68.信者
マリアンヌの登場まで興味深げにどこか浮足立つような周囲のざわめきがランハートの言葉で冷え切り、物音一つ立ててはいけない空気になった。
私の声がやけに響き、すべての意識が自分に向けられているのではないだろうかと錯覚するくらい視線を感じる。
だが、これくらいの視線は塔に閉じ込められた時の絶望と比べたらなんてことない。
「噂で流れているような事実は一切ありませんし、私は聖女だなんて言ったこともありません。そもそもスタレット様はどうしてそこまで噂を鵜呑みにし、責めるのでしょうか?」
死に戻り前のこともあり、なるべくマリアンヌに目を付けられ探られないよう、人目がある場所ではできるだけスキルの使用は控えてきた。
目立つ場所では一般的な範囲を超えないよう、注意を払ってきた。
ちやほやされることに対して何も言ったことはないし、邪魔はしていな――、くはないかもしれない。
精神支配を受けていた人たちは解放してきたので、マリアンヌの思惑を潰している。
だが、表立って対立はしていないし、精神支配を解除しているのは私だとは気づいていないはずだ。
あとは意図せずだが、死に戻り前の取り巻きは私のほうに全員揃っていることは、確実にマリアンヌの気持ちを逆なでしていることだろう。
「責めるだなんて……」
私がここまではっきりと言い返すとは思わなかったのか、マリアンヌが「なっ」と小さく声を上げ、わなわなと肩を震わせた。
か細い声でうるうると目元を濡らし、私を見る。
――ああ、また始まった。
マリアンヌはとにかく私を悪者にしたいのだ。
そのためなら、何でも武器にする。その場を支配するのがとてもうまい。
「マリアンヌ様を泣かすなんて」
「酷いです。マリアンヌ様は偉大でこれまで素晴らしい活動をされています。実績があるマリアンヌ様だからこそ見える視点をお持ちで、相応の立場を教えようとされているだけなのに」
取り巻きの男性と、最近マリアンヌのお気に入りの平民の女性、ブリタニーが非難する。
とくにブリタニーはマリアンヌに心酔しているため、私を見る双眸はかなり険しい。
身分や容姿、財力や能力で取り巻きを選ぶマリアンヌだが、ブリタニーはマリアンヌが言うことはすべてと振り切っているため、とてもお気に召しているようだ。
「いいのよ。私の活動は理解や認知を得るためにしているわけじゃないもの。困っている人を助けたいだけで、目立つためにするようなことではないから」
侯爵家の家門のついた馬車で堂々と乗りつけ、侯爵家の名前で炊き出しもして、侯爵家の力で宣伝しているイメージしかない。
「スタレット様の活動は存じ上げております」
それが悪いとは言わない。
けれど、周囲に接待をさせるほどの仰々しい来訪のわりに治療する相手は数名で、ほかの回復スキル持ちレベルでもできるようなもののみを本人の実績として上げるのはどうだろうか。
助かっている人がいるのは確かだが、諸手を挙げて喜べるのはごく一部なのではないかと思えるような活動内容だ。
「でも、私の代わりに活動しているのでしょ?」
「代わりだとは思っていません。力を貸してほしいと言われたので、役に立つならばと思っただけです」
悲しげな表情で、小さくぐすっと鼻をすする。
私が偽聖女、悪女といった立ち位置になるよう視覚から攻撃してきている。
その手口を、死に戻り前に散々やられた。
こういうのが嫌で、振り回されるのに辟易し距離をあけたかったのだと、心が冷えていく。
「役に立つねぇ。実際はすぐに効果がなくなって、むしろ悪化した人がいたと聞いています。責任を取る必要があるんじゃないかしら?」
「そうですよ! マリアンヌ様のときはそのようなことありませんでしたからね」
ブリタニーも一緒に煽ってくる。
死に戻り前の私のような立ち位置で心配していたが、彼女はまるで信者のようにマリアンヌを見る。
マリアンヌへと向けられときの表情は、心底心酔していないとできないものだ。
「被害に遭われた方がかわいそうで、どうしても今日は言わずにいれられなくて。周囲の方も気にして助言しているのに、聞く耳を持たないのはエレナさんにとってもいいことはないわ。目を覚ましてください」
どこが助言?
涙なんて出ていないのに、すっ、と目元を拭く仕草をし、周囲が同情的にマリアンヌを見る。
「マリアンヌ様がこんなに心を砕いくださっているのに通じないなんて、マリアンヌ様がかわいそうです」
話が通じないのはどちらだろうか。
周囲がマリアンヌに同情的になっているのが空気で伝わる。
皆、ちゃんと物事を見ている?
状況を確認できている?
真実を理解している?
どうしてこれで全面的にマリアンヌの言葉を信じられるのか。
マリアンヌに同調してしまうのか。
このような空気がまかり通ってしまうのか。
死に戻り前の理解を得られないまま勝手に話が進んでいくのと同じような現象に、袖の下で鳥肌が立った。




