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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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プリムジュの花の色

 魔術師の塔の入口で、なにやら揉める気配がする。夜も更け、ほとんどの魔術師は眠っているだろう。起きているのは不寝番(ふしんばん)で入口に控える魔術師だけだ。


 気になって見に行くと二人の魔術師が何やら困り顔で相談している。

「ダダンアセラにクレグチュカ、どうかしましたか?」

「あ、サシーニャさま! まだ起きていらしたのですか?」

突然現れた筆頭魔術師に当直の魔術師が平伏する。


「それが……こんな時刻にサシーニャさまにお会いしたいと――」

リヒャンデルが訪ねてきたのだと言う。姿がないところを見ると、扉の向こうで待たされているらしい。


 はて、なんの用だろう? イヤな予感しかしない。けれど追い返すわけにもいかない。扉を開けさせ、リヒャンデルを迎える。


 執務室に案内する道すがらリヒャンデルが笑う。

「あの(した)()魔術師ども、どうやって追い返すか相談してたぞ」

「こんな時刻に来るからです――あの二人は五等魔術師に六等魔術師、一等魔術師か二等魔術師に報告して、報告を受けた魔術師が上級魔術師に知らせ、やっと上級魔術師がわたしに取り次ぐ。わたし以外は眠っているでしょうから、起こしていいものかあの二人は迷ったのです」


「やっぱり魔術師って面倒臭(めんどうくさ)いなぁ」

「もう少し効率よくできればいいのですが……魔術師は相手の魔力を感知し、自分より強い魔力を持っていると恐怖を感じるんです。今いた二人がわたしを怖がっていたのに気が付きませんでしたか?」


「そんなもんなんだ? 俺は魔力なんてこれっぽっちもないからなぁ。魔法使いは面倒ってだけで、怖かないや」

「魔術師でなければそんなものですよ。ましてグランデジアの民なら魔法使いを見慣れている。魔法使いが滅多にいない他国では、とても怖がられるらしいです。魔法についても誤解されているようですしね――わたしの執務室です。お入りください」


 扉を開けようとするサシーニャの手をリヒャンデルが止める。

「俺は個人としておまえに会いに来た。居室に通せ」

ジロリとリヒャンデルを見たサシーニャが、すぐに(きびす)を返す。


「いっそ、我が館に出向きますか?」

「それは時間がもったいない」

「ご自分の館には帰ったのですか? マルグリテさまが首を長くして待っておられるでしょうに」

マルグリテとはリヒャンデルの妻の名だ。


「フェニカリデに着いて真っ先に行ってきたとも――王に会いに行くと言って出てきた。先に休んだだろうさ」

「いつ帰るか知れぬものを起きて待ってはいないでしょうね。まして身重ならなおさらです」


「その通り、今は夫より腹の子だ――おまえ、たまには帰るのか?」

「街館に? あそこには二親(ふたおや)の墓がございます。正式な魔術師となって以来、荒れぬよう気に掛け、時間を作っては手入れに戻っております。それまでは前王が館と庭の管理を誰かに命じてくださっていました」


「館の中に墓? 貴族の墓地ではなく?」

「父が、亡くなった妻をいつまでも近くにと望んだのだと聞いています。前王が父を哀れんで許したのだとか。父が身罷(みまか)った際、前王はそれを忘れず、姉であるわたしの母の墓の隣に、義兄であるわたしの父を埋葬しました――着きました。ここです」

扉に手を伸ばすサシーニャ、今度はリヒャンデルもそれを止めはしない。


 中に入れば瞬時にすべての燭台(しょくだい)に火が(とも)り、部屋を明るく照らす。


「おまえのことだから、さぞや殺風景な部屋かと思ったが……そうでもないな。随分と花鉢が置いてある」

見渡したリヒャンデルが感心したように言う。


「魔法使いは薬草も扱います。多くは薬や毒になるものです」

「美しく咲いているものもあるぞ?」

「薬草だろうと植物には変わりません。季節になれば花を咲かせもします――こちらへどうぞ」

サシーニャが椅子を勧めるが、リヒャンデルは部屋の見分(けんぶん)に忙しい。


「なるほど、これなんか葉っぱだけだ。食ったら旨そうだな。毒なのか?」

窓辺に置かれた鉢を見ながらリヒャンデルが言う。


「触らないほうがいいですよ。葉や茎を(おお)う軟毛に毒があり、気触(かぶ)れることもあります。根からは(せき)止めなどが取れるのですけどね」

「へぇ、薬にも毒にもなる? これはどんな花が?」


「その鉢は……桜の実ほどの大きさ、鮮やかな朱色(しゅいろ)で中心は黄色、そんな花を咲かせます」

「その鉢は、ってことは他にもあるんだ?」


「プリムジュにはいろいろな花色があります。が、この部屋にはその一鉢(ひとはち)だけです――お茶を()れました。いい加減、座ってご用件を」


 おう、とリヒャンデルがやっと席につく。

「筆頭魔術師さま手ずから淹れてくれた茶だ。味わって飲まないとな」

「本当に。自分以外の誰かのためにお茶を淹れるなんて、筆頭になって初めてのことですよ――それで? ご用件は?」


「これで茶菓子も出してくれたら言うことないのにな」

「わたしやリオネンデにそんな態度、いつか罰せられますよ?」


「誰に? リオネンデもおまえも俺が武術を手ほどきした可愛い弟分のままだ。いまさら態度を変えられるほど俺は器用じゃない――そう言えば、おまえの弓は百発百中だって?」

「手ほどきと言ってもわたしは魔術師見習いになる十一まで……魔法を使うのですから、弓だけでなく、剣での討ち合いも誰にも負けません」


「へぇ、じゃあ俺と手合わせしてみるか?」

「冗談はそろそろ終わりにしてご用件を伺いたいのですが?」


「そうそう、十一でおまえは魔術師に取られちまった。たまに見かけることはあってもロクに話もできない――声が聞けたのは正式な魔術師になったとやらで、軍部に顔を出すようになってからだ」

「まったく……昔語りをしにいらした?」


「少し大人になったな、って思った。そりゃそうか、十六だ、大人びてくる。背も高くなったが、あの頃はまだひょろっとしてた」

「リヒャンデルさま、いい加減に――」


「まだ! まだその頃は、今ほどおまえは変わっちゃあいなかった。街に遊びに行こうと誘っても、断られてばかりだったけど、それでも俺はまた誘おうと思えた。魔術師の威を振り(かざ)してはいなかった」


 用件はこれか、とサシーニャが黙る。

「筆頭魔術師になった途端、おまえはトンでもなく近寄りがたくなった。筆頭魔術師はそんなに偉いのか?」

呆れたように溜息を吐き、サシーニャが答える。


「魔術師は王の直属、軍部よりも上位、その筆頭ともなれば王に次ぐ立場と身分、ご存じないリヒャンデルさまではないはず」

「ふん、そんな(うわ)(つら)な答えで俺が納得すると思うな」

「では、なんとお答えすれば?」


 ムッとリヒャンデルが言葉に詰まる。そしてこちらも溜息を吐く。が、それは自分を落ち着かせるためだ。声色を落としてリヒャンデルが言う。

「サシーニャ、さっきおまえは『王命に従えないならそれ相応の』と言いかけてリオネンデに止められていたな。相応の罰を下すと言おうとしたのだろう?」

サシーニャは答えない。


「王命に従わない――反逆は死罪……おまえ、俺を殺す気だったか?」

これにもサシーニャの返事はない。


「俺は……おまえに嫌われていたのか? 確かに厳しくもした、武術の稽古だ、甘くちゃ意味がない。それを――」

「リオネンデからも同じことを訊かれました」

黙っていたサシーニャがリヒャンデルを(さえぎ)った。


「リオネンデ? あいつはおまえ以上に気を遣う子どもだったのに、なんで?」

「リューデントの件で――リューデントへの恨みを自分で晴らしているのではないかと疑ったようです」


「うーーん、リューズは確かに、おまえに嫌われても仕方ないな」

リヒャンデルは苦笑いしたが、サシーニャは真面目な顔で考え込む。


「それ相応の、とは、そんなふうに言えば王に逆らっていることにリヒャンデルさまも気が付くだろうと考えてのことです。以前、あなたの誘いを断ったのは街に出たくなかったからです」

ポツリとサシーニャが呟く。


「今でも王宮から出るのは正直、気が重い。身分を明かす必要がある時はともかく、そうでないときはフードや顔あてで髪や肌を隠しています」

「なんだ、まだ容姿を気にしているのか?」


「気になどしていません。が、見ればサシーニャだと誰もが気付く。サシーニャがどこどこで誰々といたと、あっという間に広がります」

「いいじゃないか、言わせておけば」


「よくありません。誰が父を殺したか、犯人を特定できてもいないのです」

「あ……」

「あれから二十年、民衆はどこまで金色の髪を受け入れたのか、リヒャンデルさまにはお判りになりますか?」


 黙ってしまったリヒャンデル、サシーニャは(ひたい)に手を当て考え込む。言葉を選んでいるのだ。


「父を殺した者どもの手際の良さから魔術師が絡んでいるのではと当時、噂されたそうです。前魔術師筆頭から聞いた話です」

「魔術師が?」


「ただ、グランデジアの魔術師は、王の魔術師でなくても塔が掌握している。何かをしでかせば魔術師の塔が感知しないはずはない」

「あぁ、俺もそう聞いている」


「それと……わたしの母は妹を出産した時、産後の肥立ちが悪く他界したと言われています。が、これにも実は不可解な点がある」

「え?」


「わたしが正式な魔術師になった時、前筆頭魔術師が打ち明けてくれました。安産だった、肥立ちが悪くなるとは考えられなかった。出産を終えた時、母には何の問題もなかった」

「どういうことだ?」


「突然体力が落ち始め、あれよあれよと言う間だったと前筆頭魔術師は言っていました。まるで体内の血が抜き取られていくかのように、とね」

「魔法?」


「むしろ、毒薬――けれど王姉である母は魔術師に守られていた。毒を盛られる隙はなかった」

「魔術師の誰かが毒を?」

「それはあり得ない。魔術師の誓いは絶対です。王は一の大臣とその妻、つまりわたしの両親への献身を魔術師に(めい)じている。魔術師が王命に背くことはない」


 リオネンデの命令に従おうとしなかった先程の自分を思い出し、リヒャンデルが恥じ入る。それを気にせずサシーニャが続けた。


「そして五年前の火事騒ぎ……前王と王妃、そして王太子が(いのち)を落としました。リヒャンデルさま、あなたは裏表なく正直者だ。わたしはあなたを好いている。だけどあの夜、何があったか、それは言えない。言えばあなたはきっと何処(どこか)かで何かの拍子(ひょうし)に口の端に出してしまわないと限らない」

「ううっ、否定できないのが悔しいが――ただの火事ではなかったってことか?」


 サシーニャが頷き、リヒャンデルを見た。

「そしてあの火事と、両親の殺害は繋がっているとわたしは感じています。そう感じるだけで何の証拠もない。だから両親の件はリオネンデにも言っていません」

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