59.双子の妹
ランハートと協力体制を築くことになってから一か月が経った。風が少し強いが晴れた日の午後、私たちは王都のとある民家にいた。
目の前の少女、双子のミイルズとアベラルドの五歳の妹で、人間と豹族の混血であるシドニーが声を上げた。
「エレナお姉ちゃん、治してくれてありがとう」
しゃべり慣れていないどこか拙さの残る口調と、声は小さくとも彼女の精一杯だとわかる表情に笑みを浮かべる。
「元気になってくれてありがとう。シドニーに出会えてよかったわ」
「ほんと? わたし、ちゃんとしゃべれない」
「そう? 今も気持ちは伝わってるよ。大丈夫。シドニーはシドニーのペースで話せば伝わるし、話していけば話すのも慣れてくるよ」
そう伝えると、シドニーの丸い耳がひょこっと動き、長いしっぽがゆらゆらと揺れる。
右手はミイルズと繋ぎ、揺れたしっぽはアベラルドの足へと巻きついたまま、瞳は期待と不安に揺れる。
「ゆっくりでいいの。お兄ちゃんたちもいるから、焦らなくていいよ」
「うん」
初めてシドニーを見た時は、彼女はずっと熱が下がらず体中が赤く腫れ、息をするのも苦しそうだった。
そのため食欲もなく弱っていく一方だったが、何度か通い回復魔法をかけていくうちに食欲も戻り、血色もよくなった。
発育不良で小柄だが健康上は問題なくなり、話せるようになっただけでも随分進歩だ。
「シドニー、元気になってよかったな」
穏やかな声で告げるシリルの頭には狼族特有の耳、そしてふっさふっさのしっぽが出ていた。
初対面の時、怯えていたシドニーにシリルが同じだよと見せて落ち着いたこともあって、今ではここにいる時のシリルの定番の姿だ。
「シリルお兄ちゃんもありがとう」
にこっとシリルが笑うと、恥ずかしそうにもじっとしてミイルズの後ろに隠れる。その際にちらっとベアティを見て、ささっと全身を隠した。
シドニーはベアティのことを嫌っているわけではないみたいだが、苦手というかベアティがいると緊張するようだった。
それに対して、特にベアティは近づくことも距離を空けることもなく一定の距離を保っていた。
結局馴染むことはないまま、本日無事シドニーは完全回復した。
どうやら豹族にとって身体に悪い毒を食べさせられていたようなのと、過度のストレスで弱っていたようだ。
本当はもう少し早いペースで治したかったが、急に治ると周囲に疑われかねず、治ったら治ったで当たりが強くなるのが見えていた。
そのため、演技するのも難しいだろうと少しずつ治す方向に持っていった。
「エレナちゃん。本当に助かったよ」
「エレナ嬢、感謝する」
ミイルズとアベラルドが目元を赤くして、私に頭を下げる。
シドニーの体調がよくなっていくと同時に、彼らの態度は随分と軟化し、言葉だけでなく誠意を感じられるものになった。
「いいですよ。シドニーちゃんは可愛いですし、彼女が元気になって私も嬉しいです。あとは兄であるお二人が彼女を守ってください」
ここから先はお家騒動になるので、私は関われない。
兄である彼らがシドニーを守るしかないし、実際に動いているようなので見守るしかない。
「もちろん。シドニーは僕らが守る」
「そうだね。ここからは僕らの役目だ」
二人が力強く頷きシドニーを優しく見つめると、シドニーは嬉しそうに顔を綻ばせた。
いまだに双子がいないとまともに話せず、双子の存在がシドニーの支えになっている。
守ってくれる身内。父親に見放され、義理の母に意地悪され、居場所のなかった彼女を助けてくれた双子に全幅の信頼を置いている。
その双子が連れてきたからこそ私の治療を受け入れてもらえたが、最初は言葉も発しなかったので、声をかけられるくらいに精神的にも落ち着いたのだと思うと感慨深い。
「シドニーちゃん、またしんどくなったら必ず教えてね」
「うん」
「あと、これをあげる。できるだけ身に着けてね。きっとシドニーちゃんを守ってくれるから」
この日のために用意していたブローチを小さな手に渡す。
「とっても可愛い。大事にする!」
控えめだけど嬉しそうに笑うたびにわずかに動く耳。感情を表せるようになったこと、笑ってくれる姿は胸にじんときた。
魔法は万能ではない。
病気や怪我は治せても、悪いものを取り払えても、傷ついた心や染みついた暗いものは簡単に払えない。
やはり周囲にいる人たち、環境が大事だなと、シドニーを見ていたら痛感する。
そばに双子がいるなら、シドニーの今後はきっと明るいはずだ。もちろん、お家騒動が落ち着くまでは私も診ていくつもりでいる。
また会おうねと約束し、そこでシドニーとはお別れする。
この後、ランハートと合流することになっているため、双子とともに私たちは場所を移動することになっている。
「改めて、エレナちゃん。妹を助けてくれてありがとう」
「この恩は必ず返す」
外に出る前に、双子が深々と頭を下げる。
「先ほども言いましたが、シドニーちゃんが元気になったことが一番です。私は私のできることをしたまでですので。これからもそうするまでです」
この後は、マリアンヌとスタレット侯爵について定期的な情報交換することになっている。
そのことを考えるだけで、シドニーで和んだ気持ちが張り詰めていく。
私は大きく息を吐き出し、その場を後にした。




