75.異様
ベアティの行方がわからなくなる三日前のこと。
ぽかぽかと暖かい陽射しが降り注ぐテラス席。
うむむむっと眉を寄せて考え込んでいたが、あの日あれだけ饒舌だった五人がここにきて一言も発していないのに気づき顔を上げた。
「どうしましたか?」
「まだ、怒ってるのか?」
ランハートが珍しくへにょりと眉尻を下げ、私の顔をうかがった。
発破をかけすぎたかと、ランハートなりに気にしているようだ。だが、王子の気持ちもわかるので私はゆっくりと首を振った。
「いえ。怒っているというよりは、この先、何を仕掛けられるのか心配で」
最後の捨てセリフ以降、遠巻きにこそこそ言っているのは見かけるが、マリアンヌが直接絡んでくることはなくなった。
これまで事あるごとにベアティたちに触れ精神干渉を試みようとしていたが、ここにきてそれらはぱたりとやんだ。
あれだけのことを宣言し、王族と対立するような言葉を吐いて何もしないわけがなく、あまりに静かなので日に日に警戒心は高まっていく。
「確かに不気味だな」
「嵐の前の静けさって感じだよね~」
「僕たちにも何も言ってこないよね。まあ、僕たちは今更そこまで興味ないって感じかな」
そこでランハートと双子も眉間に皺を寄せ、ベアティを見る。
その視線を受けたベアティは肩を竦めた。
「エレナ様に何かしようとすれば、ここからは遠慮しない。以前も言ったが、国や身分はどうでもいいですから」
「それは絶対だけどさ。どうしてもエレナお嬢様を悪者したいのが伝わりすぎて、ちょっと異様だよ」
無感情なベアティの声に賛同し、そこでシリルは心底嫌そうに顔をしかめた。
シリルが言うようにこちらでは測れない理屈で動いているため、マリアンヌはどう出てくるのかわからない怖さがある。
「きっと回復スキルが使えなくて、苛立っているのもあるとは思います。ここで仕掛けてきたのには意図がきっとあるはずなんです。それが何なのか気になります」
ランハートたちにも、ロレッタのことを含めマリアンヌのスキルのことは話してある。
マリアンヌが持っているスキルは二つ。
しかも、人から奪ったスキルであり、奪った相手が近くにいなければ不都合が生じるのだろうと推測し、現在、マリアンヌは回復スキルが使えない状態である可能性が高かった。
ロレッタを探すような動きがあることは把握済みで、ロレッタを購入した奴隷商には王族の圧力がかけられているため、私のところにいるとは知られていないはずだ。
いい兆候ではあるが、肝心のロレッタのほうにスキルは戻ってきていない。
もっと期間を空けるべきなのか、戻ってこないのか。
強奪スキルについて詳しい文献がないのでわからないが、このまま彼女に会わせてはならないのは確かだ。
「そうだよね~。マリアンヌちゃんが聖女と呼ばれる最たる理由は回復スキルだし」
「それがなくなったのに、噂を流してエレナちゃんの評判を落とす戦略までは理解できるけれど。何を企んでいるのだろう?」
ミイルズの言葉に、ベアティが気難しげに眉を寄せた。
「関係するのかわからないけれど、異様といえば冒険者ギルドで最近妙な噂が出回っています」
「噂?」
「急に性格が変わった人が増えたというものです」
私も話を聞いている。どのように事態を捉えたらいいのか判断しにくい話だ。
「どういうこと?」
「そのままの意味です。少し病んでいたなという人がある日考えられないほど明るくなる」
「明るくなったのならいいことだよね?」
「ええ。ですが、それは一人、二人ではない。これはおかしいと思った人が独自に話を聞いていくと、共通して数時間の記憶がない日があるというものです」
ミイルズとアベラルドの問いにベアティが答えると、双子が同時に首を傾げる。
「記憶? 時間が経っていたら思い出せないこととかあるけどな~。話題になるほどかな?」
「確かに。その人が呆けていたとか、忙しくて時間が経っていたとかはあるし」
ベアティは小さく肩を竦めた。
「最初はそういうこともあるなと呆れたり笑ったりしていたそうですが、それが数人同じようなことを話すようになって、何か薬でも流行っているのではないかと」
「ああ。そっちか~」
「それはあるかもね」
そこでランハートが口を開いた。
「こちらも取り締まっているが、そういった事実はまだ出てきていない」
「私も数名状態を見ましたが、悪意によるスキルに影響を受けているようではありませんでした」
病んでいくならば周囲も心配するが、明るくなったのならよかったと思うのが普通だ。
ギルド長案件で秘密裏にベアティに頼まれて数人見たが、特に何もなく受け答えも普通で、問題があるようには見えなかった。
「それ、もし思惑があってのことだったら何がしたいのだろう?」
「今のところ被害者の共通点もなくてわかりませんが、放っておいていいのかもわからないため今回のことはしっかり調べるつもりです」
アベラルドの問いに、ベアティは私のほうを見ながら答えた。
「何か起こる前に少しでも情報が集まると助かるけど、無理はしないで」
了承待ちの視線に苦笑し返事をすると、ベアティは神妙に頷いた。
まさかこの話から、あんなことになるとはこの時は誰も考えもしなかった。




