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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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白は あざやかに

 サシーニャが正式な魔術師になる少し前、ジャルスジャズナの相手はリヒャンデルだった。


 付き合っているなんて、ジャルスジャズナからは聞いたこともなかったが、彼女にフラれたリヒャンデルがどうにか渡りをつけてくれと七つも年下のサシーニャにさえ(・・)頼み込んできた。サシーニャはまだ見習、同じ魔術師と言ってもジャルスジャズナとは接点がない。無理だから、と断るしかなかった。


 それから大して経たないうち、リヒャンデルはジャルスジャズナの名を一切口にしなくなり、マルグリテと結婚した。サシーニャは呆気にとられたものだ。


「あぁ、昔の男だ……しつこいから嫌気がさして別れたいって言ったのに別れてくれなくて大変だった。友達を紹介したら、あっさり乗り換えた。よかったよ」

扉の向こうでジャルスジャズナが笑う。


 自分が寝ていた男を友人に紹介するジャルスジャズナの無神経さに、呆れていいのか感心するべきなのか迷うサシーニャだ。リヒャンデルにしても、なんと変わり身の早いことか。もっとも、マルグリテと結婚してからと言うもの、リヒャンデルの遊びも収まったと聞いている。きっとこれでよかったのだろう。


「マルグリテさまは二人目をご懐妊だとか」

「そりゃあ、めでたい。マルグリテは幸せだってことだね。リヒャンデルはどうでもいいけど、マルグリテは気になってたんだ――でもさ、サシーニャ、こんな時刻にそんなことを言いにリヒャンデルは来たわけではないだろう? もう夜明けが近いぞ」


王廟(おうびょう)に祈りを(ささ)げに行かれる時刻ですね……お支度(したく)もおありでしょうし、廊下と部屋の中での立ち話、他の者にも迷惑かと。わたしはこれで」

「そうか、まただな」


 ジャルスジャズナに引き留められなかったことにホッとしながら、サシーニャは自分の居室に向かっている。


 行方知れずのジャルスジャズナの所在を探っていたころ、見つかったら話を聞いて欲しいと思っていた自分を思いだしていた。それなのに、ジャルスジャズナがこうして戻っても、心を打ち明けられない自分がいる。なぜなのか、自分でも判らない。


 己でさえ判らない心の内をどうやって他人に語ろうか? 教えて欲しい。だがきっと、誰も答えを知らないだろう。そう思うサシーニャだった。


 寝台に横たわり、うつらうつらするうちに夢を見た。一覧を手がけている夢だ。すぐに覚醒し、苦笑する。まるきり寝た気がしないうえ、寝る前より疲れていた。たっぷり仕事をし終えたみたいだ。窓を見ると、朝陽が差し込んでいる。諦めて寝台から抜け出し、寝室から居室に移った。


 杯に水を取り、飲み干した後、水差しに残った水を花鉢に差していく。出窓の枠に置いたプリムジュを見て、昨日リオネンデから受け取った、ルリシアレヤからの手紙を思い出した。


 触れれば読み取れるその手紙を、サシーニャはまだ読み切っていない。最初の数行で()めてしまった。


『わたしがプリムジュなら、あなたは白いバラ。茂みに隠れて、花開くのを待っている白いバラの蕾のよう――』


 動揺を隠すため読むのをやめた。誰にも知られては行けない。特に、リオネンデには。そしてルリシアレヤには知られたくない。


 なぜ? なぜ知られたくない? なぜ動揺した?


 愛されること、愛することしかこの人は知らない。そして愛されることになんの疑問も持っていない。愛されていると信じ、無意識のうちに愛している。


 それが(まぶ)しく(うらや)ましい。自分にはないものだ。それが動揺の原因、でも、なぜなんだ? なぜそんな事に動揺する?


 もう一度プリムジュの鉢を見て、執務室へと向かった。プリムジュの鉢には陽が燦々(さんさん)と降り(そそ)ぎ、瑞々(みずみず)しく葉が輝いていた。太陽の恩恵(あい)を享受していた――


 ベルグの水害が、例年よりも小規模で終わっていることはマジェルダーナ始め、大臣たちを満足させた。大金を使った甲斐があったと納得している。


「しかし、氾濫(はんらん)を完全に防いだわけではありません。浸水した箇所も広く、多大な損害が出ています」

水を差すのはサシーニャだ。

「本年度はさらに増額し、氾濫による浸水を抑える工夫を施せればと考えております」


「浸水したのは沿岸の地区だけなのだろう? それに堤防は無傷で残っていると言うではないか。工事の必要を感じない」

ケーネハスルの発言だ。


「お言葉ですがケーネハスルさま。ベルグの住民の大半が沿岸地域に住んでいるのです。今回、人的被害はないものの、家屋、家財道具などが浸水で――」

「そんな庶民のことを言っていたらきりがありませんよ、サシーニャさま」


 発言を途中で遮られたサシーニャがムッとする。遮ったのはケーネハスル、黙ったままのリオネンデがケーネハスルをジロリと睨みつける。


「筆頭魔術師さまがご発言中です。お控えください、ケーネハスルさま」

(たしな)めたのはマジェルダーナ、ムッとするのはケーネハスルの番だ。クッシャラデンジは少しばかり笑ったようだが澄ましたままでいる。


「庶民こそが我がグランデジアを支える原動力とお考え下さい」

そう言ってサシーニャが議事を進めた――


 夕刻、王の執務室での打ち合わせで、

「ケーネハスルを三の大臣としたのは悪手だったな」

とリオネンデがぼやいた。溜息を吐くのはサシーニャだ。


「言いたい放題で議場を荒らしてくれますね――前夜に配布する申し送り状を読んでいないのでしょうか?」

「今日に限って言えば、ベルグの件は間に合わなかったのだろう?」


 前夜に配布する申し送り状――そこには明日の閣議での議題とともに王の意向が記されている。よほどのことがない限り、それに従うのがグランデジア閣議での暗黙の了解になっていた。


「ベルグのことだけではなかったじゃないですか。グリニデ街道の件だって、ベルグ軍を全部行かせるのはどうのこうの」

「まぁ、マジェルダーナが『王に逆らうな』と一喝してくれた。お陰で計画通りに進められる」


「確かに、たかが盗賊狩りにベルグ全軍を動かすのは大袈裟、ケーネハスルが言うのももっとも、だけど、閣議には閣議の進め方がある」

「まぁ、そう怒るな。だからと言って、アイツを罷免(ひめん)するわけにもいかないんだから」


「怒っているんじゃない、困っているんだ」

「突っかかるなぁ。昨夜ロクに寝ていないだろう?」

ムッとしたサシーニャがツンとソッポを向いた。


「リヒャンデルさまが訪ねて来て、お帰りは明け方間近でした」

「ほう、リヒャンデルのヤツ、おまえを気にしているとは思ったが、まったく、アイツは直情型と言うか、思い立ったらすぐ実行だからなぁ」

呆れたリオネンデがつい笑う。


「笑い事じゃありませんよ。お陰でロクに眠る時間がなかった」

「で、リヒャンデルは何しに?」

「それがさっぱり……魔術師には感謝していると言ってましたね。魔術師は安全な後方支援だけだって言ったことを謝ってもいたような?」

「それだけで夜明け前まで? 随分と長い謝礼だか謝罪だかだな」

「そんな事よりも……ベルグの部下に命じた例の件、完了したと先ほど伝令がありました」

「ふむ。終わったか……」


 リオネンデが笑いを引っ込め真面目な顔でサシーニャに向き合う。

「リヒャンデルに知られる恐れはないな?」

「もちろんです、ワダの屋敷に運び込ませました」

「それで、巧く行きそうか?」

「先ほど閣議でもお聞きになったでしょう? 堤防の損傷はなし、と」

「あとは伐採と埋め立てか……」

「そちらの方も調査済みです。上級魔術師一名と一等魔術師三名をベルグに行かせました。当日にはさらに増員します」


「それで間に合うか?」

「上級魔術師には是が非でも成功させるよう命じています。ワダに助力を頼んでもいいと言ってあります――必ず王の期待に応えてくれると信じております」

「おまえが信じているのなら、俺も信じよう――あとはニュダンガを首尾よく落とせるか、だな」

「リヒャンデルさまとわたしが行くのです。ご安心ください」

ふむ、と頷き、頼もしげにサシーニャを見るリオネンデだ。


 そう言えば、とリオネンデが話題を変える。

「ニュダンガに連れて行く魔術師とはチュジャンエラだな?」

「お察しの通り――リヒャンデルさまには経験のためと申しましたが、ニュダンガ王宮制圧の手助けをさせようと考えています」


「手助けとは軍の? おまえの?」

「わたしの、です――チュジャンエラの人心困惑術はわたし以上、それを使わない手はありません。ニュダンガ国王の尋問もさせようと思っています」


「人心困惑術? 具体的にどう作用する魔法だ?」

「チュジャンエラの場合、多種多様な白昼夢を見させることが可能です。意識に働きかけ、自国王が討ち死に・逃亡などと思い込ませようと考えています」


「その場合、決死の覚悟で抵抗する者も出るのではないか?」

「その場合は仕方ありません、ニュダンガ兵には死んで貰いましょう」


「あの坊主、リヒャンデルが心配していたが、死体に()じけないか?」

「それは……」

サシーニャが苦笑する。


「殺傷術を実演させたことがあります。ウサギに始まり、キツネ、イノシシ……最後にはクマ。どれも一撃、しかも容赦なく首を(はね)ねる。『人で試せないのが残念』と笑えるようなヤツです。心配無用かと」

「おい……」


 リオネンデの顔色が変わる。

「そんなヤツを(そば)に置いて大丈夫なのか? ジャッシフの心配なんか、心配の内にも入らないな」

横でジャッシフが

「あんな可愛げな様子で、そんなことを?」

と、やはり蒼褪める。


「敵にしたくない相手なのは確かです。だが心配は不要、チュジャンエラも王と魔術師の塔に忠誠を誓った一人、裏切ることはありません」

そう言い切るサシーニャにリオネンデもジャッシフも黙るしかない――


 夕刻の打ち合わせが終わり、魔術師の塔に戻ったサシーニャが執務室の隠し戸棚を開ける。昨夜、受け取ったルリシアレヤからの手紙は、文通を提案してきた二通目と一緒にそこに仕舞った。


 少し迷ってから、昨夜の手紙に手を伸ばす。触れれば二通目の手紙とはまた違う痛み、それを確認するように感じてから手に取り、執務机に向かった。


 手紙を机に置くとしばらく眺めてから、引き出しのナイフを取り出し開封する。魔法ではなく、自分の目で読もうと思った。


(ルリシアレヤさま……わたしはあなたが思うような人間ではありません)


 開く寸前の白バラの蕾のように清らかであれたなら――わたしは自分の名を恥じてばかりいます。


(わたしは……復讐に囚われ、相手を殺めることしか)

手紙を読み進めるサシーニャの視界が揺れる。

(相手を殺めることしか考えていない……のです。あなたに好かれる資格はありません)


 読み終えた手紙を封筒に収め、溜息を吐くサシーニャだった。

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