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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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想像が育てるもの

 部下からの報告に目を通していたモフマルドの顔色が変わった。

「どうした? ジッチモンデが総攻撃を仕掛けてきたか?」

モフマルドの様子にジョジシアス王が緊張する。


 バイガスラ王宮・王の執務室で、執拗に繰り返される隣国ジッチモンデの国境侵犯への対策を国王ジョジシアスとその片腕、魔術師モフマルドが話し合っていた。


「いいえ、いいえ、いいえ!」

モフマルドの怒りの(こも)る声、何事? とジョジシアスがさらに顔色を変える。

「やられました――こういう事か、こういう事だったのか……」

「モフマルド、落ち着け。判るように説明しろ」


 寸刻前、シュワルベ(ツバメ)ワグテイル(セキレイ)、二羽の鳥がほぼ同時に窓辺に降り立った。モフマルドがすぐさま鳥の足につけられた筒から書付を取り出し読み始めたが、一通目を終える前に形相(ぎょうそう)が変わり、(むさぼ)るように二通目を読んだと思えば、憤死しそうなほどの怒りを見せた。

「えぇえぇ、落ち着くしかありませんとも! もう手の打ちようがない」

「何があったんだ? 説明しろ!」


 理由(わけ)の判らないジョジシアスが苛立ちをぶつければ、モフマルドが手にした書付をジョジシアスに渡す。


「ベルグのドジッチ川に橋?」

書付を見る目をジョジシアスが、チラリとモフマルドに向けた。

「昨夕、ベルグ騎馬隊が疾走したとか言っていたばかりでは?」


「騎馬隊がサーベルゴカに向かったのはプリラエダの注意をサーベルゴカに向ける目的があったのでしょう」

「うん?」


 さらにジョジシアスが書付を読み進める。

「いや、昼過ぎにはベルグに戻ったとある。そして? ドジッチ川を渡って進軍した模様? えぇ? どういうことだ? ドジッチ川を渡ったところで、その先は険しい山地、どこにも進軍などできないはずでは?」

「二通目をお読みください」

「うん? うん? なにっ!?」


「グランデジア軍、ニュダンガ王宮を占拠。ダンガシク陥落――どんな方法でか、あの山を越えたという事ですよ、ジョジシアスさま」

「そんな……いったいどうやって?」


 フン、とモフマルドが鼻を鳴らす。ジョジシアスがオロオロすれば、それがモフマルドを落ち着かせる。自分がしっかりしなければ、と思う。


「なにしろ! 我らの対処を考えておかねばなりません――ニュダンガは我が国南部に隣接、ニュダンガ軍や、場合によってはニュダンガ王が助けを求めてくるかもしれないし、国境を越えて逃れてくるかもしれません」

「いや、それはできない、受け入れればグランデジアへの裏切り行為だ」


「ジョジシアスさま、グランデジアがなぜニュダンガに攻め入ったか。その理由でも我らの行動は変わります」

「うむ……確かに。もともとはグランデジア領だったチャキナムを取り返すと言うのは時期として遅すぎるし、なぜ攻め入ったのだろう?」


「それと、グランデジアに援軍を送るかどうかも考えなければなりません。今日中にグランデジアからはこの(いくさ)の目的を知らせてくるでしょう。それと同時に国境の閉鎖と援軍を要請してくるはずです」

「目的を知らせてくるなら、それから考えてもよいのでは?」


「いいえ、理由によってはグランデジアを断罪することも考えなくてはならない案件です。でもまぁ、いいでしょう。とりあえず国境の閉鎖をお(めい)じください。ニュダンガ側から助けを求められたら『今は動けない、(しば)し待て、明朝までに答えを出す』と答えるよう指示するのです」


「そうか、そうだな、そうしよう――しかし、グランデジアに大義があった場合、援軍を求められたら辛いものがあるな」

「ジッチモンデのことを心配しているのですか? 心配には及びません。これであの地も静かになると思われます」

「どういう意味だ?」


「ジッチモンデの騒動は、おそらくサシーニャの仕業――我らの注意をジッチモンデに向け、ニュダンガ侵攻の策を練っていることを気取られないためかと」

「なぜグランデジアにそんな必要がある?」

「ジョジシアスさま!」


 なぜ判らないと、苛立つモフマルド、

「これでグランデジアがニュダンガを完全平定したら、我がバイガスラとグランデジアは隣国になるのですよ?」

ジョジシアスを睨みつける。

「リオネンデさまはともかく、あのサシーニャという魔術師は曲者(くせもの)です。ニュダンガを足掛かりにバイガスラを狙っているのかもしれない」


 それをジョジシアスが笑う。

「考えすぎだ、モフマルド。グランデジアとの友好を疑う理由がない」


 そうだ、理由がない――だが胸騒ぎがする。あのサシーニャはきっと自分の両親の死の真相や、五年前の王宮での出来事の真相を探っているはずだ。


「でも、それならそれで、ジッチモンデを理由に、援軍は断りましょう。グランデジアもたぶん(はな)から援軍を期待していない。要請は体面を考えてのものです」

モフマルドの提案にジョジシアスが安堵する。


 自分に向けられるべき恨みの正体を知るモフマルド、相手が知っているかどうか判らぬものの漠然(ばくぜん)とした恐怖を感じていた――


 いっぽう、バチルデア王宮でも似たような場面が繰り広げられている。


「去年ゴルドントを手に入れたばかりではないか!」

王宮に、王エネシクルの怒鳴り声が響く。温厚なエネシクルの怒鳴り声などいつぶりだろう。


「五年前に王宮から失火させているのもどうかと思うのに、さらに昨年はゴルドントに攻め入っている。巧く行ったからよかったものの、兵も民も疲弊しているはずだ。なのに今度はニュダンガ? 何を考えているんだ、リオネンデという男は!」

「そんなに大きなお声で……みなが怖がっていますよ」

宥めるのは王妃ララミリュースだ。


「失火の件は後宮からとのこと、リオネンデさまに責はないのでは? 王の後宮には成人した男子は王しか足を踏み入れないはず」

「うむ……それはそうだが」


「ゴルドントの件は、随分長いこと小競り合いを繰り返していたと言うではありませんか。それが激化して、とうとう宣戦布告して片を付けたのだと聞いています」

「いや、それもその通りだが……」


「グランデジアがゴルドントに勝利したと聞いた時、あなた、リオネンデさまのことを褒めていらしたと記憶しております」

「あぁ、あぁ、そうだな! 先代の王からあんな形で急に王位を継いだ、どうせ何もできんと思っていたら、ゴルドントに決着をつけた。若いのに大したもんだと思ったのも本当のことだ。だがな、ララミリュース」

「はい、エネシクルさま」

不機嫌を隠さないエネシクルに笑顔で答えるララミリュースだ。


「グランデジアとニュダンガ、争っているなんて話は聞いていない。ニュダンガがグランデジア領を切り取ったのは百年も前の話だ。国情が安定したと言えない状態で、火種のない国に攻め込むのは愚かだ」

「あら、そう――ではルリシアレヤとリオネンデさまの婚約は解消なさる?」

「うっ……」


 ギョッとした顔でエネシクルが妻の顔を見る。そのエネシクルから顔を(そむ)けララミリュースが独り言を装って(なげ)く。


「可哀想なルリシアレヤ――フェニカリデに行って、早くリオネンデさまにお目にかかりたいと、日に日に思いを募らせているのに」

「なに? 思いを? 募らせている?」

「えぇ……」

チラリとエネシクルを盗み見て、ララミリュースが続ける。


「どんなかたなのかしら? どんなお声をしているのかしら? どんな時に笑うのかしら? 食べ物は何が好きなのかしら? あれはもう、恋ですわね」

「恋、って……まだ会ったこともないんだぞ?」

「あら、だからこそいっそう恋焦がれるのですよ。想像はどんどん夢を見させ、リオネンデさまを素晴らしい男に変えていきます。それが乙女心……政略だと判っていても、夢を見たいものなのです」

「いや、しかし……」


 エネシクルが口籠る。確かリオネンデには夜ごと(はべ)らせるほど寵愛する愛妾がいたはずだ。それが判っていて決めた婚約をいまさら後悔しても遅い。それに……


「婚約破棄はしない。ルリシアレヤにはグランデジア王妃になって貰わない訳にはいかない」

「では、グランデジアから援軍の要請が来たらお応えになるのですね?」

「ふん!」


 エネシクルが忌々しげに妻を見る。

「援軍など出すものか――我らに相談もなしに始めた(いくさ)、勝算があるのだろうよ。だが、ニュダンガとの国境は閉鎖し、プリラエダ軍の動きも監視してやろう。自力でこの戦、治めることができたなら、グランデジアの実力を認めてやる。バイガスラのオマケでは済まないとな」


「バイガスラのオマケ?」

「なんのためにルリシアレヤをグランデジアにくれてやると思っている? すべてバイガスラとの友好のためだ。悔しいが我が国の水源は、バイガスラから流れ込むドリャスゴ川に頼っている。関係を悪化させてドリャスゴ川に毒でも流されたら、我が国は終わりだ」


「そんな恐ろしい事、バイガスラがするかしら?」

「関係が悪化すれば判らないという事だ。ナナフスカヤが存命、あるいはナナフスカヤの王子が即位していたなら、こんな心配は不要だっただろうが――グランデジア王は現バイガスラ王ジョジシアスの甥、ルリシアレヤがリオネンデの子を産み、その子がグランデジアの王位を継げば、この心配もなくなる」


 ララミリュースが溜息を吐く。

「結局、国益なのですね――エネシクルさまのお立場なら、それももっとも」

それに答えるエネシクルの声はない。


「そう言えば、ジョジシアスさまのお妃選びも難航しているそうですね、いっそリオネンデさまをやめてジョジシアスさまにしますか?」

「馬鹿を言うな! いったん甥にと決まった縁談を横取りすればジョジシアスも立場が悪くなる。それにルリシアレヤはまだ十八だぞ」


「ジョジシアスさまは……そろそろ四十路(よそじ)かしら? いくらなんでもルリシアレヤが可哀想ね」

「ふん! これだから女は……」


 これだから女はなんなのだろう? 続きが思い浮かばないエネシクルが、不機嫌なまま黙り込む。


 その隣でララミリュースが思う。


 夫には、娘はリオネンデに夢中と言ったけれど、ルリシアレヤが夢中になっているのは文通だ。下手をすると文通の相手かも知れない。


 ルリシアレヤの懇願に負けて、エネシクルはグランデジアからくるルリシアレヤあての手紙の検閲をやめてしまった。こっそり手紙を読むルリシアレヤ、なんと書いてあるのか尋ねても、クスクス笑って『内緒』と言うばかりだ。


 その表情から心配するような内容ではないとは思うララミリュースだが……まだ見ぬ相手はリオネンデに限ったことではないと、どうしても考えてしまう――

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