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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第4章 鳳凰の いどころ

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誇り高き……

 抱いていたヌバタムを床に降ろして『スイテアさまをお(なぐさ)めしろ』と指示し、ゲッコーをチュジャンエラに預けたサシーニャが、『王女ルリシアレヤさまはともかくとして』と話し始める。


「王妃ララミリュースさまには警戒しなければなりません」

「ふむ。バチルデア王妃ララミリュース、噂では夫君エネシクルが何かと意見を訊いては参考にするらしいな」

「美貌と才気を見込まれて、バチルデア前王が息子の妻に請うたとのことです」


「で、何をどう警戒する?」

「この王妃、今まで幾度となくバイガスラを訪問しております。バイガスラ前王第一王子の落馬事故以降のことです」

「バイガスラを?」


建前(たてまえ)としてはバイガスラ前王妃ナナフスカヤを慰めるためとなっています。確かにナナフスカヤ亡き後はプツリとバイガスラへ行っていません――ナナフスカヤはバチルデア前王の妹で、叔母と言っても五歳上なだけ、エネシクルさまは幼いころからよく遊んで貰っていたそうです。そのエネシクルさまと結婚なさったララミリュースさまも義姪として可愛がられていたとかで、バチルデアの様子を知らせる手紙をよく書いていたそうです」

「ふむ。バチルデアの女性は手紙が好きなのだな……ナナフスカヤはジョジシアス王の愛人だったかもしれないと、おまえ、前に言っていなかったか?」


 サシーニャが視線をリオネンデから逸らす。

「そう考えると辻褄が合う話も多いのですが、確たる証拠が掴めません」

「第二王子は正体不明の女に(そその)かされての事故死、第一王子は不可思議な理由で落馬し寝たきり、そしてその第一王子と前王はいきなりの自害――こうも立て続けだと、意図的なものを感じるな。まさかナナフスカヤが己の愛人第三王子ジョジシアスを王位に就けるため仕組んだ?」


「第一王子と第二王子はナナフスカヤの実子、ジョジシアスの独断と思ったほうが良いかと思われます」

「ふむ……ジョジシアスならやりかねないな。己の――」

チッとサシーニャが小さく舌打ちする。

「己の――父親の正妃を愛人にしたのは王位を狙ってのこととしか考えられない」


 慌ててリオネンデが言葉を入れ替える。『己の妹を』と言いかけたのだ。ジョジシアスの妹はリオネンデの母親、それが腹違いとは言え実兄に凌辱されたなど、誰に聞かせていい話ではない。


 サシーニャが話を続ける。

「証拠集めをするようネズミに命じてあります。もう(しばら)く確定はお待ちください」


「ふむ……まさか、ナナフスカヤを亡き者にしたのもジョジシアス?」

「それはないでしょう。ナナフスカヤの死因は体内の(いわ)とはっきりしています。魔法を使ってもできることではありません」


「そうか――で、それとララミリュースがどう繋がる?」

「ナナフスカヤが生んだ王子が王位を継ぐものと考えていたバチルデアから見ればとんだ番狂わせ、挽回する策を講じたのではないかと」

「ん? まさかそれでナナフスカヤはジョジシアスと関係を持ったか?」

「その可能性も無きにしも(あら)ず。バチルデアはバイガスラを、できれば意のままにしたい、少なくとも絶対的な友好関係を保ちたかったはずです」


「バチルデアを流れる河川はドリャスコとその支流のみ、バチルデアはバイガスラの不興を買わないよう気を遣っている」

「ララミリュースさまのバイガスラ訪問が第一王子の落馬事故以降というのも符合いたします」

「しかし、サシーニャ。グランデジアでララミリュースは何を企む?」


 リオネンデの質問に、

「判りません」

と、あっさり答えてサシーニャが苦笑する。

「だが、幾つか予測はつきます――一番に考えられるのは、スイテアさま排除……今回の来訪はその下調べ」

リオネンデがムッとする。が、それに構わずサシーニャが続ける。


「リオネンデはジョジシアスの甥、そのリオネンデとルリシアレヤの間にできた子がグランデジア王になれば、バイガスラもバチルデアを無下(むげ)にはしないだろうとの考えからです――まぁ、黙ってお聞きください」

何か言おうとするリオネンデをサシーニャが遮る。


「二つ目は、バイガスラの隣国になったグランデジアへの牽制(けんせい)――これは二通り考えられます。一つはグランデジアと親密になりバイガスラとの仲を取り持たせようという考え、もう一つはバイガスラとは内密にグランデジアと結ぶと言うもの」


 リオネンデが考え込むように腕を組む。一息(ひといき)ついてからサシーニャが続けた。

「あわよくばバイガスラを亡ぼし、水源への憂いを無くす――領土を二分しようと言えばグランデジアも乗ってくるのではないか? ゴルドント、ニュダンガと立て続けに領地拡大を(はか)ったことから、話に乗ってくる公算も大きいと見た、そんなところではないでしょうか」


 ふん、とリオネンデが詰まらなさそうな顔をする。

「王族どもは血縁よりも自国の利益……まぁ、俺もそうか?」

自嘲するリオネンデ、聞かなかったふりでサシーニャが続ける。


「一見、渡りに船とも思われるこの提案ですが……もし、提示されても今は乗らないほうが得策でしょう。罠の可能性も(ぬぐ)えません」

「グランデジアがバイガスラを裏切ろうとしているとバイガスラに密告するか……王女の婚家を売るわけだ?」


「リオネンデとルリシアレヤさまの婚約は、あるいはバイガスラに強要されたのかもしれません。だとしたら、婚姻が成立する前に破談にしたいと考えても不思議ではないのです――バイガスラのバチルデアに対する優位性は、ドリャスゴ川が干上がりでもしない限り変わらないでしょう。そのうえ王女を人質にとられるようなものです。バチルデアが面白くないのも当然の事かと」


「だとしたら……」

リオネンデが組んでいた腕を解いてサシーニャに向かう。

「一番用心しなくちゃならないのは、俺の暗殺なのでは?」


 するとサシーニャがクスリと笑う。

「そうですね、それも用心いたしましょう。が、すべて可能性の話、ルリシアレヤの手紙を読む限り、本人はリオネンデ王との婚姻を心待ちにしています。だから、可能性の一番にスイテアさまのことを挙げました」

「ふむ……」

リオネンデが難しい顔をし、再び腕を組む。


「なぜ心待ちになどできるのだろうな? 俺にスイテアがいると聞かされていないのか?」

「いいえ、ご存知です。ただ……それなりに愛され、スイテアさま同じよう大事にされると思い込んでおられるのです」

サシーニャが軽く溜息を吐く。


「スイテアさまとも仲良くなれると、信じて疑っていないようです」

「仲良く?」

「はい、共にリオネンデ王を支えていきたいとのこと」

「そりゃあ、そうしてくれれば言うことはないが……大事にもする。だが……」


「王に何人もの女性(にょしょう)がいるのはよくある話で、仕方ないこと……その一人でも構わない。それでも王妃は自分一人だと胸を張れる、そんなことがお手紙に書かれていました」

「エネシクルには妾がいるのか?」

「いいえ、王妃ララミリュース一筋とか。二男三女、五人の子を儲けております」


「それでなぜルリシアレヤはそんな発想に?」

「母親に言い聞かされたのでしょう。王女として生まれた意味、王妃の務め……わたしと手紙のやり取りを始めた頃は恋を夢見る傾向がありましたが、最近は現実的な話も多くなりました」


「現実的?」

「王宮でどのように過ごせばいいのか、などです」

「なんと答えたんだ?」

「王妃宮を建設中で、そこでの暮らしになるとお伝えしております。警備の都合があるから、断りなく王宮の外に出ることはご遠慮願いたいが、それ以外はお好きにお過ごしになれると言ってあります。詳細はバチルデア王家との相談になるだろうとも」

「そうか……」


 リオネンデが困り顔で考え込む。ルリシアレヤは『何人もの女』の一人と考えているようだが、リオネンデとしては女はスイテア一人だ。そのあたり、どんな説明をしようとも納得して貰えそうもない。


 軽く溜息を吐き、リオネンデがサシーニャに向き直る。

「それで、だ。結局のところ、猫と鳥に何をさせる? サシーニャ、おまえの話は前段階がいつも長すぎるぞ」

「あぁ、その事を忘れてました――王妃と王女の監視です」


 忘れるようなことか? ぼそりとリオネンデが苦情を口にする。いつも通りそれを無視したサシーニャが

「猫やペルーシェなら寝室に居ても不審がられません。ゲッコーは寝室での会話を記憶して報告してくれます。ヌバタムはララミリュース、もしくはバチルデアの誰か、ないとは思いますがルリシアレヤも含めて、与えた部屋を抜け出せば追跡し、どこに行ったか、誰と会っていたかを報告します」

と説明すれば

「なるほど……」

リオネンデが頷く。


「魔法で監視することも可能ですが、その場合、見る必要もないものも見えてしまうので、ん……」

口籠るサシーニャにリオネンデが

「見る必要もないとは?」

続きを催促する。


「いや、着替えとか湯あみとか――監視を中断すればいいのですが、そうするといつ再開すればいいのか判断が付かないかな、と」

サシーニャの羞恥をリオネンデが笑う。


「どうせ向こうは見られているとは判らないのだろう? 見ておけばいいんじゃないか?」

「これはまた、馬鹿なことをおっしゃる。わたしが自ら監視するとでも? いずれは王妃になる予定の女性を魔術師の誰かが盗み見ていいはずもございません――いや、わたしなら見ていい訳ではないのですけれど」

「あぁ……女の魔法使いに任せたらどうだ?」

「バチルデア一行を充分に監視できる魔法使いは、女性ならジャルスジャズナのみ、王家の守り人にこんな仕事をさせろとリオネンデは仰いますか?」


「いや、それは拙いな。王家の守り人には誇り高くいて貰わなければ――鳥と猫を使うのはいいとして、参考までに訊くがそんな魔法を使えるのは、女ならジャルスジャズナ、男ならサシーニャ、おまえと他に誰がいる?」

「チュジャンエラと、ニュダンガにいるグレリアウス、そしてガッシネにいるチキチクパス、この三人となります」

「能力の高い魔術師がジャルスジャズナとおまえを入れてたった五人?」


 これにはサシーニャが苦笑する。

「監視術が得意な魔術師を言ったまで。先ほどチュジャンエラが言っていたように、魔術師にも得意分野があるのです」

「ほう。それでサシーニャ、おまえの得意分野はなんだ?」

ニヤニヤと訊くリオネンデに、サシーニャが明白(あからさま)に不快を示す。

「わたしの場合は、苦手分野をお尋ねください――それよりも、本題に移りましょう」


 サシーニャがテーブルに広げられた日程表に目を落とした。

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