51.紫の要望
私たちはランハートに促されるまま、王城にある殿下のプライベートエリアにお邪魔していた。
紫の殿下、ランハート・ヴァン・ロートニクス。この国の第三王子であり、死に戻り前、私を糾弾した人物。
伸ばした紫の髪をゆったりと肩下でくくり、ベアティとは違った神秘的な紫の瞳が私を捉える。
ゆったりと足を組み、放つ空気も余裕のあるものであるが、目元にはうっすらとくまが見えるのが気になった。
私は緊張でこくりと息を呑みながらも、やけに冴えた頭でランハートと対峙する。
「急にここまで来てもらって悪いね」
「いえ。びっくりしましたが私たちも助かりましたので」
二度目の人生、ここまで取り巻きたちと関わってきたため、今更紫の殿下と接点ができても驚かない。
すぐに彼のテリトリーに案内されたのには少し焦ったが、ベアティやシリルも一緒にということだったので了承した。
殿下も何か事情があるのではと思っていることもあり、粛々と従ってここまでついてきた。
「そうか」
違う世界へ誘うような怪しく紫に彩る夕闇の瞳がどこか剣呑な光を帯び、すっと眇められる。
ひじ掛けに気だるそうに肘を置き、何を考えているのかわからない双眸がひたと私だけを捉えた。
空気の流れがぴたりと止まり、ここだけがほかと隔絶したかのように静かになる。
少し前のめりに私へと身体をやった殿下に対しぴくっとベアティの身体が動いたが、さすがに相手がこの国の王子のためそれ以上は反応せずじっとした。
シリルは口をきゅっと引き結び、静かにランハートを観察していた。
独特の異様な空間。
重苦しい空気にどうすることもできず、どれくらいそうしていただろうか。
それでも重苦しいだけで、マリアンヌと対峙したときのような嫌な気配はない。
そっと確認したベアティとシリルの様子も異変は感じられないので、再び視線を戻し目を合わせ、相手が口を開くのを待つ。
まるで根競べのようだと視線を絡ませていたが、ふっと息をついたランハートがゆっくりと口を動かした。
「君たちのことは調べさせてもらった」
「――何についてでしょうか?」
学園はまだ始まったばかりだが、目立っている自覚はある。
ベアティたちは注目の的であるし、ある意味私も領地やスキル関係で少し有名だ。
何より、注目される原因はマリアンヌ。
彼女の周辺はいつも賑やかなため、その彼女にちょくちょく絡まれる私たちは同じように目立っているはずだ。
だが、こちらから仕掛けたこともなく、まだこれといった動きを私たちはしていない。
調べられるような行動をしたつもりはないが、調べられたら面倒なことはありすぎるため、警戒心がもたげる。
「彼ら二人の過去。彼らと君の繋がり。これまで君が何をしてきたか。そして、王都にきてからの行動。先月は奴隷商で一人の女性を購入したな? ヨーク男爵家の令嬢だ」
ロレッタのことまで調べ上げているらしい。さすが王家の諜報機関と取るべきか。
私の聖女スキルまではわかってはいないとは思うが、ここまで断言されたならそれなりに知られていると思って接するほうがいいだろう。
嘘は決して許さないと、冷たく鋭い視線が私を射抜く。
私は疑問のところだけ応えながら、答えによっては今後の方針も変わってくると訊ね返した。
「確かに購入しましたが、誰が誰を購入したかは守秘義務があり私は彼女を外に出していないので、知られるはずがありません。どこから情報を得られたのでしょうか?」
「大丈夫だ。ほかに情報は漏れていない。特にスタレット侯爵家には情報がいかないよう統制している」
はっきりとマリアンヌの家を名指ししたランハートの意図は何なのか。
探るように視線をやると、聞きたいことがあるなら聞けばいいとランハートは軽く肩を竦めた。
「そうですか。殿下はどうして私を調べたのでしょうか?」
これまで茶会を含め何度かランハートと接触する機会があったが、これといった反応もなかった。
だからこそ、急な接近の意図が気になる。
「私はずっと君の行動をある視点を持って観察してきた。だからこそ、知り得たようなものだ。そして、裏でサンドフォード家の双子と動いていることも知っている」
「……」
双子とのことは内密であるため言及せずに黙っていると、ランハートは手を上げた。
「答えたくなければ答えなくてよい。おおよそ予想はつくから問題はないし追求するつもりはない。彼らの態度の変化、君や君の周囲の行動を含め、私は君を見込んでここまで連れてきた。彼らも一緒に招待していることからも察してほしい」
絶対断れない脅しともなり得る情報提示と、それでいて引くところは引き譲歩をしていることも示される。
常にこちらが受け身で駆け引きに持ち込める状態でもなく、常にランハートの独壇場だ。
だが、死に戻り前ならいざ知らず、何かあると思っている今の私はそこまで強行突破する理由が気になった。
「わかりました。殿下が私を観察し知り得た情報を持って、今になって私に接近してきた理由がおありということですね?」
それを話すつもりがあるから、わざわざここまで連れてきた。
そう考えると、場所が場所だけにこれまでと違った緊張が走る。
「ああ。そうだ。エレナ・ランドール子爵令嬢、――君に頼みがある。これからある人物のもとへと案内する。離れたところからになるが、その目でその人物の状態を見てくれないか?」
そこでこれまで決して王族としての姿勢を崩さなかったランハートが、深々と頭を下げた。




