継ぐもの
当時の筆頭魔術師とチュジャンエラが対面することになった経緯を説明し、筆頭魔術師直属だった自分も同席したとサシーニャは言った。
「チュジャンエラが痩せ細った原因を筆頭魔術師は能力過多と判断し、親元に返そうと考えます」
「でも、チュジャンエラは返されなかった」
「わたしが引き受ける、身近に置き、徹底的に指導すると申し出たからです」
「おまえが引き受ける? 能力過多とやらには対処法があると?」
「自分の魔力と心身の持つ強さ、それに折り合いをつけるのです。この方法はわたし以外は知りません。だから筆頭魔術師はチュジャンエラの命を救うため、魔力を取り上げ、親元に戻そうと考えたのです」
フンとリオネンデが鼻を鳴らす。
「お得意の新たな魔法か、サシーニャ?」
「魔法と言えるかどうか……」
「わざわざチュジャンエラのために開発した理由は?」
すると今度はサシーニャが、フッと笑った。
「リオネンデ、何もチュジャンエラのために開発したなんて言っていません。その頃にはすでに確立させていました――必要に迫られてのことです」
なるほど、とリオネンデがしたり顔で言う。
「自分のためだ。そうだよな、サシーニャ?」
リオネンデを誤魔化すのは難しいと思いながらも、
「なぜそう思うのです?」
問い返すサシーニャだ。するとリオネンデがニヤリとした。
「俺の問いにおまえが問いで返す時は、俺の予測が当たっていると相場が決まっている――さっきから、何かあると思ってたんだ。で、これか、と思った」
「どういう意味でしょう?」
「おまえは繰り返し『通常』という言葉を使った。通常じゃない何かがあるって事だ」
「それで?」
続けながらサシーニャが心内で北叟笑む。
リオネンデならそこに引っかかるはずだ、そう見込んだサシーニャだ。自分からは言い出しにくいことをリオネンデに言わせようと目論んだ。
「前筆頭魔術師も知らない方法をおまえが考えたならその理由もやはり〝通常〟ではない何かのため――サシーニャ、おまえ、自分を異質と言ったが、それを通常と言い換えたな?」
これにはサシーニャ、
「わたしの容姿は能力と無関係」
と不快を露に言い返す。
「でも、まあ、今は魔力の話を続けます」
怒りを引っ込め一呼吸置いた。
「しっかり話を聞いてくれていたようなので、『赤ん坊は魔法が使えない』と言ったことも覚えていますね?」
もちろんだとも、と答えるリオネンデ、
「おまえは使えたのか?」
と続ける。
今度はサシーニャ、素直に頷いた。
「正式な魔術師となった時、養父から聞きました」
「養父は前の筆頭魔術師だったな」
「泣けば部屋の調度がガタガタと揺れ、酷い時にはテーブルが倒れる。わたしの両親はすぐさま魔術師の塔に助けを求めた――得た答えは能力膨張」
「能力過多とは違うのか?」
「能力過多は体力に見合わない魔力、能力膨張はそれに加え、成長に伴って魔力が増大していく。能力過多よりさらに落命の危険があります」
「それで魔術師の塔はどうすることに? おまえが今もこうして魔術師をしているってことは、何か対処したのだろう?」
「魔力を封じるのが一番簡単な対処法、でも、王……リオネンデ、あなたの父上がそれを許さなかった」
「父上が?」
「この赤ん坊は成人すれば次の王を支える者となる。そして準王子であることを考えれば、魔力を持って生まれたのも理由があるはずだと考えたそうです」
「うん、我が王家は魔術師の血筋」
「遡れば貴族はみな王家に繋がる。血が濃くなり過ぎないよう配慮しながら血族結婚を繰り返しているのが王家」
「それが能力膨張を生み出す?」
「能力過多は時おりあること、しかし能力膨張はごく稀、しかも王子にのみ」
「濃くなり過ぎた血が齎す? いや待てサシーニャ、おまえの父親に王家の血は一滴も流れていないはずだ」
「反対に、『新鮮な血』が混じることで能力が開花した、と考えたのが前王」
「しかし、能力膨張は命を脅かすのでは?」
「わたしの父親は立派な体格だったそうです」
「うん?」
「前王は、わたしが父の体力を受け継いでいると考え、そこに賭けてみようと言ったそうです」
「能力膨張を体力で跳ね返すと?」
「そのようです」
呆れるリオネンデ、サシーニャは苦笑するだけだ。
「わたしを魔術師の監視下に置き、様子を見ることになったそうです。さすがに落命の危険に直面するようなことがあれば別の対策を取ったのでしょうが、物心つくころまで、そんなことにはなりませんでした」
「物心つくころまで?」
「はっきり言うならば、父が身罷るまで、です――父を失った苦しみを消化できずに魔法を暴走させたのです。すべての窓が外れて落下し、帳と言う帳はビリビリ、寝台やチェストはバラバラ、誰にも止められず、駆け付けた魔術師も力の強さに慄いたとか。わたしを失神させることでやっと部屋は静寂を取り戻した――」
「うん、それで?」
「失神したわたしは王宮に運ばれ、前王たちは善後策を練ったそうです。意見は二分し、一つは今のところ体力に問題なく過ごせているのだから、このまま様子を見る、もう一つはすぐさま魔力を取り上げて、通常の生活をさせろ」
通常という言葉にリオネンデが微かに反応する。
「そのまま様子を見ると決まったわけだな。〝通常〟の生活がしたかったか?」
それにサシーニャが首を振る。
「話にはまだ続きがある――意識を取り戻したわたしは自分の能力を隠してしまっていた」
「能力を隠した?」
「心を閉ざしたと言えば判りやすいかと……魔法を使うには心身ともに力が必要と言ったのを覚えていますか? 感情がなければ魔法は使えないのです」
「念、ってやつか?」
「そうですね」
「だったらサシーニャは通常の生活を送れたという事だな?」
「能力を隠したと言っても一時的なものだろうと大人たちは判断しています。何の拍子で、どんな形で、再び発動されるか判らない――孤児になったわたしを筆頭魔術師が監視下に置き養育することになりました」
ここでサシーニャが少し視線を落とした。
「わたしが王宮に戻されなかった最大の理由です……これも正式な魔術師に成った時に養父が話してくれました」
「そうか……俺の父への恨みは消えたか?」
リオネンデの問いに、サシーニャは曖昧に笑っただけだ。
「で、それからどうなった?」
「ずっと心を閉ざしたまま、笑いもしなければ怒りもしない。与えられた部屋から出ようとせず、起こされれば起き、食べろと言われれば食べ、眠れと言われれば寝台に横たわる。視線はいつも宙を見るともなしに見ているだけ……預かって一年、わたしを持て余した養父は前王に助けを求めました」
「それでサシーニャは王宮に通うようになった?」
サシーニャが頷く。
「部屋に籠りきりのわたしに『王宮で王子たちと一緒に学んでみるか』と養父が聞いた時、預かって以来、初めてわたしは瞳を動かしたそうです。本当に、見間違いかもしれないと思うほど微かな動きだった。でも、その動きに養父は希望を見たと言っていました」
ここまで黙って聞くばかりのジャッシフが、
「そう言えば、初めて会ったサシーニャさまは話しかけても目を逸らしてしまって――人見知りか緊張か、それとも俺の対応が拙いのかって悩んだ覚えがあります」
サシーニャを見ながら言った。
「あの頃わたしは他者が怖かったから……母とは思い出すらない五歳の子どもが父まで亡くし、ただでさえ打ち拉がれているのに、怖い顔の魔法使いがやってきて、失神術を投げられた――他人は恐怖の対象でしかなくなった。特に大人はね」
「それでもすぐに俺たち双子とは馴染んだな」
これはリオネンデだ。
「リューズが強引だったから……結果的には感謝しています――ともかく、能力を隠すことをわたしは覚えた。これをチュジャンエラにも教えようと思って、彼を引き受けたわけです」
そうだ、やっと話が元に戻った、とリオネンデがクスクス笑う。そして、
「だが、チュジャンエラを助けたいってだけじゃないだろう? サシーニャ、ヤツをどうするつもりだ? 自分の代役にでもするつもりか?」
「今すぐに、とは参りません。でもいずれは――王とわたしが揃って国を離れる時がいずれ来ます。フェニカリデにおける護りの要となるよう考えております」
「随分と見込んだものだ」
「知識、判断力、魔術師の資質として申し分ない。少しばかり体力不足ですが、それは部下で補えます。何よりあの突出した魔力を使わない手はありません」
「最初からそう考えていたわけではないはずだぞ」
「チュジャンエラを親元に戻すかどうか相談していた時、近くに置いておきべきと閃きました。予感です」
「その予感が、五年前に結果を見たか……我らの計画の駒にすると」
「はい。見聞と経験を積ませ、わたしが持つ知識の多くを受け継いで貰います。わたしに何かあった時には次の筆頭魔術師にと申し送り状に書き込みました」
黙って聞いているだけだったジャッシフが慌てて口を挟む。
「いや、あの性格で筆頭魔術師は、どうかと……落ち着きがなさすぎです。まさかもう、本人にも?」
「いいえ、まだ一切なにも……大丈夫、あれは甘えられる対象がいるからで、いなくなれば本領を発揮する。チュジャンエラはわたしよりずっと冷徹です。期待を裏切らないでしょう」
「でも、サシーニャ――」
「まぁ、いいじゃないか、今すぐってわけじゃない」
言い募ろうとしたジャッシフをリオネンデが遮った。
「チュジャンエラの件は魔術師の塔のこと、決定権を持つのはサシーニャだ――それよりサシーニャ、ルリシアレヤにはどんな返事を書いたんだ?」
「あ……」
急に話題を変えたリオネンデ、まだ返事を書いていないサシーニャが慌てる。
「それがその多忙で――」
これもリオネンデが遮る。
「書いてないならさっさと書け。夕刻の打ち合わせで内容を知らせろ」
打ち合わせはそれで終わり、自分の執務室に戻ったサシーニャは、隠し戸棚に仕舞った一通の封書を手に取った。ルリシアレヤからの二通目の手紙だ。
多忙で書いていないと言うのは嘘だ。忘れていたわけでもない。何を書くかは決めてある。それでも書けなかった。今日こそ書かないわけにはいかない。
指先から流れ込む心地よい痛み――混じりけのない好意、それが真っ直ぐ自分に向けられている。
元通りに封書を置くと隠し戸棚を閉じ、軽く首を振る。そして心の中で呟く。
純粋で直向きなのは……わたしの容姿を知らないからだ――




