表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

159/404

母の値踏み

 謁見の()に集められた貴族は全部で三十人余り、広い領地や王家に対する発言力の強い者ばかり、部屋の広さからすると少し寂しい人数だが、さらに集めるとなると選ぶのが難しく、身分や立場から不満が出ないようと考えれば多くなり過ぎる。バチルデアからの申し出もあることから、有力者だけとした。


 扉の前は広く開けてあるが、上座(かみざ)に向かって真っすぐ進めるよう、貴族たちは左右に分かれて談笑している。これから来る客人の噂話をする声が上座にも届いている。


 上座は数段高く作られ、最上段に置かれた玉座に足を組んで腰かけるのは、もちろん国王リオネンデだ。装束は盛装、光沢のある(あい)色の地に金糸銀糸が織り込まれたもの、モールは銀糸、腰帯は幅広で、咆哮する獅子の紋章が(あしら)われている。様々な色石が使われた(ひたい)飾り、こちらも獅子の紋章だ。


 王の(かたわ)ら、若干後ろに立つのは王の片割れスイテア、僅かに抜けた濃紫の衣装で飾りのないものだ。が、腰紐には金糸を編んだ物を使い、端は房にして垂らしている。体の線を浮き立たせた衣装と濃い化粧で美しさに凄みを加えているうえ、首から下げた金の徽章は真っ赤な紅玉(ルビー)を涙に模した死神の紋章、王の片割れの貫禄は充分だ。


 上座に(しつら)えられた階段の、最下段の前に立つのは筆頭魔術師サシーニャ、淡い若草色の衣装は魔術師の盛装、生地全体に広がる細い線で描かれた銀糸の刺繍は大柄な(つた)模様、ところどころに金糸で幾重かの円が小さく描かれている。


 腰帯は銀色の織物、ギュッと結んだだけだが共布(ともぬの)(えり)飾りが長く垂らされ、華やかさを添えている。前髪を耳の後ろから左右で編み、衣装と同じ布で作った細帯を使って残りの髪と背中で一纏(ひとまとめ)にしている。


 (ひたい)を飾るのは蒼玉(サファイヤ)、左耳で輝いているのも蒼玉だ。隣に立つチュジャンエラとともに、近衛将校と何やら話し込んでいる。


 乳白色の()に、薄茶、薄橙、薄鼠、薄緑の細い線で草花を書き込んだ生地で仕立てた衣装もやはり魔術師の盛装、チュジャンエラは(つや)やかな煉瓦(れんが)色の帯で腰を締めている。額飾りはないが左耳に輝くのは月の雫(パール)、海に眠る貝の中から見つけ出される柔らかな光沢を持った玉だ。


 耳朶に開けた小さな穴に金具を通して止める耳飾り(ピアス)は見習いを終えた魔術師に許され、普段は金剛石(ダイヤモンド)を使うことが多い。どの宝石よりも金剛石(ダイヤモンド)が一番魔力を強めるからだ。だが盛装を命じられた今日、二人の魔術師は金剛石(ダイヤモンド)以外を選んでいる。謁見の間に魔術師は、今は(・・)この二人しかいない。


 扉の向こうから近づく気配に、魔術師と話していた将校が決められた立ち位置へと戻っていく。談笑していた、集まった者たちも姿勢を正して口を(つぐ)む。


 サシーニャが(うなず)き、立ち上がったリオネンデがスイテアを伴い上座から降りる。正面に立つリオネンデ、半ばリオネンデに隠れる位置にスイテア、人垣の先頭にサシーニャが立ち、その隣にチュジャンエラが立った。


「バチルデア国王妃ララミリュースさま、王女ルリシアレヤさま、ご到着です」

声とともに大きく開かれた扉、入ってきたのはリヒャンデルに先導されたララミリュース、続いて王家の守り人ジャルスジャズナに付き添われたルリシアレヤ、ベルグ総裁カカロテレズ、バチルデアの将校とグランデジアの近衛兵が続き、近衛兵は扉が閉ざされるとその場に待機した。


 賢妻の誉れ高きララミリュース、真直ぐに前を向き、堂々とした足取りで進む。それに引き換えルリシアレヤはふわふわと、部屋の様子や立ち並んだグランデジアの貴族たちに目を泳がせている。


 充分な間を取って、リヒャンデルがリオネンデの前で立ち止まる。(おもむろ)(うなず)くリオネンデ、リヒャンデルはララミリュースに向き直り、三歩ほど後退してから

「グランデジア国王でございます」

と告げた。終始笑顔でまっすぐ前を向いていたララミリュースがリヒャンデルに向き直り、やはり笑顔のまま会釈する。そして再度前を向き、さも今気が付いたと言いたげに、

「ほう……」

と、リオネンデを見て(つぶや)いた。


 リオネンデとて、そんな猿芝居に合わせるつもりはないが、

「遠路はるばる、ようお越しくださいました。グランデジア国王リオネンデ・グランデジアでございます」

と、白々しい口上をいとも本心(・・・・・)と言いたげに始める。社交とは面倒なものだ。それを聞くララミリュースも笑顔を絶やしはしない。


(なるほど、噂に聞く美丈夫。逞しく均整の取れた体躯、母親譲りの美形――身の(こな)しに隙もなく、口上を聞く限り弁舌爽やか、知性と理性も充分)

口上を聞きつつ、ララミリュースがリオネンデを値踏みする。


(母親はナナフスカヤさまの娘マレアチナ……美形なのも納得。そう言えば、どことなくナナフスカヤさまの面影が見える)

〝見てくれ〟には文句のつけようがない。もっとも、文句をつける気などサラサラない。


(そしてあれが……)

ララミリュースがチラリと盗み見るのは、リオネンデの後ろに控えるスイテアだ。

(リオネンデの愛妾――(とし)のころは二十を少し超えたくらい。化粧できつい顔に見せているが、素顔はきっと愛らしい。それに男を(とりこ)にしそうなあの姿態……)


 あの女はきっと強敵だ。温和(おとな)しげに男に従い、自尊心を(くすぐ)って男の心を(とら)え、肉欲を(そそ)る身体で男の情念を(たぎ)らせるだろう。

(ルリシアレヤがあの女からリオネンデを奪うには……)


 容姿はあの女にも負けない。姿態は? あの女には負けそうだけど、近頃は青臭さが抜けて、母親のわたしでさえも溜息が出そうなほど美しくなった。でも、それだけではルリシアレヤに勝ちはない。

(ルリシアレヤの強みは真っ直ぐに突き進むところ)


 ルリシアレヤが必死な面持(おもも)ちで(すが)れば、リオネンデとて情に(ほだ)される。

(でも、それが通用するのは最初だけ。すぐに飽きられてしまう。ではどうしたら? それに一番問題なのは……)

一番問題なのは、ルリシアレヤがそんな気持ちになるかどうか。


(まぁいいわ。ルリシアレヤがそんな気持ちになるよう、この滞在で仕向けるしかない。そのために、わざわざここに来たのだから)

笑顔を貼り付けたままリオネンデを見詰めるララミリュース、そんなことを考えている。


 時どき視線を逸らし、ララミリュースの後方を見るリオネンデ、ルリシアレヤを気にしている。(かす)かに笑顔の種類が変わるのは、いい兆候かもしれない。ルリシアレヤを嫌っていはいなさそうだ。これでルリシアレヤのほうも、自分を見て微笑むリオネンデに笑みを返していれば上出来なのだけど……振り返るわけにいかないララミリュースが少しばかり不安になる。まさか無視なんかしてないわよね?


 それにしても、とララミリュースが思う。

(婚約者の来訪を迎える場に愛妾を列席させるなんて、何を考えているの?)

愛妾に強請(ねだ)られて連れてきた? それだとあの女の性格を読み間違えたことになる。温和(おとな)しく従うだけの女ではない?


 いいや、そんなはずはない。あるとすれば、巧くリオネンデを誘導して、嫌がるふりをしてついてきた、そんなところだ。でも、それも納得いかない。リオネンデが望んで連れてきたように思える。


 ついスイテアを睨みつけたララミリュースにリオネンデが声を掛ける。

「グランデジアの歴史など、ご興味がおありのはずもございませんね」


 はっとしたララミリュースがリオネンデに視線を戻せば、リオネンデは穏やかな笑みを浮かべたままだ。


(この男……)

ララミリュースの視線の先にリオネンデが気が付いていないはずはない。なのに僅かにも表情を動かしていない。

(この男こそ食わせ者。油断できないのはリオネンデ――)


「大臣から、一通(ひととお)り王宮での禁止事項などのご説明を差し上げるよう言われていたのですが、お疲れでしょう?」

リオネンデはこの馬鹿馬鹿しい歓迎式を終えるようだ。

「最後に我が王宮の重臣をご紹介いたします。そののち、お部屋にご案内いたしましょう。茶菓の用意などもございますのでお(くつろ)ぎください――晩餐の用意が整いましたら、お出まし願います」


 リヒャンデルはご存知ですね、と始まり、軍人、大臣と進め、

「これよりは臣下というには(はばか)りのある、王家に繋がる者――そちらにいるのは王家の守り人ジャルスジャズナ」

と、リオネンデが言った。


 この時はまだルリシアレヤに付き添っていたジャルスジャズナは、その場でララミリュースに会釈した。

「馬車までのお出迎え、ありがたき事です」

ララミリュースが笑顔で答える。


次に

「こちらに居りますは王家の一員、王の片割れ、わたしが不在の時、王に代わって王宮を仕切るものでございます」

と、リオネンデが軽く振り返った。スイテアが頷き、リオネンデの横に立ち、深く膝を折り、(こうべ)を下げた。


 そう言う事か……と、ララミリュースが思う。ただの愛妾ではないとはっきり宣言し、立場のある女だと知らしめるため、リオネンデはこの女を連れてきた。それにしても王の片割れ? グランデジアは独特の風習があると聞いているが……

「王の片割れとは何でしょう?」

ついララミリュースが疑問を口にした。


「お判りにならないのも無理はございません。グランデジア王家独特、しかも永らくその立場に就く者はおりませんでした――グランデジアは謎と魔法の国、ここで説明するのも(やぶさ)かではありませんが、何分(なにぶん)、歴史も長ければ話も長くなる。後ほどゆっくり、魔術師筆頭からでもご説明差し上げましょう」


 ふん、やっぱりこの男は(あなど)れない。ここまでは事前の打ち合わせで仕込むこともできた。だが、突発的な質問への答えは自分で考えたはず。すらすらと流れるような受け答えは、この男が賢いからに他ならない。頷きながら値踏みを続けるララミリュースだ。

「そして最後の一人……」


 リオネンデが人垣の端を見る。男が一人進み出るのを見て、ララミリュースが息を飲む。

「筆頭魔術師、そして準王子サシーニャ・グランデジアでございます」

リオネンデの言葉に合わせてララミリュースに会釈を寄こす男、その姿は……


(これか! 話に聞くグランデジアの魔法使い……(たし)かに人ならざる者のようにも見える)

表情を変えまいと平静を装うとするララミリュースの耳に

「あらっ!?」

小さく叫ぶ、ルリシアレヤの声が聞こえ、さすがに慌てて振り返る。


「ルリシアレヤ!」

自分を追い越して、リオネンデの正面へと駆け寄るルリシアレヤに、さしものララミリュースも声をあげる。だが……


「あなたね? ご生家に帰ったのではなかったの?」

周囲を気にすることもなくルリシアレヤが話しかけた相手は、サシーニャだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ