰かが無理をするよりも、大勢で分担したほうがいいと思わない?」

「あ、それ、僕もサシーニャさまに言ったことありますよ。もっと自分以外の魔術師を信用してくださいって」

「そうですね、とか、判りました、とかって答えたんじゃ? だけどサシーニャはちっとも改善しようとしない」

「はい、ジャジャはよく判ってるね」


 チュジャンエラとジャルスジャズナがサシーニャの陰口で盛り上がっているのは魔術師の塔、王家の守り人ジャルスジャズナの居室だ。


「そうそうジャジャ、サシーニャさまの部屋、施錠するの忘れたでしょ? それにゲッコーの籠にも施錠しなかった」

「あれ、そうだった? ゲッコーのほうは施錠するなんて知らなかったし……ま、塔の中だし、問題ないさ」

「衣装も昼間のままで、ゆっくり休ませたいなら部屋着に替えたほうが良かったんじゃ?」


 チュジャンエラのこの指摘にジャルスジャズナがハッとする。

「チュジャン、おまえ、まさかサシーニャを着替えさせた?」

「いいえ……やはり着替えさせたら拙かった?」

「あ……」

ジャルスジャズナがほっと安堵する。


「サシーニャは子どものころから、人に身体を見せたがらない。何があろうと見せないんだ。理由はわたしの父でさえ判らないって言ってたけど――あれは、わたしが正式な魔術師になる前だったから、サシーニャは十歳になっていなかったと思う」

「何かあったのですか?」


「うん、ふざけてサシーニャの衣装を()ぎ取ろうとしたら、物凄(ものすご)い勢いで怒りだしてね……急に地面が揺れ始めたんだ」

「へっ?」

「少しは身体ができてきたかい? 筋肉はついてきたかい? って、ホンの冗談のつもりだったのに、サシーニャにとっては身体を見られることが、あれはなんだろう? 怒り? 恐怖? 何しろ尋常じゃなかった。自分を守ろうとする意識が持ってる魔力を爆発させたんじゃないかと思う」


「サシーニャさまは何かジャジャに攻撃を?」

「いや、まだ見習にもなってないんだ。魔法の使い方は判らなかったと思う。でも魔力を抑える事だけは教え込まれていて、でも、制御しきれなくなった……ま、(かん)(しゃく)を起したってのが一番近いんじゃないかな?」


「それにしたって地揺れ?」

「地鳴りに始まってグラグラと地面が揺れたんだよ。あれは流石に怖かったね――うちの屋敷の裏庭での事なんだけど、揺れているのはうちの敷地だけ、隣近所は全く揺れてない。慌ててサシーニャを(なだ)めて悪かったって謝ったら、ぐずぐず泣き出して、地揺れも収まった」


「サシーニャさまの魔力ってどれほどなんでしょう?」

「さぁねぇ。わたしには計り切れないよ。とにかくサシーニャの裸を見ようなんてしちゃだめだ。下手すりゃ魔術師の塔をまた建てなきゃならなくなる」


 ジャルスジャズナは自分の冗談に力なく笑ったが、

「僕には父上からの言いつけだって言ってました」

チュジャンエラが真顔で言う。笑いを引っ込めたジャルスジャズナが

「シャルレニさまの?」

少し驚く。


「シャルレニさまがそう言ったのなら、やっぱり何か理由があるんだろうね」

「ジャジャはシャルレニさまに会ったことがあるの?」

「遠くからお見かけしたことしかないよ。亡くなられたのはわたしが見習いになった頃だからね――大人たちがみんな泣いてた」


「大人たちがみんな?」

「シャルレニさまは友人が多かったんだ。多くの人と親交があって、シャルレニさまを知る人は誰も皆、魅了されるって言われてた」

「へぇ……それってシャルレニさまもご自分で判ってた?」


 ジャルスジャズナがチュジャンエラを見て悪戯(いたずら)そうに笑う。

「たぶんね。お屋敷にご友人たちをよく招いていたそうだよ――チュジャン、サシーニャさまと随分違うって思っただろう?」

「え? えぇ、まぁ……サシーニャさまは自分が周囲に慕われてるってこと、全然気が付いてないんだもん。みんなサシーニャさまと親しくなりたがってるのに、自分から遠ざけてしまうんだ」


「そうなんだよねぇ……まさかそれもシャルレニさまの言いつけなんだろうか?」

「僕には単に(ひが)んでるだけに見えるけど?」

ジャルスジャズナが愉快そうに大声で笑う。

「チュジャン、おまえは辛辣(しんらつ)だねぇ。ま、あながち間違いじゃないと思うよ。そうじゃなきゃ、臆病だからか……人は誰も矛盾を抱えて生きるものだけど、サシーニャの場合、矛盾が大き過ぎて、他人から見ると不思議に見える」


「矛盾? 多面性じゃなくて? 大きく異なる面を持ち合わせていて、それが一見矛盾に見えてるんじゃない?」

「なるほど、そんな見方もあるんだね――それでチュジャンは何か聞きたいことがあってわたしに会いに来たんじゃないのかい? どうせサシーニャの事だと思うけど、何が聞きたいんだ?」

「うわっ、すべてお見通しって?」

ふざけたふりをしたチュジャンエラ、どう切り出せばよいか迷っていて言い出せずにいたのだ。


 少し考えてから、チュジャンエラを見つめて言葉を待っているジャルスジャズナを見詰め返す。

「サシーニャさまというよりも……うーーーん、サシーニャさまとルリシアレヤさまの事が僕、気になるんです」


 やっぱりそれか、とジャルスジャズナも考え込んだ。

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