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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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王の食事会

「そのときめきは甘く、心を(とろ)かし、身も蕩かしてしまいます」

懐かしさに、今でも心が蕩けてしまいそうなスイテアだ。

「身も蕩かす?」

ルリシアレヤの問い掛けに曖昧に笑むスイテア、身体を重ねる喜びの素晴らしさは、この席ではさすがに口にできない。


「心は常に相手の事で満たされ、この人がいれば他には何もいらないとさえ思えます。そしてそれがこの上もなく幸福なのです」

と遠い目をする。

「スイテアさまもそんな恋をしたのね?」

「はい」

と答えながら、相手はリオネンデではなかったと、後ろめたさを感じている。


「後宮の女性たちが、リオネンデさま以外の男性と恋に落ちたり、なんてことはないの?」

「リオネンデさま以外の男性と知り合う機会は滅多にありません。それに、そんなことは有ってはならない事です。だけど人の心は時に、禁じられても動くものですから」

「って事はあるという事?」

「建前としてはありません。でも、王の許しがあれば王宮から出て別の暮らしに移れますし、そののちは誰と結ばれようが本人の自由です」


「後宮を出られることもあるのね?」

「はい、後宮では、身の立つような知識や技術を女たちに教えます。出るには三つの方法があり、一つは誰かに王からの賜り物として下げ渡される、もう一つは親元に返される、最後の一つは本人の希望による解き放ち。身につけた知識や技術が役立つわけです」


「あら、下げ渡し? 誰かにあげちゃうってこと? 物扱いだわ」

「本人が拒めばそうはなりません。下げ渡し事由も妾・養女・召し抱えなどありますが、やはり本人が了承すれば、の話です」

「なるほど……親元に返されるのも本人が望めば?」

「親元に返されるのは王のお手付きとなっていない場合に限ります。王と親元の話し合いで決定され、言い方はあれですが本人の意思は無視されます。よい縁談が親元に届いた時などに多いのだとか」


 ここでスイテアが声を(ひそ)める。

「そこにいらっしゃるジャッシフさまのご妻女は後宮にいらしたのですよ。とても美しく、(さい)()けたかたで、わたしも随分とお世話になりました」


「あら、そうなの?」

スイテアが声を潜めた理由に気付けなかったルリシアレヤ、隣に座るジャッシフに唐突に話しかけた。しまったと思うが、止めることもできないスイテアだ。


 もっぱらルリシアレヤはスイテアと話しているし、リヒャンデルはリオネンデと二人でララミリュースに付ききり、やることもないジャッシフは一人黙々と食べ続けていた。とは言え、ガツガツ食べるわけにもいかず、幾分ぼうっとしていた。それが急に話を振られて慌ててしまう。


「なんでございましょう?」

「ジャッシフさまの奥さまは後宮で暮らしていたかたなの?」

ジャッシフの顔が蒼褪め、そして赤くなる。慌てたスイテアが

「レナリムさまは後宮の女と言っても、前王の猶子(ゆうし)で準王女、火事騒ぎのあとはお守りするためリオネンデさまが後宮に入れただけですから」

と説明する。


「それでは厳密には後宮の女というのは間違いね。後宮の女がいけないってこともないと思うけど――ジャッシフさまも奥さまと恋をなさったの? 相手が準王女さまでは障害もあったのではなくて?……あれ? サシーニャさまも準王子と言っていなかったっけ?」

「サシーニャの妹に当たります」

ルリシアレヤにレナリムを辱める意図がないと判ったのだろう、ジャッシフが平静を取り戻す。


「あらそうなのね――で、レナリムさまと、どんな恋をなさったの?」

屈託のないルリシアレヤにジャッシフも顔を(ほころ)ばす。

「恋というのもお恥ずかしい。子どもの頃よりレナリムに憧れておりました。その思いをサシーニャとリオネンデが察し、仲を取り持ってくれたのです」

まさかレナリムがリオネンデの後宮にいる時から通じているなどと言えるものではない。だが、この説明に嘘もない。誰かにレナリムのことを聞かれた時、こう答えるのがジャッシフの常だった。


「初恋かぁ……それも素敵ね」

そう言いながらルリシアレヤがスイテアに向き直る。自分から関心が離れたとジャッシフがほっと息を吐いている。ルリシアレヤの隣の席と言われた時から、自分に勤まるかと危ぶんでいたジャッシフだ。


「ねぇ、スイテアさま、子どもでも心と身体が蕩けるような恋をするの?」

「人にもよるとは思いますが、やはりそこまでの恋心は成熟してからの事かと。ずっと思い続けて年齢とともにそうなっていくと言うのはあると思います」

(とろ)けてしまうのは子どもじゃ堪えられそうもないものね」

どう受け取ればいいのか判らないことを言われたスイテア、笑って誤魔化した。


「いつでも相手の事が頭を離れなくて、その人がいれば他には何も要らなくて、それがとても幸福なのね……」

ルリシアレヤはスイテアの言葉を反芻(はんすう)している。スイテアがさらに恋の定義を追加した。

「そしていつも近くにいたいと願い、触れていたい、触れて欲しいと、求め求められることを望みます。抱き締め合う幸せからは生きている意義を教えられるようです」

恋の裏側に潜む苦悩には()えて触れなかった。そのほうがルリシアレヤにはいいだろうと考えたのだ。


 逢いたくても逢えない時の(もど)かしさ、時にはすれ違う心の(ひだ)の憎らしさ、相手の心を疑う事さえある頼りなさ。そんな事柄は、今のルリシアレヤに教える必要はないと思った。恋情の複雑さは、どうせ聞いただけでは理解できない。


「恋するって心が幸せを感じるものなのね」

ルリシアレヤの声に僅かな(かげ)りを感じたスイテアが、ルリシアレヤの心をサシーニャに向ける好機を感じる。だがララミリュースが同席する今、迂闊なことは言えないと考えを巡らす。サシーニャの名を出さず、ルリシアレヤにサシーニャへの思いを自覚させるにはどうしたらいい?


「やっぱり違うわ」

「えっ?」

不意にルリシアレヤが呟いてスイテアを驚かせる。

「何が違うのですか?」

「ううん……」

ルリシアレヤが恥ずかしそうに微笑んだ。


「ひょっとしたら恋かなって思ったのだけど、やっぱり違うんだって思ったの」

「どういうことですか?」

まさかサシーニャのことを言っている? それともほかの誰か? いいえ、もっと違う別の話? 期待と不安で揺れながら、スイテアはルリシアレヤの次の言葉を待った。

「その人のことを思うと、ドキドキするの。そばに行きたいとも思うわ。でもね、怖くて行けないの。何が怖いって? それはわたしにも判らない」


 それはサシーニャさまの事ではないのですか? スイテアの期待が膨らむ。

「スイテアさまが心ときめくものだと仰ったとき、わたし、恋に落ちたのかと思ったのだけど、勘違いね。だって苦しいもの。恋って幸せなものなのでしょう?」

「いえ、いいえ、それは……」


 恋の苦悩を言わなかったことを後悔するスイテアの耳にリヒャンデルの声が飛び込んでくる。

「おう、チュジャン、やっと戻ってきたか!」

「これでも急いだのですよ――塔に戻るのに時間がかかってしまったんです。サシーニャさま、凄くゆっくりしか歩いてくださらなくて。むしろ、よくぞ塔まで自力で行けた、って感じでした」


「サシーニャはそんなに悪いのか?」

リヒャンデルの疑問にリオネンデの声が答えている。

「あのサシーニャが自分以外の魔術師を頼ったことで、それは判るだろう?」

ルリシアレヤがサシーニャの容態を聞き漏らすまいとしているのがスイテアにも伝わってくる。


「守り人に魔法をかけて貰うと聞いて、おまえが不機嫌になったのはそれでか」

それに答えるリオネンデの声はない。ララミリュースに気を遣って

「なぁに、そうは言っても明日には元気になるさ」

とリヒャンデルに言っている。


「チュジャン!」

元気になると聞いた途端、ルリシアレヤが嬉しそうにチュジャンエラ呼んだ。ほっとすると同時に、親しくなったチュジャンエラに思わず声を掛けたのだ。サシーニャの様子が聞けるかもしれない。


 もっと話がしたかったが、チュジャンエラが戻るまでと言った手前、席を譲らないわけにもいかないスイテアが立ち上がる。

「またお話がしたいわ」

と、そんなスイテアにルリシアレヤが微笑みを向ける。


「ララミリュースさまのお許しがあれば、いつでも王の執務室にてお呼び出し下さい。わたしは後宮に居りますゆえ」

「あら、会いに来てはくださらないの? お庭とかを散策し――」

「ルリシアレヤさま」

スイテアがルリシアレヤの言葉を遮る。

「わたしは後宮の女、たとえ王宮内でも勝手に出歩けないのです。王妃さまとは違うのです」


 たとえリオネンデと結婚しようと後宮には入らず、王妃宮で暮らすことになるルリシアレヤは王宮内ならばどこにでも自由に行き来できる、それをつい羨ましく感じたスイテアだった。が、すぐ言い過ぎに気が付き、

「いえ、ご無礼をいたしました――これはグランデジア後宮の決め事、ルリシアレヤさまを悪く言うつもりなどないのです。お許しください」

と慌てて謝罪する。


「そうなのね、そんな決まりなんか撤廃してしまえばいいのにね」

ルリシアレヤは驚いたようだが気分を害しているようではない。

「王妃の権限で何とかならないのかしら?」

「ルリシアレヤさま……」

熱いものが込み上げて涙ぐみそうになるスイテア、それを(かくま)うように、すでにそばに来ていたチュジャンエラが声を掛けてくる。


「スイテアさま、僕、どこに座ればいいの?」

「えぇ、ここにお掛けくださいな。ルリシアレヤさまのお相手をお願いね」

逃げるようにリオネンデのもとに戻るスイテアだった。


 リオネンデとリヒャンデルによるバチルデア警護隊のフェニカリデ滞在期間についての交渉は、四日後に帰国の途につくと決着がついた。強気のララミリュースが警護隊長ハルヒムンドの失態を引け目に感じ、リオネンデの申し出をあっさりと飲んだのだ。


 警護隊の帰国の件と訊いたララミリュースは、リオネンデがハルヒムンドを即刻国外に出したいと考えていると誤解して『すぐにでも帰らせます』と言ったが、グランデジアの都合が合わないから四日後で、とリオネンデが言えば『ではそのように』となんの文句もなかった。


 その替わりというわけではないが、

『バチルデアから連れてきた侍女を二人ほど残したいのですが、よろしいでしょうか?』

と、ララミリュースが遠慮がちに申し出た。これには、

『王妃さま、王女さまご滞在中は、貴国から同行されたかたがたも滞在なさるものと考えておりました』

とリオネンデは答えている。結局、二人の侍女と警護兵五人を残すことになった。もちろんハルヒムンドは帰国する。


 ()くして王の食事会は無事目的を果たして終了し、引き留めるリヒャンデルに『サシーニャさまが心配』と断って、チュジャンエラは魔術師の塔に戻っていった。


 ちゃんと寝てるかな、とサシーニャの居室の扉の前に立つ。するといつもなら勝手に開く扉が開かない。(うるさ)いってことかと諦めて自室に帰ろうと思ったが、念のため扉に触れてみる。すると簡単に扉が開いた――

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