約束された舞踏会
「現在の筆頭は幼い頃に両親を亡くしております。孤児となった筆頭を、前王クラウカスナが猶子としました。養い親は別ですが、親に代わる者はクラウカスナという事ですね。筆頭の生母がクラウカスナの姉だったことに因ります。それで王子に準ずる者、準王子の身分となりました」
「あぁ、リオネンデさまと筆頭さまは従兄弟というのは存じております」
どことなく嬉し気なルリシアレヤ、少しでもサシーニャを知ることができたことに喜びを感じているのだとジャルスジャズナは感じている。そんなルリシアレヤの顔を見て、ジャルスジャズナは思い切って訊ねてみた。
「ルリシアレヤさまは筆頭の見た目が気にならないのですか?」
「筆頭さまの見た目?」
「はい、金の髪や白い肌、青い瞳、初めて見るかたは驚かれ、中には恐れるかたもいらっしゃいます」
「こんな色のかたもいるのね、くらいにしか思わなかったわ。でも、そうね、母は随分と怖がっていたわね」
ルリシアレヤがクスリと笑う。
「でも、わたし、言ったの。人を見た目で判断してはいけないって、いつも父上や母上が仰っていることよ、って。誰かを評価するなら、その人の能力や人となりを見なさいって」
微笑むルリシアレヤをジャルスジャズナが見詰める。なぜ、この王女さまはリオネンデの婚約者なのだろう?
「どうかしましたか?」
自分を見詰めるジャルスジャズナを、ルリシアレヤが訝る。
「いいえ、ルリシアレヤさまの純真さに……胸が熱くなっただけでございます」
楽士が奏でる楽曲は軽やかなものばかりだった。会食の席に相応しくと指示されている。
「国が違えば音楽も随分違うものですわね」
ララミリュースが微笑んでリオネンデに言った。
「バチルデアでは重厚なものが多いのですが……バイガスラの音楽は陽気で、よく皆さん、踊ったりしているようですよ」
「バイガスラは長い冬の間、雪に閉ざされ室内で過ごすことが多いことから、室内の娯楽として舞踏が盛んになったそうです」
「なるほど、我がバチルデアでも舞踏は楽しまれますが、同じ理由なのかもしれませんね」
「バイガスラ前王妃ナナフスカヤさまは、当時王太子だったモーリシェン王にバチルデア王宮での舞踏会で見染められたと聞き及んでおります」
「あら、よくご存知ね」
ララミリュースがニッコリと笑う。
「グランデジアには、舞踏に合うような楽曲はないのですか?」
「もちろんございます。が、貴国やバイガスラほど優雅なものではありません」
「そうなの? でも、せっかくだから聞いてみたいわ。お願いできますか?」
嫌な予感がしたが断る理由もなく、リオネンデはジャッシフを呼び、楽士に指示を出すよう伝える。
「今のかたは?」
ララミリュースがジャッシフの素性を尋ねる。
「わたしの片腕、側近のジャッシフでございます。個人的な家臣とお考え下さい」
「身分が低い者なの?」
「いいえ、上流貴族の家柄、第一大臣の甥でもあります。政治的発言力はないものの、わたしの名代を勤めることもあり、重責を担っていると言えるでしょう」
「王の片割れさまとはまた違うのね」
「王の片割れは、王と一心同体とお考え下さい――あ、曲が変わりましたね」
スイテアのことをとやかく言われたくないリオネンデを救うように、楽士たちが優雅な舞踏曲を奏で始める。
「あら、素敵じゃない」
ララミリュースがニッコリ笑う。
「ね、リオネンデさま、どうせだから、踊ってくださいませんか?」
「いや、わたしは、舞踏はちょっと……」
「そんなこと仰らずに」
戸惑うリオネンデを気にすることもなく立ち上がったララミリュースがリオネンデの肩越しに娘を呼んだ。
「ルリシアレヤ! リオネンデさまが一曲お相手願いたいそうよ」
「えっ?」
てっきりララミリュースが相手と思い込んでいたリオネンデ、しまったと思うがこうなったら断ることもできない。いや、最初から断っているのだが、さらに断れなくなった。
急に名を呼ばれたルリシアレヤはきょとんと母親を見た。
「踊るってお母さま、どこで?」
広間にはテーブルが並べられ、一画は楽士が居座り、踊るような空きがない。しめた、と思うのはリオネンデだ。
「どこで、って、少し狭いけど、そうね、テーブルを退けて貰って……」
なんとかしようとするララミリュースに、
「楽士はいつでもお好みの曲を奏でます。バチルデアの曲も練習しているとのことですから、舞踏は次の機会にいたしましょう。その時は充分な広さを確保いたしますので」
リオネンデが提案した。
「あら、そう? その時は一曲とは言わず、バチルデアやバイガスラのような舞踏会にしてくださるの?」
渋々腰を降ろすララミリュースだ。
「ララミリュースさまのお望みとあれば、貴族たちを多く集め、盛大に開きましょう――舞踏はわたしより、魔術師筆頭が得意とするところ、身内贔屓と笑われそうですが、あれの身のこなしの優雅さは自慢できるものです」
「あら、そうなの?」
不快感を隠そうとするララミリュースを密かに笑うリオネンデだ。舞踏会を開いたら、ルリシアレヤの相手をサシーニャにさせたい。そのための根回しとして、サシーニャの舞踏上手をララミリュースに吹き込んだ。普段ではありえない近距離を取る舞踏、内緒話も交わしやすい。サシーニャとルリシアレヤの心の距離が近づくきっかけにもなるだろう。
しかし、ララミリュースがサシーニャを嫌ううちはリオネンデの企みは成就しない。どうやってこの壁を崩すか考えねばならない、そう思うリオネンデだ。
ララミリュースとリオネンデの会話を漏れ聞いたルリシアレヤがジャルスジャズナに問う。
「筆頭さまは舞踏がお上手なの?」
「筆頭は、何をやらせても卒がないのです」
無視するわけにいかないジャルスジャズナがそう答える。
「器用なかたなのね――舞踏会が開かれたら、わたしと踊ってくださるかしら?」
舌打ちしたいくらいのジャルスジャズナ、そうもできずに
「国王のお許しがあれば、筆頭も応じられると思いますよ」
と答える。
「あら、リオネンデさまの許しがなければだめなの?」
「言い難うございますが、ルリシアレヤさまはリオネンデ王の婚約者であらせられますし、そもそも筆頭は舞踏がお嫌いですから」
「あら、お嫌いなのにお上手なのね?」
尤もな疑問に、
「前国王の時は割と頻繁に舞踏会が開かれておりました。二人の王子と準王子の花嫁を探す目的があったものと思われます」
ジャルスジャズナが説明する。
「あぁ、それでお上手なのは知っているという事ね?」
「はい、その通りです。優雅で華麗、お相手のお嬢さまがたは、皆さんうっとりとされておりました」
「それでなんで嫌いになったの?」
「それは……」
ある時ぷっつり舞踏会に顔を見せなくなったサシーニャ、想像はついていた。舞踏の相手にあれやこれや言われたのだ。言われたくない容姿の事を……
「あまりにお相手の申し込みが殺到し過ぎて、嫌気がさしてしまったのではないでしょうか。何しろ舞踏会には一切、出てこなくなりました」
「筆頭さまはおモテになるのね」
クスッとルリシアレヤが笑う。
そんなルリシアレヤを見て
(普通、妬くところじゃないの? わたしだったらプンプンだ)
と思いながら、ルリシアレヤに好感を覚えるジャルスジャズナだ。
(こんな娘なら、サシーニャを孤独から解放してくれるだろうに……)
ますますルリシアレヤがリオネンデと婚約していることが惜しまれてならない。
ジャルスジャズナの目の端に、リオネンデに呼び寄せられるジャッシフが映る。そろそろ料理の減り方も緩くなった。サシーニャを呼ぶのだろう。バチルデア将校たちのテーブルでは、欠伸を噛み殺す姿もちらほら見え始めている。
「ねぇ、リオネンデさま……」
ララミリュースとは違う方向から呼ばれ、リオネンデがどきりとする。呼んだのはルリシアレヤだ。ジャッシフにサシーニャを呼ぶよう合図を送った直後のこと、まさか気取られたかと緊張する。
「なんでしょう、ルリシアレヤさま?」
ゆったりとした動作で振り向いて、にこやかに答えるリオネンデ、
「筆頭さまはまだいらっしゃらないの?」
続くルリシアレヤの問いに息を飲みそうになる。
ルリシアレヤは真っ直ぐにリオネンデを見詰め、その表情から、言葉の意味は言葉通り、含みがあるとは思えない。考えてみればジャッシフには耳打ちするふりをしただけなのだから、ルリシアレヤが気付くはずもない。
「終わるまでには必ずと申しておりました。そろそろではないでしょうか?」
「筆頭さまというのは随分とお忙しいのね」
「サシーニャは、自分で仕事を抱え込む癖があるから尚更ですよ――サシーニャに何か?」
「えぇ、先ほどの無礼をお詫びしたいと思っていたのです」
照れも戸惑いもなく答えるルリシアレヤに不思議さを感じるリオネンデだが、
「そうでしたか。サシーニャは気になどしていないと思いますよ」
ルリシアレヤに微笑む。
「それならいいのですけれど、随分びっくりさせたようなので……」
広間から出ていたジャッシフが戻り、定位置に立つ。少しずらしてサシーニャも姿を見せるだろう。
ルリシアレヤはお茶のお替りを願い出て、注いでくれた給仕係に明るい笑顔で労いの言葉をかけている。だが、わざわざ貰ったのに、お茶に手をつけない。時間稼ぎだ。少しばかり沈んで見える。
もう、直に宴は終わるだろう……サシーニャがこのまま現れないのではないかと心配している? それにしても、とリオネンデが思う。
婚約者のリオネンデとはロクに話しもしないのに、声を掛けて来たかと思うと話題は他の男の事……
(サシーニャを男と認識していないという事か?)
やたらと構ってくるララミリュースの相手をしながらリオネンデが考える。
(ひょっとして、ルリシアレヤがサシーニャに惹かれているというのは俺たちの読み間違いか? あるいは……)
小広間の扉が開き、筆頭魔術師の入室が触れられる。
(あるいは、ルリシアレヤ自身が自分の心の動きを恋心だとは気づいていない?)
濃鼠色の衣装に替えたサシーニャがチュジャンエラを伴って、広間に入る。
リオネンデに会釈をしてから、
「ご無礼致しております。このような折に火急の用件、ララミリュースさまにはさぞご不快のことと存じます」
ララミリュースに詫びれば、
「え、えぇ、まぁ……」
口籠るだけで、ララミリュースはサシーニャを見ようともしない。




