77.喪失
ベアティがいなくなって一週間。
いなくなる直前の女性らしき人物と話をしていたのを見たという証言は得ることができたものの、調査中に忽然と姿を消し行方はわからないままだ。
いつ帰ってくるのかとずっと待ち続け、時間が経つとともに心配と期待がごちゃまぜになり、目の前のことにも集中できないでいた。
日が傾き始めた王都内を、今日もベアティの手がかりがないかと歩く。
「インドラも待っているので、そろそろ屋敷に帰りましょう」
シリルに話しかけられ路地を覗いていた私は振り返ると、今にも泣きそうに眉を寄せたシリルが私を見下ろしていた。
「そうね。付き合わせてごめんなさい」
「謝らないで。僕だってベアティは心配だし、どれだけでも一緒に探すよ。だけど、ベアティは僕が知るなかで誰よりも強いから、事件に巻き込まれていたとしてもきっと自力で乗り越える。それよりも、僕はエレナ様のほうが倒れてしまいそうで心配だよ」
そっと腕を掴まれ、だから帰ろうと促される。
「シリル……」
「ね、もうちょっと肩の力を抜こう? そんな顔していたらベアティが帰ってきたら落ち込むだろうし、あと、僕も何をしていたのかと怒られそうだよ」
最後は冗談交じりに付け加えられたが、二人の関係からなんとなくその様子が浮かび、私は小さく笑みを浮かべた。
「そうね。当てもなく動いたところで変わらないものね」
そう告げながらも、あれから日に日に喪失感が増していく。
当然のようにいた存在が突然いなくなった現実は、時間が経てば経つほど真綿で首を絞めるように息苦しくなっていく。
絶対離れないと豪語していた、私が少しでもベアティたちがいない未来を考えようものなら察知して、べったり甘え存在をアピールしてくるベアティが、このような形でいなくなるとは考えもしなかった。
離れるときは互いに明るい未来のため。そう信じて疑っていなかった。
そうなるためにこれまで動いてきた。それ以外のことは考えもしなかった。
最後に触れた温もりと約束を思い出すだけで、胸が締め付けられる。
ベアティの気持ちが重いものであることには気づいていたのに、それを具体的にどんなものか直視しないよう、過去と未来の怖さから逃げてきたから罰が当たったのだろうか。
「エレナお嬢様! 僕を見て」
月明りの夜のような落ち着く色をした瞳が、僕を忘れないでと訴えてくる。
今もどこかで苦しんでいたらと思うと、どうしても何もせずにはいられなかった。
だがその行動がこんなにも周囲を悲しませていることに、ベアティを心配するように、私を心配する人もいることを思い出させられ、少し冷静になる。
――こんなにも不安にさせて、ダメね。
シリルもベアティと変わらず大事な存在だ。
その彼を、こんなにも悲しそうな顔をさせてしまっている事実に落ち込む。
いなくなった人を心配するのは当然だが、そばにいる人を忘れたら駄目じゃない。
決して忘れていたわけではないけれど、実際、ベアティのことばかり頭を占めて気持ちが疎かになっていたのは否めない。
「ありがとう。落ち着いた。ごめんね。あんな形でいなくなったから心配で」
「わかるよ。王都で異様な事件が続き、スタレット侯爵家の動きもきな臭くなってきたし」
国王の洗脳が解けてしまったことで、決定的な証拠は掴めないものの裏組織との取り引きが活発化しているとの見解だ。
スタレット侯爵が持っていると思われる、精神支配のスキルをどうにかしないと、彼の手駒は強くなる一方だ。
目を閉じ、ふぅっと大きく息を吐き出した。
私よりもその道に詳しい人たちが動いてくれている。彼らを信じることも大事だと、私には私にしかできないことがきっとあるはずだと、焦りは禁物だと自分に言い聞かせる。
「あっ」
再び目を開け、なんとなく右側が気になり私は小さく声を上げた。
シリルの袖を掴むと、彼も気づき低い声で唸った。
「最悪。聞いていた特徴と違うけど、あの女に捕まったの? もしかして、精神支配?」
私は目を凝らし、馬車の中でマリアンヌの横に座るベアティを見て首を振った。
「黒い靄は見えない」
声は届かないはずなのにベアティがわずかにこちらに顔を向けたが、マリアンヌに腕を引っ張られ見えなくなってしまった。
離れていたしわずか数秒のことだったが、ベアティを見間違うはずがない。
私の声に反応したと思ったけれど、気のせいだったのか。
「えっ! いや、支配されていないのならいいのか。でも、どういうこと?」
「わからない……」
スタレット侯爵側にいることも問題だが、ベアティの顔に靄がかかっていなかったことでどう対応すればいいのか見えなくなった。
精神支配を受けていたとしたらそれを解けば取り戻せる可能性もあるけれど、もしベアティの意思だとすれば話は変わってくる。
ベアティが簡単に気持ちを変えるなんて、そんなことはあり得ない。
帰ってくると約束したのはついこの間だし、あのベアティがまさかという気持ちのほうが強い。
ベアティ自身、スタレット侯爵家のことを憎いはずで、だからこそ彼らのそばに支配されていない状態でいることに違和感を覚える。
きっと何か理由があるはずだと思うそばから、本当にそうだろうかと揺らぎ始める。
見えないもの、見せていないものが原因で気持ちが変わることだってある。
自分の気持ちだって定まらないのに、どうして他人のことはこうあるはずだと決めつけられるのか。
移ろうものをずっと変わらないと、どうして言い切れるのだろうか。
何より、
――ベアティが私に気づかない。私を見なかった。
これまでのベアティならどれだけ離れていても視界に入る場所ならば私を見つけて、すぐに駆けつけてきたはずだ。
目も合わなかった事実が心をえぐる。
「ベアティ……」
名前を口にするだけでじわじわと目頭が熱くなり、つぅっと涙がこぼれ落ちた。




