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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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飛び立つペレグリン

 焦るリヒャンデルを意に介さず、サシーニャはのんびりと手摺(てすり)(もた)れたままだ。が、つと(・・)空を見上げた。つられて上を見たチュジャンエラが

「サシーニャさま! カイナが帰ってきました!」

嬉しそうに叫ぶ。


「はぁ?」

イライラしながらリヒャンデルもつい見あげると、一羽の鳥が舞い降りて、差し出されたチュジャンエラの腕に止まった。ペレグリンだ。


「カイナが来たという事は、ベルグでの準備が整った?」

サシーニャがチュジャンエラに問えば、

「ベルグでの準備?」

リヒャンデルが不満そうに問う。


「はい、これから伐採を始めるって書いてあります」

「そうですか。伐採はすぐに済むでしょう」

そう言ってサシーニャが再び空を見る。


「そろそろ正午……」

「それがどうした!」

サシーニャの呟きに、リヒャンデルが怒鳴り声をあげる。

「何を企むサシーニャ? 俺にベルグを留守にさせて、何をした? いや、それもそうだが、早く逃げよう!」

これにも答えず腕を組み、考え込むサシーニャだ。


「おい! 俺はおまえたちと心中(しんじゅう)する気はないぞ? 部下たちだけでも先に――」

「焦ることはありません、リヒャンデルさま」

やっとサシーニャがリヒャンデルを見て答える。


「総帥であるあなたの許可を得ずにベルグからドジッチ川を渡る橋を架けさせていただきました」

「はぁ?」

「あなたに話さなかったのは成功するか確信が持てなかったからです」


「ってことは、架けちゃったのか? 完成したってか?」

「これからベルグ対岸から北部山地を抜ける木道を造ります。動かせる部下を総動員しました。すぐに終わります。お陰で今日のフェニカリデは手薄もいいところです――くそっ! ジャルスジャズナだけが頼りとは情けない」


「サシーニャさま?」

サシーニャが珍しく悪態をつき、チュジャンエラが焦る。

「いいや、彼女がいるからこの計画を早められた。心配しているわけじゃないよ、チュジャン」


「そんなことはどうでもいい! まったく、この秘密主義め、木道だって?」

チュジャンエラに微笑むサシーニャをリヒャンデルがさらに怒鳴りつける。それを無視してサシーニャが、再々度空を見た。


「ハギだ!」

叫んだのはチュジャンエラ、ハギと呼ばれたペレグリンが翼を大きく広げ、サシーニャが差し出した腕に止まる。


「今度はなんなんだ?」

イライラするリヒャンデル、足に(くく)り付けられた筒から紙片をサシーニャが引き出す。ところが、サシ-ニャが宙に放すと紙片はメラメラと燃え尽きた。


「おい、燃えちゃったぞ?」

情けない声で呟くリヒャンデルに、『サシーニャさまは触れただけで読み取りますから』とチュジャンエラが笑顔を向ける。


 えぇ? っとリヒャンデルが視線をサシーニャに戻せば、サシーニャは何か書付をハギの足につけられた筒に差し込んでいる。

「あれは指示書だろう? いつの間に書いたんだ?」

「必要なことが書かれた紙を出現させたんです」

またもニコニコ答えるチュジャンエラ、これ以上魔法について聞くまいとリヒャンデルが思う。


「フェニカリデ、魔術師の塔、ジャルスジャズナさまへ」

ハギがサシーニャの(てのひら)に頭を擦りつけてから翼を広げる。

「頼んだよ」

サシーニャが勢いをつけて腕を振り上げれば、飛び立ったペレグリンはあっという間に雲間に消えた。


「俺だけ置いてけぼりかよ?」

愚痴るリヒャンデルにサシーニャが苦笑する。

「置いてけぼりというよりは、ここにいて貰わなければなりません」


「あぁ、撤退する気はないってのはよく判った。で、橋を架けて木道造って、援軍を呼ぶ考えだってのも読めた。でもよぉ、誰を寄こす? フェニカリデの護衛兵なんか、プリラエダ軍相手じゃ役に立たないぞ」

「もちろんベルグ軍、あなたの軍ですよ」


「はぁ? だってサーベルゴカに――」

「正午にはベルグに帰るよう指令したとチュジャンエラが言っています」

へへ、とチュジャンエラが笑う。


「待て、無理だろう? 一刻は遅れる」

「それでも、ベルグからドジッチ川を渡り、北部山地に作った木道を抜ければ、第一隊は夕刻には充分間に合うはず――ベルグには全軍が騎乗できるようワダに馬の手配を頼んであります。さすがにベルグ=サーベルゴカを往復した馬に山越えは無理でしょう」

「まさか――」


 リヒャンデルが蒼褪める。

「この勢いでプリラエダに攻め込むつもりじゃ?」

「プリラエダは脅せれば結構です。わたしの部下たちがまず到着し、下準備を始めます。プリラエダ軍が来るまでに、ベルグ軍の半分はダンガシクに到着し、国境線に配備できると見込んでします」

「半分なら千五百弱、プリラエダがビビってくれると思えない」


「どのみちベルグ軍は遠駆けで疲れています。休ませもしないで戦闘に立たせるのは忍びない――プリラエダ軍にはグランデジア兵士の数を魔法で誤認識して貰います。だが、この魔法は長く持たない。その間に全軍の到着を待ちます」

「……なるほど」

実は納得していないリヒャンデルだが、それしか言葉が浮かばなかった。


「そしてリヒャンデル、明日には活躍して貰います――今夜は休養を取り、明日早朝から、ニュダンガ全域の制圧にかかってください。ニュダンガの隣国、コッギエサ、プリラエダには攻め込まないという誓約をリオネンデの名で出すことになっています。今夜中には各国に届く手はずです」

「あ、ジャルスジャズナに送ったペレグリン?」


「ドジッチ川に橋が架かればニュダンガ制圧、かからなければ撤退と、始めから決めていました――さらにジャルスジャズナさまには、やはりリオネンデ名でグランデジアの友好国バイガスラとバチルデアに国境の封鎖と援軍の要請をするよう頼んであります。が、援軍は期待できないでしょう」


「いきなりのニュダンガ攻めだ。何をトチ狂ってると、バイガスラ王がリオネンデに説教しそうだ」

リヒャンデルの冗談にニコリともしないサシーニャ、

「リオネンデのために動いています……いくら伯父とは言え、あとから恩着せがましいことを言ってこないとも限りません。バイガスラには出てきて欲しくないのが本音ですが、援軍要請しない訳にもいかない間柄なので」

と、嫌そうな顔をする。

「親戚に婚約者、どっちも身内だ。今後の関係を考えれば親密だと示したい――でもあれ? それならなぜ向こうは援軍を出さない?」


「まずバチルデアの返事はこうでしょう――バチルデアはニュダンガよりもプリラエダに多く接している。援軍を出すよりもプリラエダに睨みを利かせておこう……リオネンデの力量を見極めるつもりかと。グランデジアはゴルドントを手中に収めたばかり、ニュダンガに攻め込むには時期が早すぎる。自力でこれを成功させたならば娘をくれてやるに惜しくない。そんなところかと」

「あぁ、娘を持つ父親の気持ち、なんとなく判る」


「バイガスラは今、バチルデアとは反対の隣国ジッチモンデと揉めています。だから兵を動かせないと言ってくるでしょう。ジッチモンデはバイガスラの海を前々から狙っています。国境で毎日のような小競り合い、ジョジシアスさまの心労はいかほどかと思われます――ところでリヒャンデルさま」

「うん?」


「ニュダンガ制圧後の話をしたいのですが――制圧できますよね?」

「あぁ……敵は頭を無くしている。攻撃力はないに等しい。追い詰め過ぎなきゃ反撃もしてこないだろう。任せて貰って問題ない」

「では、わたしはベルグ軍が結集したところでチュジャンエラを連れてフェニカリデに帰ります」


 この言葉にチュジャンエラがパッと顔を輝かせる。カルダナ高原じゃなくってフェニカリデ? と小さな声で呟き、嬉しそうな顔でサシーニャを見た。


「リヒャンデル不在のベルグにはゴルドントから兵を回すよう手配しました。これはこのままリヒャンデルさまの配下に――」

「おい、ザーベックスが黙ってないだろう?」


「リオネンデの命令にはザーベックス総督も逆らえません――あなたは制圧後もニュダンガに留まり、グランデジアがニュダンガを治めるために働いていただく。ベルグ総帥とニュダンガ総督、兼任です」

「いや、だって、ベルグとニュダンガは――」

「ドジッチ川に掛けた橋はこのまま残します。橋を架けるつもりで昨年の堤防工事をしているのでそう簡単には流されない。そして木道は仮の物、もっと快適な道を造作させます」


 リヒャンデルがサシーニャの顔を見て息を飲む。サシーニャは気にせず続ける

「完成すればベルグ=ダンガシクはあっという間の道のり、物流も盛んになり、ベルグ、チャキナムのみならず、ニュダンガは今より栄えることになる。だが、それには治安の維持が必要不可欠。いずれグランデジアの政策をニュダンガの民も認めてくれる日が来るでしょう。でもそれまではリヒャンデル、ニュダンガの平和を守って欲しいのです」

「あ、いや……」


「いやなのですか?」

「いや、そうじゃなく」

リヒャンデルが口籠る。


「いやさ、サシーニャ、おまえって政治家なんだなあと思って」

「何を言い出すやら……治世者はリオネンデ、わたしはその補佐役に過ぎません。それで? 引き受けないなんて言いませんよね?」

「うん、俺でよければ……俺だってリオネンデの、王の役に立ちたいと、その覚悟も持っている」


 任された大役にリヒャンデルは少し(おく)していると見て、サシーニャが僅かに笑みを見せる。

「お願いしましたからね、リヒャンデルさま――チュジャン、どこかで少し休みましょう。そしてお茶を……リヒャンデルさまもご一緒にどうぞ。ベルグ軍が来るにはまだ間があります」


 はぁーい、と答えたチュジャンエラが飛び跳ねるようにサシーニャの前を行く。そして、屋内に入ってすぐの部屋で『ここにしましょうよ』とサシーニャを振り返る。


「ここならすぐ外の様子が見える。ね? サシーニャさま」

サシーニャは何も言わない。が、示された椅子に腰かける。リヒャンデルはまだ入って来ない、考え込んでるのだろう。


「ねぇねぇ、サシーニャさま。僕がいないとやっぱり寂しい?」

答えないサシーニャを相手にチュジャンエラが話し続ける。

「フェニカリデに連れて行くって、もうカルダナ高原に行かなくっていいってことだよね? 魔術師の塔に戻れるってことだよね?」


 答えないサシーニャに

「ね、サシーニャさま、なんとか言ってよ」

チュジャンエラが涙ぐめば、とうとうサシーニャが苦笑する。

「そうですね、チュジャン。魔術師の塔に戻りなさい……寂しいかどうかはともかく、おまえがいないといろいろ不便なのは判りました」


 やったぁ、と喜ぶチュジャンエラに、苦笑ではない笑みを思わず浮かべるサシーニャだった。

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