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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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魔法使いの蔵書

「サシーニャが縁談を嫌がるのも無理ないのかもしれないな」

ポツンとリオネンデが(つぶや)いた。


「でもさ、このままじゃアイツ、ずっと一人でいることになるよ。それはそれで寂しいって言うか……わたしに言わせると悲しい」

ジャルスジャズナの言葉にリオネンデが不思議そうな顔をする。


「悲しい?」

「そうさ、アイツは自分には愛される資格がないと思い込んでる。って言うか、誰も自分を愛しちゃくれないって言うか……巧く言えないけど、わたしやチュジャンはあいつを好いているけれど、それを言ったって信じちゃいない。いや、言葉にして否定はしないけど、きっと心じゃ否定してる」


「そうなんだろうか? だとしたら、俺のことも? 俺がアイツを好いていると、アイツは思ってない?」

「たぶんね。嫌っているとは思ってないだろうけどさ」

「ふん!」

リオネンデは随分と気分を害したようだ。

「アイツはヘンなところで子どもじみてる。小さな子どもが構ってくれないって()ねてるみたいなところがある――でも、まぁ、いい。本人がいないところで何を言っても意味がない。それよりジャルスジャズナ、ここに来たってことは、何か報告があってのことだろう?」

今はサシーニャのことよりそっちの方が重要だ、と不貞腐(ふてくさ)れたようにリオネンデが呟く。


 ジャルスジャズナが小さな溜息を吐いてから言った。

「そうだね、本人に言わなきゃね。だけどサシーニャに言ったところで判っちゃくれないと思う――肝心なことを忘れるところだった。ベルグからカラスが来た。無事、橋が架かったってさ。これでひと安心だね」

「そうか、やったか!」

途端にリオネンデの表情が明るく変わる。


「次の伝令はダンガシク・ニュダンガ王宮と制圧して、シシリーズを捕らえたらサシーニャが寄越す手筈(てはず)になってる。シシリーズは夕方処刑の予定だったね?」

「あぁ、国王の家族についてはサシーニャとリヒャンデルに任せてる。従順にするなら(いのち)を取りはしないはずだ」


「処刑しないとして処遇はどうするつもり?」

「ニュダンガ王妃はプリラエダ国王妃の姪だ。プリラエダに返すとサシーニャが言っていた。プリラエダ王宮に恩が売れるとね」


「橋が架かったと、サシーニャにも連絡が行ってますよね?」

心配そうに聞いたのはジャッシフ、

「そりゃあ行ってるんじゃ? ベルグを任されてるコペンニアテツが、こっちに報告して、サシーニャに報告しないはずがない」

答えたのはジャルスジャズナだ。


「リヒャンデルが激怒していなきゃいいけど」

ジャッシフの心配にリオネンデがクスリと笑う。

「頭に血が上ってそうだなぁ」

「あんたたち、まさか橋を架けるってリヒャンデルに言ってない?」

ジャルスジャズナが呆れかえる。

「リヒャンデルにニュダンガ行きを引き受けさせるためにな」

リオネンデがニヤリと笑う。


「リヒャンデル隊が自分に従うか怪しいってサシーニャが言った、きっとリヒャンデルにしか動かせないってね。自分の指揮官にしか従わない。だからこそ、兵たちを信用できる――ドジッチ川に橋を架けるとなれば大掛かりな工事だ。リヒャンデルが知ったらニュダンガ行きを拒み、ベルグに残ると言い張る。それじゃあ隊を動かせず、橋を架ける意味がない」


「工事が終わってから軍を出してももう遅い、工事が始まった途端、ニュダンガの間者がシシリーズにご注進するかもしれない。知ればニュダンガだって対策を練る――そうだね、今回の侵攻は、奇襲であるからこそ成功した。でもさ、どうしてサシーニャはニュダンガに同行したんだ?」

納得できない様子のジャルスジャズナだ。


「ほかの魔術師ではダメなのかい? 逆らう気はないが、リヒャンデル隊が魔術師を受け入れないとは思えない。確かに結束が固いと聞いているし、リヒャンデルを信望してるって評判だ。塔にいなかったんで断定できないけど、あの隊と一緒にゴルドントの前線に出た魔術師だっていたはずだ。(いくさ)の時は魔術師が同行し軍を従える。昔からの慣習だ。その魔術師がサシーニャでなければ(・・・・・・・・・・)ダメってことはなかったんじゃ?」


「シシリーズ王に自ら尋問したいって、サシーニャが言ったからさ」

「へぇ、サシーニャが戦場(いくさば)で尋問ねぇ……ニュダンガ王はさぞや縮こまったことだろうね」

いったいサシーニャはニュダンガ王に何を訊きたいのだろうと思ったものの、口にはしないジャルスジャズナだ。イヤな予感がした。この話をこれ以上追求するのは藪蛇(やぶへび)になりそうだと黙る。


 とにかく続報を待とうという事になった。ここで議論しても始まらない。工事完了の知らせはリオネンデとジャッシフの緊張を大いに緩和し、ジャルスジャズナの雑談に笑いで答える余裕を持たせた。もちろん、そうしながらも心が向かうのは続く吉報だ。


 そんな中、スイテアだけは相変わらず長椅子で読書している。それに気づいたジャルスジャズナが近づいて本に目を落とす。


「ふぅん、グランデジアの歴史、ねぇ」

「はい、ジャルスジャズナさま、王の片割れとして必要な知識かと」

「おいおい、スイテア。随分他人行儀じゃないか。今はウザったい大臣どももいないんだ、ジャジャと呼んでおくれよ」


 嬉しそうな顔をしながらスイテアが答える。

「そうは参りません。あまりジャルスジャズナさまと仲良さげに振舞うと、王が焼きもちを妬かれます」

「はっ?」

意表を突いた答えに、キョトンとしてしまったジャルスジャズナだ。後方で、『こらっ!』とリオネンデがスイテアを(たしな)める。

「そっか、リオネンデは死神に夢中って街人までもが口にしているもんね」


 微笑むジャルスジャズナ、本当はスイテアに『幸せかい?』と訊きたいが、リオネンデを殺すと息巻いていたころのスイテアを思い出せばそれも言えない。


 愛する男をリオネンデにに殺されたと言っていた。どれほどの屈辱を味わい、どれほどの覚悟を持ってリオネンデの愛妾になったのか? 今、こうしていても、ひょっとしたらリオネンデの(いのち)を狙って、その機会を待っているのかもしれない。スイテアの、そのあたりの本心が判らない以上、下手な言葉はスイテアを苦しめる。


「本は好き?」

話しかければ答えるものの自分を見ないスイテアに、さらにジャルスジャズナが話しかけた。


「えぇ……だけどそろそろ、サシーニャさまが貸してくださった本が終わってしまうのです。新たに借りるにもサシーニャさまは、帰って来られて暫くはお忙しいでしょうね」

「本なら魔術師の塔の蔵書庫にいくらでもある。選びに来るといい」

「ジャルスジャズナさま、王のお供ででもない限り、わたしは後宮から出ることが許されていない身分ですよ」


「あ、そうか、そうだったね――だったら誰かに運ばせるよ、どんなのがいい?」

「そんな、お手を煩わせるようなことは……」

「いいって、チュジャンにでもやらせる。ニュダンガからチュジャンを連れて帰るってサシーニャが言ってた」


 これをジャッシフと談笑していたリオネンデが聞き(とが)めた。

「サシーニャのヤツ、チュジャンエラがいると調子が狂うって言ってたのに?」


「あぁ、細々(こまごま)したことをさせるのに、いないと不便だと気が付いたって。書類を作ったり、あちこちとの調整役とか。あとは小間使い?」

ジャルスジャズナがクスクス笑う。


「カルダナ高原には誰を行かせるんでしょうね」

これはジャッシフだ。


「グレリアウスだよ――チャキナムの何とかって言う村の娘と一緒になったのは知ってる? グレリアウスが言ったわけじゃないけどさ、仮初(かりそめ)のつもりがグレリアウスも離れがたくなったと、サシーニャは見てるんだ。で、その村に駐留するようグレリアウスに(めい)じる予定。北部山地に作る本格的な道路とカルダナ高原ダムの工事を任せるって言ってたね」


 リオネンデとジャッシフが顔を見かわす。『知らないうちに、先へ先へと考えが進んでますね』とジャッシフが愚痴とも皮肉ともつかないことを言い、二人はこの件への興味をなくしたようだ。


「蔵書庫に来れればいいのにねぇ」

ジャルスジャズナはスイテアとの話を続けたいらしい。


「本当にいろんな本があるんだ。雨期はカルダナ高原の仕事が中断されて、休暇になった。チュジャンは魔術師の塔に戻ってたんけどサシーニャが仕事を始めちゃうとヒマを持て余して、よく来てたよ」

「ジャルスジャズナさまもよく蔵書庫に?」

「わたしの場合はサシーニャの命令。守り人として研鑽(けんさん)を積んでくださいって。(しばら)く魔法から遠ざかっていたから忘れてることがないか、確認してるんだ」


「それで蔵書庫に行かれるんですね」

「そう、そう言うこと――でさ、こないだチュジャンが珍しい本を見つけた。子ども向けの絵本だ」

「絵本ですか? 画集とかではなくて?」


「チュジャンが絵本だって言ってた。絵を見て物語を連想させるのが目的の本じゃないかって。見開きで絵が描かれてて、だけど文字がない。子ども向けの童話かお伽噺(とぎばなし)だって。チュジャンったら気になるらしくって、同じようなのばかり集めて眺めてる」

「絵本も魔法の役に立つのですか?」


「そんな話は聞いたことないなぁ……魔術師の塔の蔵書庫には、ありとあらゆる本があるんだ。絵本があっても不思議じゃない――子どもが読むような本ばかり見てるなんて、チュジャンもまだまだ子どもだね、って揶揄(からか)うと、『これって謎解きなんじゃないかと思うんです』ってほっぺたを膨らませてた。さすがに恥ずかしかったんだろうね」


「絵本だろうが、好きな物があるのはいいことですよ」

「そうだね。スイテアもさ、そんな風に気になる本が見つかるといいんだけど」

「わたしはどんな本でも嬉しいのです。ジャルスジャズナさまのところでは、本なんて一冊もありませんでしたから」

「あぁれ、そんなこと言うんだ?」

スイテアの冗談にジャルスジャズナも笑う。


 その笑いをふと止めて、ジャルスジャズナが真剣な顔で言う。

「こんなふうに話しに来たら迷惑かい? たまにでいいんだ」

それにスイテアが微笑んで答える。

「王のご用がない時はいつでも歓迎いたします。でも、ここではなく後宮で、先ほどの話ではありませんが、お茶でも頂きながらお話しいたしましょう」

「そんじゃあ、わたしはフェニカリデで評判のお菓子でも手土産にするかな」

「あら!? 後宮の女たち全員分?」

「そうだね、不公平があっちゃいけないよね」

「九百人ほどいますよ?」

「はぁっ!?」


 向こうではジャッシフが

「ひょっとして、ジャルスジャズナさまはガンデルゼフトの?」

声を潜めてリオネンデに問う。それをリオネンデが鼻で笑う。

「そうだとしても否定しておけ、いろいろと面倒だ」

「いや、しかし……スイテアさまを四年間、(かくま)ってくださった褒美(ほうび)はどうしたらいいですか?」

「おいおい」

ジャッシフをリオネンデが笑う。

「おまえも変に律儀だな。その件は忘れていいから……おっ、続報が来たかな?」


 王の執務室に駆け足で近寄る誰かがいた――

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