54.紫の苦悩
「その悪意はスタレット侯爵からであると、私の目にははっきりと見えました。直接触れなくても魔法は行使できるようですが、手を掴んだ際は濃く陛下を取り巻いていきました。あの状態でむしろ精神を保たれていることがすごいです」
「それほど強力なのか?」
ガラス玉をはめ込んだような静かな眼差しは、すべてをそのまま受け入れようとするランハートの意思を強く感じる。
冷たくも感じるそれは、私に対して思うことがあるというよりは、この国を背負う者の一員として冷静に判断しようとしての精一杯を感じ取れるものだった。
「スタレット嬢と比べ物にならないほどです」
「彼女もそのような力を持っているのか?」
「はい。ベアティやシリルが操作されかけました」
そこで双子たちに呼ばれた先で起こったこと、マリアンヌが強奪スキルを持っており、私の回復スキルを奪い損ね、ロレッタの回復スキルと誰かの精神操作関係のスキルを得たのではないかと推測も含めて説明する。
聞き終えると、ランハートはぽつりと呟いた。
「想像以上だな」
「想像、ですか?」
「先ほど、ある視点を持って君たちを観察していたと話しただろ?」
気になっていたが、時間が迫っておりのぞき部屋に移動しなければならなくなったので詳しく聞けないでいた。
頷くと、思い出すようにランハートは扉のほうを鋭く睨みつけ続ける。
「七歳の茶会で君がまず倒れ、その後すぐにマリアンヌ嬢が倒れたことが違和感に気づくきっかけだった」
「あの茶会……」
私が死に戻り前の記憶を思い出したその時、ランハートはランハートで転機を得たようだ。
「陛下もスタレット侯爵といる時に倒れたことがあるからな。侯爵は倒れなかったが顔がやけに青白かったのを子供ながらに覚えていて、もしかして何らかの魔法が失敗したからなのではと思い至ったんだ」
スタレット侯爵は意地でも倒れなかったようだが、それが本当ならばかなり前から謀反を企てていることになる。
あと、マリアンヌが人に触れようとするのは、私のスキルを奪おうとして失敗したため、ロレッタの時は確実にものにするため触れたのだろうとスタレット侯爵の魔法の動きを見て思った。
「そんなに早くから」
「ああ。だから、私独自の視点で君を、君たちを観察してきたからこそいろいろ気づけることがあった。それと同時にここまでスタレット侯爵家の動きも注視してきた」
まさか私が倒れたことで、ランハートの動きが変わっていようとは思いもしなかった。
そして、今回で気づいたことがあった。
ベアティを子爵領で見つけた時の状態や黒い靄、顔を隠した男に支配魔法を定期的にかけられていたことが偶然だと思えない。
後でベアティ本人にも確認する必要があるが、その人物とはスタレット侯爵なのではないか。
しかも、スタレット侯爵はシリルの両親を隠している。
違法奴隷の市場にも深く関わっており、ベアティたちを酷い目に遭わせた黒幕、死に戻り前の奴隷問題の元凶である可能性は高かった。
――死に戻り前と今回も、私たちはスタレット侯爵家の悪巧みに巻き込まれているのかも……。
マリアンヌの行動ばかりに意識が向いていたけれど、スタレット侯爵はシリル、そしてもしかしたらベアティにも関わっていたとしたらどうだろうか。
現在の問題も、死に戻り前の状態を考えると大いにあり得る。
蓋を開けば、スタレット侯爵へと真っ黒な道が続く。人生を狂わされ、また狂わされようとしている。
日常ではマリアンヌが邪魔をしてきて、親子ともども厄介な存在だ。
「それでどうでしたか?」
「結果は最悪だが、君に協力を仰いだ私の判断は間違っていなかった」
ランハートがそこでにっと笑い、すっきりした顔で告げた。
さっきまで苦しそうだったが、もうすでにたくさん悩んできたため気持ちの切り替えが早いのかもしれない。
「それは信用していただいたと思っていいのでしょうか?」
「君たちも逃れられないだろう。協力体制を敷きたい」
ランハートの言葉に眉を寄せる。
私たちの問題をどこまで正確に理解しているのか。完全にこちらに弱みを委ねるつもりはなく、あくまで対等に取引しようとする姿勢に脱帽だ。
強者であろうとすること、一方的に強いる関係ではないことを示す協力という言葉。
王族の矜持だと思えば、逆にそれも頼もしい。
「わかりました。殿下とは協力していければと思います」
「ランハートと。私もエレナと呼ばせてもらう」
ずっと君と呼んでいたランハートの歩み寄り。信頼の証。素直ではない遠回しな言い方にくすっと笑うと、じろりと睨まれた。
「わかりました。ランハート殿下。これからよろしくお願いいたします」
私も死に戻り前のことと警戒していたこともあり、殿下とだけ呼んでいたが、ランハートがこちら側であるのならそう呼ばせてもらおう。
今後、国王の精神支配については、ランハートと協力して取り組んでいかなければ解決できない。国が不安定だと領地にも影響を及ぼす。
私と家族は、死に戻り前に酷い目に遭った。
すでに国王が精神支配されていた状態だったならば、すべての元凶はスタレット家である。
静かに怒りがこみ上げる。
私はこれまでにないほど強い思いを胸に、手に力を込めた。




