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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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握り締めた手

 自分を(ののし)るジャルスジャズナを見上げるサシーニャ、言い足りないのだろう、ジャルスジャズナの、サシーニャを指さす手がブルブルと震えている。そんな指先を眺めてから視線をジャルスジャズナの顔に戻し、サシーニャが微笑む。


「わたしがあなたを忘れた? これは()なことを。探し続けていたと言いましたよね?」

「あぁ、そうかい。あんたの不可解な胸騒ぎは終わっちまったんだろう? なのになんで探し続けたのさ? 探す理由が判らないね」

「それはあなたが必要だからです」

「あ……わたしが必要?」


 狼狽(うろた)えるジャルスジャズナ、サシーニャが立ち上がり、自分に向けられたジャルスジャズナの手に触れる。

「あっ!」

ジャルスジャズナが思わず手を退()こうとするのを許さず、サシーニャが握りしめ、

「落ち着きなさい」

と低く言う。


「えっ?」

その声にジャルスジャズナが改めてサシーニャの顔を見る。そして悟る。サシーニャが手を握ったのは、声を発せず意思を伝えるためだ――上級魔術師の間でしか成立しない魔法のひとつだ。瞬時に多くを伝えられるうえ、偽りが含まれないという利点がある。ただ、術者が熟練であっても、受ける側の体力気力に大きな負担がかかる難点があった。


 意識に直接流れ込んでくるのは、あの火事の中、王宮で起きた出来事だ。国王夫妻と王太子が誰に殺されたのか、そして火を放った者は……ジャルスジャズナの表情が見る見る変わる。

「そんな……あの日、そんなことが――」

「わたしはリオネンデ王とともに王家の墓廟(ぼびょう)に復讐を誓った」

「王家の墓廟……復讐――」

「ジャルスジャズナさま、あなたも魔術師見習いとなった時、王家への永遠なる忠誠と絶対的な服従を誓ったはずだ」

「わたしにどうしろと?」

ジャルスジャズナがサシーニャを(にら)みつけて訊く。


「王家への、魔術師としての義務をお果たし下さい。魔術師の塔へのご帰還を。我らの復讐にお力添えいただきたい」


 ジャルスジャズナがサシーニャの手を解き、向き直る。そしてじっとサシーニャを見る。

「復讐に助力だと?」

声に(こも)る怒りに、それでこそわたしのジャジャだとサシーニャが密かに北叟笑(ほくそえ)む。


「わたしに助力なんかで満足しろって言うのか?」

「もちろん、ジャルスジャズナさまさえよろしければともに復讐を」

「サシーニャ! 許せるもんか。わたしだって、わたしだって――」

今度の涙は悔し涙だ。それとも違うのだろうか?


「グランデジアを愛してやまない者の一人だ。王家を蹂躙(じゅうりん)されて黙ってなんかいられるもんか!」

「では、帰ってきていただけるのですね?」


 と、急にここでジャルスジャズナの勢いが落ちる。

「いや、帰るつもりは、ある。だがすぐに、とはいかない(・・・・)

「判っております」

サシーニャが今度は微笑みをちゃんと(・・・・)見せた。


「ガンデルゼフトが〝ジャジャ〟を失っても困らないよう根回ししてから、で結構です。今回は先方にお戻りください。せっかく買った土産の数々を無駄にしてはいけません」

「サシーニャ、おまえ! わたしを尾行()けたのか?」


「わたしではなく部下が――上級魔術師ジャルスジャズナともあろうおかたが尾行に全く気が付かない。魔力の衰えを懸念(けねん)いたしましたが、伝心の魔法に堪えて見事に受け取った……鍛錬不足は否めませんが、なに、すぐ元に戻りましょう」

「フン、役立たずと言いたいか?」


「滅相もない――あなたには『王家の守り人』になっていただきます」

「えぇ?」

「お覚悟ください。復讐のためです――我らの復讐には王家の守り人の力が必ず必要になる。その理由はあなたが王家の守り人になった時、墓廟にてお話しいたしましょう」

「わたしが? わたしが王家の守り人……」


 驚きで力が抜けてしまったジャルスジャズナの足元にサシーニャが(ひざまず)く。そして手を差し伸べ、ジャルスジャズナの手を催促する。わたしとともに復讐を果たしましょう、サシーニャの目がそう言っている。


 (うなず)いたジャルスジャズナが手を添えれば、真直ぐにジャルスジャズナを見詰めながらサシーニャが宣した。


「上級魔術師ジャルスジャズナさま。筆頭魔術師の権限で、あなたを王家の守り人にお迎えいたします」


 これでジャルスジャズナが王家の守り人候補の第一位に確定した。筆頭魔術師が迎え入れたのだ。王家の墓廟が難色を示さない限り、次の王家の守り人はジャルスジャズナだ。


 立ち上がっても手を離さないサシーニャに戸惑うジャルスジャズナ、サシーニャは涼しい顔で

「こんなに大っぴらにジャジャの手を握るなんて、二度とないことだから」

と笑う。


「ジャジャと呼んでくれるのかい?」

「あなたはわたしにとっていつまでも、慕わしい義姉(あね)上、ジャジャのままですよ」


そして考え込むように付け加えた。

「わたしはあなたに姉と同時に母を求めていたのかもしれません」

「母? いくら何でもそこまで年上じゃないぞ」

笑うジャジャ、サシーニャは聞こえないよう小さな声で、『あなたに女性を見ていたという事です』と呟いていた。


 魔術師の塔と王宮での手配が済んだら連絡すると言って、サシーニャは帰った。部屋を出る前、

「すまなかったね」

と部屋の隅で身を潜めていたワダに声を掛けている。


「判っているとは思うが……」

「口外無用?」

そんなワダに微笑み、耳元で『ジャジャを頼む』と(ささや)いた。それには頷くだけのワダだった。


 テーブルにはすっかり冷めてしまった料理、少なからず零れてしまった酒、ジャジャは椅子に座って、気抜けしたようにそれを眺めている。さっきまでサシーニャが座っていた椅子にワダが腰かけると、ジャジャはそのままの表情でワダを見た。


「ごめん、すっかりあんたを忘れてた」

「いや、気にするな」

ワダは料理に手を伸ばし、口に放り込む。


「冷めちまったが、これはこれで旨いぞ。食えよ。満腹になるほど食っちゃいないだろ」

「うん……」


 口に食べ物を運ぶものの、ジャジャは考え込んだままだ。きっと味なんか判ってないだろう。砂を口に入れたら、気づかず食べてしまいそうだ。


「なぁ、ジャジャ」

「うん?」

生返事のジャジャ……


「すまなかったな――俺にも立場があってよぉ」

「うん……」

やっぱり生返事、俺の声など聞こえちゃいないか? ワダが苦笑いする。


「俺は、何かしでかした(とが)でおまえは捕らえられる、そう思ってた。できればおまえを逃がしたい、でも逃がすわけにもいかない。俺だって、グランデジア国王に忠誠を誓ってる。まぁ、むこうは知ったこっちゃないだろうけどよ」

「そっか……」


「ン、なんだな、あれだ、やっぱり会ってよかっただろう?」

「うん、昔よりいっそういい男になってた」

うっすら笑うジャジャに、ワダが少し驚く。

「あれ? ちゃんと聞いてるんだ?」

「聞いてるし、聞こえてる。ワダ、おまえ、いつサシーニャと知り合ったんだ?」


「最近だ、まだ一年経ってない」

「そうなんだ? それなのにサシーニャはあんたを随分と信頼してるんだね。わたしを(おび)き寄せるのにあんたを使うなんてね」

「それは……俺がおまえと知り合いだから」

「いいや、それだけじゃない。ワダ、あんた、わたしが見込んだだけあって、有能だってことだ」

「なんだよ、それ」


「わたしはね、フェニカリデに帰りたかったんだ」

「えっ?」

急に話題を変えたジャジャにワダがたじろぐ。


「ずっとサシーニャに会いたかった。でもさ、どのツラ下げて?」

「ジャジャ」

「あんたが一緒にいてくれたら、会いに行く勇気が出るかもって思った。拒まれて会えなくても(くじ)けないでいられると思った。だからフェニカリデに来られた」

「う、うん」

「ワダ、あんたに感謝してる。あんたがここに連れて来てくれたから、サシーニャを手助けできる場所に戻れる」


 ワダとしてはなんだか騙されていたような気分がしなくもない。けれど、

「よかったな、ジャジャ」

と言うしかない。


「これから忙しいぞ。ガンデルゼフトをどうするつもりなんだ? 解散か?」

「まさか、解散なんかさせるもんか。ちゃんと継続できるよう手を打つさ」

「俺は手を貸せないぞ?」

「判ってる、あんたはあんたで忙しい――でも一つだけ頼んでいい?」

「うん? ジャジャの願いならなんでも聞くって言いたいが、できることにしてくれよ。できないことはできねぇからな」


 ワダの答えにジャジャがクスッと笑った。

「簡単なことだよ――わたしが王宮内にある魔術師の塔に入る日まで、あんた、わたしを抱いていておくれよ」


 ワダがジャジャの目を見詰める。ジャジャは怖がっているんだろうか? サシーニャは『覚悟しろ』と言っていた。そうだ、復讐って言葉も聞こえた。


「ジャジャ……サシーニャが言っていた、復讐って?」

「ごめん、言えない」


「あの日、そんなことが、って言ってたよな? あの日って、王宮が焼け落ちた日のことか?」

「――どうしても知りたければサシーニャに訊け。サシーニャがワダに言っていないのにわたしが言えるか」

「あ……」


 知れば危険に(さら)されることもある、そんな情報は()えて部下に伝えない――


「判った、なんも訊かない。で、おまえが飽きるまで抱いていてやる」

魔術師の塔に入る日まで……ワダがジャジャの腕を取り、引き寄せた――


 王宮に戻ったサシーニャはその足で王の執務室に向かっている。


「王家の守り人候補が決まった? どの魔術師だ?」

リオネンデは既に休んでいたらしく、少しばかり不機嫌な顔を見せる。いいところ(・・・・・)で邪魔をされた、とでも言いたそうだ。

「今は魔術師の塔の魔法使いではありません。近々呼び寄せることとなります」

「ふぅん……」


 あれほど次の王家の守り人を決めろと言っていたのに、リオネンデは興味なさそうだ。

「では、詳しいことはまた明日にでも。お休みくださいませ」

去ろうとするサシーニャ、邪魔して悪かったねとでも言いたいところだが、それを口にすれば退出の機会を失しそうだ。絡む口実をわざわざ提供することはない。


 サシーニャとて今日はもう休みたい。いや、ジャルスジャズナに使った時間を取り戻さなければならないか。魔術師の塔に戻ってもすぐに休めない。


「待て、サシーニャ」

そんなサシーニャをリオネンデが引き留める。

「おまえ、酒の匂いがするぞ? どこで酒を飲んできたんだ?」

リオネンデの指摘にぎょっとするサシーニャ、リオネンデがニヤリと笑った。

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