78.告白
いつも近くにいた人が、何度かいつでも好きにして自立してもいいよと促した相手がずっとそばにいるとついて離れなかった人が、マリアンヌのそばにいる。
その事実に打ちのめされる。
様々な可能性があるが、一緒にいるというだけで吸う空気が重くなりこの場に縫い付けられてしまいそうだ。
「泣かないで」
シリルに指摘されて慌てて抑えるが、自分ではどうやっても止められない。
きっと事情がある。何か理由があるはずだ。
そう思うのに、ベアティに見つけてもらえずマリアンヌといた事実にどうしようもなく悲しい気持ちになった。
「ごめんね。居場所がわかったのはいいけど、黒い靄も見えないしベアティがどうして彼女のそばにいるのかわからなくて。あと、ベアティが私を見なかった」
口に出して、さらに胸が痛くなった。
いないとわかっているのに、見つけた場所にいつまでも視線を送ってしまう。
ベアティの身の安全が一番心配だ。なら、助け出さなければと思うのに、もし自分の意思で彼女のもとに行ったとしたら……。
そう思うとどうしようもなく苦しくて、考えたくないと首を振った。
「やっぱりお嬢様は……」
シリルが何か言いかけたので、そこで彼を見て気づいた。
顔色が、随分と青ざめている。
「シリル、どうしたの?」
私は慌ててシリルの額に手を当てた。
もともと白いからわかりにくくて気づくのが遅れたが、あまりにも体調が悪そうで心臓が竦み上がった。
――さっき見ていてって言われたばかりなのに……。
自分の未熟さに唇を噛み締める。
これまで怖さから閉じこもっていたから、突発的なことに自分が弱いのだと自覚する。
大事なものの優先順位なんてない。
ベアティも、どのような状態なのかも心配だけど、シリルだって大事な人だ。
「ここに座って。そうだ。お水。ちょっと待ってて! 貰ってくるから」
シリルを壁のほうへと凭れさせ、踵を返し走ろうとすると、ぱしっとその手を捕まえられる。
「どこにも行かないで」
立ち止まり、切実な顔をして訴えてくるシリルの前に戻った。
「わかった。ここにいるよ」
シリルの望むまま、私もそうしたくてそう言ったのに、シリルはくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
驚いているとその顔を見られたくないのか、おもむろに抱き寄せられる。
ぎゅうぅぅと力を込めてくるのに、私の顔だとか息がしやすいような角度で、逃げられないけど苦しくない力加減にシリルらしさを感じて私はその身体に身を預けた。
震える腕となんとか落ち着かせようと苦しげに整える息遣いに、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
馬車や人々のあらゆる音が通り過ぎていく。
私はその間、とくとくとシリルの鼓動の音に耳を傾けながら、次のシリルの行動を待った。
小さく、よし、と声が聞こえ、シリルの腕の力が抜ける。
そのタイミングで顔を上げると、切なげに目を細めながらも鮮やかな笑顔を浮かべたシリルがいた。
「僕は、エレナお嬢様が好きだよ」
どこまでも甘く、そしてぽかぽかと温かく響く声。
だけど、その目にはたっぷりの愛情が浮かび、私を逃すまいと一心に見つめていた。
鋭さを孕んだ真剣な視線だけど前面に押し出されるものはどこまでも優しく、どこか切なさも混じるもので、見つめられるだけでそわっと落ち着かなくなる。
見慣れたムーンライトの瞳の奥には、隠すつもりのない激情の燃え盛っていた。
これはいつもの甘えでも慕っているからでもなく、男として好意であると嫌でもわかる。
「私は……」
そこで、私は一度口を閉じた。
あらゆる想いがひしめき合い、自分だけではどうにもならないものも多くて、言葉がうまく紡げない。
シリルの気持ちは嬉しい。
これまでのシリルの言動、先ほどの態度から、それが長い間秘められてきたものだというのが伝わって、どうしようもない衝動に鼻がつんとするのど込み上げるものはあった。
だけど、告白されて異性として意識したとき、浮かぶのはベアティだった。
これまでどちらも異性として意識して接してきたつもりはない。けれど、好きと言われるとどうしてもベアティのことを考えてしまう。
――そっか。
私はベアティがそういう意味でもう好きなんだ。
好きだからこそ、見つけてもらえなくてショックだったんだ。ようやく、今のこの苦しみの一端を理解する。
「私もシリルが好きだよ。だけど、家族として、身内として大事にしたい好き。だから、その気持ちには応えられない。ごめん」
「ううん。わかってたから。でも、振られてもやっぱり好きなのは変わらない。エレナお嬢様が誰を好きでも、飼い主以上恋人未満でもいいからそばにいさせて。僕がいることを忘れないで」
シリルは私の心が誰に向かっているのか、私よりも先に気づいていたようだ。
――ん、あれ!? ちょっと待って。
シリルは私の気持ちをわかって身を引いてくれたのだろうけれど、『飼い主以上恋人未満』という言葉はどうなのか。
ううぅ~んと考え込んでいると、シリルは私をもう一度抱きしめてから私の腕を掴み引き剥がすと、にこっと笑顔を浮かべ明るい声を上げた。
「まずベアティと接触して、こっちに引き戻そう。どんな理由があるかはわからないけれど、正気じゃなかったら重い一発浴びせて目を覚まさせよう」
「……そうだね。すぐに帰ってくるって言ったのにこんなに心配かけさせて、しからないとね」
こんな状態だから、こんなときだから、気持ちを伝えてくれたシリル。
どんな私でも、私がシリルに異性としての気持ちを返せないとわかった上でも、変わらずそばにいてくれるという言葉に救われる。
シリルを初め、私のそばにはたくさんの人がいる。死に戻り前のように一人ではない。
だから、何が起きても大丈夫だ。
まずはベアティの安全の確認。
何らかの罠にはまって捕まってしまった可能性が高いが、万が一助ける行動がベアティにとって望んでいないことだったとしても、まず彼のそばまでいかないとわからない。
――ベアティのバカ。待ってるって言ったのに。
考えてって、唇の端に口づけを落としておいて。
優しい温もりだけを置いていなくなってしまった相手を、見つけたからには取り戻すのだと私はベアティたちが消えた方向を見つめた。




