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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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ときめく

 王の執務室、奥の(とばり)を見て、ララミリュースが尋ねた。

「あの奥に調理室があるのですか?」

ララミリュースと同じように帳を眺めてリオネンデが答える。

「あの帳より奥は後宮となって居ります――わたしの寝所があり、お尋ねの調理場もいくつかございます。他にもいくつかの湯殿、食品の貯蔵庫、酒蔵、武具を一通り揃えた蔵、そして千人に届く女たちが暮らす部屋などがございます」

他に厩舎や、王家の墓や外部に通じる秘密の抜け道もあるが、そこまで明かせるものではない。


「千人!?」

「千人?」

ララミリュースと声を揃えて驚いたのはリヒャンデル、後宮の人数など公式に発表されることはない。

「そんな人数、どうやって(さば)いてる?」

苦笑したリオネンデが

「表向き、後宮の女は〝王のもの〟とされているが、すべてに子を産ませた王は存在しない」

と言えば、

「昔から千人いたのですか?」

ララミリュースがさらに驚く。


「始祖の王に関しては伝説だと千人以上。ですが、なにしろ伝説だし、愛を与えたのは白き鳳凰のみとあります」

「大昔の事ですものね」

「文献もあるにはあるのですが、あまりはっきりしたことが書かれず、どうにでも解釈できる表現になっています」


 リヒャンデルが

「始祖の王の妻は白い鳳凰(ほうおう)って伝説なら俺も知ってるぞ。で、妻を()くした始祖の王を多くの女が慰めたってな」

と口を出せば、

「鳳凰というのは何かの例えと考えられています。妻が生んだ王子が双子だったと言うのも伝説、しかし、双子のどちらかがグランデジア王家の血筋だと信じられています」

リオネンデがリヒャンデルを受ける。


「鳳凰ってフェニカリデの門や王宮内の彫刻で見かける鳥の事でしょう? わたしは見たことがないのだけれど、グランデジアには生息しているのですか?」

ララミリュースの問いに、『見たことがないのは(もっと)もな事、わたしもです』とリオネンデがニコリとする。


孔雀(ピフォル)に似た姿ですが少し大型、孔雀と違って雌雄に体形の違いはないようです。立派な飾り冠羽と目を丸く縁取る飾り羽が特徴的で、体色は個体ごとに違って様々な色があると言われています。ですが、どんな重い荷物をも運び、戦闘時には口から火を噴き、羽搏(はばた)きで竜巻を呼び起こす、そんな鳥が実在するとは思えません」


「なるほど、彫刻から美しさは感じていましたが、恐ろしい鳥でもあるのですね」

「そして、決して死なない鳥なのだそうです」

「あら、なのに現存しない。それに妻を亡くしたってことにも矛盾しているわ」

「ですから伝説(・・)なのです――白い鳳凰は鳳凰同士の戦いに敗れ、空のかなたに逃げて戻ってこなかったと伝えられています」


「魔術師も始祖の王の子孫だと聞いたことがあるわ」

「王家に繋がる血筋にしか魔力を持った者は生まれないと信じられています。実際、強力な魔力を持つ者はたいてい王子か王孫です」

「それで?」

ララミリュースが少し怖い顔になる。


「リオネンデさまは後宮の女には、何人の子を産ませるお心づもりでいらっしゃるのかしら?」

一瞬きょとんとしたリオネンデ、そう来たかと苦笑する。


「いつのころからか後宮とは名ばかり、行き場のない女子(おなご)の救済のためのものと様変わりしております――それでも王の子を身籠る女がいないわけでもなく、最近ではわたしの五代前の王が産ませたのが最後となっております。わたしが側室としているのは片割れのみ、それ以外の女との間に子を儲けるつもりはございません」

「そう言えば、バイガスラの使者もそんなことを言っていたような……」


 少しばかりララミリュースが安心する。千人もの女が敵となったら、ルリシアレヤの〝順番〟はいつ回ってくるのかと不安になった。敵がスイテア一人なら、まったく望みがないわけではない。リオネンデが言った『それ以外の女』をスイテア以外の後宮の女と取ったのだ。


 が、リオネンデの『それ以外の女』とはスイテア以外の全ての女、つまりルリシアレヤも含まれる。ララミリュースの誤解釈に気が付いていながら、()えて修正しようとしないリオネンデだ。


 後宮の暮らしとはどんなものなのかと、スイテアに訊いているのはルリシアレヤだ。

「千人近くもいるなんて……スイテアさまはそんな大勢を仕切っておいでだなんて、リオネンデさまのご信任厚い、優秀なかたという事ですね」

厭味(いやみ)皮肉(ひにく)の匂いはしない。素直にスイテアを尊敬の眼差(まなざ)しで見ている。


「ありがたいことに、わたしの言葉はリオネンデさまのお言葉と、皆さん思ってくださるのです。それが無ければわたしなどに、とても勤まるものではありません」

「後宮の全員からリオネンデ王は慕われておいでなのね」


「慕われると言うよりも、尊敬されていると言った方が正しいかと思います。後宮の女たちのほとんどが(いくさ)で焼け出されたりで行き場のなくなった女たち、中には()()み子のころに連れてこられた者もいます。最年少は確か四歳だったかと――乳母を後宮の外から呼び寄せて、育ててくださったリオネンデさまを父親のように思っております」

「リオネンデさまはそんな子どもたちと遊んだりなさるの?」

「さすがにそれはないようですが、顔を見れば『変わりないか』とお声がけなさいますよ」


「ほとんどが、という事は違う人もいるのね?」

「貴族が献上した女もいます。貴族が美貌を見込んで貧しい親から買い取り、それを王に献上するのです。そんな女たちもリオネンデさまに恩を感じています――後宮では食べ物も着る物も、もちろん眠る場所も、贅沢とまでは言えないまでも充分なものが与えられます。身売りされるほど貧しい生活と比べれば厳しい労働があるわけでもなく、自分の幸運はリオネンデさまのお陰と感じているようです」


 ここでルリシアレヤが口籠る。どうしましたか、と訊くスイテアに、

「いえ……スイテアさまはどうして後宮にいらしたのかな、と思って――ごめんなさい、不躾(ぶしつけ)ですよね?」

真っ赤になって謝るルリシアレヤにスイテアが微笑む。

「いいのですよ、気になりますよね」


 スイテアは自分の素性を気にしたのだと思っているが、ルリシアレヤは別の事が気になってこの質問をしている。リオネンデとスイテアがどうして愛し合うようになったのか、その()()めが聞きたかったのだ。が、そのあたりのすれ違いにお互い気付かず話は進む。


「もう、十年以上も前の話になります。わたしの伯父はグランデジアの一部ピカンテアを治める領主、大貴族の一人でした――」

ピカンテア動乱、戦火の中で逃げ込んだのは当時の王太子でリオネンデの双子の兄リューデントの天幕だったこと、本来なら捕らえられ、処刑されるはずだったものを物入れに(かくま)われフェニカリデの王宮、王妃さまのもとに連れて行かれたこと、王妃が娘のように可愛がって育ててくれたこと、そして王妃の夫、当時の国王が気付いても追及しないでいてくれたこと――


「火事の時、恐ろしさに後宮の外に逃げてしまい、今度は許しなく出たことが恐ろしく帰れなくなりました。王妃さまもお亡くなりになったと聞けば尚更です。それでも懐かしさにゴルドント制圧の祝宴の席に忍び込んでしまいました。王宮がどうなったのか、自分の目で見てみたかったのです。そしてリオネンデさまのお目に留まり、望まれてお傍に仕えることとなりました」

この辺りは真実を言うのが(はばか)られ、咄嗟に作り話をしたスイテアだ。


 そんなスイテアにルリシアレヤが

「リオネンデさまに望まれて?」

と繰り返す。その声の明るさにスイテアが違和感を覚える。

「それって、リオネンデさまはひと目でスイテアさまに恋をしたという事?」

「いえ、その……」

ついスイテアが口籠る。


 リオネンデに望まれた、そう言葉にすることに躊躇(ためら)いがなかったわけではない。リオネンデの婚約者相手に言うべきではないと思った。だが、愛されている優越感が躊躇いに勝ってしまった。


 どう答えたらよいか判らず黙ったままのスイテアを気にすることもなくルリシアレヤが

「素敵ね」

と続けた。


「素敵?」

「えぇ、素敵。リオネンデさまとスイテアさまは恋をなさったのでしょう?」

「恋?」

自分とリオネンデの関係は恋愛と言えるのだろうか? 疑問がスイテアの心を(よぎ)る。


「愛し合っておられるのでしょう?」

ルリシアレヤは瞳を輝かせ、スイテアを見詰めている。

「そんな相手と巡り合って結ばれたなんて羨ましいわ」

その相手が自分の婚約者だと、判ってルリシアレヤは言っているのだろうか?

「ルリシアレヤさまも恋がしたい?」

恐る恐るスイテアが尋ねた。


 すると急にルリシアレヤが表情を曇らせる。

「わたしはダメよ。恋ってどんなものなのか判らない――求愛されてもピンとこないの。こんなわたしに『愛しています』って言ってくれる人もいるにはいるのよ。でもね、わたしも好きよ、でもあなたじゃなければダメってわけでもない、っていつも思っちゃう」


「たった一人、あなただけ、と思える相手がルリシアレヤさまは欲しいのですね」

「だって、父が母にいつも言っているもの。愛しい女はおまえだけだって。すると母が『わたしもよ』って嬉しそうに答えるの。いつか、わたしにも母にとっての父のような相手が現れるって思ってた――でもダメね」

「なぜダメなのですか?」

「だって……」


 寂し気にルリシアレヤがリオネンデに少し視線を滑らせる。

「わたしはリオネンデさまと結婚するって決まっているもの」

スイテアがそんなルリシアレヤを見詰めた。


「もちろん、リオネンデさまが(いや)というわけではないの。王女と生まれたからにはそんなこともあるって、ずっと前から知っていたわ」

「本当に? 本当にお(いや)ではないのですか? それに――本当に思う相手はいないのですか? 今も? 今までも?」

これから先も? と続けたいがそれは言えないスイテアだ。


「そうねぇ……」

とルリシアレヤが恥ずかしげに笑う。


「お母さまは、結婚したらリオネンデさまを好きになるって言うのだけれど、そんなものなのかしら?」

「確かにララミリュースさまの(おっしゃ)ることも間違いとは思えません。世の中には政略でご一緒になったとしても、仲睦ましいご夫婦が沢山いらっしゃいます」

「でも、そうじゃないってこともあるのよね? そもそも誰かに恋をするって、どんな感じなの?」


 ルリシアレヤの混じりけのなさに、自分の立場やリオネンデのことを抜きにして答え始めているスイテアだ。


「恋とは……心ときめくものです」

リューデントを思い出してスイテアは答えていた。

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