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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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言葉 かさねて

 スイテアを見て『そんな顔をするなよ』と、リオネンデが視線を()らす。聞かせれば、スイテアが悲しむ話に違いなかった。


「あの時、サシーニャはベルグに行っていた。そしてベルグの魔術師は三日もサシーニャを見つけられなかった」

「休暇という事になっていたのでしょう? もとより、どこに居るかなんて判らないのでは?」


「休暇だろうと所在はいつも明らかにしておくのが魔術師の決まりだ。サシーニャもベルグの定宿を届け出ていた。見付けられなかったのはその宿屋にサシーニャがいなかったからだ」

「ではどちらへ?」

「そうだな……」


 リオネンデが一拍おいて、スイテアを見る。

「その話をする前に、もう少しサシーニャの手紙の内容が知りたい。俺の考えがあっているかを確認したい」


 (はぐ)らかされたような気がするスイテアだが、逆らう事でもない。だが、

「何をお話したらよいものか。なにしろ二年余の期間に三百を超える手紙……」

と考え込む。


「おまえはあの二人は()かれあっていると言った。なぜそう感じたのか、そのあたりを詳しく聞かせろ」

「それは……」


 最初からルリシアレヤははっきりとサシーニャに興味を示している。サシーニャの役職やグランデジアでの立場を知りたがっていた。それでも一番の関心事は婚約者であるリオネンデ、そのリオネンデをサシーニャがどれほど知っているかを探った感もある。あるいは名を明かさないサシーニャを、話に聞く王の片割れスイテアなのかと勘繰(かんぐ)ったのかもしれない。


 グランデジアでリオネンデと暮らし始めたら、どんな生活が待っているのだろうと夢想していた(ふし)もある。リオネンデの好物や趣味をサシーニャに尋ね、どんな話題ならリオネンデを楽しませることができるかを気にしている。


 サシーニャはルリシアレヤの問いに『多忙な王は、ルリシアレヤがゆっくりと過ごせるよう王妃宮を建設している』と答えている。はっきりとリオネンデがルリシアレヤに興味を持っていないと言うのは拙いと思ったのか、それとも言えなかったのか?


 次の手紙でルリシアレヤは、何をして王妃宮で過ごせばいいのかと書いてきた。それを読んだ時、スイテアはルリシアレヤを、一を聞いて十を知る賢いかたと感じている。王妃宮でゆっくり過ごせ、それはリオネンデが滅多に来てくれないという事だと察したのだと思った。


 ルリシアレヤの新たな質問に、サシーニャはルリシアレヤの趣味を尋ねた。お好きなことをして過ごせばいいのです、王女さまは何がお好きですか? そしてここから二人の手紙は様子が変わってくる――


「あのお二人は気が合うと言うか……話がとても合うのです」

「話が合う?」

「リオネンデさまに相手をしていただけないと悟ってからと言うもの、ルリシアレヤさまはグランデジアにて、どう楽しく過ごすかをサシーニャさまにご相談なさっています」


「ふむ……それで?」

「サシーニャさまはルリシアレヤさまのお好きな事をと(おっしゃ)り、ご趣味は何かとお尋ねになりました。刺繍(ししゅう)やお料理、花を育てたり。ルリシアレヤさまのご趣味は多種多様で、サシーニャさまも驚かれています」

「花を育てる? サシーニャも花を育てるのが好きだぞ」

「えぇ……」


 ここでスイテアはサシーニャの最初の手紙を思い出す。あなたにはプリムジュの快活な可愛らしさがよく似合う……


「だが、刺繍や料理はサシーニャの趣味になさそうだ」

「そうですね。でも知識はお持ちで、ルリシアレヤさまを喜ばせるお話をなさっていました。どこどこの糸は染色が美しいとか。お料理についても、そんな場合はこうするといいです、とか」


「ふぅん、ルリシアレヤを喜ばせるねぇ――それはサシーニャが自分の役目と思ってそうしたとは考えられないか?」

「そのあたりはなんとも言えないのですが、そうするうちにルリシアレヤさまがサシーニャさまを頼ったり甘えたりするようになりました」

「うん? どういうことだ?」


「サシーニャさまが名を明かしていないのは言いましたよね? それでルリシアレヤさまがサシーニャさまを『フェニカリデのお姉さま』と呼びたいと(おっしゃ)ったり」

「なにっ?」

笑いだすリオネンデ、スイテアが

「笑い事ではありません!」

と、きつい口調で(たしな)める。


「それともお兄さまのほうがいいかしら、ともお書きになっている。サシーニャさまの性別を気にし始めたという事です」

「サシーニャは年齢も言っていなかったんじゃないのか?」

「それは文面でサシーニャさまのほうが年上だと察していたのだと思います。それに年上かとルリシアレヤさまが問われた時、サシーニャさまは答えを避けています。肯定したも同じです」


「その理屈だと、訊かれて答えなければ全て肯定したことになるぞ?」

「そこに至るまでのやり取りで、訊かなくても、答えなくても判ることがあるものです。行間に匂わすこともできます」


「で、サシーニャはお姉さま(・・・・)になったのか?」

「それには『王女さまの姉にも兄にもなれる立場ではありません』とお答えになっています」


(なか)ば嘘だな、婚約者の従兄(じゅうけい)なのだから」

「性別を明かすのを嫌ったのです。その後もルリシアレヤさまはそれとなくサシーニャさまの性別を探っていますが、サシーニャさまは『どちらだと思いますか?』と冗談で誤魔化しています」


「冗談で? それよりルリシアレヤはサシーニャをどう呼んでいるんだ?」

「えぇ、近頃は打ち解けていると言うか、ルリシアレヤさまを揶揄(からか)うような冗談もよく書いていらっしゃいます――ルリシアレヤさまは『あなた』とサシーニャさまに呼び掛けていらっしゃいますが、時どき『白バラのきみ』とお呼びです」

「白バラのきみ?」

「サシーニャさまを白バラの蕾のようなかたとルリシアレヤさまは感じておいでなのだそうです」


「ふーーん。サシーニャは自分の名の由来を話したか?」

「あ……いいえ、サシーニャさまはそのようなお話はなさっていません。随分と後になって『人は真っ白ではいられない、特にわたしは』って書いていて、これが答えかと」

「ルリシアレヤはその事に何か言ったか?」

「否定していました。どんな人も、どんなことがあっても心を汚すことなんかできないって」


「それじゃあ、サシーニャに限らず、みんな白だ」

「同じことをサシーニャさまもルリシアレヤさまに(おっしゃ)ってました。すると『みんな白いのよ、そしてあなたは白いバラの蕾』とお返事にありました」

「それを読んだ時、サシーニャはどう感じただろうな?」


「サシーニャさまは『王女さまはお幸せですね』って書いてました。きっと微笑まれていたと思います」

「なぜ微笑んでいたと判るんだ?」

「だから、文字や言葉遣い、文章全体から滲み出るものがあるのですよ」

「よく判らんなぁ……」

リオネンデが苦笑する。


「で、今、聞いた話だと、サシーニャがと言うよりも、ルリシアレヤがサシーニャに惹かれていった話に感じるが? 話し相手をしてくれて豊富な知識を見せる相手に尊敬と憧れを持つ、充分ある話だ」

「えぇ……」


 スイテアの顔色が曇る。

「サシーニャさまはルリシアレヤさまを揶揄(からか)ってみたりちょっと意地悪を言ってみたりなさるのです。それをルリシアレヤさまも楽しんでいる」

「ふぅん。それで?」


「わたしにはお二人のなさっていることが、駆け引きに見えて仕方ないのです」

「駆け引き?」

「はい、気を向けてみたり、引いてみたり。ルリシアレヤさまが興味を失わないよう、性別を明かすのを躊躇っているのではと思えたり」


「だったら男だと言ってしまえば早いのでは?」

「男だと知って興味を無くす可能性だってあるでしょう?」

「女だったら興味を持ち続けるのか?」

「どちらか判らないから気になるのです」

「あぁ……なるほど」


「ルリシアレヤさまにしても、リオネンデさまに願い出てサシーニャさまを自分の近くに置いたり王妃宮に住まわせたいと(おっしゃ)っているのに、その次の行では『きっと許しは出ないし、あなたが拒むでしょうね』と書いています」

「なんだ、それ? ルリシアレヤは素直で真っ直ぐだったんじゃないのか?」

「拒んだりしないと言って欲しいのです――えぇ、素直で真っ直ぐ、でもそれでも迷いは起きる。サシーニャさまも自分に好意を持っているのはなんとなく感じる。だけど、言葉が欲しいのです」


「うん、今度は俺の理解が付いて行ってないようだ。サシーニャはルリシアレヤを好いている? いつそうなった?」

「とにかく! ルリシアレヤさまはサシーニャさまの言葉を待っています。事態は深刻だと言ったでしょう?」


「おまえ、二人は惹かれ合っているとは言ったが、そこまでルリシアレヤが思いつめているとは言わなかったし、だいたいサシーニャの性別が判らなくてルリシアレヤは迷っているのじゃなかったのか?」

「だって! まさか言えないじゃないですか。筆頭魔術師のサシーニャさまと王の婚約者が恋に落ちているだなんて。恋の駆け引きに夢中になっているだなんて」


 とうとう泣き崩れたスイテアの背をリオネンデそっと撫でる。

「泣くなスイテア。これでいいんだ」

「いいはずありません!」

背中に置かれたリオネンデの手を振り払ってスイテアが訴える。

「四日後にはルリシアレヤさまはフェニカリデにいらっしゃいます。いい折です。文通の相手をしていた者が故郷にて縁付いたとでも言って、これを機に文通は終わりだと、(おっしゃ)ってください」


「ふむ……」

「相手が女だったとなれば、ルリシアレヤさまも吹っ切れるでしょうし、リオネンデさまの(めい)ならサシーニャさまが拒むことはありません。サシーニャさまがご自分の気持ちを否定している今の内です」

「うん? 自分の気持ちを否定している? 駆け引きを楽しんでいると言ったじゃないか」

「どうせ手紙の中だけの出来事、気の迷いだし、現実にはならないと思っているのです」


「どういう意味だ?」

「会いたいと言うルリシアレヤさまに『容姿の(みにく)さゆえに、会えば嫌われることになる、だから会いたくても(・・・・・・)会えない』とお答えになりました。最初から諦めているのです」

「やはり見た目を気にするか――会えば好かれるはずがない、だから自分も好きになどならない、そんな感じか?」


「はい、わたしはそう思いました。裏を返せば好きだという事」

「ルリシアレヤはそれに納得したのか?」

「まさか! これまでの手紙のやり取りで、心根を知っている。どんな見た目でも好意が変わるものではないと(おっしゃ)っています。あなたは容姿が気に入らないからと、わたしを嫌うのですかと問い返しています」

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