56.副作用
「わっ」
包み込むように抱きしめられ、慣れた匂いに包まれる。
驚いたが、抱き方と匂い、部屋の前であったことからこの腕の主が誰かはわかる。
「ベアティ……」
視線を上げると、瞳に私をいっぱいに映したベアティが盛大に顔をしかめた。
「遅い」
「たくさん待たせたよね。ごめん」
苦情を素直に受け止め謝罪すると、ベアティはきゅっと口を引き結び、私の頭に額をつけぐりぐりと首を振った。
言いたいことはあるが、ひとまず存在確認だろうかと抱く腕にも力が入りその行動に小さく笑うと、続いてシリルが私の手を掴んできた。
「なかなか戻ってこないからものすごく心配したよ。無事でよかった」
「シリルも心配かけてごめんね」
シリルの瞳には、言葉通り案ずる色が乗っていた。
私はベアティに身体を預けながら、シリルを見つめ目を細めた。
説明してから行ったとはいえ、待つだけの彼らのほうが時間の経過も遅く、その分心労もあっただろう。
握り返すと、シリルもぷるぷると首を振った。
その泣きそうで困ったように眉尻が下がった表情に、こんなにも心配してくれている人たちがいるのだと、身体の緊張が解け最後の踏ん張る力も消えていく。
さすがに限界だと身体の力を抜くと、ベアティが声を上げた。
「エレナ様」
「ごめん。少しの間こうさせて」
「何をしてきたのですか?」
鋭く探るような声に私は苦笑する。
ベアティの前で弱った姿を見せると面倒なことになるとわかっていても、この腕の安心感で一度弛緩した身体は力が入らない。
私の様子を見たベアティはすぐさま私をソファへと運び寝かせると、顔を覗き込む。
悔しそうに顔をしかめ、私の髪を耳にかけるとどこまでも優しく目元をそっと触れる。ベアティと同じように覗き込んできたシリルも、険しい顔で口を引き結んでいる。
「また、無理をしたでしょう」
「そこまでは――、少し? したかな」
じとりと睨まれ正直に告げると、ベアティははぁっと息をついた。
ひしひしと殺気がランハートへと向くのがわかり、私は慌ててベアティの手を掴み言い募る。
「本当に疲れただけだよ。それに私も了承していることだから、怖い顔はやめて」
「――わかりました。ですが、説明はしてほしいです」
「うん。ちゃんと説明する」
頷くと、今度はシリルが私の額に手をやった。
ひんやりして気持ちよくほうっと息を吐き出すと、シリルは苦虫を噛み潰したような顔した。
ベアティが爆発しそうだとシリルはいつも空気を読み、先に落ち着かせるよう私とのやりとりを見守っていることが多い。
それでも、先を譲ったからといってベアティほど心配していなかったわけではないと私もわかっている。
意見の食い違いで揉めた時に、「空気を読んでいるだけで、本当は真っ先に駆け寄りたいんだからね」とぷんぷんと怒りながら直接言われたことがある。
「シリル……」
名を呼ぶと、苦笑したシリルがわずかに目元を緩めた。
「少し熱があります。かなり無理して魔法を行使してきたんじゃないですか?」
熱? 自分で額に手を当ててみるがわからない。
指摘されると気怠さが押し寄せてくるようで、もういいかという気持ちになった。
自覚はなかったが、どうりでぼんやりするはずだ。
昔から魔力を使いすぎると、副作用で熱を出していた。
力をつけ、加減がわかってきたこともありここ最近そういうことはなかったが、さすがに今日は即体調に出てしまったようだ。
「えっと、ごめんね」
あの場はああするしかなかった。今でも最善だと思っている。
だが、これまでも私の副作用を見てきた二人が何も思わないわけじゃない。特にベアティはこういったことに敏感だ。
シリルの手も握り直し、ベアティの掴んでいた手に力を込めじっと見つめると、二人は同時に溜め息をついた。
「はあ、ずるい」
「そうだね。ずるい」
二人が困ったように微笑を浮かべた。
――ずるい?
そう言いながらも、二人の気配が随分と緩んだのを感じる。
疲れていたので力なく笑うと二人も同時にもう一度笑ったので、ようやく長時間心配かけたことについて許されたようだとほっとする。
「そこまで無理をしていたと気づかなくてすまない」
すぐ近くでランハートの声がし、そちらに視線をやると心なしかしょぼんとした顔でこちらを見下ろしていた。
「いえ。疲れたのとベアティたちを見てほっとしただけなので、少しゆっくりすれば治りますから」
寝ている状態でそれぞれ違った美形に覗き込まれる。
さすがに居心地が悪くて起き上がろうとすると、三人同時に押し戻された。
「ダメだ」
「無理しないで」
「そのままでいい。彼らには私から説明しよう」
ありがたいけれど、なんとも落ち着かない状態で二度目となる説明と話し合いが始まった。




