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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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三羽の鳳凰

 グランデジア魔術師の塔――寝室に続く浴室で、サシーニャが血で汚れた身体を清めている。鏡に映して見ると、肩の少し下から背中の中心に向け、(てのひら)を広げたほどの長さの真っ直ぐな刀傷がある。そこからじわりと(にじ)んで流れる血はまだ止まっていない。


 傷に触れるような仕草をしたが、すぐ溜息を吐いてやめてしまった。

(やはり魔法が効かない)


 駆け付けたリヒャンデルが手当てすると言うのを、魔法で治すからと断った。それならすぐに治せと言われ、剣が可怪(おか)しな音を立てた、刃毀(はこぼ)れかもしれないからと言い訳した。塔に戻ってしっかり確認してから傷を(ふさ)ぐ――それでやっとリヒャンデルが納得した。


 傷は浅い。切っ先が微かに肌を(かす)めただけだ。刃毀れなどあるはずもない。あの場で治癒魔法を使ったのに効力を発揮しなかった。それに、やはりあの音と感触は気になる。


 ハルヒムンドの『石に当たったようだ』という証言は『骨に当たったのを勘違いしたのだ』と誤魔化した。バチルデアはここ数年、(いくさ)らしい戦をしていない。人を斬ったことのないハルヒムンドが骨の感触を石と感じただけとした。


 そう、傷は浅い。本来なら回避できるはずだった――咄嗟(とっさ)に抱き込んだルリシアレヤの小柄な身体、そのか弱さ(・・・)に動揺した。その動揺が判断を(にぶ)らせ、回避できるはずの切っ先に背を掠めることを許してしまった。


 魔法を諦めたサシーニャが、用意しておいた薬液を背中の傷に振りかける。鋭い痛みに顔を(しか)めてじっと待つ。すると少しずつ傷が塞がり、出血も収まっていく。やがて傷は一筋の細い線となり、僅かに痕を残すだけとなった。

(相変わらずこの薬は酷く()みる――できれば使いたくなかった)

だがこれで、数日後にはすっかり傷も消えるだろう。湯を浴びて余計な薬液を洗い流すとゆっくりと湯船に入った。


 湯に浸かってほっと息を吐く。

(力加減を間違えたら壊れてしまう)

ルリシアレヤの事だ。ベルグの女もあんなだった? 記憶を辿(たど)るが思い出せない。肌の温かさと柔らかさ。その優しさに泣きたくなるほど(いや)されたのは覚えている。考えてみると、癒してくれたのはあの女だけか……他の女との間にあったのは快楽だけだった。


 湯を両手で(すく)い、バシャリと顔に当てる。

(リオネンデはハルヒムンドをどうするつもりかな?)


 リヒャンデルは連れてきた部下に命じて、松見草(ウィスタリア)の戒めから解放したハルヒムンドに縄を打った。そこに来たリオネンデからの伝令に従って、王宮本館謁見の間に連行したはずだ。ララミリュースは少しの休憩の後、謁見の間に来るよう言われていた。ジャルスジャズナが伴って宿舎に帰ったはずだ。


 チュジャンエラにはバチルデアの警護隊が動揺しないよう魔法の使用を指示し、ジャルスジャズナに同行させた。さらに、ララミリュースが謁見の間に行くため宿舎を出たら、誰も出て来られないよう封鎖術を使えと言った。拘束されたハルヒムンドを取り返そうと動くのを防いだのだ。


 ルリシアレヤは母親とともに宿舎に戻った。振り返り振り返り、サシーニャを見ていた。

(王女さまは王妃さまと一緒に謁見の間に来るかな?)


 湯船の縁に腕を乗せ、そこに頭を預けて目を閉じる。身体が随分と温まってきたのを感じていた。

(きっと来るだろう……)

そう思いながらサシーニャは、関連のないことも頭の中に浮かべていた。グランデジアの伝説だ。


 始祖の王は三羽の鳳凰(ほうおう)を可愛がっていた。一羽は濃い青、目を縁取るのは黒、瞳も黒、そして飾り冠羽(かんう)や翼の端も黒だった。始祖の王はこの青い鳳凰にフェニカリデを守れと命じた。


 もう一羽は白、飾り冠羽は(きら)めく黄金、それ以外は(つや)やかな白い羽の鳳凰の、瞳は夜明け前の空の色――始祖の王はこの鳳凰を一番愛し、常に自分の(そば)に置いた。


 最後の一羽は赤い鳳凰、飾り冠羽や目の縁取り、瞳の色は青い鳳凰と同じ、この鳳凰が一番優れた能力を持っていた。並み居る敵を蹴散(けち)らかし、始祖の王をいつも勝利へ導いた。始祖の王に忠誠を誓う三羽の鳳凰は仲もよく、(いさか)いが起きるなど想像もしていなかった。


 だが蜜月は長く続かない。赤い鳳凰が白い鳳凰に嫉妬したのだ。なぜアイツばかりいつも王とともにいるのだ?


 赤い鳳凰はフェニカリデに(おもむ)き、青い鳳凰に助力を願う。白い鳳凰をグランデジアから追放しよう。だが青い鳳凰はそんな話に耳を傾けることなく、赤い鳳凰を(さと)す。始祖の王はおまえのことを愛しているよ。白い鳳凰もおまえを愛している。


 納得いかない赤い鳳凰はある日、始祖の王が目を離したすきに白い鳳凰を襲う。戦闘ならば白い鳳凰に勝ち目はない。逃げ惑う白い鳳凰はいつの間にか北へと向かい、誰も足を踏み入れたことのない山の(いただき)付近を飛んでいた。


 それでも追跡をやめない赤い鳳凰、さらに北へと逃げていく白い鳳凰、赤い鳳凰が山頂を抜けようとした時、大地を揺るがす音がした。青い鳳凰の知らせで事を知った始祖の王の怒りが、誰も足を踏み入れたことのない山を噴火させたのだ。赤い鳳凰は噴煙の中、見えなくなった。山に飲み込まれ、今でも地中深くに眠っているという。


 白い鳳凰は、始祖の王がどんなに呼んでも戻ってこなかった。空のかなたまで飛んでしまい、帰って来られなくなったのだ。


 だが冬になると寂しさから、空に自らの羽を散らして始祖の王を恋うている。思い出してと泣いている。赤い鳳凰を閉じ込めた山を覆う白い雪、それは白い鳳凰の涙と羽毛が地上に落ちたものなのだ――


 ふぅ、と息を吐いてサシーニャが湯船の中で立ち上がる。ふらついたのが気になったが謁見の()に行かなければならない。


 身体を拭いて、再び鏡に背中を映す。腕を回して傷の先端に現れたものに触れてみる。

(ほかの皮膚と変わらない……だが、これが剣を弾いたことは間違いないだろう)

ハルヒムンドの剣を弾いたのはサシーニャの背中にある、体温が上がると現れる不思議な(あざ)だと判っていた。傷はぷっつりそこで途切れている。


『いいかい、サシーニャ。誰にも知られちゃいけないよ』

小さなころから父親は繰り返しサシーニャに教え込んだ。

『ただの痣なのに、誤解される可能性が高い。誤解ってのはね、解くのが難しい物なんだ』

だから誤解されないため、見られないようにするんだよ――


(リューデントの痣は濃い青……)

身体を拭いた布を、ばさりと籠に放る。


(スイテアさまの内股にも鳳凰の痣があると言っていた……何色なんだろう?)

浴室から出て行くサシーニャの背には、燃えるように赤い鳳凰の(しるし)がくっきりと浮かび上がっていた――


 謁見の()に入ってきたサシーニャを見てリヒャンデルが『遅かったな』と声を掛ける。

「リオネンデは?」

サシーニャの問いに、

「いや、まだだ……なにしてるんだろう?」

「まぁ、いい――ハルヒムンドの縄を解け」

「おい!」

謁見の()にいるのはサシーニャとリヒャンデル、縄を打たれたままのハルヒムンドが膝をついている。あとはグランデジアの衛兵二人がいるだけだ。


「判っているのか? こいつは罪人だぞ?」

「いや、国賓だ――ララミリュースが来る前に縄を解け。リオネンデもそうするはずだ」

「サシーニャ!?」

抗うリヒャンデルをフンとサシーニャが見る。

「筆頭魔術師サシーニャが(めい)じる。バチルデアからの客人の縄を解け」


 諦めたリヒャンデルが衛兵に頷けば、衛兵がハルヒムンドを引っ張って立たせようとする。

「乱暴にするな、丁重に!」

サシーニャの衛兵を叱責する声が謁見の間に響く。


 フンと鼻を鳴らすのはリヒャンデルの番だ。

「随分と機嫌がいい(・・)な」

「あぁ、最高さ」

皮肉に皮肉で返すサシーニャだ。縄を解かれたハルヒムンドが燃えるような目でサシーニャを睨みつける。


「ララミリュースがまだ来ていなくてよかった」

小さな声でサシーニャがリヒャンデルに言う。

「あの男はバチルデア王太子妃の弟、縄を掛けたこと自体を問題視されかねない」


 再びリヒャンデルがフンと鼻を鳴らす。

「こちらはそのバチルデアの王女を守って、王位継承権第一位の準王子が負傷したんだぞ?」


 へっ? と面白そうな顔をしてサシーニャがリヒャンデルを見る。

「準王子はともかく、ここで王位継承権を口にするか?」

「するさ、それほどグランデジアにとって大事(だいじ)な人物だってことだ」

「リオネンデに子ができれば、大事ではなくなるよ」


「それで? 傷はどうなんだ、サシーニャ?」

サシーニャの口調がいつもと違う事に違和感を覚えるリヒャンデル、あえて指摘せず、違うことを聞く。


「あぁ、大したことはない。もう傷も塞がったし、二・三日で傷跡も消える」

「魔法か? どれ、見せてみろ」

後ろに回ろうとしたリヒャンデルを、サシーニャが止める。


「こんなところで上だけだろうが脱げるものか。いつララミリュースが来るか知れないんだぞ?」

「そうか、どうせリオネンデが見せてみろって言いだしそうだがな」

「ほぅら、噂は本人を引き寄せる。チュジャンがララミリュースを連れてきた」


 リヒャンデルが謁見の()の扉を見ると、チュジャンエラに伴われてララミリュースとルリシアレヤが入ってきた。

「王女さまも来たな」

「ハルヒムンドは幼馴染、気になったのでしょうね」

サシーニャの言葉にリヒャンデルがサシーニャを振り返る。

「おまえ、疲れると口調が変わる? ってか、いきなりいつも通りだ」


 ギョッとしたサシーニャを

「サシーニャさま!」

と駆け寄ってきたチュジャンエラが救う。リヒャンデルに答えなくても不自然ではなくなった。

「傷は? もう治った?」

「えぇ、もちろんです」


 チラッとハルヒムンドを見たチュジャンエラ、小さな声でこっそり訊いた。

「あの男、縄を解かれているようだけど、大丈夫ですか?」

「剣は取り上げたし、いまさら暴れはしませんよ」


 ハルヒムンドはララミリュースを見ると(ひざまず)き、謝罪しているようだ。

「まったく! リオネンデさまになんとお詫びしたらよいものか……覚悟はできているのでしょうね、ハルヒムンド!」

項垂(うなだ)れて小声で答えるハルヒムンドの声は、サシーニャたちのところには届いて来ない。


「お母さま」

傍らのルリシアレヤの声は聞こえる。

「まずお詫びしなくちゃいけないのは〝サシーニャさま〟ではないのですか? リオネンデさまにはその後なのでは?」

「ま! 世間知らずな。まずはこの国の王にお詫びして、他は許しを得てからの事です」

ララミリュースの声が上ずっているのは痛いところを突かれたからだ。きっとララミリュースがサシーニャに詫びることはない。


 ジャッシフが姿を見せて、リオネンデ王の入室を()れた――

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