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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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将来を見据えて

 (にら)みつけるリオネンデ、呆気(あっけ)にとられるサシーニャ、ジャッシフが()ぐにでも動けるよう身構える。


「確かに、お、おまえをリューズは何度も泣かせた。ちょっとしたイタズラのつもりだった……んだろうに、泣き出したおまえを見て俺は――おまえを宥めるのに必死だった」

入れ替わりの秘密は、ジャッシフと言えど知らてはならない。言い間違えられない二つの名前……リューデントと言おうとして、つい『俺』と言いそうになり慌てて言い換える。それが口籠るほど興奮しているように見えてしまう。ジャッシフがますます緊張する。


「おまえはいつでも最後には許してくれた。あれは、(いつわ)りの許しだったのか?」

リオネンデの顔は真剣だ。奥に怒りの色も見える。だからこそサシーニャは訊かずにいられない。


「リオネンデ、本気でそれをわたしに問うのか?」

その声は、リオネンデとは裏腹に穏やかで、まるで(さと)すようだ。はっ、とリオネンデが息を飲む。サシーニャが怒りを爆発させる兆候だ。リオネンデの想像は見当違い、我らの絆(・・・・)を疑うべきではなかった。


「いや……その顔を見れば判る。邪推だったようだ――でも、そうなら、いったい誰がおまえに辛い思いをさせた? 準王子のおまえを(しいた)げるなんて、誰もできないはずだ」

口調と表情を(やわ)らげたリオネンデだ。


 サシーニャは告げるべきか、少し迷ったようだが、

「いろいろあったけれど、中でも酷かったのは魔術師たちですよ」

(あきら)めるように言った。


「魔術師?」

「存命中は父がわたしからそれらを遠ざけてくれていたようだし、父への遠慮もあったのでしょう。が、いなくなれば不満を口にすることに躊躇(ためら)いもなくなった――それでも、王の威光が届く王宮では影でコソコソ言うことはあっても表立ってわたしに何かすることはなかった。表面的には誰もがわたしを大事にしてくれた。それこそ下使いに至るまで」


「影でコソコソ?」

リオネンデの呟きにサシーニャは答えない。子どものころはともかく、今ではサシーニャを影で悪く言う者の存在にリオネンデは気が付いている。それが幼児(おさなご)に向けられていたことに驚いただけだ。


「だけど魔術師たちは容赦なかった。魔術師が忠誠を誓うのは王であって王子ではない。ましてわたしは王の子でもない」


 なんと言えばいいものか判断つかないリオネンデが黙ったままサシーニャを見詰める。

「養父の館から王宮へは魔術師の街を通り抜ける。その行き帰り、わたしの姿に気が付けば明白(あからさま)()けたり、家に入ってしまう」


 ジャッシフが何か言おうとしてやめた。その時言ってくれればなんとかできたかもしれない――今更だし、あの頃のジャッシフではとうてい無理だ。ジャッシフもあの頃は十歳、大人に頼るしかない。国王ならいざ知らず、誰も魔術師に意見なんかできないはずだ。そして十歳のジャッシフは国王に進言できる立場にない。


「そんなのはいいほうで、石礫(いしつぶて)が飛んできたり、水を掛けられたり、すれ違いざまに『化け物』と(ののし)られたり……見習い魔術師として魔術師の塔に通うようになる十一まで、毎日そんな調子だ。六つの子どもが陰で隠れて泣いたって可怪(おか)しな話じゃない」


「そんなことを筆頭魔術師が許していたのか?」

リオネンデは信じられないと言いたそうだ。


「まさか! なにもご存じないかと……石礫を投げるのは魔術師の子どもたち、さすがに怪我をさせたら拙いと思ったようで、叱る声が聞こえたこともありました。だけど誰が自分の子を、罰せられると判っていて告発しますか? 大人はせいぜい水を掛けたり、厭味(いやみ)を言う程度。『手元が狂った』『聞き間違いでしょう』と言うのが目に見えています」


「ふん、サシーニャ、おまえ自身も告げ口なんかしなかった、という事だな?」

リオネンデが腕を組み考え込む。


 ややあって、

「魔術師どもがおまえを嫌ったのは……その容姿、父親の血に()るものか?」

サシーニャを見ずに問う。サシーニャの返答は聞こえない。訊かずとも判りそうなことを訊いてしまったと、悔やむリオネンデだ。


 リオネンデがサシーニャに向き直る。

「俺は――おまえの黄金の髪も白い肌も青い瞳も、すべて好きだぞ。もちろん、おまえの面倒臭い(・・・・)性格もな。それにおまえを異民族と思えと言われても無理だ。おまえは俺の従兄、グランデジアで生まれ育った同胞(はらから)だ」


 照れたようなリオネンデ、フッと笑みを浮かべるサシーニャ、ジャッシフが胸を撫で下ろす。


 それにしても、とリオネンデが続けた。

「俺との喧嘩や、そう言った嫌がらせの時、なんで魔法を使わなかったんだ? 魔力を抑えていたと聞いたが、そんな時には爆発させそうだ」


 これにはクスリとサシーニャが笑う。

「本気で怒ればわたしは黙る。魔力を暴走させないために、心を閉ざすのです」

「あ……」


「ついでだから言いますが、髪に魔力が籠ると言うのは迷信とまで言えないものの、それほど効果はありません。そうでなければ魔術師は全員髪を伸ばすでしょう」

「そう言われればそうだな。ではなぜ伸ばしている? ついで、というのだから、おまえが虐げられていた話と繋がるのだな?」


「養父の館の使用人たちはみな怖がって、わたしの髪を切ってくれませんでした。幼い時は自分では切れず、自分で切ることができるようになった頃にはどうでもよくなった。そういう事です」

「なるほど……まぁ、髪の短いサシーニャを見てみたくもあるが、サシーニャじゃないみたいに感じそうだ――それよりサシーニャ、今の(・・)魔術師たちもおまえをそんな目で見ているのか?」


「その答えは『一概には言えない』でしょうか? ご存じの通り、魔術師たちは王への忠誠と絶対服従を誓います。忠誠と服従は、魔術師の塔では王の代弁者・筆頭魔術師にも適用されます。王への裏切り行為でない限り、筆頭魔術師には逆らえないのです。けれど、人の心は割り切れるものではない」


「皆がチュジャンエラのようにおまえに心酔しているわけではないと?」

「あれは……」

サシーニャが呆れて笑う。


「あれは特別変わっているから。でも、わたしが見込んで腹心としている者たちはわたしに信頼を寄せてくれるし、認めてくれています。そうでなくても、魔術師としての実力を疑う者はいないと自負しております。もっとも、チュジャンエラでさえ、蔑視とまでいかないものの、わたしの見てくれ(・・・・)(わだかま)りを持っているようです」


「フン、見た目を気にするなど詰まらん。が、まぁ、おまえに逆らえる魔術師はいない、という事だな」

サシーニャの自信を頼もしく思いながら、少し(しゃく)(さわ)るのはなぜだろう? リオネンデが苦笑いする。


 さて、いい加減本題に移りましょう、とサシーニャがテーブルの書面を手に取ろうとする。

「いや、話は終わっちゃいない。こちらもここからが本題だ」

無駄話ではなかったのですか? サシーニャが呆れる。


「急がないと謁見(えっけん)の開始時刻に間に合わなくなります」

まぁ、そう言うな、とサシーニャを(なだ)め、リオネンデが仕切り直す。


「魔術師たちがおまえを裏切ることはない、そう思っていいんだな?」

「はい、それは確信しています」


「中でも王家の守り人ジャルスジャズナは、昔からおまえの味方、それは今でも変わらない。間違いないな?」

「偏見を持たずわたしと向き合ってくれる、数少ないうちの一人です」

リオネンデはいったい何を言い出すのやら……警戒するサシーニャだ。


「まったくおまえは間怠(まだる)っこしい……それは味方という事でいいな?」

「えぇ、まあ、そう思って差し支えないかと――今度は何を企んでいるのです?」

「何も企んでなんかいない。確認したまでだ」

「なんのために?」


「そうだな――王家の一員、そして王の片割れの儀式には守り人の承認が必要、ってことだな」

「えっ?」


 (にわ)かに緊張するサシーニャを見てリオネンデがふふんと笑う。

「王家に戻れ、サシーニャ――王家の一員は守り人にはなれない。だからおまえは守り人になる時、王家の一員から外されている。守り人の任を解かれたんだ、さっさと王家に戻れ」

「しかし――」

リオネンデの提案に、サシーニャが考え込む。


「守り人でなくなっただけで、魔術師筆頭であることには変わりない。それに今は筆頭の座を降りるわけにはいかない。判っているでしょう?」

「史書を調べたが、今まで何人も王家の一員が筆頭魔術師を務めている。何の問題もない」


「それは……って、リオネンデが史書を紐解(ひもと)くとは珍しい」

「ジャッシフに調べさせた」

なるほど、とついサシーニャが笑う。


「王家の一員ね。さてはリオネンデ、わたしの婚姻(がら)みだな?」

話しが見えてきたのだろう、サシーニャが皮肉を込めて笑う。

「王家の一員に戻しておかなくては、たとえわたしが子を儲けても、その子を王子、王女にはできない」


「おまえが王座につけば自動的に王家の一員だが……ま、そう言うことだな」

「あなたも諦めの悪い。自分で子を作りなさい」

「うん……」

と、ここでリオネンデの声が沈む。


「サシーニャ、俺には子種がないのかもしれない、あるいはスイテアが石女(うまずめ)か」

「リオネンデ?」


 サシーニャが言葉に詰まる。代わりに、横から口を出したのはジャッシフだ。

「何を言っているのやら。スイテアさまとはまだ一年程度。諦めるのには早すぎます」


「自分にはもうすぐ生まれるからといい気なもんだな、ジャッシフ」

ジャッシフの取り成しは逆効果だったようだ。


「俺とサシーニャが話しているのは王家の将来についてだ。そのうちどうにかなるだろう、で済まされる話じゃない」

「リオネンデの言う通り。それにジャッシフ、あなたにとっても他人事ではない」


「えぇ?」

狼狽(うろた)えるジャッシフ、そこにリオネンデとサシーニャの声が重なる。

「レナリムが王家の一員だという事を忘れてはいまいな?」

「わたしの妹、準王女を妻としたのをお忘れか?」

(ちぢ)こまってしまったジャッシフをリオネンデが笑う。


「まぁ、おまえが王位を継ぐわけじゃない、おまえの子が、だ。そう委縮するな」

「そう、それにそうならないよう、リオネンデが頑張りますよ」

サシーニャが笑えば、『おい!』とサシーニャを(たしな)めたもののリオネンデも笑った。


 結局、王家に戻る話は

「わたしを王家に戻すのは時期尚早――もっと大臣たちのリオネンデ支持を強めてからでないと、(とばっち)りがすべてわたしに来る。ただでさえ、影で王を操っていると言われるのに、どうなることか」

サシーニャに却下された。


「必要となるその時には、状況がどうであろうと王家に戻りましょう」

意味ありげな眼差しを向けるサシーニャに、リオネンデも判ったと頷く。事情を知らされていないジャッシフが心配そうに『必要となる時、って?』と訊いたが、素知らぬ顔で二人とも答えなかった。

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