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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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愛してやまぬ死神

 言われたとおり仕切りの内側でレナリムを呼び、『水差しと杯を』と告げる。元の場所に戻ると、リオネンデはスイテアの手を取り抱き寄せた。

「うん、あれでいい。おまえはこの後宮の女主(おんなあるじ)なのだから、女たちを(あご)で使えるようになれ」


「そんな……わたしにそんな事は――」

「俺に恥をかかせる気か? おまえを王家の一員としたのは俺だ。おまえが王家の者として振舞えなければ、それは俺の恥となり、俺の足を(すく)おうとしている奴らの助けとなる」

「リオネンデさまの足を掬う?」

「ふむ……」

と、リオネンデが考え込む。


「父王が毒殺された話はしたな? 誰の仕業かは公には不明となっている。また、母上の自害の理由も同じように不明となっている――が、(ちまた)では俺の仕業だと噂されている」

ここで、入室の許しを請うレナリムの声がし、リオネンデが話を中断した。


「先ほどサシーニャさまよりのお使いが参られ、お薬が届けられました。眠る前に煎じて飲むようにとのことでしたので、お持ちいたしました」

レナリムが水差しと(から)の杯を二つテーブルに置き、更に軟膏の壺と茶褐色の液体が入った(わん)を一つ置いた。

「これが煎じ薬か……レナリム、ご苦労」

一礼してレナリムが下がる。


 リオネンデが煎じ薬に手を伸ばすと、スイテアが動じた。

「どうした?」

「いえ――先王の毒殺のお話しのあとなので……」

「うん? 俺の身を案じたか?」

クスリとリオネンデが笑う。


「サシーニャは全ての秘密を知る唯一の者だし、決して俺を裏切らない。ましてサシーニャの母は我が父の姉、つまり俺とサシーニャは従兄弟(いとこ)にあたる。それにレナリムはそのサシーニャの妹だ。サシーニャは俺の命の恩人だし、レナリムは俺を命の恩人だと感じてくれている。あの二人を疑うようになれば、俺は生きる価値のない男になってしまう」

そう言って茶褐色の液体を一気に(あお)った。


「ふむ……見た目に反して甘い味だ。水を――」

「は、はい」

慌ててスイテアが杯に水を(そそ)ぐ。


「甘いものは苦手で?」

水を飲むリオネンデにスイテアが問う。

「いや、菓子などは甘くても食うぞ。だが、甘い飲み物は苦手だな。口に残るのが好きじゃない。そうだ、甘い瓜も好きだ。むしろ好物だ」

「……そうでしたか」


 兄弟なのだから食べ物の好みが似ても可怪(おか)しくないとスイテアが思う。リューデントも瓜が好きだった――


「それで、だ」

リオネンデが話を元に戻す。

(じつ)のところ我がグランデジアは一枚岩とは言い(がた)い。大臣の中にはバイガスラと通じている者が、多分いる」

間者(かんじゃ)という事?」

「間者と言うのとは少し違うな。内通だ。バイガスラ現国王はグランデシアも自分のものにしようと考えていると俺は思う。俺を王にしたのは、その準備が整っていないからだ」


「バイガスラをいずれ攻めると(おっしゃ)っていたと思うのですが?」

「うん、そのつもりだ。ここ以外では口にするなよ。ここでなら、控室にいる警護の者には聞こえない。が、執務室では駄目だぞ」

「はい」

真面目な顔で自分の話を聞くステアの耳元でリオネンデが(ささや)く。

「執務室を寝室にしていた時は、おまえのあの声(・・・)も控室には筒抜けだったはず。ここなら遠慮いらないぞ」

と笑う。スイテアが顔を赤くしてリオネンデを睨み付ければ、リオネンデは余計に笑った。


「まぁ、冗談はこれくらいにして……」

と、リオネンデが話を戻すが、『冗談なのですね』と()ねるスイテア、それを愛しげな眼差しでリオネンデが見詰めると、スイテアが再び頬を染めた。


「冗談ではないが、まぁ、前置きだ――そんなわけで、俺の事を暴君と言う向きもあるが、そうそう何もかも思いどおりにできる訳ではない。反対する者を容赦なく罰すると言われているが、罰したことなどない。勝手に大臣どもが理由を付けて、王に逆らったと自分の不利な意見を言う者を地方に追いやったりすることはある」

「王はそれを(とが)めないのですか?」

「咎めたいさ。だが、いつも大臣どもに言い包められてしまう。屁理屈(へりくつ)()ねられて、『好きにしろ』と言わせられる」

「言わせられる?」

「――言ってしまうに訂正する。スイテア、おまえも怖いヤツだ」

リオネンデが苦笑する。


「サシーニャが知恵を貸してくれたり、同席していれば助け船を出してくれるが、大臣どもも知ったもんでサシーニャの留守を(ねら)ってくる。俺としてはお手上げだ」

「負けっぱなしですか?」

スイテアが少し呆れた顔をする。


「これでも即位したころよりは随分マシになったのだ。絶対譲れないところは押し通せるようになった」

「それこそ王というものでしょう」

スイテアのこの言葉は少なからずリオネンデの機嫌を損ねたようだ。


「フン、判ったようなことを……おまえに俺の苦労が判って(たま)るか」

「はい、判りません。王になった事がございません」

不機嫌な顔でスイテアの顔を(にら)み付けたリオネンデだが、

「それもそうだな」

と吹き出した。


「俺とて、王になって初めて本当に理解できたのだ。それなのにおまえが理解していては、俺の面目も立たないというものだな」

「……」


 水を杯に注ぎ咽喉を潤してから、リオネンデが話を続けた。打って変わった真顔で語る。


「自分が王となり、初めて国王の苦労が身に染みた。だからこそ、父上や母上の無念がいかほどだったかと思えてならない――母上の自害の理由を作ったのはバイガスラ現国王、これは目撃者から聞いた話だ。あの火事の時、聞いたのだが、その目撃者は俺にその話をしてすぐ落命した。証言できなくなったということだ」

驚いたスイテアがリオネンデを見詰める。

「そしてリューデントはバイガスラ現国王から、我が父に毒を盛って殺したのが我が国の大臣だと聞いた」

「そんな……」

「バイガスラ国王の言葉の真偽はともかく、少なくともリューデントはヤツからそう聞いた。助ける途中、リューデントが必死に俺に伝えたことだ。うーーん、助ける途中じゃないな、助けようとしたが正しい。庭に出た時にはアイツ、息をしていなかった。ま、その大臣が誰なのか、今のところ判っていない。サシーニャが探っているが、なかなか尻尾を出さない」


 自分を見詰めるスイテアの頭を撫でて、そう(おび)えるな、とリオネンデが(つぶや)く。

「俺が無事に王位を継承できたのは、バイガスラ現国王の庇護(ひご)があったからでもある。だからすぐに俺を殺しはしないだろう。利用価値があると踏んでいるのだ。どう利用しようとしているのかが判らないのが不気味だがな」


 そしてクスリと笑う。

「俺なら懐柔できると思ったのかもしれない。思い通りに動かせると見込んだ――バイガスラと我が国は遠く離れている。一旦は、懇意にしている大臣に任せ俺を()(ぐつ)と化し、いずれグランデジアの統治権を手にする、そんな腹積もりだったんだろう」


 リオネンデが遠くを見つめる。

「あの時、王宮にいた者がことごとく殺されたのは、俺を孤立させるためだと考えている。バイガスラ現国王もしくは大臣を頼らなければならないように、な」


 ついスイテアはリオネンデの腕に手を置く。

「王宮を襲った賊は捕らえられなかったのですか?」

「――あの日、バイガスラ現国王を歓待する宴があったのは覚えているな? 酒が警護の兵にも振舞われた。その酒に眠り薬が仕込んであったと俺は見ている。でなければそう簡単にやられるものか。信頼を逆手に取られたのだ……賊は容易(たやす)く国外へ(のが)れただろう。騒ぎはただの火事と処理された。だが、俺は見ている。斬り殺された何人もの遺体を」


「それなのになぜ、単なる火事を否定しなかった?」

「俺が自分の意思で動けるようになるのに十日かかっている。異を唱えるには遅すぎた。それにサシーニャが今は(こら)えろと言った。あの時、騒げば俺はすぐにでも殺されただろう。(くや)しいが、そう言う事だ」

「……」

「だがな、スイテア。時が来れば必ず俺は(かたき)を討つ。騙し討ちにされたままでいるものか。殺された親兄弟、そして従者たち、後宮の女たち……恨みを必ず晴らしてみせる」


「……わたしもお役に立てるでしょうか?」

うん? とリオネンデがスイテアを見る。

「リオネンデさまの復讐、わたしにも意味のあるものと、しみじみ感じます。リオネンデさまのお役に立ちたい、同じ怨みをわたしも晴らしたい。わたしも連れていってください」


 複雑な顔でリオネンデがスイテアを見る。が、すぐに薄く笑みを浮かべた。

「バイガスラ侵攻は十年後と考えている。剣の腕を磨き、それまでに戦場に立てる実力を身につけよ」


 リオネンデがスイテアを抱き寄せ口づける。それに応えてスイテアがリオネンデの首に腕を回す。リオネンデがスイテアを抱き上げ寝台に運んだ――


 自分に身を任せて眠るリオネンデの髪をスイテアが撫でる。無防備で、まるで子どものような寝顔だと思う。そう言えばこの人は、わたしの肩に頭を乗せ、のど元に顔を寄せて甘えるように眠る。


 どれほどの思いをこの人は背負っているのか……わたしの辛さとこの人の辛さ、どちらがより苦しいものなのか? いや、辛さを比較するなど無意味、人の苦しみは他者に背負えないと同様、比べられもしないし、分かちあえるものでもない。


 そしてスイテアは思う。今宵、わたしはとうとうこの男に捕まってしまった。リューデントへの思いは消えていないのに、わたしはこの人を思っている。


 幸せに満ち、幸せな未来を夢見させるリューデントへの思い。けれどリオネンデへの思いは――全てを焼き尽し、燃えあがる。やがて己の身をも焦がすだろう。


 それでもいい。それでも構わない。わたしはこの男の死神となろう。この男を愛してやまぬ死神となろう。そしていつか、この男を殺し、兄を殺した苦悩から解放したい。わたし自身の手で――

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