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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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カラスの正体

 カラスはチュジャンエラの頭上を越えて、魔術師の塔とは違う方向に飛んだ。そして高い木に止まった。チュジャンエラはカラスには目もくれず、塔に向かって()を進める。すると、いったん止まったカラスが木の向こう側で再び飛び立った。今度は魔術師の塔に向かっている。その気配をチュジャンエラは見逃さない。


(誰のカラスだろう? 僕を監視していた? それともジャッシフさまを?)

まぁ、どっちでもいいか。どちらにしろ(めい)じたのはサシーニャさまだ。きっと最近おイタ(・・・)が過ぎる僕に、釘を刺しておこうとでもいうのだろう。そんなことを考えながら歩けば、魔術師の塔の入り口が見えてくる。すると不寝番がチュジャンエラに気が付いて大声をあげた。

「チュジャンエラさま! 大変です! お急ぎください!」


 さすがにチュジャンエラも慌て、

「留守中に何かあった?」

と、塔の入り口に駆け寄った。

「いや、こっちじゃなくって、王館に。リオネンデさまがお呼びなんです」

「リオネンデさまが僕を?」


「チュジャンエラさまがお出かけになってすぐ、ジャッシフさまが訪ねていらしたんです。お出かけですって言ったら、またにするって帰られたのに、すぐに今度は王の執務室の護衛のかたがお見えになって、リオネンデ王がチュジャンエラさまをお呼びですって(おっしゃ)って――戻ったら早々に王の執務室に来るようにとのことなんです。時刻は問わないって」

蒼褪めた不寝番が早口で(まく)し立てる。


「それじゃあ、行かなきゃだね――ジャッシフさまが来たって使いの護衛兵に言った? それと、このことはサシーニャさまには?」

「いいえ、ジャッシフさまが王にご報告なさって、それでジャッシフさまの代わりに護衛兵が来んじゃないんですか? 使いに来た護衛兵が『筆頭さまには内密で』と言ったので、サシーニャさまには何も……」

「判った。それじゃあサシーニャさまに、『チュジャンエラはリオネンデに会いに行った』とだけ伝えて。王に呼ばれたって言わなきゃ、(そむ)いたことにならないから心配しなくていいよ」


 そんなものなのでしょうか? と、六等魔術師の不寝番が不安がる。それを置き去りに、チュジャンエラは急ぎ足で王の居住館に向かった。


 焦りの中でチュジャンエラが考える。さっきのカラスはきっとサシーニャさまのものだ。リオネンデさまの呼び出しに気が付いたサシーニャさまが、僕が街で何をしているか見て来いってカラスに僕を追わせたんだ。


 王宮に帰ってきたことにも、魔術師の塔の不寝番から呼び出しの件を聞いたことにも、サシーニャさまは気づいただろう。今頃、意識を張り巡らせて王の執務室を(のぞ)いている。


 僕に助けが必要と判断すれば、王の執務室に来るはずだ。その時、『チュジャンから王の執務室に行くと伝言があったので』と言えば、王を訪ねる口実になる。不寝番に頼んだ伝言の意味を、サシーニャさまなら気付いてくれる。


 王に呼び出された理由に心当たりなんかない。もしかしたら、さっきのジャッシフの話が関係する? 関係すると仮定すれば、思いつくのはレナリムさまは準王女でジャッシフの子どもたちには王位継承権があるという事……まさかサシーニャさまが王位を狙っていると、リオネンデ王が疑っている? だとしたら、僕はとんでもないことに巻き込まれてしまった?


 深刻な事態なのに、フッと笑いが込み上げてくる。今日は『サシーニャさまには内緒』の日か? それにしたってサシーニャさまも嫌われたもんだ。いいや、反対か。好きだからこそ、面と向かって訊けないことも、明かせないこともある――


 王館の立ち番はチュジャンエラを見ると黙って扉を開けた。会釈して中に入り、王の執務室へと急ぐ。


 行き交う人のない、ひっそりとした廊下を行くと、警護兵が立っていて『王がお待ちです』とだけ告げ、控室に入っていった。王の執務室からは男女が談笑している声が漏れている。名を告げると

「入れ」

リオネンデの声が聞こえた。


 リオネンデの話し相手をしていたのはスイテア、チュジャンエラを見て艶やかな笑みを見せる。

「こんな夜中にご苦労をおかけします」

「とんでもございません。魔術師の仕事は時刻に関係なくあるものでございます」


 答えるチュジャンエラをリオネンデが笑った。

「チュジャン、おまえ、サシーニャに似てきたな」

「えっ? そんな――」

「あまりチュジャンを虐めては可哀想ですよ、リオネンデさま」

「コイツ、サシーニャに似てきたって言ったら、嫌そうな顔をしたぞ」

スイテアに答えて、さらにリオネンデが笑う。どうやら機嫌はいいようだ。チュジャンエラが密かに胸を撫で下ろす。


 リオネンデがチュジャンエラに着席を促すとスイテアがすっと立ち上がり、奥へ下がる。片割れさまにも内緒の話なんだろうかとチュジャンエラが思っていると杯と瓶を盆に乗せて、スイテアはすぐに戻ってきた。リオネンデとチュジャンエラの前に杯を置く。


「嫌だなんて思っていません。サシーニャさまに似てきたなど、畏れ多くって」

チュジャンエラの言い訳に、リオネンデが微笑む。


「冗談だ、気にするな――訊きたいことがあって来て貰った。まぁ、飲め」

スイテアがビールを(そそ)いだ杯を手にすると、グイっと飲み干したリオネンデだ。すかさずスイテアが杯を満たした。


「お訊きになりたいとは、どんな事でしょう?」

「うん……サシーニャがいると遠慮して言えないことも多いかと思ってね。俺がおまえを呼び出して、話をした事はあいつには黙っておけよ」

「はい……」


 やっぱりサシーニャさまには内緒の話か……チュジャンエラがげんなり(・・・・)する。サシーニャさまに内緒にしておきたいなら、せめて王宮の外で話そうよ、と思う。だが国王相手では、そうも言えない。


「サシーニャさまがどうかしたのでしょうか?」

「うん、バチルデアの王女からの手紙なんだが、アイツ、持って来いと言った時、抵抗したのを覚えているか?」

「あぁ、はい。あれからもう……十二日ですね。覚えております」


「その際、俺たちのやり取りを聞きながらおまえは何か考え込んでいた。何を考えていた?」

「えっ? いや、なんだったのか……大した事ではないんだと思います。だから忘れてしまいました」


 するとリオネンデが、フフンと鼻で笑った。

「忘れたはずはないと思うが? おまえは肩の鳥を口実に答えを避けた。俺、もしくはサシーニャに聞かせたくないことを考えていたはずだ」

「そう言われても……」


 チッと舌打ちしたい気分のチュジャンエラだ。確かにあの時、サシーニャが書く私信の相手の意外性に驚くと同時に、なんだか辻褄(つじつま)が合わないと感じた。


「おまえだけでなくサシーニャも何かを隠した。けれど書簡を持ってくることを了承したから追求しないでおいた。読めば判ると思ったからだ。だが……」

リオネンデとスイテアが目混(めま)ぜする。

「すべての(ふみ)を時の流れに合わせて読んだが、なにも見つけられないとスイテアが言っている。サシーニャが隠したくなるようなことはない、とね」


「読んだのはスイテアさまなんですね」

リオネンデの性格じゃ、きっと全部を読んだりしないと思っていたチュジャンエラが納得する。


「俺は、二・三通読んだだけだ。あんな間怠(まどろ)っこしい文章を三百も読めるか」

横でスイテアがクスリと笑う。そして、

「内容でなく、文章には驚かされました。理屈っぽい言葉が並んでいると思っていたのに、多分に情緒的なのです。でもそれだけで、隠したいような内容は何もありませんでした」

とチュジャンエラに言う。


「情緒的?」

チュジャンエラの問いに、スイテアが微笑んで答えた。

「えぇ、詩的と言うか……お料理の仕方などは明瞭で判り易く、しかもとても親切で。そのあたりはサシーニャさまらしいと思いました」


「お料理の仕方?」

「ルリシアレヤさまへのお(ふみ)には、いろいろな料理の作り方も書かれていたんですよ。サシーニャさまはお料理がお好きなのかしら?」

「僕はサシーニャさまが料理をされるところは見たことがありません。でも……魔術師見習いは料理をさせられます。魔術師は塔に自室を与えられ、休暇以外はそこで暮らすので見習い魔術師が食事の支度をし、それを各々が自室で食べるんです」


「見習い魔術師は下働きをさせられるの?」

「下働きというよりも、魔法の鍛錬の一つです――魔術師は薬を扱います。料理は薬の製造や調合の基礎が学べるんです」

なるほど、とスイテアが納得する。


 黙って聞いていたリオネンデが、

「サシーニャがどんな文体で(ふみ)を書こうがこの際どうでもいい。問題なのは、サシーニャが何を隠しているかと、おまえが何を考えたか、だ」

と言えば

「サシーニャさまが隠したことなんか、僕に探れはしませんよ?」

チュジャンエラが予防線を張る。それをリオネンデがニヤリと笑う。


「サシーニャを探るつもりなんかない。探らせるつもりもな――チュジャン、おまえが感じたこと、思ったこと、考えたこと、それを洗いざらい話せ」

「いや、あの……」


「まずは、白い鳥を肩に乗せていた時、何を考えていた? 誤魔化しは許さんぞ」

「はい……」

王への絶対的な忠誠がチュジャンエラを縛る。ふぅ、と息を吐いてから答え始めたチュジャンエラだ。


「サシーニャさまが、どなたかとお手紙のやり取りをしていることには知っていました。来た手紙を渡すのは僕の仕事ですから――そのお相手がバチルデアの王女さまだったことに驚いたんです」

「まぁ、知らなければ『なぜ?』と思う相手だな。でも驚いたのは、相手が意外だっただけじゃないだろう?」


「はい――サシーニャさまはその手紙を受け取る時、必ず躊躇(ちゅうちょ)されるのです。どうかしましたか、と訊いても、なんでもない、としか(おっしゃ)いません」

「ん? 今でもそうなのか?」

「えっ? えぇ、いつでもです。最初から、ずーーっとです」

「俺がヤツに渡す時もそうだった。取り損ねて落としたことさえあった――どうしてだと思う? チュジャンの想像でいいから言ってみろ」

「いや、それが……」


 ジャッシフとの泉水広場での会話を思い出す。サシーニャに王位を継ぐ気はあるのか? それとこの話は何か関りがあるんだろうか?


「よく判らないんです。受け取る時、サシーニャさまはすごく嫌そうで、でも、なんて言うか、一瞬だけ嬉しそうなんです」

「なんだ、それ? どっちなんだ?」

呆れるリオネンデにチュジャンエラが答える。


「いや、だから、よく判らないんです。心待ちにしてるようにも見えるし、だけど面倒だと思っているみたいだし――だから僕、てっきり恋人からだって思いこんでたんです」

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