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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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口実が必要となる時

 ニュダンガ王シシリーズ確保の報を受け、すぐさまジャルスジャズナは魔術師の塔に戻り、各国に送付する書面の作成に取り掛かっている。それと同時にリオネンデは大臣たちを執務室に呼び出し、ニュダンガ侵攻の件を話した。他から聞きつけて騒がれる前に先手を打った形だ。


「リヒャンデル軍にはそのままニュダンガ全土を制圧させる。ニュダンガ王はその責を問い、処刑した。ニュダンガ国土はこれより、我がグランデジア領土に併合することとする。その旨、諸国にも伝達した――さらなるグランデジアの繁栄に尽力せよ」

それは相談ではなく、通達であり命令だった。


 その時点では諸国への連絡もニュダンガ王シシリーズの処刑も終わっていない。が、終わったことにしてしまえば、いくら文句を付けられようが怖くない。大臣たちがシシリーズの処刑が夕刻だったこと、諸国への通知書は作成中だったことを知るころには、すべてが後の祭りとなっている。


 案の定、王の独断に反発する向きもあったが事は済んでいると、跳ねのけたリオネンデだ。一番反発すると踏んでいたマジェルダーナは驚き、顔色は変えたものの抗議らしい抗議はなかった。ぽつりと『なるほど、それでサシーニャさまはフェニカリデ不在という事なのですね』と呟いただけだ。


 事は既に始まり、進んでいる。ニュダンガ侵攻をなかったことになどできない。グランデジアの大義を真に正当とするためにも、併合したニュダンガも含めて善政を執っていくしかない。リオネンデが大臣たちに求めた『繁栄に尽力せよ』とは、この『善政』に協力しろという意味だ。


 独断で始めておきながら勝手だと言いたいところだが、それを言うなら政治の場から退場するほかない。王に従うしかない大臣たちだった。


「ベルグのドジッチ川に掛けた橋梁は補強工事を施す。また、対岸からチャキナムに抜ける街道を新設する。交通の利便を良くすることにより、周辺地域のみならずグランデジア国経済の活性化を目的としている」


 北部山地に切通しを作ることも考えたが地下水脈に悪影響が出る恐れが大きいことから九十九折(つづらお)りにする予定である――


 日没間近、ジャルスジャズナが作成した書面をリオネンデのもとに持参し、それを追うように見習い魔術師が新たな伝令を持って駆け付けた。伝令はサシーニャからだった。


 書付には、ダンガシクに残った民たちの目前で、一国(いっこく)の王とは思えないほどの醜態を(さら)しながらシシリーズが斬首されたこと、国境に迫ったプリラエダ軍が、ダンガシクにいるグランデジア軍の兵数に驚きを隠さなかったこと、ニュダンガ王妃とその子どもたちと引き替えにプリラエダは軍を退()いたことなどが書かれていた。


 リオネンデが各国に送る書面に署名し、紋章印を()したものを受け取ったジャルスジャズナが『夜半までには各国に届くようにする。送付の手配が済んだらまた来る』というのを、リオネンデは『今日はもう休め』と命じている。


「どうせサシーニャが王宮に戻るのは早くて明日の正午だ――アイツ、少しは寝たかな?」

(こん)を詰めやすいサシーニャを案じた。


「チュジャンが一緒なら、強制的に休ませるよ」

笑うジャルスジャズナ、リオネンデは

「なるほど、小煩(こうるさ)いとサシーニャが嘆くわけだ」

と納得した。


 ジャルスジャズナが退出した後、リオネンデはジャッシフに、王宮と、王都フェニカリデ・グランデジアの四つの門の警護の強化を命じている。


 ベルグとニュダンガでの動きで、何者かが魔術師の塔の力が弱まっていると察するかもしれない。サシーニャ不在の今、襲撃されれば苦戦を強いられる。フェニカリデを出る前にサシーニャが何か手を打っているだろうが、念を入れたリオネンデだ。ジャッシフには警護の手配が済んだら、そのまま帰宅するよう言いつけた。


 さすがのリオネンデも疲れを感じていた。昨夜は一睡もしていないうえ、緊張を余儀なくされている。ジャッシフが退出すると、すぐさま後宮の居室に向かった。


 居室では先に戻っていたスイテアが出迎え、

「ブドウ酒でもお持ちしましょうか?」

と微笑みかけた。


 こんな時、スイテアは『お疲れでしょう』とは言わない女だ。もし、そう言われたら俺は、意地でも疲れたとは言わないだろう。それが判っていて、そんな言葉を口にしない……そこに俺は惚れたのか? ブドウ酒の杯を手にし、リオネンデが思う。


 ブドウ酒を口に含みながら、出会った時のことを思い返す。あれは十三の時、(いくさ)と言うもの見ておけと連れていかれたピカンテア、戦というよりは豪族の反乱、農民に毛が生えた程度の相手はすぐに制圧され、首謀者は既に捕らえられていた。


 だが騒乱の熱は冷めやらず、あちこちから悲鳴や罵倒が聞こえてくる。そして血の臭い……勝負はついているのに反抗をやめない者が斬り殺されるのを目の当たりにした。逃げ惑う女を襲う男を見た。抱きかかえられ、泣きじゃくる幼児(おさなご)を見た。全てが悪夢のように感じていると、これから首謀者の首を()ねる、立ち会えと言われた。


 ジャッシフが止めるのも聞かず、天幕(てんまく)に逃げ込んだ。怖かった。王になる立場なら慣れなければいけないのだと、頭では判っても心が付いていかない。そして……


 逃げ込んだ天幕の物陰に隠れていた少女、それがスイテアだった。なぜそうしたのか、物入に押し込め隠し、王宮に連れて帰り、王妃である母親に頼み込んで(かくま)って貰った。


「どうかなさいましたか?」

スイテアの声に、物思いに(ふけ)っていたリオネンデが覚醒する。自分をじっと見詰めたまま、考え込んだリオネンデをスイテアは心配したようだ。


「いや……少し眠ってしまった。なにか夢を見ていた気がする」

「あら? それでは起こしてしまったのですね。申し訳ありません……お目を閉じていらっしゃらなかったものですから」

真面目な顔でそう言うスイテアに、リオネンデはなんだかホッとする。


「今日はもう休む」

ブドウ酒を飲み干して立ち上がり寝台に向かえば、おやすみなさいませ、スイテアの声が(うつ)ろに聞こえる。寝台に横になった途端、本当に夢を見た。


 王宮の庭、咲き誇る黄色い秋桜(あきざくら)、スイテアがそれを花束にしている。『ねぇ、リューズ、部屋に飾ろうと思ってるの。きっと部屋が素敵になるわ』……あぁ、綺麗だ。スイテア、おまえはなんて愛らしいんだろう?


(そんなこともあった――あれは確か十四の……夏の終わり。あの時はもう、俺はおまえが好きだった)


 夢が思い出を見せていると、まだ眠り切っていない意識がリューデント(・・・・・・)に教えていた。


 翌朝――


 リオネンデの予測に反して、早朝にはフェニカリデに戻ったサシーニャとチュジャンエラだった。いったん魔術師の塔の様子を見にいった二人が王の執務室に来たのはリオネンデが朝食を摂っている時、ジャッシフはまだ来ていなかった。


「顔が腫れぼったいぞ、リオネンデ」

皮肉交じりのサシーニャ、気にする様子もなく欠伸(あくび)を噛み殺すリオネンデだ。


「あぁ、一昨日(おととい)は一睡もしていない。昨日は早めに休んだが、まだ寝たりない」

「そうですか」

自分は一昨日から一睡もしていませんよ、そう言いたそうなサシーニャだ。


「おまえの弟子は半分眠っているんじゃないのか?」

ぼうっとしているチュジャンエラをリオネンデが笑う。名を呼ばれてハッと姿勢を正すチュジャンエラ、サシーニャは何も言わずチラリとチュジャンエラを見ただけだ。


「ベルグで一泊して帰ってくると思っていたが……強行軍が好きだな」

「やり始めたら終えるまでは熟睡できませんから。夢の中で仕事の続きをしてしまい、寝ても寝た気がしないし、余計に疲れてしまうのです」

「おまえ、少しは手や気を抜くことを覚えろ」

呆れるリオネンデ、チュジャンエラは再び、ぼうっとし始めて(・・・・)いる。


 サシーニャが、今度はしっかりとチュジャンエラを見たがチュジャンエラは気づかない。

「部屋に戻って休めと言ったのですが、一緒に行くと言い張って……何をしに来たのでしょうね?」

失笑するサシーニャに、

小煩(こうるさ)いのをなぜ手元に戻した?」

リオネンデがニヤニヤと問う。


 一瞬イヤそうな顔をしたサシーニャだが

「最初からカルダナ高原にずっと居させるつもりはありませんでしたから。少し早めだけど引き上げさせました」

と、素直に答えた。


「ジャルスジャズナが言っていたけど、コイツ、使い勝手がいいんだって?」

リオネンデがチュジャンエラを見ながら笑うとサシーニャが苦笑した。

「えぇ、気が回ると言うか、よく気が付くと言うか……だからこそ煩くもあるのだけれど、仕事を頼めば期待以上の成果を出してくれます」


「長所短所は裏表か。ま、どんな事もそんな物かもな――で、雑談しに来たわけじゃないだろう?」

「そろそろ頭がすっきりしてきたようですね、リオネンデ」

今度はサシーニャがニヤリと笑った。


 ニュダンガ王の処刑・プリラエダ軍の動きは昨日の日没前に送った伝令通り、ニュダンガ全土の制圧をリヒャンデルに依頼し、制圧後には総督としてリヒャンデルを指名することを本人に伝えたことなどをサシーニャがリオネンデに報告する。


「シシリーズはゴルドントの虐殺に関与したと認めたのだな?」

リオネンデがサシーニャに念を押す。

「処刑時にも言わせました――侵攻の理由として、諸国への通達文に明記してくれましたね?」

「ジャルスジャズナが巧い文章を作ってくれた。処刑の様子が噂になって証明してくれることだろう――プリラエダは素直に王妃たちを引き受けたか?」


「ニュダンガ王妃はプリラエダ王家に(つな)がるおかた、グランデジアにて手厚く(ぐう)することも可能だが、ここはお手元に呼び戻されてニュダンガでのお働きを(ねぎら)われてはいかかでしょう、と口上(こうじょう)を差し上げました――政略で送り込んだ姫ぎみをニュダンガが滅んだからと見捨てるのか、と脅したわけですね」


「そんな言い方で、本音が伝わっているのか?」

「プリラエダ王は賢いおかたとのこと、きっと通じたでしょう。少なくともプリラエダ・グランデジア双方に、損はない話だと判ったはずです。サーベルゴカからマーデリカの地を通ることなく、ダンガシクにグランデジア軍が現れたことだけでも向こうには脅威、衝突を避け、軍を退()くいい口実ができ、喜んだ事と思います」

「なるほど、そんな見方もあるのだな――リヒャンデルはすんなりニュダンガを引き受けたか?」


「制圧する件ではなく総督のほうですね……ベルグ総帥兼任としたのは正解だったと思います。もしベルグを別の誰かに任せると言ったら反発したかもしれません」

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