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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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隠される思い

「どうしてそんなに、おまえはサシーニャに恋人を作りたがるんだ?」

リオネンデが呆れて笑う。


「で、今度は何を根拠にサシーニャにそんな相手がいると思った?」

「それは……本当は嬉しいんだと思ったから、かな? それを隠すためにイヤそうな顔をした。ほら、サシーニャさまは秘密主義って言うか、自分の事ってなかなか言わないし、特にこの手の話は言いたがりませんよね」

「うん、まぁ、そうだな」

スイテアにも告げていないがある情報(・・・・)を持っているリオネンデ、ここではそれは言わず、チュジャンエラに同意する。


「読むときは難しい顔しているけど、書くときはすごく優しい表情で書いてて――それを言ったら『どんな印象の文章にしたいかを考えて表情を作っている』ってお返事で」

「サシーニャらしいと言うか――相変わらず意味不明なことを平気で言うな」


 またも苦笑するリオネンデに、

「怒りを伝えたいときは怒った顔、嘆きを伝えたいときは泣き顔、そんな感じで表情を作れば、自然と文章にもそれが反映されるって事のようです」

チュジャンエラが補足する。そして

「それじゃあ、お手紙のお相手はサシーニャさまの愛しいおかたなんですか? って訊いたら笑って否定されたけど『大事な人ではありますね』って仰いました。それでてっきり、恋人ではないけれど、そうなりたい相手なんだって思ったんです」

と続けた。

「ふぅん……そんな物なのかね? 俺は文章なんて書かないからな。よく判らん」


 リオネンデは納得できないようだったが、スイテアは思いあたるところがあるようだ。

「そうね……サシーニャさまのお手紙は、話題は他愛ない事ばかりだけど恋人に限らず、家族とか親しい友人とか、愛する大切な相手に宛てて書いたものだと感じます」

と微笑む。

「それに、男の人じゃなくって女の人が書いたように思えるわ。優しいのは女と限らないけれど、染み込むような、しなやかな優しさを感じるんです。先方(あちら)も女性と思ってるんじゃないかしら」

「ふむ……」


 リオネンデが少し難しい顔をする。

「手紙でサシーニャは自分の名も身分も明かしていないと言っていたが……性別も明かしてないのか? あぁ、でも、そうじゃなければ、担当したのは後宮の女という事にとは言い出さないな」

「そう言えば、書いてなかったですね。ご自分のことはほとんど書いてありませんでした。フェニカリデの事が多かったです。ルリシアレヤさまはお料理とか刺繍(ししゅう)とか、趣味の話題がお好きなようでした」

と、スイテアが思い出すように言った。


「最初に名乗れる立場じゃないってあって……それなりの貴族であること、(ひと)り身であること、あぁ、そうそう、リオネンデ王の側近ですかってルリシアレヤさまがお尋ねなのにお答えしてなくて。でも、ルリシアレヤさまが重ねてお訊きになる事はなくて、賢いおかただと思いました」

「ルリシアレヤが賢い?」

「えぇ、手紙の相手を困らせてはいけないと、ご配慮なさったのだと」


「ふむ――まぁ、なにしろ、サシーニャは自分のことは性別も含めて言っていないという事だな?」

「あ、猫と小鳥を飼っているとは書いてありました。最近ですけど」

「ふぅん……それについて、向こうは何か書いて寄越したか?」


「お母上のお許しが出なくて自分は飼えないから(うらや)ましいって。で、どんな小鳥とどんな猫なのかお尋ねでした。それにはサシーニャさまのお答えはなく、機会があればお見せしましょうとだけ――ゲッコーとヌバタムの事かしら?」

「いや、そうとは限らないだろう。ルリシアレヤは真っ黒けの猫と、あのクソ生意気な鳥を見るだろうが、手紙の(ぬし)の持ち物とは知らずにいることになる――他には何かあったか?」


「他は……色は夜明けの空のような深い青、食べ物はアナナスが好きだと。ルリシアレヤさまが、食べ物の好みをお尋ねで、それに『果物、中でもアナナス』とお答えでした――リオネンデ王の好物は瓜とありましたね」

スイテアがクスリと笑う。


 詰まらなそうな顔でリオネンデが続ける。

「俺のことはどれくらい書かれてた?」

「いろいろと。でもご心配されることは何もありません。ルリシアレヤさまはリオネンデ王に好感をお持ちの事と思います」

「うむ……」

表情を曇らせるリオネンデに、再びスイテアが笑う。


「そのあたりはサシーニャさま、巧くやっておいでです――ルリシアレヤさまが、リオネンデさまへの興味を無くす事なく、しかも過剰に期待させるような事にもならないように。ルリシアレヤさまの関心がフェニカリデでの生活に向かうように誘導しておられます」

「サシーニャもそんなことを言っていたな」


 スイテアがゆったりとした笑みでリオネンデを見る。

「ルリシアレヤさまを王妃にお迎えになることは動かしようのない事と(おっしゃ)っていたではありませんか。いい加減お覚悟なさってくださいませ」

「いや、しかし……」

「これも王としての務め。そうも仰いました」

「スイテア……」

リオネンデが切ない目をスイテアに向ける。


「おまえはそれでいいのか?」

スイテアからは微笑みが消えない。

「いいも悪いも、わたしが口出しすることではありません。わたしは後宮の女でございます」

「いや。いや、違う、そうじゃない。俺がそれでは嫌なんだ。俺は、俺はできる事ならおまえを――」

スイテアがリオネンデの唇をそっと指先で(ふさ)ぐ。そんなスイテアをリオネンデが見詰め、スイテアは黙ってリオネンデを見詰める。


 傍らでは目のやり場どころか、身の置き場にも困ったチュジャンエラが息を潜めていた。

(なるほど……サシーニャさまが片割れさまを軽んじてはいけないって言うも納得だ)


 リオネンデがスイテアを己の片割れにしたのにはそれなりの理由があるとサシーニャは言った。リオネンデはただの恋情だけで、国の体制を左右することを決める男ではない。

(手紙から、どれほどのことをこの人は読み取っているのだろう? 行間だけじゃなく、もっと奥の、さらに奥にある〝本質〟さえも読んでいる)


 そしてチュジャンエラは守り人ジャルスジャズナのスイテア評も思い出す。

『あの子は勉強家だし努力家。もともと賢い。ダメなところは我慢し過ぎること』


 だけど、もしスイテアが野心家だったらリオネンデは片割れにしなかったのではないだろうか? チュジャンエラがそっとリオネンデとスイテアを盗み見る。

(他の女など近づけないで欲しいと言うような女ではないから、リオネンデさまは片割れさまを信頼し――うん、惚れちまったんだね)


 きっとそれは、自分の全てを賭けられるほどの思い、だからリオネンデはスイテア一人だけ(・・・・)がいいと言い切る。僕にもそんな相手が見つかるんだろうか?


 チュジャンエラが考え込んだところで、リオネンデがチュジャンエラを思い出して視線を向けた。慌てて目を逸らしたチュジャンエラだ。


 それでだ、とリオネンデがチュジャンエラに向き合う。おまえを忘れていたわけじゃないと言いたそうだがそれは、忘れていたからだとチュジャンが内心笑う。


「それでと言うか……サシーニャの優しい顔って、思い浮かばないな」

チュジャンエラに話しかけたリオネンデの言葉が、途中で独り言に変わる。それにチュジャンエラが答える。


「なるべく怖い顔をしているように心がけてるって笑ってました。特に政治(まつりごと)の場ではそうしてるって」

「あぁ! あいつ、筆頭になってすぐの頃、大臣どもに舐められてるって(しき)りに言っていた。それか」

「そうかもしれません。人はかなりの部分、見た目で相手を判断するともよく(おっしゃ)います」


「んーー、ま、そんな一面(いちめん)もあるな――即位したての頃、着るものにも気を付けろってよく言われた」

「サシーニャさまはオシャレですよね」

これはスイテアだ。


「ご自分をよりよく見せる衣装を着ていらっしゃるって感心させられることが多くて。特に色使いがお上手です」

「俺にはよく判らないけど、垢抜けてると思う事もある」

リオネンデさま、この話題には巧く乗れないようだ……チュジャンエラがまたも心内(こころうち)で笑う。


「お忍びでお出かけの時はまるで別人みたいですよ。地味な目立たない服で――」

と、ここまで言ってチュジャンエラが口を(つぐ)む。言うべきことではなかったと、途中で気が付いたがもう遅い。


「お忍びで外出? サシーニャがか?」

リオネンデが食いついてくる。

「えぇ、身体が(なま)ると仰って、お一人で毎日、早駆けにお出になったりします」

「馬か……別人って言うのはあれだろ、地味な服ってのもあるだろうが、なにしろサシーニャは、フードや砂除けで髪や顔を隠してしまう」

「あ、ご存知でしたか」

それを言うのは拙いと思って言い(よど)んだチュジャンエラだった。


「アイツ、髪を隠しておかなければ、一目(ひとめ)でサシーニャだって判ってしまうと言ってた。俺に言わせりゃ、そんな格好していれば却って目立つし、見る人が見ればどうせサシーニャだと判る」

「僕はニュダンガ侵攻の時、少しだけサシーニャさまのお気持ちが判りました」

「うん?」


「サシーニャさまはフードも砂除けも外されて、チャキナムの中腹から馬で駆けおり、ダンガシク、そしてニュダンガ王宮へと駆け抜けていきました。衣装もかなり派手な、しかも魔術師の盛装、金糸銀糸の刺繍や房飾りのついた物、自在に馬を操るそのお姿はご立派で見惚れるほどでした」


 (にわ)かにチュジャンエラの顔が曇る。

「あんな事態ですから、ニュダンガの民人がグランデジア勢を恐れる気持ちは判ります。前兆もなく攻め入られれば恐怖しかないでしょう。だけど、なにもあんなこと言わなくてもって思ってしまいます」

「あんなこと? いや、言うな。想像がつく――サシーニャが気にした様子は?」

「いいえ、捨て置けと……むしろそれでいいのだと仰いました――見る者に恐怖を与えるため、わざわざ(ひけらか)した、人は恐怖を感じた相手が従う人物を畏れ敬う。リオネンデさまのためだと」

「ふん、いつものサシーニャのやり方だな。狙い討ちされるからやめろって言っているのに――で、サシーニャへの罵詈(ばり)におまえが心を痛めたか?」

小さな声で『はい』と答えるチュジャンエラに微笑むリオネンデだ。


「サシーニャは気にしていないぞ。むしろ自分の見た目を利用している。だからチュジャンが気にすることもない――聞きたいことはすべて聞いた、夜遅くに済まなかったな」

退出を促されたチュジャンエラが王の執務室をあとにする。


 残されたリオネンデ、そしてスイテア、退出したチュジャンエラ、それぞれが口に出さずにいる〝思案(おもい)〟を胸に(いだ)いていた。三人とも自分以外もそうなのだと気が付かないまま、夜はさらに更けていく――

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