80.作られた舞台
すすり泣く声が響く。
倒れ込んだときに怪我をした者はいたがすでに治療はされ、後は意識が戻るかどうかという人物が五十人ほど並んで寝かされていた。
回復スキル持ちのシスターたちはなすすべもなく、彼らとその関係者たちを見守っていた。
「こんなにも」
この混乱を知らずに自宅で療養している者、まだ発見されていない者もいるかもしれず、見つかっただけでもこれだけだ。
目を凝らすがやはり黒い靄は見えず、私の聖女スキルがどこまで通用するのかわからない。
この現状を作り出したであろうマリアンヌが待ってましたとばかりに、私たちの前に立ちはだかった。
その横にはベアティが当然のように立つ。
「あら、エレナさん。よくここに顔を出せましたね?」
葬儀のような沈痛な空気のなか、どこか楽しげなマリアンヌは、ほら、見なさいと見せつけるようにベアティの腕を組んだ。
それに対して、ベアティはされるがままただ突っ立っている。
死に戻り前の状態と同じで、黒い靄があるかないかの違いだけで、そこに感情があるようには見えない。
「やっぱり何かおかしい」
「私もそう思います」
「そうね」
私の護衛として両サイドに立つインドラとシリルが小声で話すのに頷きながら、私はベアティの様子をじっと見つめた。
ベアティもゆっくりと私を見つめ返してくる。
その様子を見たマリアンヌが面白くなさそうにベアティの腕を引っ張るが、そっちを見向きもしない。
私は、届くか届かないかくらいの小さな声で名前を口にした。
「ベアティ」
視線が絡み合うが、黒金、オレンジと美しいはずの瞳は何も映さず無機質で、普段の魅力が一切感じられない。
薄い膜が隔てているようで、何を考えているのか見えない。だけど、確実にその瞳の奥がゆらりと揺らいだ気がした。
その反応を見て、私はそっと視線を逸らした。
その瞬間、ぴくっとベアティの身体が揺れたが、私は構わずマリアンヌを見た。
「スタレット侯爵様の要請があったので」
「まあ。お父様ったら、私だけで十分なのに。もしかしてあなたに本物としての実力を見せろということかしらね」
にんまり笑みを浮かべる姿に、勝利を確信した者の余裕を感じる。
「私が観客でいることで、皆様が助かるならむしろ願ったり叶ったりです。皆様の回復が一番ですので」
同じ土俵に上がるものかと、私はにこりと笑みを浮かべた。
まだ、偽聖女だとどうしても印象付けたいのならすればいい。それで彼らの元に戻るのなら、誰が治したのかなんて関係ない。
ただし、この現状を作った責任は取ってもらう。
そのために、私は罠だとわかっていてもここまで来たのだ。
何事も比較対象がいてこそ輝き、周囲にわかりやすくその力を示すことができる。その相手に私が選ばれたのだろう。
マリアンヌのことだから、私をさらにみじめな思いにさせるためにベアティを連れて来ると思っていた。
ベアティの状態を見極めるため。ベアティを取り戻すため。
そして、スタレット侯爵の支配を終わりにするためにもこの場から逃げるつもりもないし、目的を間違うつもりもない。
これだけ多くの人が影響される力だ。
目の前で何らかの力が行使されれば、絶対気づけるはずだ。
その瞬間を見逃すつもりはないし、そのために周囲に協力も仰いでいる。
インドラやシリルもいるし、手の届かないところにはランハートも動いてくれている。
私はベアティではなく、マリアンヌの反対側にいる人物に視線を向けた。
マリアンヌの横にはブリタニーが立っていて、相変わらずマリアンヌを崇拝したような表情で見つめている。
もしかして、彼女が精神干渉スキルの元の持ち主だったりするのだろうか。
黒い靄は見えないが、彼女がここまでマリアンヌに心酔している理由も、マリアンヌが平民である彼女を公の場で横にいることを許している理由も気になる。
気になると言えば、こういう公の場では常にマリアンヌのそばにいる従者、名前はステファンだったか彼がいない。
死に戻り前は学園外では彼が必ず控えていたが、見回してもいないのは何か理由があるのだろうか。
「本性が出ましたね」
「本性ですか? 助けたい気持ちはありますが、マリアンヌ様が彼らを助けられるのでしたら私は喜んで見守ります」
私がそう答えると、ざわりと周囲が揺れた。
マリアンヌはその反応に気をよくして、なるべく多くの者に届くようにと声を大きくした。
「まあ、そんな他力本願だからベアティもあなたを見限ったのよ。いいわ。私が彼らを救ってあげましょう。あなたはそこで見ていなさい。皆さん、今から私の力であなたたちの大切な人たちを助けましょう。そのためには皆さんの祈りが大事です。どうか祈ってください」
そこでマリアンヌは一歩前に出て、すっと右手を上げる。
まるで私が聖女ですよとばかりに、白くひらひらした衣装を着たマリアンヌの姿は一部では敬虔な気持ちを抱かせるのか、そっと両手を合わせる者もいた。
「どうか、主人を助けてください」
一人の女性がマリアンヌに助けを求める。
彼女のそばには、ガリガリに痩せた男性が横たわっていた。
「ええ。助けましょう」
マリアンヌが両手を前に祈りのポーズをとると、目が痛くなるほどの眩い光が放たれた。




