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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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うわさの利用法

 フフンとリオネンデが鼻を鳴らす。

「やはりアイツ、ベルグに執着していたか?」

苦笑するリオネンデにサシーニャも笑みを浮かべる。


「リオネンデの想像通りでした。リヒャンデルさまが総帥に就任してから、ベルグの街は活気が出てきました。氾濫(はんらん)対策にリヒャンデルさまが奔走したからこその成果ですし、リヒャンデルさまもそれを自負しておいでだ。フェニカリデに帰りたいのも本心でしょうが、ベルグへ思い入れがあっても当然です――ドジッチ川に橋を架けると聞けばベルグを離れない、リオネンデの予測した通りでした」


「やはり橋を架けたと聞いてリヒャンデルは怒りだしたんだな?」

「はい、『ベルグを留守にさせて、何をした?』と息巻いていました」

「そうか、今度会ったら俺も叱られそうだな――北部山地を抜ける街道のほうはどうだ?」

「今回造作した木道を利用して工材や労力を運び、荷馬車も余裕で行き()える街道を造ろうと考えております。ただ、現在のものより傾斜を緩やかにする必要があるので、工期は幾分長くなるかと」


「ふむ。どれほど掛かる?」

「それでも年内には――年明けから雨期に入るまではドジッチ川の橋を通ってニュダンガに行けるようになります」


「雨期には橋を閉鎖する予定は変えられない?」

「本年度の浸水被害を見ると、やはりダム一基では防ぎきれないと思われます。まして本年度は雨量もそれほどではなかった――しかし、雨期までの僅かな間でも、橋梁建設及び街道造作の経済効果は見えてくるはず。大臣たちを黙らせるには充分と考えております」


「大臣と言えば、珍しくマジェルダーナが文句を言わなかった」

「ニュダンガ侵攻の件で? それとも橋梁や街道建設の件で?」

「どっちもだ。顔色を変えただけだった……なんだか、おまえがフェニカリデ不在の理由はそれかと、納得してたな」

「リヒャンデル隊にグリニデ街道を疾走させたことについてはどうでした? 血相変えて押しかけてきませんでしたか?」


 サシーニャがニヤリと笑い、それを見たリオネンデがニヤニヤし始める。

「そうそう、来た来た。それで面白いことがあった」

「面白いこと?」

「サシーニャはどこだと聞かれたら、私館に戻ったのではないかと(とぼ)けようと思っていたのに、マジェルダーナが先に『街館には居なかった』と言い出した」


「さすがにマジェルダーナさまはわたしの不在に気が付いたのですね。まぁ、心配はしていました。最近よく魔術師の塔をお訪ねになるものだから――で、なんと答えたのです?」

「それが、俺の代わりにスイテアが、サシーニャは女に会いに行ったと答えた」


「……女?」

「スイテアのヤツ、咄嗟(とっさ)によくあんな作り話を思いついたもんだ。サシーニャは俺に内緒で女に会いに行った。妻にする決心がついたら俺にも打ち明けるだろう。だから今は探るなとマジェルダーナに言い放った」


「なるほど……しかしそうなると、スイテアさまの作り話を放置するわけにもいかなくなりましたね。取り(つくろ)わないと――そうだ、あの噂を使えばちょうどいいか」

「あの噂? ちょうどいい?」


「前王の密命――ドジッチ川・カルダナ高原・北部山地の調査ですが、休暇と偽って頻繁にベルグに(おもむ)いていました。あの火事の時も、それでベルグにいたとご存知ですよね?」

「うん、そうだったな。それで?」


「そのころ、事情を知らない魔術師たちの間で、わたしにはベルグに恋人がいると噂されたようです。それを利用しましょう」

「……そんな噂があったんだ?」

つい余計なことを言いそうになったリオネンデだが、ここでは巧く()(とぼ)けた。


 当時、ベルグに居るのは判っているのに、魔術師たちはなかなかサシーニャを見つけられなかった。その理由を知るリオネンデ、サシーニャに内緒でさせた調査結果を、うっかり言ってしまいそうだった。


「事実無根なのですがね――で、今回はこうしましょう。わたしはニュダンガの件でベルグに行ったが、ついでにその女性に会いに行った。用件は別れ話。身辺整理と言えば信じて貰えましょう」

「そういうことならその女の身元を訊かれても、別離を理由に言わずに済むな」


「はい、『捨てられた後もあれこれ探られてはあまりに哀れ』とでも言いますよ」

「捨てたことにするのか?」


「そのほうがいいかな、と。向こうに別の男ができた、としてもいいのですが、それだとわたしに同情するふりをして気を()こうとする者も出てきそうです。(うるさ)く付き(まと)われるのはご免被(めんこうむ)りたい――わたしが王家の守り人の任についていた間も待っていてくれたものの、わたしのほうは愛情が冷めてしまった。よくある話でしょうし、こちらのほうが後処理も簡単です」


「感情に文句は言えないからな。よし、この件はそうしよう。スイテアが責められることもこれでなくなった」

「サシーニャはやはり冷たい男だ、と言われるのでしょうが、却って好都合です」


 リオネンデがチラリとサシーニャを見た。ジャルスジャズナから聞いたサシーニャについて街角で(ささや)かれる噂を思い出したのだ。話そうかと迷ってやめる。どうせサシーニャは『気にすることはない』と言うだろう。たとえ噂がサシーニャを傷つけていようとも、口にする答えは同じだ。


 だから別のことをリオネンデは口にした。

「俺はさ、サシーニャ――おまえに婚姻を強要するのはやめようと思ってる」

「おや、どういう風の吹き回しですか?」

サシーニャが疑いの(まなこ)をリオネンデに向ける。


「いや、思い出したんだ」

「何を思い出したのですか?」

「んーー、初恋とか?」


 リオネンデが口籠り、チラリとチュジャンエラを見る。チュジャンエラはすっかり居眠りを始めたようで、静かに寝息を立てている。だが、サシーニャは首を振った。リューデントだった頃の話はするな、と目が言っている――眠っていても魔法使いは、聞き耳を立てることができるのか。リオネンデがぼんやり思う。


「で、思ったわけだ。おまえが言うのももっともだと。恋しい相手と()いたいと、そう思っても不思議じゃない。そもそも俺自身、そうなのだから――おまえはそんな相手が見つかるはずないと言っていたが、それは違うと思っている。だけど今は(・・)好きにしていい。()かしはしない。思うとおりにするがいいさ」


「なんだか歯切れが悪いですね――とりあえず、誰でもいいから一緒になれ、は撤回されたと、そういう事でしょうか?」

「ま、そう言うことだな。それと……俺はおまえの髪や肌や瞳が好きだと言った、それには理由がある」

「理由?」

僅かにサシーニャの表情が険しくなったとリオネンデが感じる。


「うん。色がそんなだから好きなんじゃなくて、それがおまえのものだから好きだってことだ。たとえ他の色でも、俺はおまえが好きだ」

一瞬リオネンデを睨みつけたサシーニャが、思い直したように笑みを浮かべる。


「リオネンデ、それって『理由』と呼ばれるものじゃなさそうです」

そして立ち上がる。


「ほかに話がなければ、塔に戻ります。チュジャンエラが椅子から落ちそうだ」

「判った――今日まですべてを中止として、明日からは平常に戻そう。それでいいな?」

「承知いたしました」


 チュジャンエラを揺り起こすサシーニャを眺めながら、独り言のようにリオネンデが呟く。

「ベルグに掛けた橋梁の名は何がいいかな? 北部山地に新設の街道はチャキナム街道でいいよな?」

「そうですねぇ……」

「うーーーん、リヒャンデル大橋がいいよ」


 起こされたチュジャンエラが伸び(・・)をしながらそう呟き、リオネンデとサシーニャを驚かせる。


「リヒャンデル大橋?」

目を丸くするサシーニャに対し、

「うん、ベルグの功労者だ。それで行こう!」

リオネンデは気に入ったようだ。


「うん? 今度はどこに行くの、サシーニャさま?」

フラフラと、チュジャンエラはまだ目が覚め切っていない。


「魔術師の塔に戻ります――チュジャン、空腹ではありませんか?」

「はい、魔術師の塔に戻ったらすぐに食事の用意をしますね――リオネンデさま、ごきげんよう」


 クスクス笑いながら、サシーニャがリオネンデに会釈する。すると思い出したようにリオネンデが

「街道が出来上がったら、スイテアを連れてニュダンガに行きたいと思っている」

と、サシーニャに言った。


「判りました。その時期が来たら、手配いたしましょう――では、明日は時刻通りに参ります」

軽く手を挙げてリオネンデが(こた)えれば、サシーニャは弟子を連れて王の執務室から退出していく。


 廊下から『しっかり前を見て! こら、壁にぶつかる!』とチュジャンエラを叱るサシーニャの声が聞こえ、なんで連れてきたんだ? とリオネンデが苦笑する。連れてきたくなければサシーニャは、チュジャンエラを塔に置いてきたはずだ――


 ドジッチ川の橋梁に〝リヒャンデル大橋〟と名付けるのは当人の断固たる拒絶にあい、別の名を付けることになった。

()()ずかしくて、橋を渡れない!」

リヒャンデルは真っ赤になって拒んだと、リオネンデから聞いたサシーニャがそれをチュジャンエラに話す。


 するとチュジャンエラが

「そんな名前にしたら、通る人は、馬も猫も、みんなリヒャンデルさまを踏みつけることになります。別の名にすることになってよかったですね」

真面目な顔で答えてサシーニャを笑わせた。『何を笑ってるんですか?』と不思議そうな顔をするチュジャンエラに、サシーニャはわざわざ説明しなかった。


 結局、橋はドジッチ大橋、街道はチャキナム街道と名が決まる。


 ダンガシクに在留したリヒャンデル軍は十日ほどでニュダンガ全土の制圧を終わらせている。ここでの功績の一番は、ニュダンガ軍を自軍に吸収することに成功したことだろう。ニュダンガ軍はもともと、事実はともかく、シシリーズを国民、いや、国を顧みない王と見ていたようだ。その上、処刑の時のシシリーズの様子はニュダンガ軍にも届いている。(くだ)れば厚く処遇すると、リヒャンデル自ら交渉の場に姿を見せれば、ニュダンガ軍の代表者は『(いな)』と答えられるはずがないと俯いた。が、それも表面上のこと、内心は『(おう)』と、喜んで答えていた事だろう。


 ニュダンガ平定後、サシーニャは再びチュジャンエラを伴い、ニュダンガ王宮に場を設けてリヒャンデルと細かい示し合わせをしている。そしてフェニカリデに帰ってからは常にチュジャンエラを伴うようになった。


 リオネンデには筆頭魔術師代理となる準備と打ち明けてはいたが、大臣たちにはあくまで助手で通した。なぜ代理が必要かと問われた時、返せる言葉を持っていなかった。大臣たちは納得していないようだったが、リオネンデに『王が許したのに文句があるか』と一喝(いっかつ)されて黙った。


 チャキナム街道の工事は順調に進み、予定通り年末には完工している。年明けには点検も終わり、運用を始める事になった。そして――

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