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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第3章 ニュダンガの道

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本心は苦悩の中に

 惚れた女と一緒の道行きだ。本来だったら楽しいはずが少しも楽しめないのは後ろめたさがあるからだ。フェニカリデ・グランデジアに入ってから、尾行が付いているのも気になっている。


 ジャジャを伴ってフェニカリデに行くのは今日になったとサシーニャには伝えてある。が、サシーニャから、その後の連絡がない。フェニカリデに連れて来いと指示されたきりだ。フェニカリデのどこに連れていけばいいのだろう?


 ワダの誘いに筆頭魔術師(サシーニャ)が絡んでいることなど知らないジャジャはお気楽に〝花の都〟を楽しんでいる。ところどころで足を止め、『この木、ずいぶんと大きくなったよ』とか、『ここら辺、ちっとも変ってないや』と独り言を言う。


 去年、来たんじゃなかったのか? とワダが呆れると、興行で来た時は見物(けんぶつ)なんかしてる余裕がなかったからねぇ、と何かを思い出しているようだった。


 一昨日(おととい)、ベルグにあるワダの住処(すみか)に予告もなしに来て、『今からフェニカリデに行こう。こないだ約束したよね?』と言い出した。いつも突然だな、と苦笑しながら応じたワダだ。


 気紛れなジャジャ、断ったら次はいつ行く気になるか知れたものではない。その夜はワダの住処で過ごすことにし、翌朝、ベルグ街道を通ってフェニカリデに行くことにした。そして昨日はリッチエンジェで一泊している。


 最初の夜、ジャジャの目を盗み、サシーニャへの密書を手下に託した。リッチエンジェに報告に来た手下は、王宮の裏門にサシーニャ自ら姿を見せたと言った。


『噂には聞いていたが、本当に黄金の髪が()えてた――ありゃあ売り飛ばしたら幾らになるんだ?』


 色が違うってだけで俺たちと同じただの(・・・)髪だ、(きん)で出来てるわけじゃねぇ、笑うワダに

『それじゃあ瞳は? 蒼玉(サファイヤ)でも埋めてあるのか?』

と、手下はさらにワダを笑わせた。


『ワダがそう言うならよぉ、信じるけど。あれが同じ人間とは、言われなくっちゃ判らねぇ』


 手下の言葉にワダの心が切なく痛む。手下がこんなことを言うのも仕方がないと思う自分がどこかにいる。ヒリヒリと嫌な感触がした。


 サシーニャは俺たちと同じ心を持って生きている。あの男は見せかけ(・・・・)よりもずっと繊細だ。それはサシーニャとの間で何度も交わされた会話の端々から伝わってきている。辛辣な言葉を口にすることもあるし、冷たく素っ気ない時もある。それでもサシーニャからは慈しみのようなものを感じる。はっきりとは判らない、でもそれは温かく柔らかい。


 そんな温かく柔らかな心でサシーニャは、自分に向けられる心ない視線に堪えてきた。どれほど辛かったことだろう。感情に、立場や身分の上下は関係ない。今までどれほど多くの思いをサシーニャは飲み込んできたことか。サシーニャの目が寂しげに涼しく見えるのは、色のせいだけじゃないのかもしれない。


(サシーニャ、あんた、ひょっとしたら物凄く孤独なんじゃないのか?)

どうにかしてやりたいと感じるが、どうしたらいいか、ワダには思い浮かばない。


 フェニカリデに着くとジャジャが真っ先に向かったのは女物の小物を扱う店だった。

「ジャジャには可愛すぎるんじゃねぇか?」

優しい色合いの袋物を手にしたジャジャをワダが揶揄(からか)う。


「座員たちに土産(みやげ)を買って帰るって約束したんだよ」

カラッと笑ってジャジャが答える。


「一緒に行くって言われて困った。フェニカリデで公演しようなんて言い出す子もいてね」

「それなら採算なんて考えずに、数年に一度なんで言わずに、頻繁に興行したって(ばち)は当たらないと思うけどねぇ」

「そうもいかないってもんだよ」

笑うジャジャはどこか寂しげだ。


 その店でいくつか買った後もジャジャが行くのは似たような店ばかり、座員の顔を一人ひとり思い浮かべ、喜びそうなものを選んでいるのだろう。


「それにしても知り合いに出会わないもんだね」

ワダの顔見知りには何人か出くわしたが、あちこち回っているのにジャジャに声を掛けてくる者は皆無だ。


「化粧してないからね。わたしがガンデルゼフトのジャジャさまとは気が付かないのさ」

「そうじゃなくってさ、昔馴染だっているんだろ?」


 この時もうっすら笑ったジャジャは寂しげな……むしろ悲しそうな顔をした。

「そんなの、もういないよ。いそうな場所には行ってないしね」

「避けてる? 会いたくないんだ?」

「もう耄碌(もうろく)したのかい? この街から逃げ出したって教えたじゃないか」


「片恋の相手から逃げたんだろう? いい加減、余熱(ほとぼ)りも冷めた頃じゃ? 思い切って会いに行くってものあり(・・)だぞ。向こうは会いたがってるかもしれないし」

(うるさ)いね! わたしは会いたくないんだよ。向こうの気持なんか知るもんか!」


 そうかい、まだソイツが忘れられないってか。そんなことを言えばジャジャは怒ってフェニカリデから帰ってしまうかもしれない。言わずにいたワダだ。


 ジャジャが買い物を楽しむうちに夕刻が迫る。そろそろ宿を決めておこうとワダが言い出せば、

「食事を部屋に持ってきてくれる宿がいいな」

とジャジャが言う。


「食事は部屋で、酒を飲みながらゆっくり……酔っぱらってそのまま寝ちゃってもいいように」

「大酒ぐらいのジャジャさんらしい――そうなると、限られてくるなぁ」


 裏門に現れたサシーニャは密書を受け取ると、『書かれたとおりの行動を』とだけ言ったらしい。フェニカリデに入る(おおよ)その時刻を(しる)し、泊まる宿は現地で決めるとしかワダは書かなかった。ワダにつけられた尾行は宿を特定するためだと考えられる。サシーニャは宿に兵を向かわせ、ジャジャを捕らえるつもりなのだろうか?


「まっ、白梅通りの『ゴムゴロ』にするか。俺の定宿だ。あそこなら少しくらい(わが)(まま)を聞いてくれる」

「ワダの定宿? あぁ、商売でフェニカリデって言ってたね。そこの料理は旨いかい?」

「もちろんさ。酒もいろいろおいてるぞ」


 薬草売りのワダ(・・・・・・・)が泊まるのはゴムゴロだ。貴族相手の宿は打ち合わせに使い、終わればゴムゴロに移る。どこに泊まっているかと探られたときの用心だ。


 もちろんゴムゴロもワダの持ち物、ワダはフェニカリデだけで五軒の宿を持っている。盗賊稼業に向かない手下の働き場所にするため、盗賊として稼いだ(かね)で手に入れていった。どの宿も名義は手下にして、ワダに繋がらないよう仕組んである。


 つまりゴムゴロなら、ワダが命じれば宿で起きた出来事を隠すこともできる。ジャジャが兵士に連行されるところを、他の客から隠すことだって可能だ。


 ワダの手が回らない他の宿なら、あっという間に尾ひれがついて市中に広がり、ガンデルゼフトの評判が地に落ちる。ジャジャが帰ってこれたとしても、もう興行で生きていくのが無理になる。やっとガンデルゼフトの名が諸国に広まってきたというのに、だ。


 宿に入る時、こっそり『両隣と正面は空き部屋に』と手下に伝えた。手下は何を勘違いしたのか『少しは遠慮してくださいよ』とニタニタ笑った。ジャジャのあの(・・)声が漏れるのを気にしているとでも勘繰ったか。そんなの、これ見よがしにどんどん聞かせてやるさ――そう思いながら、ワダは手下に曖昧な笑みを見せるだけだった。


 部屋に入るとジャジャはすぐにバスを使った。終わるとワダにも使えと言う。

「夜飯前に楽しもうよ」


 それを『歩き疲れた。少し休んでからがいい』と、ワダは初めてジャジャからの誘いを断っている。行商人を気取ってるくせに情けないね、ジャジャが笑った――やっぱり少しも疑わない。給仕も来るだろうから、そのほうがいいか、なんて納得している。


 (しばら)くすると食事が運ばれて、上機嫌のままジャジャが食べ始める。いつ兵士が踏み込んでくるかと気が気じゃないワダは食が進まない。


「そんなに疲れちゃったのかい? 食べないとなくなるよ」

そんなワダを不審がることもなく、ジャジャはバクバクと食べ、グイグイと飲んでいる。


(気付け、ジャジャ。俺はいつもと違うだろう?)

いつもの勘の良さはどこに行っちまったんだ? いつ兵が差し向けられるか判らないんだぞ? ひょっとしたら既にこの宿の前に来ているかもしれない。


 俺たちは尾行(つけ)られてた。この宿に入ったと、とっくに報告されてるはずだ。いつ捕縛者が来たって不思議じゃないんだ。


 本心はジャジャを逃がしたいワダ、かといって自分じゃ逃がせない。本人に気付かれて逃げられた。それならサシーニャを、その後ろにいる王を裏切ったことにはならないのでは? 自分自身に板挟みにされて、ジャジャが陽気になればなるほど蒼褪めていく。そしてワダの意識は宿の受付に向かっている。今か? そろそろ来るか? まだ来ないのか?


「――ワダ?」

「えっ?」


「なんだよ、さっきから呼んでるのに返事もしないで」

「え、あ、あぁ……なんの話だったっけ?」


 気が付けばジャジャは酔いが醒めたような真面目な顔でワダを見ている。拙い、ジャジャを逃がすわけにはいかない――そう感じてワダがハッとする。俺は何をしているんだ? ジャジャを心配しているのは自分への言い訳だ。売り渡すとはっきり決めちまってるじゃないか。だから今、拙いと思った。自分が情けなくて涙が滲む。


 ジャジャがますます顔を(しか)める。

「おいおい、そんなに疲れたかい? まさか体調が悪かった? それならそうと言ってくれれば別の日に――」

「そうじゃないんだ!」


 たまらずワダが声をあげる。ジャジャには聞こえなかったようだが、今、宿の受付で小さな騒ぎがあった。

「そうじゃないんだ、そうじゃないんだ――」

「ワダ?」

早足に階段を昇る足音が聞こえる。それはこちらに向かってくる。

「ワダ? 落ち着け、おまえ、顔が真っ青だぞ」

「ジャジャ――」


 すまない、おまえを騙してここに連れてきた――そう言おうとするワダを、扉を叩く音が止める。

「なんだろう、他に何か注文したっけ?」

給仕と思ったジャジャが扉を開けようと立ち上がる。


「ジャジャ! 俺が出る、おまえは座ってろ」

ジャジャを制して、転がるように扉に向かったワダが、廊下から聞こえる声に首を(かし)げた。


「お客さん、困ります!」

この宿の差配が慌てている――

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