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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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待たれる報せ

 フェニカリデ・グランデジア、王の執務室――落ち着かないジャッシフがウロウロと、目的もなく部屋の中を動き回る。長椅子で(くつろ)ぎ、書籍に目を落とすのは王の愛妾スイテア、その肩に腕を回してスイテアの髪を(もてあそ)びながら、視線が宙を見据えているのはグランデジア王リオネンデだ。


 筆頭魔術師サシーニャは数名の部下を伴い、昨朝、フェニカリデを発った。日没前にはベルグから来たワダとチュジャンエラに、モリジナルで会えたと伝令があった。そこからはワダとチュジャンエラともに三人でドドハルに向かい、残りの魔術師をベルグに行かせる予定だ。


 夜半にはリヒャンデル隊と無事合流、ドジッチ川北岸を北部山地へ向かうと報告がきた。リヒャンデル隊八百がモンテスリク他、全部で九つの村に分散して(いくさ)支度を始めたと言ってきたのは未明、夜明けを待って決行、とあった。それから伝令が途絶えている。


 ぎゅっとリオネンデがスイテアの髪を(つか)んだ。わずかに顔を(しか)めたスイテアが、自分の髪を握りしめたリオネンデの手にそっと自分の手を添える。はっとしたリオネンデが手の力を緩め、頬擦(ほおず)りするように自分の顔をスイテアの頭に寄せて、静かに髪の匂いを嗅ぐ。こんなことが、もう何度繰り返されたことだろう……


 リオネンデは昨夜寝ていない。後宮の寝室にも戻ってこなかった。漏れ聞こえる声に執務室に行くと、リオネンデが書付を手に、ジャッシフ、そしてサシーニャではない魔術師と怖い顔で話していた。魔術師は王家の守り人ジャルスジャズナだ。


「まだ時間がかかる、おまえは休んでいろ」

スイテアの気配に目もむけず、リオネンデがボソッと言う。スイテアに気付いて会釈を寄こしたジャルスジャズナに会釈を返し、

「何かあったのですか?」

とリオネンデに尋ねた――


 その時、リオネンデが手にしていた書付が最後の伝令、ジャルスジャズナはすぐに魔術師の塔に戻り、リオネンデとジャッシフはこのまま執務室で次の伝令を待つと言う。


 ニュダンガ攻めを始めた。首尾がどうなっているのか、その報告を待っている。気にせず休めと言うリオネンデに『王の体温を感じられねば熟睡できなくなったようです』と答えたスイテアだ。(くすぐ)ったそうな顔をしただけで、リオネンデは何も言わなかった。


 リオネンデとジャッシフは、これと言って言葉を交わすわけでもなく、動き回るジャッシフをリオネンデが時おり『落ち着け』と叱り付けるだけで、二人はただひたすら連絡を待っている。


 初めこそ、あれこれ気を回したスイテアも、何を聞いても気もそぞろな二人の様子に諦めて、居室から書籍を持ち出し王の執務室の長椅子で読むことにした。北部山地は山越えが可能だとリオネンデに教えたのはスイテアだ。それがどんな結果を招くのか、報せをここで静かに待とう。わたしにできることは他には何もない……落ち着き払ったスイテアの様子は、僅かではあったがリオネンデの緊張を和らげていた――


 朝食は練った粉を発酵させて焼いたものに、胃への負担の軽い料理を選んで挟み込んだ。これならほかに気を取られていても、食べやすい。後宮の女たちの食事はいつも通りだ。リオネンデとジャッシフのためだけに、特別に作らせた。飲み物も数種類の果汁や温めた牛の乳を用意した。献立を考えたのも、それを後宮の女たちに命じたのもスイテアだ。リオネンデもジャッシフも、飲食のことなど思いつかないだろう。空腹さえ感じないだろうと思った。


 (だま)すように二人に食事をさせた。考え込む時間が多くても、思い出したように食物を口に運ぶリオネンデと違い、手がかかったのはジャッシフだ。座って食べ始めたのはいいものの、咀嚼(そしゃく)の途中で急に立ち上がる。名を呼べば気づいて座り直しはするが、(しばら)くするとまた立ち上がる。四度目には『放っておけ』とリオネンデに言われ、呼びかけるのをやめた。


 やっと食事を終えて片付けた頃、魔術師の塔からの使いが来た。まだ若い見習い魔術師だ。魔術師の塔にいた正式な魔術師はジャルスジャズナ以外は全員、サシーニャがニュダンガ攻めに引き連れて行った。


 すぐさまリオネンデが上座に用意された椅子に移り、ジャッシフ経由で紙片を受け取る。


 十四か、十五か、ガタガタ震える魔術師に

「守り人さまをよろしくお願いしますよ」

スイテアが(ねぎら)いの声を掛け、リオネンデが『判ったと伝えよ』と戻るよう促した。見習い魔術師はほっとした表情で退出していった。


「ベルグ隊はサーベルゴカからの復路、正午までのベルグ入りを目指すため、グリニデ・ベルグ街道を選ばず、サーベルゴカからドドハルに通じる抜道(そくどう)を行くと言っている」

「三千近い騎馬が通れるような道じゃないはず」

魔術師が(もたら)した情報をリオネンデが口にし、ジャッシフがその内容に驚く。


「サーベルゴカからはククルドュネとその部下の一部が軍に同行する。魔法でなんとかするのかもしれんな」

「サーベルゴカの護りは?」

「もともとあの地に配備された軍は温存だ。それに数人の魔法使い――魔術師はそれなりの者を残しているはずだ」


「しかし、正午までにベルグとは……サシーニャの指示でしょうか?」

「たぶんな。少なくともニュダンガ現地からの指示だろう」

「急いで軍を呼び寄せるという事は苦戦しているのでしょうか?」

「もし苦戦しているとしても、ドジッチに橋が掛かっていなければベルグに急げとはならない」

「もう橋が完成した?」

「いや、それは早すぎる。橋の工事には川の水を()き止める魔法を使うと言っていたが……サシーニャはニュダンガ入りしている。部下を信用しているが『万が一』もあるから覚悟しておけとサシーニャに(おど)された」


「橋が架からず、ベルグ軍を山越えさせられなければ、今回のニュダンガ攻め、大義が消えて単なる暴虐と変わるかもしれません。諸国からグランデジアは責任を問われましょう」

「ニュダンガ王にゴルドントでの虐殺を仕組んだのは自分だと、自ら告白して貰うために攻め入ったわけだが……シシリーズ拘束にさえ失敗したら、サシーニャのヤツ、責任を自分に押し付けろと言っていた」


「さすがにそれは……サシーニャさまの独断でニュダンガ王宮に兵を向かわせた、と言うものでしょう? 無理が過ぎませんか?」

「サシーニャが王に次ぐ権限を持つことを考えると無理がある話ではない。だが、サシーニャはそんなことにはならないと見込んでいる。だからこそ、言えたことだと思う」


(いくさ)は水物、始まる前から勝利を確信するのは愚かかと」

「ジャッシフの言うとおりだ。だが、サシーニャはチュジャンエラを同行させた。チュジャンエラはサシーニャにとって手中の珠、安全が見込めなければ連れて行かない――ゴルドントでの虐殺はニュダンガが仕組んだものと判ってより、サシーニャは準備を始めている。目立たないように国境の軍備を拡充し、信任出来る魔術師を配備している」


「クッシャラデンジが軍に(かね)をかけ過ぎていると指摘した、あれですか?」

「うん、それだな――そのうえで今回、魔術師を、国防に支障が出ない限り全てベルグに集め、ニュダンガ攻めにつぎ込んでいる。そして自らもニュダンガに出向いた。これで勝ちを見れなければサシーニャが責任を取ると言い出すのも不思議じゃない。が、ここまでしたのだ、サシーニャは勝利を信じているだろう」


「言いたいことは判りますが……」

「うん、水物ってことだろう? サシーニャだってそんなこと、判っているよ。だから失敗した時のことも準備している。橋が完成しなければ、即座にニュダンガを撤退すると決めている。民衆の目の前でニュダンガ王を処刑する予定だったがそれを諦めて、捕縛してフェニカリデに連行する約束だ」


「フェニカリデでの民衆の前で罪を告白させて、ニュダンガ攻めの正当性を世に知らしめる、という事でしょうが、心配なのはニュダンガ王の自害ですね。告白する前に死なれればそれも無理となる」

「ネズミの報告によると、王座の何たるかを知らない、愚昧な男だという事だ。自害する誇りも度胸も持ち合わせていないだろうとサシーニャは言っていた。ま、こればかりは判らないな。見込み通りの男であって欲しいものだ――とにかく、ニュダンガに向かったのはサシーニャだけではない。リヒャンデルが付いている」


「初陣より負け知らずの男リヒャンデル――平和なベルグでの生活で、戦況を見る目が衰えていないといいのですが」

「おいおい、ジャッシフ……」

否定的な事ばかり口にするジャッシフにリオネンデが呆れる。


「少しはいい想像ができないものかね?」

「すいません、心配性が身についてしまっていて……」

申し訳なさそうに身を縮めるジャッシフ、仕方のないヤツだと苦笑するリオネンデの傍らで、相変わらず本のページを(まく)るスイテアがうっすらと笑んだ――


 次に動きがあったのは、そろそろ正午になろうかという頃だった。が、これは戦況報告ではない。昨夜のベルグ・グリニデ街道の、全力疾走での行軍を聞きつけた大臣たちが何事と、三人そろってリオネンデを問い詰めに来たのだ。


 夜中に三千に近い騎馬が街道を駆け抜けた……沿線では騒ぎが起こり、いち早く王都に報告を、と動き出した者もいた。フェニカリデでも噂はすぐに広まり、あちこちで論議されている。その内容はもっぱら『プリラエダとの(いくさ)が始まる』だった。


 今日も(まく)し立てるのはケーネハスル、リオネンデに弁解も説明もさせないとばかりに勢いこんでいる。クッシャラデンジは横でニヤニヤ笑うだけ、ケーネハスルを推したのは、自分の代弁者に仕立て上げ、己が矢面(やおもて)に立たないようにするためだったか?


「黙れ、ケーネハスル!」

とうとうリオネンデが怒鳴りつけ、ケーネハスルを黙らせる。

「街道をサーベルゴカに向かったのがベルグ駐留のリヒャンデル軍だと言うのは判っている。リヒャンデルにはグリニデ街道に出没する盗賊の討伐を命じている。だが、昨夜動くとは聞いていない。グリニデ街道に向かうとも、サーベルゴカに向かうとも、連絡はなかった」


「いや、しかし――」

「黙れと言ったぞ、ケーネハスル! 王の発言を(さえぎ)る不敬、判っているのか? 普段からおまえ、王や筆頭魔術師への敬意を忘れがちだぞ。控えろ!」

「はっ!」


 さすがのケーネハスルも平伏する。閣議では滅多に発言しないリオネンデを、心のどこかで馬鹿にしていた。サシーニャにしても少しばかり弁の立つ、知識ばかりの若造と見縊(みくび)っていた。上から物を言えば思い通りに動かせる、その考えはどうやら間違いで、考えを改めなければならないとケーネハスルが思い始める――

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