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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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見えない不安

 いったい何から救うのですか? スイテアが問うとリオネンデが考え込む。

「サシーニャは……アイツ、本当は気弱で臆病なんだ」


「子どもの頃の話でしょう? いつだったかジャッシフさまも、そんなことを仰っていました」

「うん、昔はそれを隠そうともしなかった。俺が知る限り、サシーニャが大きく変わったのは二度だ―― 一度目は俺もよく判らないが、母から聞いた」

「マレアチナさまから?」


「父親が亡くなってからというもの、サシーニャは笑わなくなったと母は言った。よく泣くようになったと言った――まぁ、幼くして両親を失ったのだから、無理もない事だ。だけど母の心配は、サシーニャが誰をも頼らなくなったことだった」

「今のサシーニャさまは物静かだけど笑わないなんてこと……」

「そうだな。それにあの年になれば人前でぽろぽろ泣けば、それはそれで心配だ」

リオネンデが苦笑する。


「笑顔は少しずつ見せるようになったよ。だけど誰も頼らないのは今も変わっていない――俺も幼くて、あの頃はよく判らなかったけれど、父親を亡くしたサシーニャは自分が妹を守らなくてはと思ったんじゃないかな?」

「レナリムさまを? 兄なのだからそう思っても不思議じゃありませんね」


「だが、その妹とも引き離されて、たまにしか会えない。サシーニャが筆頭魔術師の館ではなく王宮に住みたがったのは、そのあたりもあるのではないかな?」

「そうしていたら、また違っていた? 兄妹を一緒にいさせればサシーニャさまの傷が癒えるのも早かったかもしれない」


「けれどそうもいかない大人の事情があった――シャルレニは明らかに何者かに殺されている。はっきりした理由は不明だが、シャルレニの見た目を嫌悪してとも考えられる」

「サシーニャさまを守らなくてはならなかった?」


「シャルレニ殺害の首謀者は庶民だと思われていたが、断定はできなかった。人の出入りの多い王宮よりも魔術師の中に置いた方がいい。父はそう判断した。魔術師たちの、王への忠誠は絶対だ」

「クラウカスナ王が命じれば、魔術師は必ずサシーニャさまを守る……」


「実際は、陰湿な(いじ)めもあったようだけどな。だが少なくともサシーニャの(いのち)は守られていた」

「陰湿な虐めって……五歳の子どもに?」


「酷く虐めたのは同じ子どもたちのようだよ。魔術師たちは虐めたりはしなかったのではないかな? 魔術師の妻や夫は魔術師ではない者もいる。ソイツらが水をかけたり、わざわざ聞こえるように陰口を叩いたりってことらしい――おい、これくらいで泣くな」

「だって……どれほど心細かっただろうと思うと――」


「おまえにこの話をしたのは拙かったかな。間違ってもサシーニャの前でそんな顔をするなよ」

顔を(しか)めるリオネンデ、スイテアが目を(こす)って(つぶや)く。

「わたしは母から言葉を貰ったけれど、それすらサシーニャさまとレナリムさまにはないのね」

「言葉を貰った?」

「ごめんなさい、独り言です」

「俺に言えないような事なのか?」

「いえ……」


 生き抜いて幸せに、それはグランデジア兵に殺される間際の母の言葉、それを現グランデジア王には言えない。グランデジアを恨んでいるかと訊かれたら、返す言葉が見つけられない。


「それよりも、サシーニャさまをルリシアレヤさまが救うお話はどうなったのでしょうか?」

「うん……」

なにか言いたげにスイテアを見たが諦めたのか、リオネンデが話を進める。


「次にサシーニャが変わったのは、例の火事騒ぎだ――俺も負傷していてすぐには気が付けなかったが、サシーニャから気弱さが消え、自信に満ちているように見えた。急激な変化だった。適度な強引さと傲慢(ごうまん)さ、何をさせても(そつ)がない。筆頭魔術師と王家の守り人を兼任させられ、覚悟が決まったのだと言うヤツもいるが俺はそうは思っていない」


「リオネンデさまはどうお思いに?」

「今でもヤツは気弱で臆病なままだと思う。それを隠すための振る舞い、演技とでも言えばいいか? 無理をしていると思えてならない」

「サシーニャさまの魔術師としての才能はずば抜けていると、いつかチュジャンが言っていたような……」

「そうだな、だからいきなり筆頭に選ばれたし、守り人を任せられた。そして魔術師として優れていたから今まで自分を保てているんだ」

「そうでなければ、本来の気弱さと臆病さが出てしまった?」


「もしくは、生きていられなかった。むしろそっちなんじゃないか?」

蒼褪めるスイテア、リオネンデが、

「大丈夫、心配するな。幸いサシーニャは魔術師としての自分の力を知っている。だから自滅したりはしない」

と、慌てて付け加える。

「それなのにアイツは、自分を信じられない。自信がなくて、いつ化けの皮が()がれるかとびくびくしている」


「本当にリオネンデさまの仰る通りなのでしょうか? サシーニャさまが気弱で臆病というのも、ビクビクしているというのも、わたしにはしっくりきません」

「サシーニャは手を抜くことも気を抜くこともしない。眠る時間を削って仕事を(こな)し本を読み(あさ)り身体を(きた)える。(たゆ)むことなくそれを毎日繰り返す。なぜそうするのか? 自分で納得できないからだ。自分が認められないからだ。これで大丈夫と、自分に言ってやれないからだ」


「リオネンデさまは言って差し上げないのですか? 充分に働いている、おまえが頼りだと、それが真実なのだからサシーニャさまだってきっと――」

「何度言った事か……ダメなんだよ、スイテア。いくら誰かがサシーニャを認めたところで、本人が認められないんだ。どうしようもない」

「でも、放って置く気もないのでしょう?」


 スイテアの顔を見てリオネンデがふふんと笑う。

「そうさ、だからルリシアレヤだ――アイツが手紙を受け取り(そこ)ねた話はしたな。その時アイツはこう言った。『芯の強さと激しさ』に驚いたとね」


「手紙に触れただけでサシーニャさまはそう感じたのですか?」

「あぁ、触るだけで中の文章が読み取れるそうだ――その手紙は二通目で、随分とサシーニャのことを()めていてね」


「すでにサシーニャさまはお手紙を差し上げていたという事ですか?」

「いや、ルリシアレヤからの最初の手紙には返信の代わりに贈物をした。それを手配したのがサシーニャだ。目録と丁寧な説明文を添えていて、それをルリシアレヤは褒めたんだよ」


「サシーニャさまは細かいところに気が回りますものね」

「気が回ると言うより心配性だからだ。その心配性も気の弱さから――で、その説明文に感心したルリシアレヤが、文通したいと言ってきた。説明文を書いた相手とだ」

「サシーニャさまは嫌がらなかったのですか?」

「嫌がったとも!」


 嬉しそうにリオネンデが笑う。やっぱりこの人は意地悪だと呆れるスイテアに、

「あの頃、なぜかやたらとサシーニャと揉めてばかりで……そうそう、サシーニャに早く結婚しろと口煩(くちうるさ)く言っていたんだった」

と、さらに楽しそうにリオネンデが言う。


「言い争ってばかりの俺とサシーニャに、とうとうジャッシフが切れた。で、サシーニャも我儘(わがまま)が言えなくなって、文通を引き受けた」

「王と言い争えるサシーニャさまのどこが気弱なのか、さっぱり判りません」

「だからサシーニャの強気は装っているだけだって……物心ついた時にはそばに居たんだぞ? 俺が見誤るもんか」


 不満顔のスイテアの頬を(つつ)いて、『まぁ、聞けよ』とリオネンデが続ける。

「サシーニャはルリシアレヤの事を『聡明で賢く、心根が優しく(けが)れを知らない』と言ったんだ。世の中の汚さを知ることもなく愛情をたっぷりと注がれて大事に育てられたってね」

「それがなんだと言うのです?」


「それが一通目の手紙を読んだ時のサシーニャの感想だ。で、二通目の手紙では『芯が強く激しい。そして真直ぐ進みたがる』と、言った」

「だからそれがどうしたのですか?」

「正反対だろう?」

「えっ?」

リオネンデがニヤリと笑う。


「サシーニャと正反対なんだよ――自分と対極にいるものには、嫌悪するか()かれるかし易い(・・・)。きっとサシーニャはルリシアレヤに惹かれる。なぜなら既にルリシアレヤはサシーニャを好ましく思っている。自分を好いてくれる相手を好きになる確率は高い」

「いや、だから!」


 スイテアがつい大きな声をあげる。

「そうなったらサシーニャさまが苦しまれる。救う話ではなかったのですか?」

「サシーニャはなぜ自分に自信が持てない? 才能もある、努力に裏付けされた実力もある。アイツだって判っているんだ、もっと自分に自信を持っていいとな。だけど感情は理屈では割り切れない」


 思わず息を飲んだスイテアだ。ついさっき、物思いに(ふけ)って考えたことと同じことをリオネンデが言った。


「アイツの自己評価の低さは容姿から来ていると俺は見ている」

「えっ?」

「気にしていないと言い、言いたいヤツには言わせておけと笑う。その口で『人は見た目に判断されやすい』と決めつける。一番、サシーニャの容姿を気にしているのはサシーニャだ」


「だってどうにかなるものじゃないし、そりゃあ、確かに最初は驚いたけれど……こんな髪の人もいるのね、くらいにしか思わなかったわ」

力なく言うスイテアに、

「うーーーん、またも子どもの頃の話だが、俺は面と向かってサシーニャに、なんでサシーニャはみんなと違うのかって聞いたことがある」

「なんてことを!」


 叫ぶようなスイテアに、またもリオネンデが笑った。

「なんてことはないと言う割に、スイテア、おまえもサシーニャの容姿が他と違うって事を気にしている。しかもそれをサシーニャの欠点だと思っている――だから俺がサシーニャに訊いたことを酷いと感じるんだ」

「そんなつもりじゃ……」

「別にそれを責める気はない――で、サシーニャはなんと答えたと思う?」

「泣き虫だったのでしょう? 泣きだされたのでは?」


「いいや、ニッコリ笑って、『父上と同じなんだ。僕の自慢なんだよ』って答えたんだ。『顔は母上にそっくりなんだって』とも言った。嬉しそうにな」

「父上と同じ……」


「父親と同じ髪の色を誇りに感じ、母親似の自分の顔が好きだったサシーニャを俺は取り戻してやりたい。そしてそんなに頑張らなくていいって事にも気づいて欲しい。それにはまず、サシーニャの(かたく)なに閉ざした心を開かなきゃならない」


 なぁ、とリオネンデがスイテアに向き直る。そして祈るように言った。

「相手の姿が見えず、自分の姿も相手には見えない手紙が、その切っ掛けになると思わないか?」

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