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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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復讐を夢想す

 バチルデア王妃が王女を伴ってフェニカリデに(おもむ)いたと言う(しら)せはバイガスラ王宮にも届いていた。


「婚礼の約束は二年先ではなかったか?」

「そうですね。でもルリシアレヤさまも二十、これを機にご懐妊となれば早まることもございましょう」

ジョジシアスの居室で、ジョジシアスとモフマルドが話している。


「形だけでも国賓の王女に、リオネンデが手を出すかな? まして母親も一緒なのだろう?」

「さあ、どうでしょう? 王妃さまがご一緒に行かれたのは、何も王女さまにリオネンデさまを近づけないためとは限りません。反対もまたしかり」

「娘を(けしか)けてリオネンデを誘惑させるとモフマルドは見ている?」

「考えられない事ではないと思っております」


「ふぅん、なるほどね。それでバチルデアの末娘はリオネンデを仕留められそうなのか?」

「それはなんとも……まだまだ無邪気な、子どものようなかたなのだとか」

それを聞いてジョジシアスが失笑する。


「それでは話になりそうもないな。リオネンデの愛妾は妖艶(ようえん)女子(おなご)と聞く。子どものようではリオネンデの食指が動くかな?」

「そこは王妃さまの匙加減(さじかげん)一つかと――同じ土俵で勝てなければ、他の手を考えればよいだけの話」

「他の手?」


「咲き誇る大輪の花も良い物ですが、(ほころ)び始めた開く寸前の(つぼみ)もまた良い物、(おの)が手で咲かせてみたいと思うのも欲望のひとつ」

「無理にでも咲かせて見せるか? モフマルド、おまえは相変わらず怖いヤツだ」

「滅相もございません」


 鼻白むモフマルド、

「わたしはリオネンデさまにお幸せになっていただきたいだけです。どこの馬の骨とも判らぬ女より、バチルデア王女のほうがリオネンデさまに相応(ふさわ)しいのは瞭然、しかも未だに愛妾には子ができない様子。リオネンデさまも、お子を早くと望まれているのではないでしょうか?」

と、ムキになればさらにジョジシアスが笑う。


「確かにな。我がバイガスラにとっても、愛妾のなんとかという女よりもバチルデア王女が生んだ子が次の国王のほうがいい――で、モフマルド、そのために、また何か仕組んだのか?」

「いや、そんなことは何も……」

モフマルドが苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔になる。


 グランデジアに何度も部下を忍び込ませた。その誰もがいつの間にか連絡がつかなくなる。探しても所在不明、生死も掴めない。中でもフェニカリデは、入ったと知らせがあればそれが最後の消息となった。


「グランデジアの魔法には、我が国の魔法使いはまだまだ太刀打ちできません」

苦々し気にモフマルドが言った。

「だから何もできずにいるという事か」

嘲笑めいたジョジシアスのいい方に、言い返せないモフマルドだ。


「しかし、このまま捨て置いてもいいはずはございません」

モフマルドがやっとのことで言い返したのは、バチルデア王女でも、リオネンデの事でもなかった。

「あの、サシーニャという魔術師、あれをリオネンデさまからなんとか遠ざけなければなりません」

「またそれか……」

勢い込むモフマルドにうんざり答えるジョジシアスだ。


「サシーニャは前王の姉の息子、そう簡単にグランデジアから追い出せるものではないと、何度言ったら判るんだ?」

「むしろ問題はそこだと、これも何度も申しあげています。準王子だなどと、王子に準ずる身分を許されている。これはリオネンデさまの王位を脅かす存在だと、なぜお判りにならない?」

「サシーニャはリオネンデと変わらぬ年齢……確か一つ上だ。リオネンデの次の王になるには(とし)が行き過ぎている」

「そんな先のことを言っているのではありません。リオネンデさまに万が一のことがあれば、あのサシーニャが王位を継ぐ、それが問題だと言っているのです」

「リオネンデに万が一? モフマルド、おまえはサシーニャがリオネンデの命を狙うかもしれないと言ったが、魔術師の王への忠誠は絶対なのだろう?」


 チッとモフマルドが舌打ちをする。魔術師になど関心がないくせに、なんでそんな事ばかり覚えているんだ?

「確かにサシーニャがただの(・・・)魔術師であるうちは、その心配はありません。が、もし王家の一員に迎えられれば、その限りではなくなって参ります」

「あぁあぁ、その話も聞いた。王家の一員同士で争った場合、たとえどちらかがどちらかを殺めても罪に問われたりしないと言うものだろう? 王家内部の問題なんだとか? だがな、モフマルド、サシーニャは王家の一員ではないのだろう?」

「えぇ、王家の守り人に任じられるとき、いったん除外されております」

「ならばなんの心配もなかろうが?」

「ジョジシアスさま!」

焦れたモフマルドが悲鳴に似た声をあげる。


 知り合った時から判っている。ジョジシアスは野望からは遠いところにいる。だからこそ、王位につけるのも容易(たやす)かった。野心家ならば周囲も警戒するが、まったく野心が感じられなければ王位を狙っているなどと思われることもない。事実、ジョジシアスに兄たちにとって代わるつもりなどなかった。


 それなのに事態が次々と変わり、即位しなければならなくなる。ジョジシアスはその流れに従っただけだ。そうなるよう仕組んだのはモフマルド、が、ジョジシアスはそれすら知らない。


「サシーニャは守り人の任を解かれているのです。いつ王家の一員に戻されるか判らないのですよ? サシーニャは前王の甥、前々王の孫、元より王家の一員なのです。それを復帰させるだけとなれば、王廟(おうびょう)が難色を示すことなどないのです」

「グランデジアの魔法も王家も変わった決まりごとが多くて、話を聞くだけで頭が痛くなる――俺はもう寝る。必要ならばモフマルド、おまえがどうにかしろ。だけどな、サシーニャに手出しするのは許さない。あれはリオネンデを守る忠義者と聞いている」

「ジョジシアスさま!」


 寝室に去ろうとするジョジシアスを引き留めるモフマルド、

「わたしはサシーニャをこの目で見てきた。あんな得体のしれない者を信用しているグランデジアはどうかしている!」

訴え続ければ、またそれか、と呟くジョジシアス、これも何度も聞かされた話なのだ。が、モフマルドはやめない。


「一度ご覧になれば判ります。髪が金ですよ? 瞳が青いのですよ? それが病気とかだと言うのなら納得も行く。が、いたって健康なのだから、存在自体が信用できない。あれは人の姿をした別物です。見ればジョジシアスさまもわたしの言っていることがよくお判りになります!」

「リオネンデの婚儀には俺も列席することになっている。その時は嫌でもそのサシーニャと言う者を見ることに、いや、会うことになる。それまで待て」


「すでに守り人の任を解かれ二年が過ぎております。早く手を打たなければ手遅れとなりましょう――サシーニャは狡猾です。リオネンデの婚姻、それを利用しないはずがないのです」

「あぁ、なんでもリオネンデを騙して、俺に内緒でバチルデアと手を組ませ、我がバイガスラを責めてくると言う話か? あり得るとは思えないがな……」


 グランデジアが、ましてリオネンデが自分を責めてくるとは信じられないジョジシアスだ。だが、ほんの少しの不安も感じないわけではない。


 リオネンデがまだ幼い頃、彼に与えた痛みと屈辱、そして快楽――それがリオネンデの中で、どう熟成されたかを確認していない。ジョジシアスにとっては、愛の溢れるものに違いないがリオネンデも果たしてそうか?


「では、こうしよう。これ以上は許さないぞ」

ジョジシアスが妥協する。


「リオネンデとサシーニャがバイガスラに来るよう手配しろ。俺が二人に会って、どんな様子なのか見てみよう」

「あの二人が揃って国を空けるとは考え難い。それこそ大戦(おおいくさ)ででもない限り――」

「では、サシーニャだけでもいい。俺が直接会い、話をし、どんな男か見てみようじゃないか。そのうえでリオネンデの傍に置けないと判断したら、その時はモフマルド、おまえの好きにしたらいい――暗殺だろうが、罠にかけて失脚させようが、(とが)めないと約束する」

「呼び寄せるのには口実が必要。どんなものでもよろしいのですね?」

目を泳がせてモフマルドが念を押す。コイツ、もう考え始めている、ジョジシアスがそんなモフマルドを見て呆れる。他にもっと心配なことがあるだろう?


「それよりもモフマルド」

ジョジシアスが怒りを込めた声をモフマルドに向ける。

「俺の子を産ませる女はまだ見つからないのか?」

穏やかな口調だが、ジョジシアスの声に激しい非難の匂いを感じモフマルドがハッとする。


「探してはいるのですが、相応(ふさわ)しい娘がどうにも見つかりません」

「俺はな、モフマルド。リオネンデの心配をしてくれるのは嬉しいが、まずこちらの心配をして欲しいと言うのが本音だぞ? このままではバイガスラ王家が絶えることになる」

「申し訳ありません。なんとか探し出して連れてまいりますので」


 フン、と再びジョジシアスはモフマルドを嘲笑する。

「いろいろ連れてこなくてはならなくなった。大変だな、モフマルド……そうだ、サシーニャが実は女だったなんてことになるといいな。そしたら俺が手籠(てご)めにでもして(めかけ)にしよう。一挙に問題解決だ」

「冗談が過ぎます、ジョジシアスさま」


 モフマルドの顔が引き()りジョジシアスが大笑いする。寝室に引き上げるジョジシアスを、今度はモフマルドも引き止めなかった。


 そして自分も己の寝室に引き上げ、窓辺のいつもの椅子に座り庭を眺める。夜の闇の中で針槐樹(アカシヤ)の黄色い花房が揺れている。


 フッとモフマルドが笑みを浮かべる。『サシーニャが女だったなら』と言ったジョジシアス、その発想はモフマルドにはなかった。

(グランデジアで会ったサシーニャは男で間違いないはずだ)

サシーニャの姿を思い出しながら、ニヤニヤとモフマルドが笑う。

(そして多分、男色の趣味もない)


 モフマルドにもその趣味はない。だが街に出れば、いくらでもそんな男はいるだろう。そんな男たち(・・・)にサシーニャを与えれば、ソイツらは大喜びをするはずだ。髪や目の色を気にしなければ、サシーニャは美しい。男たちは確実にサシーニャの自尊心をずたずたにしてくれる。

(そうだ、サシーニャ、わたしの目の前で泣け、叫べ! おまえの母親がわたしに許さなかったことを、おまえの身体でわたしの代わりの男たちに果たさせろ)


 サシーニャが屈辱に(ゆが)んでいくさまを見れば、その時はきっとわたしも……この苦しみから解き放たれる。


 立ち上がると窓に(とばり)を引いて、モフマルドは寝台に向かった。

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